13


「ミカエル... いつ降りた?」


『今に決まってるだろ?

お前、俺の名前 言ったろ?

ちょうど天から見ようとしてたんだ。

相変わらず暇だし、お前等が喚ばないから』


ボティスは、今 気付いて

露ミカエルを オレの膝に移動させてる。


『口の中が、生魚の味と匂いだ。ケーキ買えよ』


またかよ...


「トレイを片付けておけ」と、ため息ついて

ボティスが公園を出る。

近くのカフェで、ケーキ買って来るみたいだ。


『そうだ。リラの身体の再生は順調だぜ?

ラファエルが厳重に管理して診てるから、安心しろよな』って、露ミカエルは立ち上がって

前足で オレの鼻に触った。


「おう」って、ちょっと笑うと

『お前、まだ怒ってる? レナのこと』って

膝の上に きちんと座ってる。


「いや。ミカエルのせいじゃねーしさぁ。

ごめんな、怒って」


『そうか。でも そっちも何とかするから、もう少し待ってくれ。

今すぐにレナを キュべレの牢獄から引っ張り出したら、天も混乱に陥るんだ。

キュべレの不在が広まって。

そうなると、父は奈落からキュべレを奪還するために、たぶん天の軍を差し向ける。

地上も無傷じゃ済まないからな』


うわ やべぇ...


「けどさぁ、キュべレの牢獄って、どんなとこなんだよ?

レナって子は、鎖で繋がれたりして寝てんの?」


『いいや。天に あるんだぜ?

花の中で眠ってるんだ。ただ、牢獄だし

外からしか開かないようになってるけどな』


うん、少し安心した。

つらい思いや痛い思いをして、繋がれて眠ってる訳じゃなさそうだしさぁ。


露ミカエルを肩に乗せたまま

トレイを片付けてると、ボティスが戻って来た。


『おっ、エッグタルト! 気が利くよな!』って

空いたケーキの箱 覗いて、露ミカエルが ボティスを褒める。ボティスは無言だけどー。


フォークねーし、オレが手に持って 膝の上の露ミカエルに食わせながら、ボティスが クライシの話や パイモンがついた話をする。

ボティスは オレの分も買って来てたから、オレも食いながら。


『よし。セミナーには、俺も行く』


「何故だ? 天使が触れば、繭から孵った奴は死ぬ恐れもある。必要がない。

しかもだ。お前が動くのは でかすぎる。

奈落と地上は繋がっている。

アバドンは、お前の存在から 天を意識するだろ?」


『だからだろ? アバドンの眼を天に向ける』


「キュべレは、天から落ちた。

もう向いてはいるだろ?」


『キュべレを落としたのは、人間の泰河の罪だ。

泰河から、こっちに眼を引く ってことだぜ』


けどさぁ、そうすると

アバドンは どう考えるんだろ?

キュべレを取り戻させまいと天を敵視するようになる ってことなのかよ?


オレが言ってみたら

『そういうこと!』って、露ミカエルが

口の回りを毛繕いしながら答えた。


「そう単純にも行かんだろうが、アバドンは 地上だけでなく、天も視野に入れることになる」


『そう。簡単に動けなくはなるだろ?』


「だが、そうすると

サンダルフォンに、お前が こっちについた と

確実に知れる」


『構わないだろ?』


強気だよな、ミカエルって。

ただ 裏工作とかは あんまり向いてない。

で『珈琲 飲みたい』って言うしさぁ。


スプーンないと飲めないから

「コンビニで スプーンもらってくるし」って

言って、ボティスに 露ミカエル渡そうとしたら


オレに「お前が立って、ベンチに置け」って言う

ボティスと『さっきは膝に乗せてただろ?』って

軽い言い合いしてる。仲良いよなー。


コンビニから、コーヒーとスプーン持って帰っても、まだ何か言い合いしてた。

猫に不機嫌に何か言ってる、ガラ悪い外国人 って

感じだぜ。


ボティスにもコーヒー渡して

ベンチの前にしゃがんで、露ミカエルにスプーンでコーヒーやってたら

『お前、優しいな』って、眼ぇ細めてる。

泰河ばりに単純だし。


『お前、俺の珈琲係ね!』

もう、また係 増えたぜー。


『サリエルは どうなんだよ?』


「まだべリアルが遊んでいる。

元の姿に戻そうとしているが。ウリエルは?」


『まだ動けないし 喋れない』


「そうか。じゃあ そろそろ天に帰れ」


『俺、明日のセミナーまで帰らないぜ?』


えっ?


「明日また降りればいいだろ?」


『いいだろ? この国のことは あんまり知らないんだ。ちょっと地上から見て回っておいた方が... 』


「ボティス!」


アコだ。

出現してすぐ、ミカエルに引いてやがる。


『悪魔だ。見たことあるぜ』

「俺の軍の副官だ。アコ、どうした?」


まゆの 一つに、穴が開いてきた」


あっ、かえるのか...  けど そうだよな。

セミナーまでに話題にならないと意味ないしな。


「泰河等にもしらせろ」


アコが消えると『行くぞ!』って

露ミカエルが オレに言った。




********




榊が 一の山に張った結界の場所は、ふもとの近くだった。


バイクは無人駐車場に入れて

道路のガードレールを越えて、山に入ると

アコが木を見上げてる。


繭は、木の枝ごと切り取ってきてあって

その枝を森の木の枝に、白いテープで ぐるぐる巻きにしてある。二つとも同じ木に付けてあった。

オレらは下から、木上の繭を見上げる形だ。


繭の穴は、上の方に開いて来てるみたいで

オレらからは見えない。


『見てくる』って、露ミカエルが

オレの肩から木の枝に跳ぶ。

ボティスは もう、注意を促すのも諦めたっぽい。


『おっ、だいぶ開いてるぜ?

頭に触覚がある。かいこなんかの繭系のの触覚だ!

でも 虫が人型に進化してても、こうは ならなかったな。

これは単に、二つの情報を混ぜただけだ』


やっぱり蚕なのか...

額の文字がオメガなら、犠牲なのかもな。


そういうのって、本人が志願するって聞いたことがある。

全部が そうなのか、そうせざるを得ないのか は

わかんねーけどさ。


本人が志願したとしても、外側から見るオレには、なんか割り切れないものが残る。

何かを変えよう って、掲げた理想のもと

自らが犠牲になる。こうして。


「色は どうだ?」って聞く ボティスに

『真っ白だ。光沢がある』と 露ミカエルが答えていると、泰河たちが登って来た。

シェムハザも 一緒だ。


「あれは、ミカエルか... 」って 独り言みたいに

オレに確認して「そ」って頷くと

シェムハザのツラには、早くも疲れが見えた。

うん。いくらかは わかる。面白れーけど。


「明日のセミナーにも行くって言ってたぜ」


オレが言うと、朋樹は「おっ、心強いな」って

顔を明るくしたし、泰河も楽しそうだ。


「僕は、彼の話を聞いてみたかったんだ」って

ジェイドも歓迎してるけど

「ボティス、何故 喚んだ?」って、小声で

シェムハザとボティスが 軽く言い合いし始めた。


「召喚じゃあない。勝手に降りた。

しかもだ、明日まで帰らん という」

「あいつは何世紀も地上に降りていなかった。

ケーキだの 地上の視察に遊びに行くだのって

我が儘 言って、朝まで喋り倒すぞ... 」


『頭が全部 出たぞ! 口がない』


露ミカエルが実況を続けているけど

肩や腕までが出たのか、繭を見上げるオレらにも

触覚が生えた白い頭が見えた。


『腰までが出た』って言う ミカエルの声は

さっきよりずっと静かだった。

たぶん、ミイラみたいに痩せ細っているからだと思う。


身体が全部 出切ったようで、か細い腕で繭に しがみついて、蝶や蛾のような尾が伸びた体や羽を乾かしている。

羽は、毛羽立って分厚く見える。


「体は細いが、蚕だな」って、ボティスが言う。

昨日は実物を見ていない ジェイドや朋樹も

ミカエルも 口を開かない。


白い光沢を持った 蝋のような顔や体は、月明かりの下で 神秘的にも見えるけど、生きれる って感じがしない からだと思う。


ざ って、軽い風が吹くと

それは簡単に、繭を離れて地面に落ちた。

何かに気付くような、ショックを受ける。

羽がクッションになったけど、羽は破れて、地面で塵になっている。


ちゃんと羽化したって、こうなるんだよな。


自分が信じた理想のためでも、本当に

これで いいのかよ?


「ルカ、早く戻せ」って、ボティスに言われて

筆で額をなぞる。出た文字は黒いオメガだ。

泰河が右手で文字に触れると、文字は消えて

髪の色と肌の色が戻った。


姿を見えなくしたアコが通報に行き

シェムハザが抱き上げて、麓の道路際に降ろすと

ミカエルが『頑張れ、大丈夫だ』って、額にキスをする。


『救急車両が来るまで見とくから、駐車場に戻っておけよ。

もう一つの繭が孵るまでは、近くで待機するだろ?』


「通報してきたぞ」って

アコはまた繭を見張りに、森へ入って行った。


そうだよな。

たぶん もう一つも、今日中に孵る。


オレらが大勢でいると、人目を引くし

「俺も残ろう」って姿を消したシェムハザに任せて、オレらは 駐車場のバスに戻った。


バイクの隣に停めてあった、バスの後ろに乗って

L字のシートに座る。朋樹とジェイドは前。


「けどさ」って、泰河が口を開く。


「こうやって、繭とかの場所も移して 人に戻すことは、本当に正しいのか?... って 思うんだけどさ」


それも ある。

犠牲になることを 志願したんだとしたら

蚕になった人は、クライシを信じてるんだよな。

救いの印を付ける天使だ って。


多くの人が、訪れる不幸に対して 危機感を持って

それから救われるように

クライシに印を付けてもらえるように... って

考えて、犠牲になることを選んだんだって思う。


オレらは、横から それを阻止してる。


こうして誰の眼にも止められず 人に戻されて

ただ衰弱して生きてる なんて、望んだことじゃないんだよな。


「クライシ側から見れば、間違っているとしてもだ。これは俺等がやるべき事だ。

不幸を起こそうとしているのは、アバドンであり

サンダルフォンだからな」


ボティスが言うと、ジェイドも

「そうだね。大きく見るということにも慣れないといけないとも思うけど、僕はもう自己犠牲は嫌いだ」って、神父らしからぬことを言うと、泰河が ハッとした顔をする。


「理想のための自己犠牲なんて、特にね。

それをしても無駄だと解れば、これは無くなる。

でも 迷っていいんだよ。

僕も まだ、いつも迷ってばかりだ」


「そうだな」って言う朋樹の鼻先を

ジェイドは、ボティスみたいにはじいた。







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