16
「どうする?」
ステージ上では、グレースーツが
『“皆さん、これが 形ある奇跡です!
クライシ様は 印の天使なのです!
皆さんを お救いになるために、御光臨されたのです!”』と、話し続け
ウスバアゲハの羽を持った人が、ステージに降り立った。スクリーンには、透けた羽の影が映る。
クライシを抱く女の人の隣に 羽の人が片膝を付き
丁寧な礼をすると、座席の外周から
『... “クライシ様”』と 声が上がり始めた。
羽の人が立ち上がり、クライシの小さな手を取って、その手にキスをし、またホールの高い天井に羽ばたく。
座席に座ってた人たちが、次々に立ち上がり
『“クライシ様!”』『 “クライシ様!”』と 呼ぶ声と 拍手が巻き起こった。異常な熱気だ。
朋樹が 半式鬼の蝶を、羽ばたいている人と クライシを抱く人の背に飛ばし付けた。
ステージに落ちた蚕の人のことは
もう、誰も見ていない。
壇上にいた 二人が、シーツで蚕の人を包み
一人が
「袖に入ったら、シェムハザに
朋樹も外に出す」
どうやってだよ...
「朋樹に メッセージを送れ。
姿を消したままのシェムハザに 蚕を拐わせ、式鬼でプロジェクターを破壊し、呪蔓でドアや窓を開けろ。軽い混乱に乗じて 朋樹も外に... 」
スマホに文字 打ってたら、露ミカエルが 頭を頬に擦り付けてきた。
「なんだよ、ミカ... 」「にゃー」
スマホから顔を上げて、肩の上を見る。
眼の色が...
「露子?」
露子は「にゃー」って、ゴロゴロ喉を鳴らした。
「おい... 」
泰河が タブレットを見ながら言う。
ホールには、白い光が弾けた。
ステージの上の方に 薄いアーチの
膝丈の天衣のミカエルが、白い翼を広げて ステージに降り立つ。 エデンからだ...
ブロンドの 緩いくせっ毛。明るい碧眼。
こうして見ると、ミカエルは 神々しい。
翼だけでなく、全身から発されている淡い光で
ホールだけでなく、ステージ上の人たちの眼までも魅了する。
『天使を喚んだか?』と、ミカエルが微笑んだ。
「... メッセージは要らん。行くぞ」と
ボティスがため息を
ホールに走り、もう ドア前で シーツに包まれた人を
ジェイドがホールのドアを開き、オレと泰河が
受付で「人が倒れています!」「救急車を!」と騒いで 通報してもらう。
セミナーの会場ホールのドアを開くと、朋樹が
“どうなってんだよ?” って顔で オレらに振り向いた。
ミカエルは、ステージで
ボティスが 片手で額を抱える。
ホールは ざわめき始める。
剣は抜いていても、やっぱりミカエルは神々しく
どう見ても天使だった。
「アバドンに伝えておけ」
ミカエルは 剣の先を、女の人に抱かれたクライシに向けている。
赤ちゃんに そんなことをしているのに
不思議と、どうしても 悪いヤツに見えない。
「必要があれば、俺が
ボティスが、聞いたことのない言葉を短く言って
指笛を吹くと、ホールが何かに満たされていき、
それは、立ち上がっている人たちの間を縫って
ミカエルの元に集約していく。
「盲目に祈るな。眼は開いている」と、ミカエルは浮き上がり、後ろ向きに 薄いアーチの
「出るぞ」と、ボティスに言われて
ざわめきが広がっていくホールを後にした。
********
バスに乗ると「召喚部屋」と ボティスに言われて
召喚部屋へ向かってる。
「蚕になった人は?」と、朋樹に聞かれて
人に戻して、救急に通報してもらったことを話した。
「ボティス、何か喚んでただろ?」と
ジェイドが聞くと
『あれは、守護天使共だ』って、露子が答えた。
またかよ...
『何だよ? 黙るなよ』
「あ、うん... 」
「おかえり、ミカエル... 」
露ミカエルは、朋樹を前足で指し
『加護を与える』と、うなじにクロスを付けると
ボティスに「帰れ ミカエル」と 言われて
へそを曲げた。
『バラキエル! お前、守護天使共に
俺を ゲートへ押し返させたな!』
「そうでもしないと、赤子の首を
『そんなことするかよ!
お前、目立つことはしない って言ってただろ?』
「堂々と人間の前に立った奴が 何を言っている?
しかも、
『あれは、アバドンを牽制しただけだぜ?』
「そうか。じゃあ用は済んだろ? もう帰れ」
『まだだ!“後でロールケーキを食う” って... 』
露ミカエルは、突然テーブルで身を低くし
何かを狙う 猫の姿勢を取った。
ボティスの方を注視している。
ボティスの指には、猫じゃらしがあって
ふわふわの先を ふるふると震わせていた。
「このために買ったのか... 」と 泰河が呟く。
ああ、アンバーのコスチューム買った時か...
ハッ と 我に返った露ミカエルが
『お前、やめろよ!』と 怒るけど
鼻先で ふるふるされると、パシッと前足で
応戦してしまっている。
「露の身体だからな。本能は共にある」
ぽい と、座席の後ろに猫じゃらしを投げると
露ミカエルは パッと 跳んで、座席の後ろに消えた。
すぐに猫じゃらしを咥えて 跳び戻った露ミカエルは、口から猫じゃらしを振り飛ばし
『ふざけんなよ!』と、ボティスに飛び掛かってる。
「痛ぇだろ、噛むな!」
ほっとこーかと思ったけど、うるせーし
猫じゃらし拾って、ボティスと露ミカエルの間に入れると、露ミカエルは簡単に釣れた。
泰河が捕まえて「まあまあ。お疲れ」って
膝の上で引っくり返して、腹を わしゃわしゃと
指でマッサージする。なんとなく無抵抗なんだぜ。さっき、あれだけ神々しかったミカエルとは
とても思えねーし。
『俺は 猫だけど猫じゃないぜ!』って
文句言う 露ミカエルの眼の前で、猫じゃらしを
揺らすと、あっさりと前足を出して遊び出した。
「ハティやパイモンに、セミナーの報告をするからな。お前がいると、パイモンが来ねぇだろ」
ボティスの腕には、薄い引っ掻き傷と 小さい牙の跡が出来てた。
『じゃあ、ロールケーキは どうするんだよ!』
パシッと、猫じゃらし
オレの手から猫じゃらしが跳んで、助手席と運転席の間を抜け、フロントガラスにヒットした。
「わかった、ミカエル。約束したし、僕が... 」と
運転しながら ジェイドが言うと
「いや。祓魔は 一応いるべきだ。
べリアルも喚ぶことになるかもしれんからな。
朋樹、実際セミナーに参加した お前と シェムハザもだ」と、ボティスが言う。
べリアルか。なんか怖いヤツだもんなぁ。
サリエルの姿は、まだリラのままなんだよな...
オレは見てないけど、やっぱり気になる。
『俺は、ロールケーキ食うまで帰らないぜ!』
「ルカ、泰河」
そうなるよなぁ...
********
泰河と露ミカエルと、教会で降ろしてもらって
オレのバイクでカフェに行く。
露ミカエル連れだし、ペットOKの外席あるとこ。
メニューみて、フルーツのロールケーキと、
オレらも チョコケーキとか洋梨タルトとか
二種類くらいずつ取る。
そういや、飯 食ってないよな って思って言ったら
『先にケーキ!』って、ミカエルが譲らねーし
『抹茶って何だ?』って言うから
抹茶のロールケーキも取ってやったんだぜ。
「天には、ケーキねぇの?」って 泰河が聞いたら
『ラキアにあるぜ』って答えた。
ラキア。たぶん 第二天だ。
『天の都市なんだぜ。ラファエルが支配してる。
あいつの診療所もあるからな。
ついでに、天には通貨がない』
全無料か... 天使たちが暮らしてるんだし
それで成り立つみたいだ。
ケーキとコーヒーが運ばれてきて
泰河が フォークで食わせてやってる。
「けどさぁ、降りると絶対ケーキ食うよなー」って 聞いたら『この国のケーキは美味い』らしい。
『ひどく甘くないだろ? 砂糖菓子も好きだけど』
「他に好きな食い物は?」
『マシュマロとフルーツ。カスタードも』
甘党だよなぁ。
「最近、よく天 空けてるけど大丈夫なのかよ?
支配者が不在ってさぁ」
『
人間が紛れたら 配下が地上に帰すけど、紛れること自体
そっかぁ。天使は まず、ミカエルの許可無しに
楽園に立ち入らないしな。
「今日さ、あんな降り方して大丈夫だったのか?
天にも知れるんじゃねぇのか?」
『エデンから降りれば、天にはバレないぜ?
アバドンに 俺の存在を示しておけば、いろいろと牽制になるからな。
キュべレが目覚めるまでは、派手には やらないはずだぜ?』
「“キュべレが目覚めるまでは”?」
『キュべレは、父の 一部だからな。俺と互角』
えっ て、泰河と眼を合わす。
『当然だろ? だから 天で眠らせてたんだ。
ルシフェルでも完全に抑えられないから、地界には置けないんだよ。
地界なんかに置いたら、誰かがすぐ ルシフェルの地位を狙おうとして、キュべレを起こそうとするだろ?
ただ、起こしたとしても、そいつにも抑えきれないけど。地上も巻き込んで、単に混乱する。
珈琲 飲ませろよ』
前足で指されて、スプーンに コーヒー 掬って
露ミカエルに飲ませながら
「じゃあ、アバドンは?」って 聞いたら
『俺や ルシフェルは、アバドンは抑えられるけど、アバドンが キュべレを抑えるのは 勿論 無理。
俺は、アバドンは斬首する訳にいかないんだ。
アバドンには、人間を苦しめていい っていう
父の許可があるから。
アバドンは、キュべレの
キュべレを操作しようともするだろうな』
だってよ。
『アバドンは、印のない者... 父の教えを信じない者を苦しめることを許可されてるだろ?
キュべレが目覚めるってことは、父の悪意が目覚める ってことだぜ?
直接 手を
キュべレがアバドンの元で目覚めた時点で、黙示録の内容は 半分 成ったのと同じことだ。
次、抹茶!』
じゃあ もう、半分 成ったって言えるんじゃねーのかよ?
それを聞くと
『キュべレを目覚めさせるには、大量の魂が必要になる。アバドンには、人間の魂は手に入れられないだろ? 殺す許可は出てないから』って言う。
あ、そうか...
泰河と、多少ホッとしてたら
『だから、今日のクライシとか使って 魂集めしてんだろうけどな。他にもいろいろ いるんだろ』って、露ミカエルは 抹茶ケーキを噛った。うん...
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