「もう クライシ様って、明らかに黒蟲だろ?」


教会から戻って、ユースケくんに聞いた話をすると、泰河が なかば呆れ気味に言った。


「でも、まゆって なんだよ?

あいつ、自分の卵を寄生させるだろ?」


そうなんだよなぁ。

一の山の猪たちは 寄生させられて

頭だけ蔵石、身体はとかハサミ虫とか

他いろいろな人蟲にされてた。


一人だけ、人がやられたんじゃないか... って思うのが出た。女郎蜘蛛。

変異する前は、身体も人だった。

沙耶さんも、黒蟲に蟲を寄生させられた。


「新しい寄生なのかもしれないね。

ただの巨大な蟲 ってことは ないんじゃないか?

“人は人を超えられる” って言ってたらしいから」


めずらしく オレらにやらせず、自分がコーヒーを淹れたジェイドが、キッチンからコーヒーを運んでくると、ボティスが戻ってきた。


こいつ、タクシーで戻ってきてるみたいなんだよな。

里の時は、オレらに 迎えに来い って言わねーの。


当然、ソファーに座って「珈琲」だし

オレと泰河は床。

コーヒー、一人分 足りねーし

どうせ今の話するから、シェムハザ呼ぶ。


「早い時間だな。向こうは まだ早朝だ」


でももう、襟の白いシャツに黒いカラージーンズのシェムハザが、甘い匂いでソファーに座った。


長い睫毛が縁取る 明るいグリーンの眼。

小麦色のウェーブの髪は、後ろで 一つに無造作に纏められている。

いつもながら、シンプルで これだけ輝くって何だよ。部屋が ちょっと明るくなるしさぁ。


コーヒーと「昨日 アリエルが焼いた」っていう

貝型のマドレーヌを取り寄せてくれた。


シェムハザは、猫かまくらのアンバーを覗いてから「それで、どうした?」って 聞いてて。

ジェイドが また さっきの話をすると、ボティスもシェムハザも眉をしかめた。


「セミナーの場所は?」


「中規模のイベントホールだ。駅の近くにある」


小さい劇団が来たり、合唱コンクールみたいなやつもやったりするけど

一般企業が研修で使ったり、講師を招いた何かの講習会とかに使われているところ。

大学の時に、演劇のやつらも使わせてもらってたけど、普段のオレらには縁がない。


ホールの中は、前方にステージがあって

椅子は映画館みたいに、三方向からステージを向いて 並んだような作りだったと思う。


「セミナーで、その繭をかえすつもりか?」


「繭は ただのオカザリかもしれんが、本物なら その場で孵すのが効果的だろ。

人蟲など見せて、見てくれで どういった効果が得られるかは疑問だが。顔がアレだしな。

“人を超える、不幸が起こっても生き残れる” と 示すつもりなんじゃあないか?

イナゴ害のために自ら蟲になるとは お笑いだが」


そうか。黒蟲は、アバドンのイナゴなんだ。

蟲軍でも作る気なんかな?


「だが繭が、ただの綿の作り物で

普通の人間のおかしな団体、という可能性も

まだ残っている」


「そうだ。その場合であれば、何もする必要はない。単なる愉快な奴等だからな。

他の国では、生きたまま棺桶に入り、葬式をし

棺桶を出て “生まれ変わる” というような儀式をするところもあれば、悪魔信仰をしたり、ヴァンパイアや狼になりきって過ごす奴等もいる」


ピアスはじいて、マドレーヌ取って笑ってるけど

朋樹が「じゃあ、どっちなのかを見極めるって

ことだよな?」って言うと

「そういうことだな」って答えるけど

それ、セミナーに潜入するしかないよなぁ。


「シェムハザは姿を消して潜り込める」


「俺は な。だが本当に黒蟲だった場合、お前達は面が割れている。

セミナーで表立って 何かしてくることはないだろうが、こちらから存在を示すこともない。

黒蟲だけでなく、周りの人間にも眼を付けられることになるからな。

あの場にいなかったのは、朋樹だけだろう?」


うん。ボティスもだけど、オレらのことは 見りゃハッキリ分かるだろうな。

一の山で 二重結界が割れて、下の森に落ちて、実際に やりあってるしさぁ。

人蟲や女郎蜘蛛と同じ、眉のない顔を思い出す。


「けど、黒蟲だった場合さ、派手に勧誘とかはしてるのに、こっちには ちょっかい出して来ねぇのって 何だろうな?」


泰河が、テーブルの皿から 自分とオレのマドレーヌ取って、オレに渡しながら言う。

うん、うまい。慣れてきた 安心する味。


「後ろに誰か居りゃ、眼に入れる必要がないんだろ。何せ アバドンと遊んでいた訳だからな」


ボティスが普通に答えて、シェムハザも

「ディル、珈琲と紅茶」って言ってやがるけど

オレらは 一気に緊迫感 出たし。


「一つ星が落ちた ということは、天からアバドンへの “遊べ” というサインになるからな。

キュべレが目覚めれば、キュべレをサタンとして立てて、ということだ」


「そのクライシサマが、黒蟲だとしてもだ。

まだ何もするなよ。奈落から這い出した奴は そいつだけじゃないだろうからな。

なるべく大きく片付ける」


あぶね...  聞いてなかったら

その場で どうにかするべきだと思ってたぜ。


「オレもセミナーに行くぜ」と、朋樹が言うけど

「だが そのセミナー自体も、誰でも会場に入れるのか? “誰々の紹介で” とか必要な気もするけど」と、ジェイドが言う。確かに。


ああやって勧誘してるんだし

誰が何人、人を呼んでこれた... とかも 数えそうだよな。


でも「勧誘されりゃあいい」と ボティスが言って

朋樹が、破った半式鬼札を出した。




********




「いたぜ。またカフェの中だ」


朋樹が 半式鬼札に息を吹くと、札は片羽の白い蝶になって、風に乗って ぎこちなく舞い飛ぶ。


それを、バスとバイクに分かれて追うと

こないだとは違う 壁一面が ガラスのカフェの中に、闇おばさんがいるのを見つけた。

半式鬼は、両羽の蝶になって空へ消えた。


オレと朋樹がバイク。シェムハザを呼ぶと

すぐに、姿を見えなくしたシェムハザが立った。

朋樹と見えないシェムハザが、先にカフェに入って、また学生っぽい女の子を勧誘中の 闇おばさんの近くのテーブルに着く。


オレは、ボティスたちが来るのを

カフェの前で待っている。

闇おばさんは、こっちに背を向けて座ってるし

気付かれることはないだろうと思う。

こないだも菩薩顔で熱心に勧誘してて、オレらのことは全く見てなかった。


「見つけたのか?」


「おう。勧誘中っぽいぜ」


ボティスたちが着いたけど、ボティスとジェイドは、どこに行っても たいてい眼を引くので

オレと泰河とは分かれてテーブルに座ることにする。


オレらは、朋樹と闇おばさんのテーブル両方が見える入口近くのテーブルへ。

ボティスとジェイドは、かなり離れた端っこ。

ちょっと見たら、周りのテーブルの人たちは

ボティスたちを見ないよう、意識してるように見えた。うん、他人なら わかるし。


「飯とかも済ますー?」

「おう、食っとくか」


サラダ 二種と、マグロのカルパッチョ。

鶏肉料理も 二種類 取る。

あと、トマト煮込みと 悪魔風グリル。

悪魔風の方は 表面をカリカリに焼いてあるやつで、辛いやつが多い。チキン好きなんだぜオレら。

で、野菜も食わないと、沙耶さんに怒られるしさぁ。


「あと ピザー?」

「米 食いたくね? リゾットにしようぜ」

「合わねぇし、足りんくね?」

「じゃ、後で ピザも」


スマホに ジェイドからメッセージが入って

『ちゃんと見てるのか?』って 書いてある。

メニューしか見てなかったぜー。

『うるせー』って返してやった。

今は まだ、闇おばさんは 女の子勧誘中だし

朋樹とシェムハザが聞き耳 立ててんだろ。


で、サラダ食ってる途中に 煮込みとグリルもきて

朋樹の方見たら、プレート飯食いながら

闇おばさんの話 聞いてるみたいだった。

オレから見ると、シェムハザの背中越し 斜めに

朋樹が見える感じ。

たまに シェムハザと目配せし合ってる。


振り向いて 端っこ席 見たら、ボティスとジェイドも飯 食いながら、なんかケラケラ笑ってやがる。

オレらに “見てんのか?” って言って、楽しそうだよなー。


「グリル 美味いな」

「けど、白飯 欲しくね?」

「ほらな。リゾットにして正解だっただろ?」

「白くねーじゃん。魚介だしさぁ」


ん? って、泰河と眼が合う。


闇おばさんと 座ってた女の子が席を立った。

「結構ですから。失礼します」って

会計用紙 持って、レジに向かってる。


闇おばさんは、女の子を視線で追っていて

姿を見えなくしてるシェムハザが、結構 引いてる顔で 闇おばさんを凝視してやがるし。


これ、闇おばさんが 朋樹に声 掛けずに

このまま帰ったら また半式鬼付けんのかな?って

思ってたら、早々と飯食い終わった朋樹が

「すみません、ちょっといいですか?」って

自分から 闇おばさんに話しかけた。


「あの、お話を聞くつもりは なかったんですけど

聞こえてきてしまって... すみません。

でも、これから訪れる不幸っていうのが すごく気になって、その話を聞かせて欲しいんですけど

ダメですか?

あ、よかったら 一緒にコーヒー 飲みません?

お話のお礼に、ご馳走させてください」


闇おばさんは ちょっと驚いてたように見えたけど

相手は朋樹だし、嬉しそうにも見えるぜ。

だってこれ、朋樹にナンパされてるんだしさぁ。


しかも 朋樹は丁寧で、気弱そうな雰囲気を出してる。“話で簡単に丸め込めそう” って 感じ。

シェムハザが朋樹側、壁側に移って 隣に座る。


「ええ。じゃあ、お言葉に甘えて お邪魔しようかしら」


闇おばさんが、そわそわと朋樹のテーブルに移った。


コーヒー頼んでる間に、朋樹は

「よかった。もう 気になっちゃって。

不安にも なってきてしまって... 」とか

「急に声を掛けてしまって、本当にすみません」とか、下手したでに丁寧だけど 結構 喋る。

こいつの方が勧誘向きだよなー。

なんせ ツラもいいしさぁ。


闇おばさんが「いえいえ、いいのよ」とか

すっかり “かわいい子” って感じで、朋樹に接し出して、コーヒーが届くと 朋樹が

「それで、訪れる不幸っていうのは どんなことなんですか?」って、テーブルに乗り出し気味に聞く。


オレらは マルゲリータ食いながら

「うまいな、あいつ」「詐欺師タイプよな」って

こそこそ話して見学する。

シェムハザも 助言なしで見守ってるし。


「あなたは、“黙示録” というものを

知っているかしら?... 」


ここからは、オレらがマルゲリータ食い終わって

コーヒーと 今日のおすすめデザートのクッキーが混ざったアイス食ってる間も、ラッパ辺りからの黙示録の内容の話が続く。

朋樹は「へぇ... 」「え、怖いですね」とか

適当に相槌 打ってて、たまに闇おばさんが間違っても 普通に流した。聞いてねーんだな。


「... それで、なんで それが

近い将来に起こるって わかったんですか?」


「救世主である、クライシ様が

お生まれになったからよ」


えっ?


オレらだけでなく、朋樹もシェムハザも虚を突かれた。 “お生まれに なった” ... ?


「クライシ様はね、お生まれになって すぐに

お話になったの」


おばさんは、カップを軽く上げて

コーヒーの お代わりを頼みながら言った。

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