「セミナーって言ってたよな」


「カフェの闇おばさんも、それの人集めかな?

まあ、セミナーとかも信者のためだけじゃなくて

勧誘のためだもんなー」


カフェで 隣に座ってて、学生の女の子を勧誘していた、言葉が闇のおばさんに付けたように

ジャズバーのスーツの男にも、朋樹が片羽の蝶...

半式鬼を付けた。

これを追う時は、破いた半分の式鬼札を 蝶に戻せば、片羽の元に導いてくれるらしい。


昨夜、ジャズバーから、また ジェイドの家とオレん家に分かれて帰って。

昼、沙耶さんの店で合流した。

今は もう夕方。いつも通りにジェイドの家。

ボティスは もうすぐ戻るけど、里に行ってる。


特に仕事も入らず、ダラダラしてる。

夏が終わると、一度 急に少なくなるんだよなー。

盆休みとか夏休みに 降霊したり、心霊スポット巡りとかする人多いし。


そういう時期、今までは父さんのワイン会社で営業のバイトしてた。

ジェイドは神父だったから関係ないけど

朋樹や泰河も、沙耶さんに出会うまでは、修行したりバイトしたり だったらしい。


今は、ハティ板やハティご褒美、並びに ボティスの奢りやシェムハザの取り寄せで

生活はまかなわれてる。

オレらは、ワイン係とボティスの洗濯係が当然の立場なんだよなー。


「まあ、よくわからない宗教や団体は たくさんあるだろうけどね。

大きな宗教から派生したものにも、元の教義を かけ離れたものは たくさんあるし」


猫かまくらベッドの中を、粘着シートで掃除しながら ジェイドが言う。

アンバーの繭は、朋樹の膝の上。

まだ何も動きはないっぽいけど、ジェイドは落ち着いて来た。繭にはアンバーの微かな鼓動が伝わるらしいし。


「終末みたいなこと言って勧誘するところも いっぱいあるだろうしな。

今のところ 引っ掛かるのは、教祖の名前だけだもんな」


コーヒーカップをテーブルに置いて 泰河が言う。

膝にはめずらしく、ヨハネの黙示録 解説書があるけど。

ボティスに『もう一度読んでおけ』って言われてたしなー。

本 眺めるだけで、読んでは ねーよな。ってふうに見えるけどさぁ。


「タイミングが問題よな。

奈落と繋がって、クライシだもんな」


朋樹が、掃除が済んだ猫かまくらに アンバーの繭を そっと戻しながら言ったけど、それなんだよなぁ。

それがなきゃ、あーいう勧誘は見掛けはするし。

ごくマレに。


「短期間で 二度も勧誘を見掛けたってことは

今、精力的に動いてる ってこともあるんだろうけど、スーツの人のことは、ボティスは魔人だとは言ってなかったね」


「そう。人間なんだよな、普通の」


けど、蔵石くらいし... 黒蟲くろむしの件から生き残ってる魔人まびとだって、蔵石がまた出て来ても 逃げるだけなんじゃないかと思う。蔵石から。

恐怖支配されるだけだし、静かに暮らしたいヤツの方が多かった。

蔵石派だったヤツらは、あの件で ほとんどやられたはずだしさぁ。


その辺を言ってみると

「だから魔人じゃなくて、普通の人間を自分の信者にして... っていうのは、考えられることだよな。こうやって地上に浸透していく とか」って

朋樹が答える。薄ら怖ぇよ、なんか。


「朋樹が付けた半式鬼を追えばわかるだろうけど

ボティスたちに聞いてからの方がいいね」と

猫かまくらのアンバー繭を そっと撫でて、ジェイドがソファーを立った。


「ちょっと教会を見て来るよ。

ルカ、付いてきてくれ」


夕方は 祈りたい人が来たり、たまに告解があったりするけど、そんなに遅い時間じゃない間は、ヒロヤくんて子が 子供に勉強を教えてる。


このヒロヤくんは、“ウェンディコ症” っていって

人が食いたくなって 終いにはウェンディコになっちまう... っていう、アメリカやカナダの方で信じられてる精霊に憑かれたことがあって、以前 オレが、沙耶さんの店で解決した。


で、ジェイドが個人的に

教会で “子供たちに勉強を教えてほしい” って

雇ってて、民俗学に詳しい子だから

いずれオレらも知識を借りることにしようって言ってる。こっちは朋樹が雇ったみたいだ。


なんかヒロヤくんは、若いパパになるらしいんだよなー。しかも双子の。

でも、本人もまだ大学生だっていう。

頑張って欲しいし、双子ちゃん抱っこしてみたいよなー。

オレ、小さい時、イタリアにいてさぁ。

あんまり記憶はないんだけど、いつも 一緒の ジェイドとヒスイは羨ましかったし。


ジェイドと 裏口から教会に入ると、後ろの長椅子の方で、ヒロヤくんに 小学生とか中学生の子たちの何人かが 勉強を教えてもらってた。

宿題もみてるけと、一日ひとつは わからないことが わかるようになって 帰ってもらうようにしてるみたいだ。助祭の本山くんも 一緒にみてる。


「ヴィタリーニ司祭」

「あっ、こんにちはー」


ジェイドが挨拶に行くのに、オレも付いて行く。

もう宿題も教えてもらうのも終わった子たちは

本読んだり、教会の敷地で遊んでる。


「こんにちは、ヒロヤくん。本山さん... 」


ジェイドは、子供にも「神父さん」とか

呼ばれて「Buona sera」って、イタリア語で

挨拶してやがる。

ボナセーラは “こんばんは” だけど、夕方くらいから もうこれを使う。

けど イタリア語じゃなくて英語の方が、学校では役立つと思うんだぜ。


「ルカさん、その節は どうも」


ヒロヤくんだ。

オレのこと、ルカさんとか呼ぶんだよなー。

みんな “ルカ” って呼ぶからだろうし、氷咲って苗字 知らないんだろうけどー。


「もういいしさぁ。

奥さんと お腹の双子ちゃん、元気ー?」


「はい、順調です!」


幸せそうだよなぁ。笑顔がいいぜー。


しばらくジェイドが本山くんと、今日 一日の教会のことと明日の予定とかも話して、結局

「じゃあ、明日も よろしくお願いします」とか頼んでやがる。神父 さぼりまくってるよなー。


「じゃあ ルカ。前の方の長椅子に座って」


祈りだ。


ジェイドは、リラのことを思い出してから

毎日こうして、オレを教会に呼んで祈る。


僕の こころのためだ、って言うけど

リラの身体がちゃんと再生されるように と

オレのために。


「あっ、ヴィタリーニ司祭... 」


磔の十字架の方へ 通路を歩こうとしたら

本山くんが ジェイドを呼び止めた。


「この子、信徒さんの お子さんなんですけど

司祭と お話したいようなんです」


本山くんが手で示したのは、制服を着た中学生くらいの男の子だ。

まだ数学の参考書開いて、ヒロヤくんにみてもらってたみたいだけど、これって高校のやつじゃねーのかな?

いやオレ、数字みるだけでダメなんだけどさぁ。


その子は怖々と ジェイドを見上げて会釈した。


「話? 二人の方がいいかな?」


「あっ... あの、仁成ひとなりに聞いて... 」


「えっ? 仁成くん?」って、つい口を出しちまった。


仁成くんっていうのは、オレが仕事で会った 中学生の男の子だ。

榊のとこの狐の、幻惑状態のよもぎに憑かれてた。


「はい。ルカさんですよね?

おれ 河原沿いのカフェで、一度 ご馳走になりました」


ん? と、顔をよく見て

「あっ、ヘルメット被ってた子じゃん!」って

思い出して言うと、その子は恥ずかしそうに

「すみません」って言った。


十字架の件の時の子だ。

キリシタン弾圧をしていた田口 恵志郎という役人の霊を、悪魔として祓った時の。


「信徒さんの お子さんだったんだ」

「仁成くんに言えば、すぐオレに連絡ついたのにさぁ」


ジェイドと 二人で言うと

「おれの家が通っている教会は、本当は ここじゃないんです。でもジェイドさんの教会がここだって、仁成に聞いて来て。

そしたら、“信徒じゃなくても勉強も教えてくれる” とも 聞いたから... 」ってことだ。


ここからは離れてるけど、街中に もう一件、教会があるんだよな。

この教会が、協会に登録されてないから ってこともあるんだろうけど。


ここには、ここから近い人だとか

前神父の時から、ここに通ってる人たちが来る。

うちの母さんも その一人。


でも、普段 教会に ジェイドは居ねーし

この子は何か遠慮して、仁成くんにも口止めして

教会でも、ジェイドを呼んでくれ とは言わず

勉強したり、本 読んだりしてたらしい。


「おまえが怖かったんじゃね?」

「失礼なことを言うな」


「いえっ、そんなこと... 」


焦ってるよなぁ。怖かったっぽい。

中学生から見たら、でかい外国人だもんなぁ。

ジェイドは、オレより ちょっとでかいし。

186センチくらいある。

でも、ジェイドで これなら、ボティス見たらどうなるんだろ。


「名前は?」って 聞くと

「濱田 友輔です」って 答えた。

ユースケくんかぁ。


「それで、話っていうのは?

前の方で聞こうか?」


ジェイドが 穏やかなツラで促すと

その子は「あっ... はい」って、オレの方も 見たから、「オレもー」って、ついていく。


一番前の長椅子に座ってもらって、通路を挟んだ長椅子に ジェイドが座る。

オレは 朗読台に寄りかかって立ったまま。


「あの、おれの親戚のことなんですけど...

えっと 何て言うか、怪しい宗教に嵌まっちゃったみたいで... 」


ジェイドと眼が合った。


「怪しいって、どんな風になのかな?」


「それが... まず神様が、生きてる人みたいなんです」


これ、やっぱりって感じのやつ?


話を聞いてみると、“クライシ様” って出てきた。

うん、やっぱりだったぜー。


その親戚の人たちも 元はカトリックの信徒だけど

普段は特にミサとかはに出席せず、教会にも そう通ってなかったようだ。

熱心では なかったっぽい。


で、最近、その人たちが 夫婦で遊びに来たみたいなんだけど、ユースケくんの両親に

“一緒にセミナーに出ないか?” って 言ってきた。

何のセミナーか聞くと、自己啓発 って言ってたらしいんだけど、もうセミナーに誘うって時点で

ネズミ講みたいなやつか宗教かっ て感じするよなー。


ユースケくんの両親が、“必要ない” って断ると

“必要だってことは 今にわかる”

“この先に不幸が起こる。クライシ様に免れる印を付けてもらえる” って、闇おばさんと同じ話。

もう自己啓発じゃねーじゃん。自分で言ってること分かってんのかよ? って思うし。


“いや冷静になれ。そっちこそ考え直せ” って

散々 言っても聞かねーし

“奇跡の証拠がある” って言うらしい。


「奇跡の証拠?」


相槌だけ打って、静かに聞いてたジェイドが

聞き返すと

「“セミナーにくればわかる、人は人を超えられる” って... 」と ユースケくんが答える。


「それで、“これはセミナーまで他言するな” って

スマホの写真を見せてもらったんですけど

作り物みたいな大きな繭が写ってて、いやたぶん

作り物だと思うけど、何か、大人の人が、それを真剣に話してるのが怖くて... 」


うん 確かに。滑稽で怖いよな。

ただ、繭 ってのは引っ掛かる。蟲っぽいしよー...


「そうか。親戚のかたが心配だね。

ご両親には、なんとか断ってもらった方がいい。

そのセミナーの場所と時間は わかる?

僕が様子を見てくるよ」


「でも、神父さんは... 」と

ユースケくんが、心配した眼をジェイドに向けて

オレにも向けるけど

「僕は、簡単に揺らいだりしないから大丈夫だよ。奇跡は 主にしか起こせないことだからね」と

笑って答えた。
























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