ナポリを見てから死ね! 6


白鳥しろとりを 一度に 五羽 翔ばして

右側の巻き毛の耳から下と、シャツの両袖

ベルベッドのボトムのももふくはぎを、かすめ裂く。

我ながら 繊細なコントロールテクニックだ。

休まず火鳥も お見舞いし

赤蔓を足首に巻いて、石から引き摺り落とす。


「ちょっと! 朋樹!」


「うるせぇなっ!!

おまえ、何 言われたか わかってんのか?!」


クソ、怒鳴っちまった


でも まだ治まりつかん。

こいつ、プロポーズしやがった。

オレの目の前でだ!


また式鬼札 取り出して、翔ばしてやろうとしたら

起き上がろうとしてる巻き毛をかばうように

ヒスイが オレの前に出る。信じられん...


退けよ。おまえ、何のつもりだ?」


かなりのショックを受けながら

何とか虚勢を張って言う。


「この人は、あなたに何もしていないわ。

暴力はやめて」


また頭に血が昇る。何もしてない?


「それに、私にも触れられないわ」と

ロザリオの十字架を手に取った。


巻き毛が イタリア語じゃない言葉で 何か言うと

突然 突風が吹いて、ロザリオの糸が切れた。

起き上がった巻き毛が ヒスイの肩を抱こうと手を伸ばしてくる。


「だから言っただろ!」


巻き毛の顔に火鳥を追突させて 吹き飛ばすと

ヒスイの腕引っ張って、オレの背の後ろに回す。


「邪魔すんな!黙って大人しくしとけ!」


ついまた怒鳴ると、ヒスイはショックを受けた顔をしたが、それは後でだ。


巻き毛に向き直ると、あのイラついた顔してやがって、またカッとする。


「おまえ、いい加減にしろよ!

しつこく付き纏いやがって!」


式鬼札に息を吹き掛けると

炎の蝶が、巻き毛に追突していく。

焼き尽くしてやりたいとこだが

ヒスイのショックを考えて それは我慢した。


「いいか、諦めろ!

オレは今日、ズボン穿いてんだ!

なめてんじゃねぇぜ!」


炎の大群の蝶に追突されて うずくまった巻き毛が

顔を上げて、イラついたって顔を見せる。

最高に腹が立つ。


式鬼札に息吹き掛けようとした時に

巻き毛がまた、わからん言葉で何か言った。


旋毛風つむじかぜが起こって、それに弾き跳ばされる。

式鬼札も手から放れて飛ばされた。

こいつ、ルカみたいに 風 使いやがる。


ただ、ルカの風は精霊だが

こいつは自然の風自体を巻き起こしている。

巻き毛自身が、風の精霊か何かだ。


なら、対象を限定 出来ない。

こいつの風は、攻撃対象のオレだけにじゃなく

近くにいるヒスイにも作用する ってことだ。

旋毛風がヒスイに当たれば、ヒスイも吹き跳ばされる。


ひとまず蔓で拘束するか、と 呪を唱えると

走り込んできた巻き毛が目の前にいて

くるっと反転した。「あ?」って言った時に

強烈な回し蹴りを食らって 突き跳ばされる。


「朋樹!」


ヒスイの真横を背後に跳んで

蹴られた腹を押さえる。声、出ねぇ...


何しろ、逆関節のあの脚だ。

とっさに少し身を引いたが、そうしなければ

内蔵が やばかったかもしれない。

ガキの頃から 散々 ケンカしてきた兄貴や泰河に

少しだけ感謝する。


「ぐっ... 」


ダメだ、痛ぇ。すぐに動ける気がしない。

式鬼札出して白鳥を翔ばし

もう、巻き毛の脚を裂いておく。

あの蹴りを頭にでも くらったら、たぶん死ぬ。


やっと呼吸が出来るようになってきて

少し咳き込む。大丈夫だ。血の味はしない。


「朋樹... 」


泣きかけて眼が赤い。ごめん。だが後だ。


「だ まってろ... 」


よし、声も出た。


巻き毛が 裂けた脚を引き摺り

近付いて来ながら、また口を動かす。

やばい、この距離だと ヒスイに風が当たる。

もう あいつの脚自体を切断するしかない。


式鬼札 出しながら、ヒスイを片腕に抱いて庇うと

旋毛風に、札も片腕も弾かれた。

腕が 感覚を無くす。


クソ。どうしようもない。巻き毛は すぐそこだ。

立てた膝と片腕で ヒスイを包むようにして

一番やりたくなかったことをする。


「... ゾイ、シェムハザ」


助けを喚ぶ ってことだ。クソ。

このままじゃ、ヒスイを護り切れない。

また反転した巻き毛の脚に、赤蔓 絡ませるが

脚はオレの後頭部を掠めた。気が遠退く。


ゾイとシェムハザが立ったのを見て

ヒスイにキスする。皇帝式だ。

どうせなら、オレは気分よく気絶する。




********




ホテルのバルコニーで、ナポリの夜景を見て

「きれいね」と言う ヒスイに頷く。


紺碧の海沿いに、人工の灯りが点る。


親父が神社の神主やってて、実家も純和風だが

ガキの頃は、クリスマスにはツリーを飾った。

夜の灯りなんか 見慣れてるのに

今は、ガキの頃に見上げた あのツリーを

見ているような気分だ。


「本当に どこも痛くない? 大丈夫?」


「全然」


ヒスイは まだ心配するが、もうめてくれと思う。一人でやれてたら良かったけどよ。


あのとき、一時 気を失ったが

ゾイが気付けをして、すぐに目は覚めた。


『これは、ラウルじゃないか』と

シェムハザが言った。


イタリアに伝わる妖精で、フォレッティという

足が前後 逆向きになった外見をしているヤツらがいるらしい。

大半は 人間に対して好意的だが

イタズラ好きで 強い敵意を持つ者もいるという。


フォレッティは、子供の外見をしてるヤツらが多く、旋毛風に乗って 遠くまで移動することが出来るので、“風の群れ” と呼ばれることもあって

性的関心が強く、人間の女性に乱暴したり

スカートを風でめくったりするという困った妖精だ。


この巻き毛、ラウルも

フォレッティの 一種で、男の妖精。

黒いベルベット地の服と 三角帽子を身に付け

輝く目と巻き毛を持つ美青年の姿で現れるらしい。まんまだ。それでしかない。

人間の女を誘惑し、拒んだ者には悪夢を使って

屈服させようとするようだ。


『ラウルを忌避するには、扉の上に

牡牛や牡羊の角を吊るすと良い と言われるが

それでは完璧じゃない』


シェムハザは、シアンを呼んで

ラウルの匂いを覚えさせた。


『まだ彼女に付き纏うなら、お前はシアンの餌になる。またはゾイが お前と遊んでくれる。

天使は お前を本物の風に出来る。覚えておけ』と、いつもの爽やかな眩しい笑顔だ。


『こいつの帽子は?』と聞くので

『ヒスイの部屋』と答えると

ゾイが持って来た。


『帽子を返して欲しいんだろう?

宝と交換しよう』


また笑顔で シェムハザが言う。

ラウルに気に入られると、宝のありかや

当たりクジの番号を教えてくれるというらしいが

確実に気に入られてはいない。


『いいのか? そんな態度で。

帽子を失っても、お前は消えるんだろう?』


シェムハザが言うと、巻き毛は旋毛風を出したが

シェムハザが指を鳴らして 簡単にほどいた。

この辺も、オレには かなりキツかった。

オレは何も出来なかったからだ。


『どうする? もう 一度 指を鳴らして

帽子を消し炭にしてもいいが... 』


巻き毛は、黙って後ろを向くと

アーチの窪みの石に手を置いて、呪を唱えた。


石が ずれると、中には羊皮紙が入っていて

ラテン語か何語かで 説明が書かれた

魔法円の図があった。


シェムハザは それを受け取ると、帽子を返し

『二度と現れないと誓え』と笑って

シアンを引き、巻き毛は消えた。


『ボロボロだね』と、ゾイが オレを見て言う。

どうやら、はっきり物を言うタイプみたいなんだ。


『こうなる前に喚ぶべきだよ。

シェムハザが収めたから、私は何もしてないけど』


そう言いながら、オレの背や頭に手を置く。


『おう。悪い』と 答えると

『中身は傷んでない。良かったね』と

ゾイは、特に痛んでた腹に両手を当てる。

ズキズキと残っていた痛みが 薄れて消えた。


『ヒスイ、私は あなたにも喚ぶように言った』


ヒスイは もう泣いていた。

『ごめんなさい。

もう怖くて、わからなくなっちゃって』と

鼻を啜りながら言う。


『だが、朋樹が喚んでいなければ

朋樹は死んで、君もラウルに連れていかれていた』


シェムハザが 珍しく、厳しい声を出す。


『今回は、ラウルに目を付けられた という

事故のようなものだが、それだけでないこともある。君は、ジェイドの妹で 朋樹の恋人だからだ。

ジェイドや朋樹を護るためにも、何かあったら

すぐに喚ばなくちゃいけない』


『わかったわ。ごめんなさい』


ヒスイが言うと『うん、わかった』と

ゾイが抱き締めて

『やめろって』と オレが言ってやると

『またね』と 笑って消え

『朋樹。ラウルを よく殺さなかった。

日本で またワインを』と、シェムハザも消えた。



しばらく黙っていたけど

ナポリの夜景を、亜麻色の眼に映したまま

ヒスイが「ねえ」と 口を開く。


「あなたたちの仕事って、ああいうことなの?

私、もっと違うものだと思っていたわ。

普通の神父様みたいなものだって。

でも シェムハザが、“よく殺さなかった” って... 」


そりゃ 殺れねぇだろ。おまえの前でよ。


「いいんだよ、仕事の話は。

オレは 今、休みなんだから。

今日みたいなことは滅多にないよ。

それより “ケ コーザ ヴォイ ダ メ” って何だよ?」


ヒスイは まだ不安そうだったが

「“私に何か用?” よ」と答えた。

普通の質問か。まあいい。いや 良かった。


「よく覚えてたわね。一度しか言ってないのに」


「まぁ、覚えはいいからな。そこそこ」


「ラウルが言ったことは、わかってたの?」


スポジアーモチ...


「いいや」


「でも、怒ったわ。

“何 言われたか わかってるのか?” って... 」


「うるせぇな。何 言われてても

オレは怒るんだよ」


眼を逸らすと、ヒスイが小さく笑う。


「あなたって、色がない印象だったわ。

白い紙に墨で描いたみたいに」


ああ、言ってたよな。最初に会った時。

薄っぺらで つまんねぇ印象だったんだろうな。

今より つまんねぇヤツだったし。

血肉が詰まった 人間の形の物だった。

オラウータンだって 最近 知ったけど。


「今は、あの海みたい。紺碧の色よ」


眼を見るけど、何も言えん。


「気を失う前、私にキスしたわ」


やっぱり眼は逸らす。


「あなたは やっぱり、今夜も素敵だったわ」


「終わった後に言わせる って言ってんだろ」って

答えたら、ヒスイは また笑った。


「もっと、何か言って」


眼が 空の星に向く。ちくしょう。かわいい。


「あなたは、言葉が少ないと思うの。

日本の男の人はそうだ って聞くけど。

だって、また帰っちゃうのよ」


「まだ帰らねぇぜ。来たばっかりだろ。

あと4日ある」


「そうだけど... ナポリを見たわ。死なない?」


何だよそれは、と ヒスイに眼を向けると

本当に不安そうだった。


「ヴォレイ ラ トゥア マーノ。ディンミ ディ シィ。お前が答えれば、オレは死なねぇよ」


恥ずかしいから 一気に言ってやる。眼は見ない。

でもいつかちゃんと、日本語で言う。

オレは日本人だしな。


「... Scemotta」


嘘だろ?!

シェモッタ... “おばかさん” だ。


つい真顔で見ると、ヒスイは だいぶ笑ってから

「Accetto volentieri」と 答えた。


アッチェット・ヴォレンティエーリ...


「で、意味は?」と 聞くと

「あなた、どうしてイタリア語で言ったの?

答えたって わからないのに。発音もひどいわ」と 言われる。

恥ずかしいから とは答えない。恥ずかしいから。


「習いに行く暇は ねぇし

ジェイドやルカに聞けねぇだろ。こんなこと」


「ああ、そうね。やめてちょうだい。

きっと会う度に言うわ。二人とも。

“喜んで お受けします” って意味よ」


うん。そうか。

泰河がニヤけるツラが浮かぶ。勝手に腹立つぜ。



Vorrei la tua mano

Dimmi di sì.



********「ナポリを見てから死ね!」了



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