犬神 榊 (ヨロズ相談所)

犬神 1


「シェムハザ、お前 何したって?」


「留守中に 二本程、共に映画を観たが... 」


ルカの家じゃ。


ソファーには、テーブルを挟み

ボティスとシェムハザが向き合うて座り

儂と浅黄は、ルカと共に

三つのベッドの 真ん中と右に、三人で固まり

ソファーの 二人を 静かに見ておる。


「ふん。何を?」

「シレーヌの話と、あのダメな男の話だ」


「あいつ、なんで あんなに機嫌悪ぃの?」と

ルカが小声で聞く。


「榊が シェムハザと、クッキーとココアなどを

食したようだ。それをシェムハザが話したのであろう」と、浅黄も小声で答えると

ルカは「うん。そりゃ しょうがねーかな... 」と

納得などをした。 むう...


現在、里では 結界の張り直しをしておる。

儂が 内より破ってしもうたため、大規模な張り直しではあるが、張り直しが済むまでは

シェムハザが里の周囲に、天空の霊などを置き

不審なものを避けるようにした。


結界を破った儂に、玄翁は「良い」と言うた。

「構わぬ。生きておるのである故」と。

ふむ、と 頷いたものであったが

返事などは返せず、やはりまだ しくしくと

胸は痛んだ。

このように、ボティスが 戻ってきたというのに。


儂は、リラのことを忘れておらぬ。

だが人は 忘れてしまうというのじゃ。


哀しむことも許されぬのであろうか... ?


そのように思うと、胸の内が ギリと鳴る。

理解などせぬ。するものか。

解らぬことなど、解らぬで良い。


しかし、何かが引っ掛かっておる。


思い出せぬことがあるように思う。

何かを置いて参ったのではあるまいか... ?

あの泡沫うたかたの波に。



先程、そのようなことを考えながら

里の広場を とぼとぼと歩いておった。


里は夜。ボティスが戻った後は

儂が狐の姿になっておっても、浅黄は何も言わぬ。


広場の隅に咲く、シャガの近くに参り

狐火を 一つ出すと、桜や紅葉を愛でる。

ライラックの甘い香り。

薄き桃紫の色に、リラを想う。


ルカを、しあわせそうに見上げるリラを見た時

儂は 何かに満たされた。


ライラックの上の月を望み、また視線を下ろすと

木の向こう側に、伸ばした足が見えた。


「むっ?」


ジーパンなどを穿き、スニーカーじゃ。


「よう、榊」


木の裏にはルカがおり、花を見上げておったようじゃ。思い出したものか と 思うたものだが

そうではないようであり

ただ「きれいだよな」と言うと

「ボティスが、おまえと浅黄 連れて来い って言うからさぁ、迎えに来たんだけどー」と

立ち上がった。


「なんか、ぼんやりしちまってさぁ」


ふむ、と頷き、共に屋敷まで歩き

浅黄を伴うと、山頂から明るい日差しの下に出る。人里は午前中にあり、眩しくあった。


「おお、バイクじゃ!」


浅黄は ルカのバイクを見て、大変に はしゃいだ。

一度 乗ってみたくあったようじゃ。


「どのようにして乗るのじゃ?」と、儂が聞くと

ルカは 浅黄にヘルメットを渡し

「榊は、狐で真ん中。オレの肩に前足置いて

シートに立てよ」などと言う。


ルカの後ろに飛び乗り、儂の後ろに人化けした

浅黄が乗ると、儂を挟み、ルカの腰に両手で掴まった。ふむ。怖くはない。

のんびり走った故、意外に楽しくあった。


「連れて来たぜー」と言う、ルカと共に家に上がると、仏頂面のボティスとシェムハザが向き合うておったのじゃ。



「観るまでは別に構わんが、その後だ」


「決まってるじゃないか、ボティス。

クッキーとココアだ」


「何故だ? しかも何だ?

その 当然と言わんばかりの顔は?」


「お前が 天に取られたりなどしたからだ。

女が泣くときは、誰が悪い?」


むう...  無茶を言うておるように思い

「理屈、おかしくね?」「厳しいのう... 」と

こそこそと話す 二人に、儂も同意したものだが

ボティスは「... 男だ」などと答えた。


「そうだ、ボティス。

またこんなことがあってみろ。

クッキーでは済まんからな」


ボティスは、ケッという顔で横を向き

指で耳輪ピアスを弾いたが

どうやら、了承などしたように見える。


「オレ わかんねー」「俺も何か納得はいかぬ」と

また 二人は小声で話しており、儂もわからぬであったが、シェムハザとボティスの間では

これで道理が通るようじゃ。


「分かればい」と

シェムハザがソファーを立ち上がると

ボティスは「観らんのか?」と

テーブルの上の平たい箱を顎で示した。

件の映画じゃ。


「フランスは 今、夜だ」と

シェムハザは立ったまま ボティスに言うた。


「そうだな」


「俺は妻を 愛... 」

「わかった、帰れ」


ふむ、皆までは言わせぬようじゃ。

先程の話に納得はしたが、機嫌は悪くあるのう。

片膝などをソファーに立てておる。


「また こっちが夜の時間に来るが

その時なら... 」


「いらん。もう お前とは観らんからだ」


「拗ねてやがる」「すぐ ああなるからのう... 」

ほう... 儂は知らなんだ。何か新鮮に思う。


シェムハザは「そうか、残念だ」と答え

「ディル、クッキーとココアを」と取り寄せ

笑いを堪えた顔にて、こちらを振り向き

「ルカ、夜 教会で。浅黄、頼む」と言うて消えた。


「浅黄」と、ボティスが ソファーの向かいを指差し、浅黄が「うむ」と向こうて座る。


「おまえさぁ、そこまで拗ねなくてもさぁ... 」


ルカが言うと「うるせぇ」と答え

「お前等、飯でも行って来い」などと言うた。


「のっ!」

「うわっ、なんでだよ!?」


「俺は、浅黄と観る。

お前は うるさい。榊は どうせ腹が鳴る」


「なんだよ、それ!

オレはまだしも、榊は... 」


「俺は、浅黄と観る。二時間で戻れ」


浅黄が振り向き

儂等に “行って参れ” と眼で示す。


「行こうぜ、榊!」


ルカは ムッとして出たものだが

まだ横を向いておるボティスを見ると

儂は何やら、笑うてしまいそうになった。




********




「なんだよ、あいつ!」


ルカは、ヘルメットなどを儂に被せても

まだ怒って言うたが

「... ま、けど すぐに機嫌 戻るしな」と

気を取り直した。ルカも すぐ戻るようじゃ。


「榊、何 食う? アジ?」


「ふむ。鯵であっても、一夜干しなどが良い。

このところ 食しておらぬ故」


「じゃあ、定食屋さんに行こうぜ! 乗れよ」


ふむ、と 乗り「ここ、魚系 強いんだぜ」という

定食屋にて、小さなテーブルに収まり

一夜干し定食と、ルカが別に取った刺身なども

食し、大変に美味かったのであるが

「コーヒー 飲みてーよなぁ」と、また移動する。


「カフェ入るー?」と、バイクの前から

大きな声で言うてきたが

「持ち帰りにし、外で飲むが良い。

天気が良い故」と 儂が返事をすると

「うん、そうだな」と、どうやら河川敷へ向かう。菫青川近くのカフェで買うようじゃ。


ルカが以前より、よく行く という店であり

今はボティスと 週二、三回程は行くと言う。

儂も、蒼玉そうぎょくの婿入りの際に利用したものだが

古めかしい異国のカフェという雰囲気であり

食事や珈琲なども美味く、良い店に思う。


持ち帰りの珈琲を買いに入ると

ルカは、店員などに「氷咲くん」と名を呼ばれ

挨拶されており

「バイク 停めさせといてもらってもいい?」などと 聞いておる。


「うん、全然いいよ。彼女?」と

儂等の珈琲の仕度をしながら、店の者が聞くと

「ボティスの。今 オレとデート中だけどー」などと答えたので、儂は 頬が熱くなるのを感じた。


珈琲は、昼の内は まだ冷たいものを選ぶのだが

「飲みやすく でー」と、ルカの我が儘が利くようで、淹れ立ての熱いものを 硝子のポットごと氷に浸けて冷ましてもらい、すぐに飲めるような

適温のものを 紙のカップに入れてもろうた。


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