犬神 5


「これで、依頼人の家に戻れば

依頼人の妻の足取りは終了となる。

特に、話をした者もいないようだからな。

明日の昼間にまた、働いている飲食店と

さっきの店に行くことになるが

昼も何もなければ、オンセンに行くからな」


「ふむ」と、言うておる間に

もう依頼人の家が見えて来た。

特に、何もなかったということになる。


ボティスが桃太に電話を掛け

そのみねを伝えると

奥方は入院となったようであり、桃太たちも

これから戻るということであった。


近くに公園などがあったので

そこで待つ と伝え、公園まで歩く。


遊具などもある公園ではあるが

ひなたの気に入りの滑り台のある公園ではなく

ちぃと寂れておるように見えた。

夜であるからかもわからぬが。


ベンチに座り、渡されたスナック菓子を開ける。


「オンセンの後は、どこに行く?」


隣から菓子の袋に手を入れながら聞く。

指に取り、一度見つめてから食すと

「ベーコン味とあるが、ベーコンの味はしない」と言うた。


珈琲を開けて飲むと「答えろ」と、儂を見る。


「む... 儂は、人里に何があるかも

よう知らぬ故」


「なら、行ったことがある場所を行ってみろ。

ミンシュク、花火、海、映画。それからどこだ?

コンビニなどの店は含まん」


ぱりぱりと、ベーコン味というスナックを食しながら考えるが、電器屋なども店であり

教会はわかっておる。

バー、ショウパブ、カジノ...


「思い出す限りは、それだけであるがのう」


「テーマパーク、水族館、美術館、動物園。

細かいところを言えばもっとあるが、選べ」


「む... ならば、水族館に。

ペンギンとやらに、会ってみたくある故」


儂は、共にあるのなら

このように公園で 良いのであるが。


「良し。いずれ全部 連れて行くが」


ペンギンとは、と 笑うておるが

「お前は、どれも行ったことがあろうか?」と

聞くと「美術館には、世界中 行った」と答えた。


「後は、行く訳ないだろ?

海洋生物は 海に潜れば見れた。動物も同じだ。

オペラのホールなどには入ったが」


「ふむ... 」


「俺は、お前と行きたいと思っている。

普段は散歩に食事が精々だが、時々 変わったことをして、普段は見ないものを見る。

そういった時の お前の顔が見たいと思うからだ」


なにやら胸が いっぱいになり、頷くと

「国内に慣れたら、次は世界だ。

まずはシェムハザの城だが、塩湖に白い砂漠

イグニスの滝、アンテローブキャニオン

グエル、ランペデューザ、テカポ湖、ナミブ砂漠

オーロラの中へ連れて行く」などと言う。


「何があろうと、こうして お前の元に帰る」


それだけで 良いのだ。


「必ずだ。約束する」


儂は、しあわせにあった。




********




一度 相談所に戻ると、また朝 集まるということになった。浅黄は相談所に泊まるという。

「皆でトランプをするのだ。ぬらりが強いという」と、楽しそうにあったが

儂は、ボティスと空の散歩などに出た。


狐であっても、人化けしておっても

掴まることに慣れて来た故、飛びやすくあるという。


「あれが狸山、隣がオオカミ山だな。

洞窟教会がある。もう魔人まびとは潜んでいないと思うが... 」


むう。大神様の山と聞くだけで

儂は恐ろしくある。近寄うたこともない。


「岩が多い山だ。琉地がしょっちゅう行っているが、たぶん史月しづきは ゲームばかりしている」


泰河が、する暇がない と

大神様にやったと言うておったが

朱緒あかお 様は、なかなかに厳しくあり

また 大神様を扱われることにけておられる。

実質、朱緒様が山神であろうとも思える程よ。

そう 一日中ゲエムなど出来まいのう。


「さて。一度シェムハザが来るかもしれんな。

帰るか」と、儂に眼を向けるが

このように空におる時は、顔を見るのが

なにやら照れ臭くある。近くある故。

普段は、見上げることに慣れておる故。


「ふむ」と、視線が合うた時に

遠吠えなどが聞こえた。


「史月の山じゃないのか?」と、眉をしかめ

「寄ってみるか」などと言う。


のっ と、思うたが

「相談所にいるか?」と聞かれた故

「いや。儂も行く」と、まったくに意味の無い

虚勢などを張る。

実のところ、共に居りたくあったのだが。


「そうか。大丈夫か?」と また聞くので

「むう、何がであろう?」と、ふいと答えると

「なかなか変わらんな お前は」と笑い

五山に向かうて、羽ばたき出した。




********




「史月、ボティスだ」


旧道の塞がれたトンネルの前で言うと

穴を塞ぐ岩石が消え失せ、大神様が歩いて来られた。


「よう。珍しいな... おおっ?! サカキか?!」


大神様は、人型にあっても大変に大きくあり

里の慶空程はあろう。

黒きウエイブの髪を束ねられ、黒き革の上下を

召しておられる。ショオトブーツをコツコツと鳴らされ、見るからに迫力があられる。


意志の強くあられるといった感じの太き上がり眉に、秋空のようなあざやかな碧き眼。

高き鼻に、笑われると覗く牙。

狼然とされた方じゃ。


「お 大神様、三の山の、榊に 御座います... 」


「オマエを知らねぇヤツは、六山にいねぇだろ」


豪快に笑われ、儂はビクリとした。ぬうう...


「遠吠えのようなものが聞こえたが」


ボティスが言うと、大神様は眉根を寄せられた。


「うちからか?」


「定かじゃあない。まちでは

“犬神が出た” というから、気になった」


「犬神だと?」


大神様は、益々に眉間の皺を深くされる。

呪物の造り方を知っておられるならば

それも 仕方のうあろうが...


突然、上に向くと遠吠えをされ

儂は小さく飛び上がり、ボティスに肩を抱かれた。恥ずかしゅうなど思うておる余裕などない。


トンネルには、大量の足音が押し寄せ

五山の者等... つまり、野犬の者等が

ざわざわと押し寄せて来た。

げに恐ろしき このさまよ...


「おや? 榊様」「これは珍しい」

儂のことは良かろう... 見られとうない...


「犬神が出たと聞いた」


大神様が仰られると、皆 一様に唸り出した。

何とか、気を失うたりせぬようにせねば...

知らぬ内にボティスのシャツを掴んでおったが

暫く気付かぬであった。


「探せ」


また大神様が仰られると、吠え唸りながら

儂等の真隣を走り抜けて行く。

腰が砕けぬであったのは、奇跡であろう。


「犬神ですって?」


朱緒様の声じゃ...


朱緒様は、ヒイルを こつこつと繊細に鳴らし

トンネルを出られると

「榊じゃない!」と、儂に眼を止められる。

良いと 言うに...


豊かな胸の下までの黒きウエイブの髪に白き肌。

異国人のような御顔立ちをされており

史月様と同じ色の 秋空色の美しき眼。

ふっくらとした くちびるからは、笑われると

やはり、牙などが覗く。


「初めて来たわね! ようこそ。

柘榴に聞いているわ。恋人と来てくれるなんて!」


「おう。オマエがまさか、依りにも依って

ボティスだとは!」


「うるせぇ」


豪快に笑われておるが、朱緒様が儂の前に立たれ

何を考えられたが、頬にくちづけなどをされると

儂は ついに、気が遠退いたものであった。




********




「オマエ、今 ズルしただろ?」


ズルじゃあない。ワザだ」


眼を開けると、秋空の如き碧き眼が

儂を覗き込んでおった。


「さかき」


「ぬっ... 」


夜霧やむ、榊が起きたの?」


パチリとした眼に

意志の強くあるような上がり眉。

まだ幼くあるが、ニと笑うた口に牙が覗く。

儂を覗き込む、ヤム と呼ばれた童は

御二人の御子息であろう。

幼くとも、やはり恐ろしくある...


「おきた」


儂は、狐身に戻っておったらしく

ソファーなどに寝かされており

ちぃと離れて、ボティスと大神様が胡座をかき

ゲエムなどをしておった。


「ごめんなさいね、榊。

まさか倒れちゃうなんて」


朱緒様がカップなどを儂に渡された。

両の前足に挟んで受け取ると、中身は甘いオーレであった。

儂の隣には、御子息が座られ 笑うておられる。

儂は、ビクビクとしながらオーレに

長い鼻の口を付けた。


「その子は、息子の 一人の夜霧よ。

人語を覚えてきたの。他の子は、皆と出てるわ。

どういう訳か、男の子しか生まれないから

女の子が珍しいみたいなのよ」


「む... 」


夜霧様は ニコニコと笑い、ちぃと近くに詰める。


「クソッ! もう 一戦だ!」

「さっきから そればかりだろ?

お前は下手じゃあない。ただ、熱くなるな」


ボティスは、ちらと振り向き

「起きたか」と言うたが、また前を向く。

むうう...


「さかき」


「む...  ふむ... 」


「ふふ」


なにか嬉しそうにある。


「あそぶ?」


「むっ... 」


儂は人化けをし、薄うに くちびるを開くと

狐火をひとつ出した。


「... これは熱くならぬ故」


三つ尾になった折りに、黒炎の放射も出来るようになったが、このように熱のない狐火も出せるようになった。


指で、ふわりと狐火を押すと

夜霧様は「わあ... 」と 眼を輝かされた。


ふわりふわりと揺れるそれを追う。

ソファーから跳ばれたが

熱のない狐火は、強く追うと空気に乗り

ふわりと逃げる。


「近くに降りるのを待たれて

そ と触れられると良い。割れぬ故」


夜霧様は、ふわりふわりとした狐火が

そろりと降りると、指で ぴと触れられ

また儂に笑うた。ふむ...


今居る室内を よう見ると、四の山のキャンプ場にある、バンガローのような処であり

奥には、門のような 二本の木の間に

洞窟が繋がっておる。


夜霧様が狐火に息を吹き、上に舞い上げて

遊ばれる様子を見ておると

バンガローの扉がノックされ

「史月様」と、開いた。


そこには、黒毛の大型犬がおり

「山の、麓に... 」と 唸る。


「朱緒、夜霧と待っておけ」と、史月様が言われ

ボティスも立ち上がり、儂に手を差し出した。


「さかき」


夜霧様に呼ばれ、む と振り向く。


「また くる?」


「ふむ」と 頷くと、夜霧様は ニコリと笑われた。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る