犬神 6


「麓で お前等が固まってる場所だろ?

先に行け」と、ボティスが大神様に言うと

大神様は、元の白銀の狼の御姿に戻られ

黒犬の案内に従い、山を駆けられた。


恐ろしく大きくあられるが、神々しくあられる。

儂であっても、ついおそれに見惚れる程じゃ。


背に鴉色の翼を広げたボティスと飛び

空から探すと、麓... 教会の墓地の裏側近くの森に

野犬の大群と共に、大神様がおられた。


少し離れた場に降り、歩いてくだると

ボティスが「史月」と呼ぶ。微かな血の匂い。


「ん? 早かったな」


くだりだからな」


無理が無かろうか?


しかし大神様は 細かき事などは気になさらぬようで、人型になられると、地面を指差された。

辺りは暗く、街灯などもない森であるので

狐火を出す。


赤橙の狐火の下には、首の断面があった。

大きさから 中型の成犬であろう。


「殺られて 二、三日ってとこだろう」


断面は、すぱりとは斬れぬであったようで

浅く波立っておった。

皮膚や筋肉などの周囲を切ったのち

環椎などは叩き折った様な跡がある。


首から下の身体は埋められており

明らかに人間の仕業じゃ。


己の恨みを晴らす為か、しくは

犬神が欲しい などの 要らぬ欲の為か

何が理由であろうが、他の生命を奪ったのじゃ。

意味もなく 犬猫などを殺傷する事件などを聞くと、ひどく憤りを感じる。我等 畜生にも劣る。


... だが


知らぬ犬を埋めることなど、そうそう出来ぬように思う。

例え... こう考えるのは 恐ろしくあるが

四足を折って自由を奪ったとしても。

生命の危険を感じれば、遮二無二しゃにむに 暴れる故。


ならば、飼っておったのであろうか... ?

共に暮らしておった者を?


胸がギリリとする。

もし そうであるならば、この者は

どのような想いで亡くなったのであろう?


ただでさえ、他者に このようにされることなど

堪えられたものではない。

その上、信じた者に裏切られたのだ。

何故 と、それしか想えぬか

もしやすると、最期まで 愛したかもわからぬ。


儂は、この者等を恐れてはおるが

大変に愛情深き者であることは知っておる。

信じきり、愛しきるのだ。

我等も 人等も、足下あしもとにも及ばぬ程、純粋に。


「うちの山の者じゃない」


大神様は、静かに仰られた。

ズキリと胸が軋る。


「人里の者だろう」と

土のついて染みた、茶の革の首輪を出された。

近くに埋められておったものらしい。


カッと何かが突き上がってきた時に

ボティスが、儂の手を包む手に 軽く力を入れる。

ならぬ、流されては と。

正しく見えぬようになる故。


「弔いを」と、大神様が言われ

また狼の御姿に戻られると

土に汚れた首肉を 一部、噛み下された。

野犬達が群がり、遺体から施しを受ける。


「首輪を」


ボティスは、大神様から首輪を受け取ると

「お前等は目立つ。山を降りるな。

殺ったやつを 探したら呼ぶ」と言い

儂等は、五山を降りた。




********




灯りのない教会の、外門の柵の前で

ボティスが「シェムハザ」と呼んだ。


色の光... オウロラのような何かが揺らめき

爽やかに甘く匂い、シェムハザが立つ。


「それは?」と、整った眉をしかめた。

視線は、ボティスの手にある首輪にあった。


シェムハザは術使いであるという。

一見するのみで、呪物であるとわかるのであろう。


「犬神というもののようだ」


ボティスが説明をすると、首輪を受け取り

明るきみどりの眼がかげる程に、怒りをあらわにする。


「シアン」


名を聞くだけで、儂は身が震え

ボティスが 儂の肩を引き寄せた。


シアン... 恐ろしき地界の猟犬じゃ。

シェムハザが、古き呪物の頭蓋から造り上げ

地界から魂を喚び、使役しておるという。


闇色の身体に赤き眼。グルグルと唸る喉の口から

酸のよだれたらし、地を溶かす。


「首輪の首の在処ありかぬしを。

なるべく追い込んで連れて来い」


シェムハザが頭を撫で、首輪の匂いを嗅がせると

シアンは地を蹴り消えた。


「しかし、教会の裏の森で など...

ジェイドも あいつ等も、何も聞いていないのか?」


「極限まで飢えさせるようだからな。

吠えることなど出来たかどうかは わからん。

もし声が出せても、そこは野犬等の山だ。

単なる喧嘩か何かだと思う恐れも高い」


「そうか... 」と、シェムハザは首輪を見つめ

「ジェイド等は?」と 思い出したように聞く。


「別口の仕事だ」と ボティスが答えると

「シアンが戻るまで、テラスにでもいろ」と言うて、一度 消えた。


ちら と、ボティスを見上げると

「あいつ等の様子を見に行ったんだろ」と

儂の肩を抱いたまま歩き出す。

シェムハザは、毎晩 様子を見に来るようで

面倒見の良いことよ、と 感心する。


だが最近は、里でも

ボティスの軍の副官であるという アコを

しょっちゅう見掛けるが。

玄翁や蓬、羊歯等と ボオドゲエムをしておる。


カフェなどに着くと

「そろそろ腹が鳴る頃だろ?」などと言われ

幾らか食事なども頼んで、外の席に座った。


夜も明るい灯りの下で

「シェムハザもどうせ飲む」と瓶で取った

葡萄酒などを、グラスに注いで飲む。


「気が利くじゃないか」と

空いた席に シェムハザが出現し

「ジェイド等は 特に問題ない。単純な呪詛だ」と

葡萄酒の瓶を手に取った。


「浅黄等には伝えぬで良いであろうか?」と聞くと、シェムハザが

「必要があれば、俺が伝えに行く」と

大皿の海老をつまんだ。


突然に背筋がゾクリとした。

シアンの気配ではない。

依頼人の奥方の時に感じた、あの気配じゃ。


「犬神が」と言うた時に

白黒のまだらの小さき者が、ボティスの肩に乗った。

焦り、椅子から立ち上がると

腕を伸ばしたシェムハザが それを掴んだ。


「成る程、これが犬神というものか。

朋樹の式鬼と似ている。

ボティス、ぼんやりするなよ」


ボティスは 耳輪を弾き

「俺には入れん」と、胸に手を置いた。

胸には、伴天連バテレンであるジェイドの肩から写した

黒き十字架があるが

ミカエルという天使の加護が掛かっておる。


グルル... と、シアンが唸る声がする。


「榊を」


シェムハザが 葡萄酒のグラスを口に運んだ時

通りすがりの男に、シアンが飛び掛かって倒し

胸に乗る。

周囲の者には、見えぬ何かに突き飛ばされたように見えたようで、騒然とし始めた。


ボティスが「声は預かる」と、椅子を立ちながら

異国の言葉で呪を唱える。

「ギャルソン」と 店の者を呼び、会計用紙と

幾らかの札を クリップから外して渡すと

儂に 手を差し出した。


「シアン、溶かしきるなよ」と シェムハザが命じ

「身体の場所で」と、茶の首輪を見せて消える。


儂は、ボティスに手を引かれ

一つ角を曲がると「掴まれ」と 抱き上げられ

何も聞けぬ内に、教会墓地の裏に降りた。

また手を取り、犬神の身が埋まった森まで歩く。


「先程の男は? あれが犬神の... 」


「そうだ。どうやら 決まったターゲットがいた訳ではなく、無差別に楽しんでいるようだな。

快楽殺人型の奴だ。

首輪の場所に現れたのは、保身のためだろう。

事が露見しないよう、自分の事を嗅ぎ付けた奴を

犬共に追わせてやがる」


森に入ると、先に出した狐火の場所に

もうシェムハザが立っておった。

片手にはまだ、白黒 まだらいたちのようなものを握っておる。「早いな」と、振り向いたが

ボティスは「タクシーだ」などと答えた。


シアンがシェムハザの隣に出現すると

またボティスが、儂の肩に手を置き

自分の元に引き寄せた。

シアンは恐ろしくあり、このように肩を包まれると、儂は自分の身が ちぃと小さくなったように

感じられるのだが、同時に安堵もする。


シアンは、犬の首を口に咥えておったが

それを地面に転がした。

眼の落ち窪んだ 薄茶の犬の首は

半分程、シアンの酸に溶かされておった。


あの男は、と 聞こうとした時に

大神様が走って参られた。

男の脇腹を、口に咥えられて。


ドサリと男を落とされると、前足を上に置かれ

男が逃げられぬようにされた。


「シアン、いい子だ。また食事の時に呼ぼう」と

シェムハザが頭を撫でると、シアンは消える。


「仕事だ」と、ボティスが儂の肩を離した。









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