犬神 4


「かける奴を間違えた。あいつは いつも

一方的に喋り、切る。これからはジェイドだ」


ふむ。慣れておるものか

ため息などは吐いたものの、そう怒っておらぬ。


「今の話じゃ、三日程 保留だ。

祓える奴がいないからな」


須佐様を頼る気などは

ハナから無いようであるのう...

こういった時、儂が勝手に界を開こうものなら

著しく機嫌を損ねることは、学習しておる。

“喚べ” と、言うてからしか ならぬのじゃ。


「そういった噂はあっても、たった今

憑かれた奴がいる って訳じゃあないんだろ?

俺は、この国のオンセンリョカンというものに

興味があり、仕事も休みだ。浅黄とは海に行けなかった。どうだ、近場で どこか... 」


むう。怒らぬであったのは、そういった理由もあったようじゃ... 堂々と遊ぼうとしておる。

儂等からすると、里と変わらぬ気はするが

「活け作りという刺身もあるようだ」などと

言われると、そそられるものはある。


「しかし、何かあった時に

すぐに戻れぬであると... 」と、桃太が言うが

「依頼人は誰だ?」と返された。


「お前等、アヤカシ相手専門なんだろ?

この ぬらりが依頼人ということか?

お前もオンセンに行くだろ?

如何にも好きそうな顔をしているからな」


ゴオルドの眼を ぬらりに向けると

ぬらりは、ちぃと縮こまったが

「温泉は良いが...

周囲には、ひなたのようなわらしのおる宅も

あるでのう...

童に危害などがあったり、宅を乗っ取られ

居所を脅かされることとなれば... 」と

もそもそ言うと、ボティスは黙った。


「ふん。じゃあ、噂が立ったら呼べ。

とりあえず飯に... 」と言うて、座敷を立とうとすると、浅黄のスマホンが鳴った。


「沙耶夏じゃ。珍しいのう」と出ると

「スピーカーにしろ」と

ボティスが眉間に皺などを寄せた。


『浅黄くん、ごめんね。

ボティスさんと 一緒だって聞いたから。

彼、電話に出なくって』


「なんだ?」と、ボティスが答えると

『ああ、本当に 一緒なのね。

“何かに憑かれた” っていう相談が入ったの。

ゾイも泰河くん達と行ってしまってるから... 』と言う。


「待て。お前は 一人でいるのか?」


『ええ。でも大丈夫よ』


「いや、いかん。マルコかハティを喚ぶ。

あいつ等は何のつもりだ」


『私が “大丈夫” って言ったのよ。

ゾイは 明日には帰って来るみたいだし。

それより、相談された方の話だけでも

聞きに行ってもらえないかしら?

お店が終わってからなら、私が行ってもいいんだけど』


「やめろ。そいつの連絡先と住所を言え」


葉桜がメモをすると、受け取りながら

「マルコ、沙耶夏を頼む」と言うて

また ため息などを吐いた。




*********




「ボティス、俺等が話を聞く故

なるべく話さぬで良い」と、先に浅黄に注意を受け、桃太が相手先の呼び鈴を押す。


『はい』と返事があったので

「如月から連絡を受けて参りました」と

桃太が挨拶すると、鍵と扉が開けられた。


開けた者は、この家の主人らしく

ボティスを見てギョッとしておるが

室内から、人の吠える声が聞こえた故

背に腹は代えられぬと、儂等は中へ通された。


「家内は、昨日の夕方から

様子がおかしくなったんです... 」


部屋のひとつからは、ガリガリと爪の音がし

儂にはゾッとする気配を感じた。

犬じゃ。間違いなかろう。


桃太が話を聞くと「寒気がする」と言いながら

笑うており、五合あったという釜の飯を全部食べ

普段は生で食さぬものも食べ始めたという。

この時点で、二人おるという子供は

親戚に預けたようじゃ。賢明に思う。

そのうち、四つ足になって吠え出した、と。


「病院にも連れて行くべきなのですが... 」と

迷うておるので

「怪我などされてはなりませんから」と

桃太が勧め、病院に電話をさせる。


御主人ひとりでは連れて行くのが難しくあるので

桃太と浅黄が付き添うこととなったが

「昨日、奥様が行かれた場所や

会われた方などはわかりますか?」と聞き

わかる限りの情報をもろうた。

儂とボティスが、こちらを回ることとする。


一度その家を出ると「桃太殿とおる故」と

浅黄が儂にスマホンを渡した。

「ふむ」と受け取ったが、結局ボティスが

ジインズに仕舞う。


奥方を取り押さえながら、車に乗り

出るのを見送ると

儂とボティスは、奥方がパアトしておるという

飲食店へ向こうた。


「しかし、どのようにしたらわかるかのう?

犬神を人に憑けておるのであれば

犬神を使うた者は、分からぬではなかろうか?」


「一匹とは限らんだろ。朋樹は次々出す。

そいつに会えば、お前は分かりそうだがな。

さっきのように ゾッとする奴だ」


むう。身を縮めたのが分かったもののようじゃ。


しかし、店では そういった気配はせぬであった。

普通に食事などを取る。


「時間帯もあるかもな。さっきの依頼人の妻は

この店に 昼入ってるんだろ?

他で何もなけりゃあ、明日の昼だ」


「ふむ」


「とにかく、さっさと済ませるからな。

情報収集はするが、無理なら朋樹を待つ。

そして、オンセンリョカンへ行く」


店を出ると、そう言うて

儂に手を差し出した。


「ふむ」と、見上げると

「良し」と笑うた。

そのように聞くと、帰って来たのだと

胸が じわりとぬくうなる。


つい「会いたくあった」と言うと

「良し、もう 一度 言ってみろ」と

やけに真面目な顔を向けたものだが

「むっ... 」と、儂は前を向く。


何故 言うたものか。もう見上げられぬ。


「そういったことは、何度 言っても構わん。

今まで お前が俺をくじいてきたことに比べればだ、

今の 一言など、まだまだ... 」


突然に立ち止まった故、つい見上げるが

ボティスは前を向いておる。

犬神などの気配はせぬが... と、儂も前を向く。


「なんだ、あれは」


儂等は次なる目的地のスウパアへ向かうため

別の大通りに入ろうと、裏路地に入ったところであった。


視線の先には、街灯があり

ぽっかりと地面を照らしておる。


それは、スポットライトを浴びるといった調子で

ちまりと座っておった。


「ヨークシャーテリアか?

変わったカットだが... 」


「いや、小さき獅子ではなかろうか?」


「バカ言え」と、ボティスは しゃがみ込み

なるべくに、その何かと視線の位置を合わせる。


「... ブロンドだぞ」と、神妙な顔じゃ。


ふむ。顔は猫であるのだが

なんと、金の髪を有しておった。

それは小麦色の毛肌と大変にマッチしており

儂のように長き髪を、さらりとさせておる。

なんと...


「... 猫? 猫か?」

「むう... 」


その者は、大あくびなどをすると

何事もなかったように ぽちぽちと道路を横切る。

さらりと地に着く長き髪をなびかせ

塀に飛び乗ると、儂等に見向きもせず

向こう側へ消えた。


「猫神というのもいるのか?」

「おるかもわからぬが、当然といったように

ロングへヤーであったのう... 」


化け狐の身である故、他の者のことなどは言えぬが、未知との遭遇といったものであろう。ふむ。

幾千を生きる ボティスですら

このように初見であった故。

不思議というものは、近くに潜むものよのう...


ハ とした顔になったボティスが立ち上がり

「次の店に行く」と、気を取り直す。

「まったく この国は侮れん」と

まだ 猫か否か、考えておるようではあるが。


スウパアに着き、店内をフラフラと 二周程したが

ゾクリとする気配はなく

珈琲とスナック菓子などを買うて出た。








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