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「ラザロって、確か

ベタニアのマリアと マルタの弟だよな?」


朋樹が聞いているが、オレも榊たちもサッパリだ。マリアって名前も 多すぎるしさ。


「何だっけ、そいつ」と聞くと

ボティスが “説明” って眼で、ジェイドを見る。


「ジェズの友人だ。二人の弟のラザロが病気になり、ジェズに来てほしい と 手紙を出す。

ジェズが 彼らの家に着いた時には、もう

ラザロは亡くなっていて、四日が経っていた」


これも、ヨハネが書き残しているようで

ジェイドが その箇所を読む。


「ヨハネの11章39節からだ。

... “イエスは言われた、『石を取りのけなさい』

死んだラザロの姉妹マルタが言った、『主よ、もう臭くなっております。四日もたっていますから』

イエスは彼女に言われた、『もし信じるなら神の栄光を見るであろうと、あなたに言ったではないか』

人々は石を取りのけた。すると、イエスは目を天にむけて言われた、『父よ、わたしの願いをお聞き下さったことを感謝します。

あなたが いつでも わたしの願いを聞きいれて下さることを、よく知っています。しかし、こう申しますのは、そばに立っている人々に、あなたが わたしをつかわされたことを、信じさせるためであります』

こう言いながら、大声で『ラザロよ、出てきなさい』と呼ばわれた。

すると、死人は手足を布でまかれ、顔も顔おおいで包まれたまま、出てきた。

イエスは人々に言われた、

『彼を ほどいてやって、帰らせなさい』”... 」


「えっ、生き返らせたのか?

ラザロってヤツを?」


「そう。マルタとマリア、二人のために。

それから、しゅの力と

主と自分の繋がりを 群衆に示すためにね」


この頃は、イエスは もうすでに追われ始めた立場だったようだが、この件からも それは加速していく。このしばらく後に、磔になり処刑される。


そして その後、復活を果たす。


その復活は、このラザロの甦りとは違う。

死を克服した、“救い主” だと示す 完璧な奇跡だったようだ。

人々の 揺るぎない信仰を得るのも充分だった。


「でさぁ、なんで

サリエルが ラザロなんだよ?」


ルカが聞くと、ボティスが

「黙示録 1章8節、及び 21章6節」と

また ジェイドを見る。


「... “今いまし、昔いまし、やがてきたるべき者、全能者にして主なる神が仰せになる、

『わたしはアルパであり、オメガである』”...

... “『事は すでに成った。

わたしは、アルパでありオメガである。

初めであり終りである。

かわいている者には、いのちの水の泉から価なしに飲ませよう』”... 」


初めで、終わり? 原初でつい って、獣も...


何かを掴みかけたが、わからない。


ボティスを見ると

「獣を、父... “全能者” と見立ててみろ」と

言われるが、それも何でだ?って感じだ。


「獣は、神の被造物じゃない。

皇帝は “新しい神” の発生を予言した」と

朋樹もオレを見る。


「それなら、泰河...

おまえの位置は、“聖子” だ」


何 言ってんだ?


「あっ、そうじゃん! 血ぃ混ざってんだぜ!

かみの ひとり子!」


ルカが眼を丸くする。


「死んだラザロ、サリエルも起こしたしさぁ!」


起こしたって、さっきのか?


「... いや、ラザロは生き返ったんだろ?」


何とか言い返してみたけど

「だって 普通、死んだら

眼ぇ開かねーし、喋らねーじゃん!

生き返ったって言えんじゃねーの?

見做みなし” でいいんだろ。

生き返ったと見做されれば」と、返ってきた。


なんか、わからんのに 心臓バクバク鳴ってきた。

なら どうなんだよ?


「“巻物の封が開ける” ということだ。

“わざわい” を 起こせる」


シェムハザが言うと

胸の中で、一度 大きく鼓動が跳ねた。


「そして 底知れぬ所、奈落を開く鍵だ」と

ハティが言う。


「イナゴたちの王、アバドンが仕えるサタンは

キュべレだということだろう」


ちょっと、待ってくれよ...


オレは、サリエルにも

ただ、普通に触っただけなんだぜ?


そもそも、サリエルが

ここに こうして落ちていたのは何なんだ?

わざわざ アバドンの召喚円跡だ。


「サンダルフォンが落としたに決まってるだろ」


サリエルを見ていたオレに、ボティスが言う。


「お前に生き返らせて、預言をさせるためだ。

お前が “救世主キリスト” だ、とな」


救世主って、何だよ...

最後の審判なら、地上に “わざわい” を起こすだけじゃねぇか。

オレに “使われろ” っていう、直接の宣告だろ。

 

「じゃあ サリエルは、預言者なのか?」


「ある意味ではな。

だが今までの、ザドキエルの預言者とは違う。

自殺者ではなく、堕天使の遺体だ」


「いや、待てよ」と、朋樹が口を挟む。

「今までの預言者は何だ? 生き返ったのか?」


「それについては、推測の域を出ないが

練金の可能性が高い」と ボティスが答え

ハティやシェムハザも頷く。


最期に灰になる という預言者が何なのか

三人で話して、推測は立てていたようだ。


「錬金? 人造人間ホムンクルスだっていうのか?」


眉をしかめたジェイドに

「厳密には違う。意志のないものを造るからだ」と、シェムハザが答える。


「甦りや復活というのは、肉体があってのことだ。

自殺者の遺体は、火葬後 埋葬され、肉体は失われている。

だが 魔術の中に、遺骨を使って 故人の肉体を造る

というものがある。

天でも禁術とされているものだが、術者の意のままに動かせる。朋樹が使う、人形ヒトガタのようなものだな。

父ならば、土の塵から人の形を造り、鼻腔に息を吹いて 命を吹き込むが、天使であっても それは出来ない。

術で造った人の肉体に、自殺者の魂を憑依させて

完成させているのだろう と考えている。

自殺者にとって、“二度目のせい” ではあるが

“人間” ではないから、天の天使の眼からも

隠すことが出来る」


創世記か何かで、あったよな。

そうだ。アダムとエバが 禁じられた実を食べて

楽園から出される時だ。

 

“あなたは顔に汗してパンを食べ

ついには地面に帰る。

あなたは そこから取られたからである。

あなたは塵だから 塵に帰る”


これさ、預言者は本当に、天に昇れてるのか?


気になって聞いてみると

「伝導者の書 というものには

“塵は もとあった地に帰り、霊は これを下さった神に帰る”... と いうものがある」と

ジェイドが言って、少しホッとした。


「サンダルフォンが計画を開始したというのは

わかったが、これをどうするかだ」


サリエルの遺体だ。


月夜見が、柘榴や白尾、榊と浅黄に

「お前等は各山へ戻れ」と、めいを出した。


「後に、他の山の者等と会議となろうが

今のところは、もう ここに居らずとも良い。

山の守護に戻れ」


「御意」と、それぞれに深く礼をして

柘榴は緋色の大蛇に戻ると、水竜巻に巻かれて消え、銀砂は森に這って行き、白尾と榊たちは歩いて行く。


「済んだら里に行く」と ボティスが言うと

榊は振り向き、なんかまた かわいい顔して

「ふむ」と笑った。


オレらもだが、ハティすら顔が緩む。

月夜見まで優しい顔になっていたのに驚いたが

オレと眼が合うと、不機嫌なツラに戻ったので

急いで眼を逸らしておいた。あぶねぇ。


「さて、遺体だが」と

ハティがスーツの腕を組む。


「シェムハザや 榊の炎が効かぬのであれば

練金も効かぬと見える」


「燃えねぇ って何だよ?」

「このまま埋葬するのもね」


死んで どのくらい経つんだろう?

腐敗もしないってことか。堕天使だもんな...

穴に落とされた割には、骨折や傷もなく見える。


「これさ、やっぱり 中身のサリエルが死んだ って訳じゃないんだよな?」


さっきは、眼ぇ開けて 預言し出したから

話が途中だったし、確認に聞いてみると

「傷がないことから、ウリエルと同体となって

身体から抜けたと思われる」と

ハティが ため息をついた。


「その後、同体のままか、また別れたかも

定かではないが、首の呪い傷は失われていないだろう」ということだ。


遺体に傷がないのなら、傷も 一緒に移動した ってことだよな。

目印にはなるけど、まだ生きてんのか と ゲンナリする。


「どうするのだ? こうして雁首がんくび 揃えて

見ておっても、何もならんだろう。

幽世かくりよに隔離しても良いが... 」


サリエルの上に、発光する白い球体が浮いた。

... 天使だ!


「ゾイ!」と、朋樹が呼び

シェムハザとハティが防護円を敷いて入る。


天使は、サリエルの身体に入ると

眼を開けて起き上がった。


ブロンドの柔らかな髪の下の グレーの眼を

ボティスに向ける。また ボティス狙いか...


自分の天使の姿に 手を伸ばしたゾイが

後ろに弾かれた。

中に入ったのは、下級天使じゃないようだ。


月夜見が、サリエルの方に伸ばした腕の

手のひらを向けると、サリエルの動きが止まる。

中に滲みた闇靄に、身体を固定させているようだ。朋樹が呪の蔓をサリエルに巻く。


どうする? と、ルカやジェイドと眼を合わせるが

死神も来ず、何も出来そうにない。


ボティスが足の下に 天使召喚円を敷くと

胸に手を置き「ミカエル」と喚んだ。


すぐに召喚円に降りたミカエルは

サリエルを見ると「開く」と言って消え

召喚円の上に 光が弾け、アイボリーの階段が伸び

白いアーチのゲートが開いた。


中から、腰のつるぎを抜いたミカエルが飛び降り

隣に立ったボティスに、左手に持った秤を差し出すと、ボティスは 秤の片方を指で押し下げた。


「よし、罪だ」と、天使が憑依したサリエルの首を斬首する。


嘘だろ... と、思った時には もう

ミカエルは 剣を鞘に収め、サリエルの首から下が

地面にドサリと倒れた。


サリエルの髪を持って 頭部をぶら下げると

アーチの向こうに駆け寄った天使たちに

「人間を狙った堕天使だ。俺が収める。

お前等はゲートを誤魔化しとけよ」と 笑った。






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