25

 

「何故、わざわざゲートを開いた?」


ボティスが呆れ気味に、ミカエルに聞いている。

「お前は、光のかたちでも 斬首出来るだろ?」


「たまには地上に、自分の足を降ろしたいからだろ?」


秤を消したミカエルの背には、白い翼が出た。

膝丈の天衣。

革のヒモをすねまで巻き付け固定するサンダル。

くせっ毛のブロンドの下の、同じブロンドの眉と睫毛。澄んだ碧眼。手に首をぶら下げてなきゃ

見た目は天使然とした天使だ。


「こないだ 降りただろ」


「あれはつゆの足だぜ?よう、闇靄やみもや

ハーゲンティ、シェムハザ。お前等」


ミカエルも、オレらは省略タイプだ。

闇靄と呼ばれた月夜見は「月夜見だ」と

自己紹介するはめになって、朋樹を睨む。

朋樹は気付かないフリをしている。


「こいつ、サリエルじゃないだろ?

中に入ってたのはメジエルだぜ?

マティ配属の奴だけど。何してたんだ?」


「そいつは俺を狙ったが、話すと長い」


「そうだな。ただでさえ お前は喋りまくるし。

読むか。祓魔... ジェイドだったな? 来い」


読むとか出来るのかよ...

なんで、ボティスには やらなかったんだ?


ジェイドが ミカエルの前に立つと

ミカエルは、首の髪を持っていない方の手で

ジェイドの額を包んだ。


「えっ」

「ちょっと... 」


ジェイドが停止する。

妙な例えだが、写真の中みたいに。

動くはずのないもの、って感じだ。


「... ラザロだって?」


ミカエルが手を離すと、ジェイドが倒れた。


「いやいや ちょっと!」

「何したんすか!」


オレとルカが 慌てて起こそうとしたが

「すぐには起きないぜ? 長く読んだから。

シェムハザなら起こせる。反魔術で。

二人共 出て来いよ」と、何か呪みたいのを唱えた。


ハティが防護円を消して、二人が近づいてくる。


「なるべく やめてもらいたいものだ」


シェムハザが ため息をついて

ジェイドの額に 指で何か描き、ラテン語か何かの呪文を続けた。

「こいつは、術は得意じゃない」と

ボティスがミカエルを指して言っている。


「上級の者は、普通なら眼を見りゃ読める。

召喚円内じゃないんだしな。

ジェイドは このままだと、一昼夜起きん。

神父でない お前等なら、三日は起きん。

まあ、こいつは神父からしか読めんが」


「うるさいな。どうでもいいだろ?」


ミカエルは ちぇっ て顔だ。

どうでも良くはないけどな。


「それより、最後の審判をやるつもりなのか?」


「そのつもりのようだな。まあ、一部だろうが。

巻物は父が持っている。

キュべレとアバドンに やらせる気だろ」


ボティスが言うと、ミカエルが

「巻物も作ったんだったら?」と聞く。


よせ、と 言いたげな顔で、ボティスはミカエルを見直したが

「だって、何のためにタイガを聖子の位置だって示したんだよ?

預言なら預言者にさせればいいだろ?」と

首を傾げた。


「その場合であれば、奈落を開く 一つ星は

誰になると考える?」と、ハティが聞くと


「それ相当の奴だろ? 俺とか?」と

オレらまで ゾッとさせた。


ジェイドが眼を開け、ガバッと身を起こした。

気を失ってたことに驚いているが

特に何の影響もなかったようで、朋樹が 倒れたことを説明している。


「お前が 堕天する訳がないだろう」


シェムハザが呆れて言っている。


「皇帝を抑えられるのは、お前くらいだ。

お前が堕ちたら、天との関係が ひっくり返るどころか、地上も天も滅びる。

そうなれば結局、ゆくゆくは地界も滅びる。

均衡が保たれなくなるじゃないか。

お前は、“父に剣を向けない限り” と言ったが

そもそも父には向けられないだろう?

絶対に堕天することはない」


シェムハザの説明を聞いて、オレらはホッとしたが、月夜見は

「待て。これは、甕星みかぼしと同等なのか?」と

ちょっと引いている。


「おそらく」と、ハティが答えると

御神衣から手を出して、ため息をつきながら

自分の顎に触れ、軽く落ち込んで見える。


ミカエルは「まぁ そうかもな」って あくびした。

シェムハザにも月夜見にも向けた答えらしい。


「天は、父と聖子、そして お前で保たれている。

それならば、一つ星はキュべレと仮定 出来る。

また、キュべレが “巻物” であれば

泰河は 封を開く者であり、一つ星を落とす者だ」


朋樹が「汚ねぇな」と吐き捨て、ジェイドも眉ねを寄せて頷くが、オレが 封を解くって 言われても...


同じように考えたルカが

「けど、巻物のキュべレは天の牢じゃん」と

地面に座って言った。

後ろに サリエルの首から下があることは、忘れているようだ。


「今までのことを考えてみろ」と

ボティスが鼻を鳴らす。


「封を開けるために使われるんだろ。

知らん間に そう仕向けられてな。

それでだ。キュべレが目覚め、堕ちたとする。

すると、アバドンの奈落が開く。

今のハティの説明を聞いても、お前は気付いてないだろうが、この場合、キュべレを起こしたのも

堕としたのも 泰河だ ということになる」


「はっ?」

「なんで?!」


「今の話のどこに サンダルフォンが出て来た?

キュべレを起こすために、魂を集めるのは

サリエルだ。

俺等とやりあった記録は 散々 残っているだろう。

サリエルの魂の管理の邪魔をした者としてな。

サンダルフォンは、“わざわい” を起こした後も

そのまま天に居続ける気だ。

お前が “封を開ける者” だと、サンダルフォンは知っている。

今から起こる予定の “わざわい” は、父の創造物でないモノが 勝手に引き起こす ってことだ。

これはまだ推測だが、キュべレの封を開く鍵は

天ではなく、多分 地上にある。

サンダルフォン側から見て考えてみろよ。

おそらくは、計画が先にあったんじゃなく

獣と泰河を見つけたことによって、練られた計画だ。封を開く者を見つけたから計画したんだろ」


「何のためだよ?」


「知るか。ただ、地上を滅ぼすためでなく

支配のためだろう。何のために それをするのか

その後どうするつもりなのかも 知らん。

だが ここまでのところ、俺等は好きに動かされているということだ」


好きに動かされてるってことにも、気付かなかったんだよな。ずっと。


何か起これば対処をする気でいるけど、それも出来るのか?

対処しているつもりで、対処になってない ってことも有り得る。それすら、見越されていたら...


「さて、今のところ翻弄されてはいるが

それを翻弄される側が、知るか 知らぬでは

結果には大きな差が出るものだ」


スーツの腕を組んだハティが言う。

楽しそうにも見える顔で。


「これまで通り足元を固め

サンダルフォンの “わざわい” に備えることだ」


「そう、俺もいるしな」と

ミカエルが空いた手を、ボティスの肩に

ぽんぽんと叩いて置いた。


「ザドキエルは どうなんだ?」


「距離が近い」と、ミカエルの手を

肩から離させて ボティスが聞く。


「まだ話せてないぜ。第七天アラボトに上がった」


第七天アラボト? 何故だ?」


アラボトって、神がいるとこだよな... ?


「さぁな。呼ばれて上がったのか、自分で行ったのかも定かじゃない。

アリエルの話じゃ、父の御元じゃなさそうだぜ。

聖子か聖母の所ってことも有り得るけど

熾天使の誰かの所かもな。

ザドキエルに接近するのは、目立たない方がいいんだろ? 第七天アラボトを出たら楽園に呼ぶ」


ミカエルってだけで、何しても目に止まるんだろうし、その方がいいのかもな。

ボティスも頷いている。


「じゃあ、俺は そろそろ戻るぜ。

これは持って帰って、ラファエルに診せてみる」


ラファエルっていう天使は、医学に強いらしい。

天には、ラファエルの診療所もあるようだ。

ミカエルは、手に掴んだ髪を上に上げ

サリエルの顔を見ている。


「血は滲んでいるだけだ。

流れないから、聖人認定はされないな」と

無邪気な顔で笑った。怖いぜ。


ゲートに向かって

「罪人の堕天使を運ぶ。身体を通せ」と言うと

座ったルカの後ろに倒れていた 身体が浮く。

「うわっ、そうじゃん」と

ルカが立ち上がって 飛び退いた。


「また何かあったら呼べよ?

楽園マコノムは 相変わらず楽園で、退屈だから」


サリエルの首から下が門を通ると、ゲートのアイボリーの階段に 身体を向けたミカエルは

大穴だった新しい森の上に、まだ浮いている

赤オレンジの狐火の塊に眼を向けた。


「これ、綺麗だな」と、狐火に息を吹き

元の 18個の拳大の大きさに戻すと

「楽園に飾るか」と 狐火もゲートに通した。

貰っていいか? とかは無いようだ。


階段を昇ったミカエルが「またな」と

軽く手を上げて門を通ると、白く輝くゲートも消え

森は真っ暗になった。


「俺も戻るが、何かあれば またすぐ報じろ」と

月夜見が伸ばした腕の先に 三ツ又の矛を握り

地面を突いて、幽世の扉を出した。


「榊不在の折りには、祝詞にて 報告いたします」と、深い礼をする朋樹に

「勾玉は持っておろうな?」と聞いている。


朋樹が首に提げた 革紐の先の白い勾玉を見せると

「何かあれば、握って祈れと言うておろう?」と

朋樹を、“あ そうだった” という顔にさせるが

オレも同じ顔になったと思う。

勾玉があれば、月夜見に意思が届くんだよな...


「ボティス、此度の話をスサにする。

榊に近々... 」と、言い掛けると

「お前等が里に降りりゃあ いいだろ?」と

ボティスが ケッという顔で答えた。


「そう。共に飲んでやらんでもない」


シェムハザも言うと、月夜見は片眉を上げて

「ではな」と 扉に入って行ったが

急に月明かりが強まって、森から駐車場まで

苦労せずに降りることが出来た。


「嬉しかったんじゃね?」と、ルカが言うと

「やめろ。まだ聞いてるかもしれん」と

シェムハザが笑う。月は雲に隠れた。

ヤバいな。油断 出来ねぇ。


「とにかく教会へ戻れ」と

笑いながら ハティとゾイ、シェムハザが消えて

オレらもバスに乗り込んだ。









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