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「つまり、こいつは

“天から地上へ落ちた 一つの星” って

ことなのか?」


腕を組んだままのボティスが

サリエルに 唾でも吐きかけそうな調子で言う。


... “第五の御使が、ラッパを吹き鳴らした。

すると わたしは、一つの星が天から地に落ちて来るのを見た”...


「... “この星に、底知れぬ所の穴を開くかぎが与えられた”... 」と、ジェイドが続きを詠むが

この 底知れぬ所 は、アバドンの奈落だ。


「“開く鍵” ってことかよ? 冗談だろ?」


「魂の無い身体ものが、一つ星になど なれんだろう。

先の章や他の書では、明星を 聖子や甕星みかぼしに例えるものもあろう?

堕天使とやらの肉体が 星に相当するとでも?」


ルカに月夜見が答えるが、的を射てる気がする。

他神話や界についても詳しいようだ。神だしな。


「それなら、ウリエルと同体になって堕ちて

開く鍵になった って、ことか?」


朋樹が言うが、シェムハザが

「だが、奈落は開いていない」と答える。


「ヨハネに見せた幻視は、聖子のみにしか成せんものだ。七つの封の巻物は、聖子にしか開けない」


「けど 黒蟲の時に、オレらは 一度

奈落が開いたのも見たし、イナゴも噴き出して来たぜ。アバドンってヤツだろ?」


オレが言うと、ボティスに

「あれは、黒蟲が召喚しやがったんだよ。

グレモリーやべリアルを喚んだのと同じだ。

ラクダだの馬車だの出て来ただろ?

あの程度のイナゴは、アバドンの “ご挨拶” だ。

出てくりゃ 多少、遊びやがるしな。

今は、“終末” を危惧している」と

冷てぇ眼で言われた。


「天使と悪魔は、互いに召喚など出来んからな。

どちらも喚べるのは、人間だけだ」


そうだよな...  召喚してねぇんだし

サリエルの記憶にある ってことは、黙示録が

関係してる ってことになる。


『わざわいだ、わざわいだ... 』という

抑揚のない声を思い出して、ゾッとした。


「とにかく、この穴は塞ぐ。

開けておっても良いことはなかろう」


月夜見が言うと、朋樹が式鬼で

「穴の底を調べる」と 式鬼札を出す。


「大丈夫なのか?」と、ジェイドが聞いているが

「さっき 蔓を伸ばした感覚では、危険はなかった。一応 見ておくだけだ」と答えて

小鬼の式鬼を 二体、穴へ進ませた。


「サリエルが言った、9章の続きだが

お前等は知らんだろう?」と

ボティスが、柘榴や榊たちに聞く。


今、仕事中だけどさ

もうちょっと榊に気を使ってもいいんじゃねぇか?って 思う。

いちゃつかれると、それはそれで困るけどさ。


同じように思ったのか

「知らねぇよなぁ、そんなの。

オレだって ちゃんと覚えてないしさぁ」と

ルカがフラフラと、榊の隣に行く。


浅黄や白尾は普通にいるが、柘榴が とぐろ巻いてる

銀砂の隣で、やたらボティス見てた。

整った顔の半眼が怖ぇ。


「一応、聞いておけ」と

ボティスは、素知らぬ顔だ。


けど、月夜見も 榊にちょっかい出さないし

そうあるべきってことか...

本当なら、里に居て欲しいだろうしな。


「ジェイド、朗読」と言われて

ジェイドが黙示録9章を朗読し始めた。


「... “その煙の中から、いなごが地上に出てきたが、地のさそりが持っているような力が、彼らに与えられた。

彼らは、地の草やすべての青草、また すべての木をそこなってはならないが、額に神の印がない人たちには害を加えてもよいと、言い渡された。

彼らは、人間を殺すことはしないで、五か月のあいだ苦しめることだけが許された。彼らの与える苦痛は、人がさそりにさされる時のような苦痛であった。

その時には、人々は死を求めても与えられず、

死にたいと願っても、死は逃げて行くのである”... 」


信仰がなければ、死んだ方がマシってくらい

苦しめていい っていうのも、すごいよな...


「“イナゴ” と言っているが

底無しの淵から出て来るのは、もちろん

イナゴだけじゃあない。

そこにいる、ただ騒がしく面倒な奴とは違う

聖ルカの預言の書には、8章31節に

“そして 悪霊どもは、底知れぬ所へ行けという命令を自分たちに出さないようにと、イエスに願った” とある。

そういった者共、つまり人に憑く悪霊すらが

恐怖心を抱く、その赤肌や 輝く悪魔なども含む

えげつない者共が 這い出て来る という訳だ」


ハティが両手を開き、シェムハザが

「悪魔だった時の お前程ではないが」と

照れた風に答え

「流行り病を撒き散らす者や、流血や殺人の大家が 出て来ることも確かだ。

かき混ぜられ、混乱に陥る。ジェイド、続きを」と、爽やかに物騒なことを付け加えて 先を促す。


「... “これらの いなごは、出陣の用意のととのえられた馬によく似ており、その頭には金の冠のようなものをつけ、その顔は人間の顔のようであり、

また、そのかみの毛は女のかみのようであり、

その歯は ししの歯のようであった。

また、鉄の胸当のような胸当をつけており、その羽の音は、馬に引かれて戦場に急ぐ多くの戦車の響きのようであった。

その上、さそりのような尾と針とを持っている。その尾には、五か月のあいだ人間をそこなう力がある。

彼らは、底知れぬ所の使を王にいただいており、その名をヘブル語でアバドンと言い、ギリシヤ語ではアポルオンと言う”... 」


「“底知れぬ所の使いを 王”、という 一節だが

“底知れぬ所の王” とは、サタンのことだ。

この “サタンの使い” が、アバドンとなる。

終末の際は、虫を含む すべてのイナゴ共が

アバドンの配下として、地上で好きなことをやる。

さて “サタン” だが、これは

俺等を愛してまん 皇帝ルシファーのことでもあり

父の肋骨、キュべレでもある。

更に、べリアル、サタナイル、サマエル、アザゼル、マステマ、セミヤザ。

これ等の事ともいわれ、またその堕天使共の複合した者ともいわれるが、簡単にいえば “悪意” だ。

魔が差す の “魔”。怒りや憎しみ、怨み辛みの念。

堕落や嫉妬、虚栄、貪欲、色欲、傲慢。

地上の悪の説明原理といったところ。

つまり アバドンは、“悪意” の使い という訳だ。

詳しくは そこにいる、気取ったツラした

俺の女のボスに聞くと早い。

敬愛する月夜見キミサマは、闇靄サタン使いだからな。

なんと、サタンを使役する男ということになる」


ボティスの、月夜見に対する失礼な物言いに

榊は、ちょっと焦った顔になり

朋樹は、そうとさとられないように

“面白れぇ” ってツラだ。


月夜見自身は、ボティスに慣れてきたようで

「いつまで経っても、お前からは 靄が抜けぬようだ。禊げ、朋樹。精進して見せよ」と

御神衣から片腕を出して、ボティスを指差している。


「うるせぇ」と、月夜見に軽く返した ボティスは

「以上が、サリエルが口にした

第五の天使のラッパの概要となる」と

榊たちに言い

「何か質問でもあれば、バテレンが答える」と

ジェイドに投げた。


「中には、何もないようだな」


朋樹が、穴から戻った小鬼に 話を聞いている。


「底は緩い すり鉢状になっているらしい。

だが、気に掛かるようなものはないようだ」


「では、穴を閉じるか」と、月夜見が

白尾に命を出す。


白尾は、穴のきわにしゃがみ

大穴の側面に手のひらを付けた。


こんなでかい穴、どう閉じるのか

気になって見に行ってみると

穴の側面から、何本もの木の根が伸びて来て

交差しながら底の方へも伸びていく。


中が木の根で埋まると、白尾が手を離した。

穴の側面が崩れるように土がせり出して来て

底からも土が盛り上がり、穴の木の根の隙間を埋めていく。


「へぇ... オレは、根ぇ伸ばすのも

五、六本が精々せいぜいだぜ。やるよな」

感心する朋樹に「おう、すげぇな」と同意する。


ほぼ平面になるまで穴が埋まると、穴だった その場所を白尾が歩く。

土の中から、さわさわと若草が生え

まだ細い木の枝が伸びて、樹木に生長していく。

あっという間に、まだ若い森になった。


「見事だ」と、シェムハザが微笑み

白尾より 月夜見が得意気な顔だ。


「これは どうする?」


サリエルの遺体だ。

白尾が、手足の木の根を戻して解く。


「何もなければ、残しておくこともない」と

ハティが サリエルの額に指を置いた。


けど 特に何もなかったようで、ハティは指を離すと サリエルの近くから離れ

「シェムハザ、火を」と言っている。

火葬にするみたいだ。


シェムハザが指を鳴らすと、青い炎が サリエルの身体を包む。

炎の先が上へ伸び、生き物のように揺れた。


青い色の炎って、確か高温なんだよな とか

どうでもいいことを考えながら

炎の中のサリエルを見つめる。


「... おかしくないか?」と

ジェイドが、シェムハザに聞く。


そうだよな、おかしい。遺体が燃えない。


「天衣も燃えてないぜ」


シェムハザが息を吹き、一度 炎を消して

近くに しゃがみ込み、サリエルに触れている。


「熱されてもいない。榊」


呼ばれた榊は「ふむ」と狐に戻ると

口から黒炎を放射している。

三つ尾は違うよな...  怒らせるのは良くねぇな。


「燃えんぜ」


榊が炎の放射をめると

「不朽体、ってこと?」と

ルカも サリエルに近づく。


「いや、不朽体っていうのは

朽ちないだけなんだ。燃やせば燃えるはずだ。

出血もしていない」


不朽体

腐ったりミイラになったりしない遺体だ。


関節が硬くならず、微香を漂わせ

腐らないし、どっかから出血してるものらしく

聖人認定される要素の 一つでもある。


「... ラザロ」と、ハティが言う。


誰だっけそれ? なんか聞いたことはある って

思っていると


ボティスとシェムハザが

ギョッとした顔でハティを見て


ジェイドは

「何を言ってるんだ? どうしてサリエルが... 」と言い止めて、オレを見た。







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