20


「良し、べリアルがついた」

「上々だ。アザゼルは?」

「俺が話をしよう」


ボティスたちは上機嫌だ。

やっぱりべリアルは、相当 大物らしい。


ソファーが空いたから、オレも座る。

べリアルが座ってた分だ。隣はシェムハザ。


「ワイン」と、ボティスに言われ

ルカが取りに行く。


「今日さ、あのショーパブの子に会ったんだけどさ... 」


ルカが立ったタイミングで話し始めたが

結局いくらも話さない内に、ルカが戻って来た。

ハティが無言で話を促すから、そのまま話すけどさ。


「最初は、全く覚えていなかったんだな?」

「服を見てる時も?」


「ああ、全然だった。

クレープ食ったんだけど、“ライラック” って

言って、急に思い出したみたいだった」


シュリは、オレが独り言みたいに言ってたら

急に『リンだ』って言ったんだよな。


「その時は、他に何かなかったのか?」と

ボティスが聞き


「もっと細かく思い出してみろ。

“ライラック” や “リラ” という言葉では

思い出せないと推測している。

ルカやジェイドも、それでは思い出さない。

他に何かあるはずた」と

シェムハザが、詰める時の顔で言う。


とか言われてもなぁ...


シュリは、忘れてしまっていても

それを気にしてはいて

ルカと会った時も、何かは感じたみたいだけど

二人とも “何だろう?” って感じだった。


服 見て、クレープ食って

特に何も...


「話したことだけでなく、状況を全部 思い出してみろ」と、シェムハザが言い

「彼女は 前に座っていた? 隣か?」と

質問を始めた。


質問は細かく、オレは食ったクレープの生地とか

ブラウニーやアイスの匂いや味まで思い出したくらいだ。


「... それで、シュリが包み紙を捨てに行ったんだ。オレの分も “貸して” って言ってさ。

その時、コーヒー買うかな って思ったけど

先にリラのこと聞いちまってさ」


「手には触れたか?」と、シェムハザが聞く。


は? と思ったが

包み紙のゴミを渡す時か って気づいて

それを思い出す。

... 触れた 気がする。意識してなかったけど。


頷くと「どっちの手だ?」と、また聞いた。


オレは、右の肘をテーブルに付けてた。

左手で包み紙を くしゃっとして...


「左手だ」


答えると、左手を出すように言われて

テーブルに左の手のひらを付ける。


「ルカ」と言われて

ルカが乗り出して見ているが

「何もないぜ」と、首を傾げた。


「ルカの手をにぎれ」と、ボティスが言い

ルカが出した手を左手で握る。

眼が合って、いや見るなよ... って ちょっと思う。


「リラだ、ルカ。ショートへア。

髪は自然色。繊細な睫毛をしていた」


ルカの隣で ボティスが言うが

ルカは「うーん... 」と、思い出せないようだ。

シュリは思い出したのにな。

ルカにこそ って、思っちまう。


ルカの手を離すと、シェムハザが オレの左手を取って

「触れたことは関係ない ということか?」と

オレの手首を捻らせ、甲や 手のひらをチェックしている。


「あっ、何かあるぜ!」


ルカがソファーを立って「手首!」と 指差した。

「内側だよ! 手のひらの下!」


そのまま、服 脱ぎ散らかしてある部屋に入って

天の筆を持ってきて

後ろから「手首 見せろよ」と

ソファーの背凭れ越しに オレの手首を取って

筆でなぞる。


ほのおだ。また」


手首に出たのは、白い焔だ。

10センチくらいで 縦に長い。


「他にねぇかな? 泰河、こっち向いてみろよー」


振り向くと、結構 至近距離だ。


ちけぇよ」と言うと

「おっ、やべぇ距離じゃん」と、一歩 離れた。

言われずに気づけよ...


「そうだ、リラだ」


立ったまま、唐突にルカが言った。


突然思 い出したようだが

もう それ以上、言葉は出ない。


朋樹が ルカを視る。

「普通に、思い出す感じだ。

記憶が 浮き上がってくるみたいに」


ボティスが立って「話し」と

ルカをバーカウンターに連れていく。


「泰河、ジェイドの手を」と ハティに言われ

ルカが座っていた場所に回って来たジェイドの手を、左手で握る。 もしかしたら と期待して。


「... ダメだ。思い出せない」


ジェイドは、オレが握った自分の手を見つめた。

朋樹がジェイドを視ているが、無言だ。


「リラ、ショートへア」と 自分で呟くジェイドに

朋樹が「ショートへアでも、ヒスイの髪型とは

ちょっと違う。前髪もあるボブショートだ」と

情報を付け足す。


「ジェイド、泰河を見ろ」と、シェムハザが言い

ジェイドが オレに顔を向けた。


「思い出した。ルカと榊と、カフェに行って

公園で泣いた。ルカが 榊に腕を回すのを見て」


なんで? と、シェムハザを見ると

「さっきルカも、お前が手を離してから

もう 一度、お前と眼を合わせた」と言う。


近ぇ って、言った時か...


「彼女は いつも、恥ずかしそうだが

嬉しそうな顔で、ルカを見上げていた。

彼女を見下ろすルカの顔は、初めて見る顔だった。“あいつは 恋をすると、あんな顔するのか” と

新鮮で、嬉しく思ってもいた」


ジェイドは、またオレを見た。

顔色が変わる。


「待て、薄れていく... 」


薄れて って、記憶が?


「リラだ。彼女の名前は。

ルカに、“手を繋ぎたい” って... 」


ジェイドを視ていた朋樹が

「消えた」と 言う。


「意識上では、目覚めた時に近い。

見た夢を思い出せないって感じだ」


もう 一度、ジェイドの手を握る。

オレが手を離すと

ハティがジェイドにグラスを渡し

ワインを飲ませ、一度 オレから眼を離させる。


「ジェイド」と呼んで、眼を合わせるが


「そうだ、預言者のことを話していた。

シュリという子が、思い出したって話だったね」と、もう思い出さなかった。


「何故だ?」と、シェムハザが独り言を言う。


「時間を置いて、また試すことにするが

ジェイドにしろ。もうルカでは止めておけ」


ハティが言った時に、ボティスとルカが

ソファーに戻ってきた。


「なんかさぁ、オレ 思い出したみたいじゃん。

もう わかんないんだけどー」


瞼は赤いのに、いつもの調子だ。

ドサッと座ったルカを見ずに

ボティスが隣に座る。


ハティがボティスを見ると、ボティスは

「何も話せなかった」と ルカを顎で示した。




********




「なんでだ?」

「わからんが... 」


ハティが地界へ戻り、オレらも飯 食って

ジェイドん家で だらだらしてた。

仕事 入らねぇしさ。


『おまえの “記憶の蓋” ってやつ

左手で触ったらどうなんだよ?』って

朋樹に聞かれて、左手で頭 触って 鏡 見たけど

何もならず。

ジェイドの手を握ってみたけど、思い出さずだ。


『思い出すのは、一度キリってことか?』

『まだ そうとは限らん。日を置いて試せ』


シェムハザが そう言って

『そろそろ城に戻るか』って、ソファー立った時

朋樹のスマホが鳴った。浅黄だ。


『一の山に、大穴が開いたそうじゃ』


なんだそれは? と

オレらはバスで 一の山へ。


獣を見た、自販だけが並ぶ駐車場に バス入れて

『どの辺?』と浅黄に電話する。


『黒蟲の際の。金羅こんら様が結界を張られた場じゃ』


ガードレールを越えて、森へ入ると

高そうな和服姿の女の人の隣に

バカでかい白蛇がとぐろを巻いていた。

長さも長さだが、胴回りがオレらくらいある。


「参られたか」


二山の山神、六山 おさ柘榴ざくろだ。


て ことは、白蛇が 一山をみてるっていう

銀砂ぎんさってヤツなんだろう。


柘榴は、オレらを振り向くと

何故かボティスを見て にまっと笑い

「もう、良い男は宛てられぬようじゃのう」と

謎の言葉を言った。

ボティスは「うるせぇ」と答えている。


シェムハザが「柘榴、久しぶりだ」と

柘榴の髪に触れると、かんざしにサファイアが付いた。


「銀砂」と、白蛇を柘榴が呼ぶ。

「この者等は飲んではならぬ」


怖ぇ...

サファイア付かなかったら、どうだったんだよ?


「大穴って... 」

「これ、ニュースになるレベルだろ?」


ジェイドと朋樹が中を覗くが、落ちたりしないように、ルカが地の精霊で足を固定している。


直径5メートルはあるんじゃないか?

暗いし 底は見えないが、深そうだ。


「たまにネットとかで見るよな、こういう穴。

突然 開くってさぁ」

「地下工事がどうこう とかってやつ?」


オレとルカも覗いてると

「いや」と、シェムハザが言う。


「月夜見が、“時に木々が枯れ、地に穴が開く” と

言っていた。“白尾が修復する” と」


えっ? オレは知らねぇ話だ。

朋樹に聞いてみると、黒蟲の時に

シェムハザが 月夜見に白尾のことを聞いて

朋樹とルカも、その時に知ったらしい。


「なんで話さなかったんだよ?」と聞くと

「言ってどうなるんだよ?」って返しやがった。

ルカは、知らねーって顔だ。


「お」と、ボティスが振り向く。

浅黄と榊だ。狐姿だったが、人化けした。


「玄翁は山か?」と聞くボティスに

「ふむ」と、榊が答えて見上げる。

あっ。なんか、かわいい顔しやがった。


「直に白尾も参ると思うが... 」と

浅黄も穴を覗く。


「五山や六山にも使いは出したが

こちらには、参らずに良いと申してある。

白尾が着き次第、穴を塞ぐかの。

後に会議は することになろうがのう」


月夜見クソガキに見せとけ」と

ボティスが榊に、めずらしいことを言う。


「えっ? キミサマに?」

「いいのかよー?」

「ボティス、おまえ どうした?」


ジェイドも キミサマって言いやがった。

まとめて無視するボティスの代わりに

穴に手を翳すシェムハザが

「アバドンの奈落が開いたの場所だ」と 答えた。

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