21


榊が界の扉を開くと、やたら色気ある月夜見が

シェムハザを見て「なんだ?」と言う。

だいたい いつも不機嫌だ。眼が大穴に向く。


白い神御衣かんみその袖の中に腕を組み

幾重もの細かい翡翠の数珠を掛けている。

高い位置に括った黒髪を揺らし、扉から出て来た。


浅黄や柘榴は、変貌した月夜見を初めて見るようで、神力も増したことにも戸惑って見える。


「あれが本来の姿だ。戻りやがった」と言う

ボティスを、月夜見は

「“あれ” と言ったか?」と軽く睨み

ボティスの隣から、榊の肩を抱いて

「近く酌に上がれと申したであろう?」と言い

大穴の近くに連れて行く。楽しんでんなぁ...

ボティスは ケッて顔だが、なんか余裕ある。


「アバドンの奈落跡が開いた」


シェムハザが簡潔過ぎる説明をし

さりげなく榊の隣に並ぶ。


月夜見は少し考え

「気に留める必要はあろうが

単に、均衡が崩れた場が重なっただけということもあろう?

金羅や黒蟲が死した場でもあり

俺やスサの神力も、まだ幾らか残っておる。

だが、そのアバドンとやらの気配はない」と

榊の肩を抱いたまま、大穴を覗く。


「今回は すぐに報じたようじゃないか。

だが、サリエルは どうなっている?」


「まだ出て来ない。

そろそろ 手を離したらどうだ?」


榊を間にして、シェムハザと月夜見が眼を合わせる。

「たまには良かろう? 俺の使いだ」


ボティスは浅黄と何か話しているが

特に意に介してなさそうだ。


「榊。仕えていようが

肩など抱かせる必要はない。酌もな」


けど、シェムハザは

よく榊の肩 抱いてるよな って思う。

オレら的な感じだから、気にならんけどさ。


「酌は困る。客などが来る時もあるのだ。

柚葉にさせる訳にもいかん。父神がうるさい」


「だが、他に幾らでもいるだろう?

何故 榊にこだわる?」


「美しいからだと言うておろう?

俺に気のない者の方が良いのだ。面倒にならん。

もう 一度 言うが、俺の使いだ」


「とりあえず、肩の手は離せ」


目の前の大穴 無視して、美形同士の言い合いだ。

うるせぇなって雰囲気にならねぇんだよな。

そこが すげぇ。


「ボティスじゃなくて、シェムハザが言うんだ」

「あの二人がライバルっぽいからじゃねぇ?」

「シェムハザが キミサマだと気に入らねぇんだろ。でもボティスは 堕天でも助けられてるしな」

「意外と子供だ」


ぶつぶつ話すオレらに、月夜見が ちらっと

面倒くさそうに眼をやり

「ボティス、酌の許可を出せ」とか

ボティスに言う。


「他神との付き合い時のみだ。

お前の私用は許さん。手は離せ」


月夜見は “ほら” って顔してシェムハザを見ながら

榊の肩から手を離す。

シェムハザがムッとした顔で「朋樹!」と呼び

「連れて行け」と、榊を示した。


「でも、月夜見さん楽しそうだよなー」って言う

ルカに ジェイドが頷く。


「お互い、魂の修復したりしたからね。

相手に助けられたっていうのが

どっちも何かプライドに触るんだろうけど

嫌い合ってはなさそうだ」


男って面倒くさいよな。


朋樹が榊を、ボティスの方に連れて行くと

「気にするなよ」と、ボティスが榊と手を繋ぐ。

何故か 朋樹が「おう」と頷く。

オレらも なんか安心した。


「穴は どうする?」


「調べた後、白尾が塞ぐ。しかし 大きい。

今まで見たものと規模が違う」


また二人が穴を覗いている内に

「遅くなりました」と、白尾が到着した。


白髪に、白い睫毛の下の黒い眼。白い狐耳と尾。

白い獣毛に被われた腕と脚。

シェムハザがプレゼントしたホールタービキニと

スカーフを巻いたようなスカート姿だ。


「大変、大きいですね。

周囲の木は枯れていないようですが... 」


シェムハザが指を鳴らすと、白尾は

ベージュのトレンチコートとブラックジーンズに

ショートブーツという姿になった。


「肌寒くなってきた。街にも出られる」と微笑み

白尾が礼を言って笑うと、月夜見がムッとする。


「白尾は獣毛が美しいのだ」


「初めは下着も着けていなかった。女性だぞ?

少し考えたら どうなんだ?」


「お前達の父とやらも、葉で身体を隠したことを

うとんだようではないか」


「いつの話だ。隠したことを怒ったのではない。

禁じた実を食べたから怒ったのだ」


また始まったぜ。


二人を放っておいて、ボティスが「狐火」と

榊に幾つかの狐火を出させた。


大穴に少しずつ狐火を降ろす。


「深いな」

「まだ底 見えないし」


縦に1メートル間隔で並べて、狐火を降ろしていっている。今はもう 15個だ。


「いや、もう到達する」


言い合いは止めたシェムハザも、隣で穴を覗く。

狐火は、18個で底に着いた。


「何かあるな」


シェムハザが眼を凝らし、中へ降りようと

背に翼を拡げたが、月夜見が穴に眼を向けたまま

「何かあるならば 不用意に立ち入るな」と

止めた。結構 優しいじゃねぇか。


「深さは分かった故、火を纏めるかのう」と

榊が縦並びの狐火を見つめると、狐火が底で

ひとつに纏まっていく。


榊見て「落ち着いたよな」と言う朋樹に

オレらも頷く。

ちょっと前までなら『儂が行く』とか

言ってたんだろうしな...


「誰ぞ おる... 」


「ええっ?!」

「中に?」


浅黄が眼を凝らし

「だが、倒れておる」と言った。


「人?」

「そのように見えるが... 」


倒れてるって、生きてんのか?


穴から狐火を出し

一塊のまま穴の上に配置する。


「朋樹」と、ボティスに呼ばれて

朋樹が呪の蔓を穴に伸ばした。

蔓に絡ませて引き上げるつもりのようだ。

「お手伝いします」と、白尾も蔓を伸ばす。


「タイガ」と 月夜見に呼ばれ、近くに行くと

オレの胸に手を当てた。


「獣に会ったか?」


あっ!


「少し前に... 」と答えると

「早く報じろ」と、ため息をつく。


「何か関係があるのか?」と ボティスが聞くと


「こうして獣が地にあることも、ひずみの因となる。今回のこの穴に関係するかはわからんが」と

オレの左手を取り、手首の模様を見ている。


蔓が底に到達し「よし、絡んだ」と

朋樹と白尾が蔓を戻し出した。


「なぁ、あれさ... 」


まだぼんやりとした人影を見て

ルカが「天衣 着てねぇ?」とか言う。


「そんな訳... 」と、ジェイドが口ごもった。


狐火の下の穴から、蔓に絡んだ

白い天衣にブロンドの髪の女が浮き上がってくる。肌に ひび割れたような黒い模様。


「サリエルだ」




********




「ハティ」


シェムハザが呼ぶと、ハティが隣に立った。


サリエルは横たわったまま

白尾が伸ばした地の根に、手足を飲み込まれて

固定されている。


シェムハザがハティに説明し

ボティスと月夜見が、サリエルを間にして

しゃがみ込んで見ている。


榊が不安そうだ。ルカと 一緒に近くへ行く。

ボティスはもう、天に戻されることはないが

サリエル絡みの時に消えたことがあるからだろう。


「中に魂は無い」と

サリエルに触れた月夜見が言った。

死んでるってことか?


「どういうことだ?」


「海では、ウリエルが入って連れて行っただろ?

じゃあこれは、ウリエルでもあるのか?」


「考えられることは」と、ボティスが

サリエルの隣から立ち上がる。


「ウリエルがサリエルと同体となって

身を棄てたということだ。

サリエルは、ファシエルとなって堕天し

受肉した。身体は抜けられん。

ウリエルと混ざれば、サリエルはファシエルじゃない。元の 一人の天使だ。再び天に戻れる」


「なぁ、おまえさぁ

なんでサリエルじゃなくて、ファシエル堕天させたんだよ? いや、成り代わりはしたけどさぁ」


「本人の助力円は、本人に使えんからだ」


ルカに簡単に答えると、ボティスは 榊に眼をやり

次に “見とけよ”って視線をオレらに寄越す。


月夜見も立ち上がり、ハティたちの方へ行く。

四人で話し合いするみたいだ。


「大丈夫だよ、榊」

「そう。もう天に取られることはない」


榊は「ふむ」と笑う。

なんか、女らしくなった気がして

「ほう、これがサリエルとやらか」とか言って

見ている浅黄と柘榴の方に行ってみる。


サリエルは、眠っているように見えた。

外傷のようなものもないが、呼吸もない。


見た目は ファシエルだ。ゾイの中身。

... というか、サリエルって気がしない。

最初のイメージ強いんだよな。

黒髪に、ごく薄い水色の眼のさ。


なんで、穴の中なんかで 死んでたんだ?


隣に朋樹も来て「呪い傷は?」と

サリエルの首を見る。


「えっ? ないのか?」


サリエルの首の呪い傷は、オレが付けた傷だ。

塞がらないはずの傷がなくなっている。


「ボティス」と呼ぶと、ハティたちも 一緒に

近くに来た。


「呪い傷がないんだ」


待てよ。成り代わった時に、傷はあったか? と

思い返してみたが、確かあった。


サリエルは、闇靄にすっかり染まって

最初は 墨みたいな色になった。

それを月夜見が、“内に籠める” と

翼が付いていた部分の根元を、叢雲で突いた。


樹木の枝にも見える、ひび割れたような

肌の黒い模様はなくなっていない。

月夜見が支配する 常夜とこよるの靄。


「塞がったのか?」

「いや、考えにくいがな... 」


ボティスが サリエルの頭を

ブーツの足で踏むようにして、横を向かせた。


「おい、ボティス!」

「やめろよ。やるから、足 退けろ」


サリエルなんだけどさ、見た目はファシエル

眠ってる女の子みたいに見えるんだよ。

余計キツいぜ。


「首周りを見せろ」って言うし

両手で頭掴んで、まず右側に顔を倒す。

頭髪越しだけど 冷たい気がする。外気かな?

「逆」と言われて、顔を左側に倒した。


「無いな」


「ウリエルと同体となっているならば

そちらに移っているおそれがある」


遺体ってさ、寝てるのとか意識を失ってるのとは

違うんだよな。

空っぽで、かたちがあるって感じだ。


「眼の色は?」と、近くに来たルカが聞く。


「ファシエルに成り代わった時、グレーになったぜ。憑依とは違うんだろ」と

朋樹が 瞼を指で押し上げている。

グレーのままだ。ゾイと同じ眼の色。


朋樹が指を離して瞼を閉じさせると

サリエルの瞼が開いた。


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