19


「また... 」


炎の馬車は、三角形から全然はみ出している。

あの三角、何か意味あるのかよ...


炎の馬たちが 赤い鬣を揺らめかせ

ブルブルと鼻を鳴らす。

眼は、炎の色より ずっと赤い。


めらめら燃える豪奢な馬車のドアが開くと

出てきたのは、どう見ても天使だ。


つるりとした質感の天衣に、うなじに 一対の翼。

背には 二対の翼。

ブロンドの髪、パープルの眼。


「えっ?」と、ルカが言って

朋樹とジェイドも、そう言いたげな顔をする。


馬車から、同じヤツが もう一人降りて来た。


『ハーゲンティ、ボティス』

『シェムハザも』

『これは祓魔に見える。ミカエルの加護』

『ボティス、お前からも』


二人の天使は、代わる代わるに話す。

穏やかな声もまったく一緒だ。


「べリアル。後に紹介しよう」と、ハティが

挨拶代わりに眼を軽く臥せ

「ワインは?」と、シェムハザが聞く。


『フランス』『赤を』と答える 二人に

「べリアル、やりづらい。一人になってくれ」と

ボティスが鼻を鳴らした。


「お前は 素晴らしく魅力的だ。

二人もいると、どっちを見ていいか悩む。

とても話に身が入らん」


ボティス... なんだよ それは... と思ったが

確かに 綺麗な男だ。

シェムハザ程 輝いてはいないが

妖しい何かがある。


オレの知る ど美形は、シェムハザと月夜見だが

どっちも、はっきり男としての麗しさとか美しさだ。

べリアルは、月夜見が中性的になった雰囲気だ。

色気が強いが ヒゲとか生えそうな気がしない。

神とか悪魔って、人間と違うよな...


ボティスに「相変わらずだ」と笑い

べリアルは 一人になった。

うなじの翼は 一対のままだが、背の翼は五対だ。


ワインのコルクを指で弾きながら

「べリアルは、ソドムやゴモラに降りると

人間に獣姦や同性愛を教えた」とか

シェムハザが言う。


うわ、なんか怖ぇ...

教えて染めるとこが、悪魔 って感じだ。


「気を抜くなよ」


おい、やめてくれよ。


べリアルがグラスを持つと、シェムハザが注ぐ。

余計に機嫌が良くなったように見える。

シェムハザ、何にでも効くな...


「依頼主は、議員になりたいようだ。

敵をも味方にしたい、と。

契約の期限を寿命まで延ばせば

天体の運行に関する秘密の 一つが

ハーゲンティから、お前に開示される」


「本当か?」と、べリアルが

ハティに顔を向ける。

「共に観測とワインでも」と、ハティが答えると

べリアルは快諾した。

人間に えらいこと教えた割に

趣味は高尚らしい。オレには わからん。


べリアルの契約書を、朋樹が受け取り

依頼人と確認しながら読む。


「カジノの賭博が露呈すれば

その時が、お前の契約期限だ」と

ボティスが 今言った。

サインする前だけどさ、なんか ひどくねぇ?


議員になりたい おっさんがサインし

べリアルもサインすると、二人が握手して

朋樹が マンションのエントランスまで

おっさんを送りに出る。


「べリアル、ソファーに」と、シェムハザが

召喚の三角から エスコートして連れて行く。


べリアルとシェムハザが

ハティとボティスの向かいに座るけど

べリアルは いつの間にか翼を仕舞ってた。

最初から今の姿で よくねぇか?


ジェイドも座ったけど

ルカが ワイン係に呼ばれる。

オレ、まだ立ったままなんだよな。

青白い円の中にさ。


防護円なんだろうけど、シェムハザの城で

保管庫に隠されてた時のことを思い出す。

動けねぇのが苦痛なんだよな。


ルカは、ボティスの隣に座らされ

朋樹が戻ってくると、べリアルの隣だ。

ジェイドん家のソファーと違って、七人座れる。

オレは立ってるけどな。


「彼は祓魔だ。ジェイド・ヴィタリーニ。

ミカエルの加護があり、皇帝の気に入りだ」と

シェムハザが簡単に紹介を始める。


ルカや朋樹も済ませると

「べリアル、次は君のことを」を

シェムハザが べリアルの話を始める。


「彼は、父が皇帝ルシフェルの次に造った天使だった。

俺等は炎から造られるが、彼を見れば わかるように、美しさや能力は、造られた順に比例する... 」


あれ?

ミカエルが 一番目とか二番目 って話あるよな?

神に似せて造ったとか。それは皇帝だっけ?


シェムハザが「美しい」とか「皇帝に続き」とか

言う度に、べリアルは ご機嫌になるようだ。


そのうち、自分でも

「最初に天を追放されたのは、私だった」と

話し始めた。べリアルに必要なことらしい。

それで、これ見よがしに 二人で出たり、翼 出したりしてたのか...


あくびしそうになったルカに、ボティスが

「どうした? 眠たいふりなどして

べリアルを誘いたいのか?」と

ムリな言い訳をし、ルカの胸に手を当て

「やっぱりだ。鼓動が早い」とか

両手を開いて見せる。


「ジェイド、どうだ? 君に彼が祓えるか?」と

シェムハザが ため息混じりに聞く。


「自信がない。彼は御使いにしか見えない。

ミカエルより ずっと美しい。なぁ、朋樹」


ジェイド、朋樹に投げやがった。


「オレが仕える月夜見命も、彼の前では霞んじまうぜ。シェムハザより彼を見てしまう」


空気 読めるよな。聞いてるオレの歯が浮くけど。

ルカは何とか「オレ、照れちまうしー」と

額を抱えて顔を臥せる。ちょっと震えてるし

オレ、隠されてて良かったぜ。


すっかり上機嫌のべリアルが 一頻ひとしき

自分の堕天について話すと

「べリアル。この者等が、地上について

掴んだ情報なのだが」と ハティが話を切り出す。


「サンダルフォンとウリエルが?」


「そう。地上掌握を狙っている。

天ではなく、この地上だ。

サリエルには 教会を襲撃され

ボティスは 一時、天に囚われた。

奪還するために皇帝にゲートを開いていただいた」


「何故、サンダルフォンが... 」


「心当たりはある。そう出来るチャンスだからだ。それについては 後で話そう。

もちろんそれも、ここだけの話となる」


シェムハザが言って、ルカに新しいワインを

取りに立たせる。


「地上掌握などされたら、罪人など出なくなる。

天の物となるからな。

人間は教育され、すべて聖人となる。

終末など名ばかりだ。

地上が丸ごと 天の 一部になるだけだ。

お前に約束された罪人の魂など、一つもない。

天が悪魔を殲滅し、地界も手に入れるだろう」


上手いな、ボティス...

実際は キュべレが起きれば

そうはならねぇんだろうけどさ。


「そうなれば、ジェイド。お前は どう思う?」


ハティが無茶な質問を投げる。

神父にしたら、願ったり叶ったりの世界じゃねぇかよ。まんま御国だ。


「僕は、存在意義を失う。羊のいない羊飼いだ」


うん? まぁ、アリかな... ?

そのくらいしか答えられねぇよな。


「朋樹、お前は?」


シェムハザも無茶だ。


「日本神は “邪教の悪魔” だ。一緒に殲滅される」


あっ、そうか...

ジェイドより真実味ある答えだ。


「人間にとっても由々しき事態だ。

俺は 天に囚われ、一時的に天使に戻された。

守護天使共の首領だったからな。

地上の天の軍を組織するためだ。

だが その時に、ミカエルを俺につけた。

黙って地上を渡す気はない」


ボティスが胸のクロスを見せ

「ミカエルは、サンダルフォンを止める気でいる。あくま 等に愛情がある訳じゃあない。

奴は、天ではない地上の不完全さを愛しているからだ。

息子のイサクを父に差し出そうとし、ザドキエルに止められたアブラハムに、“地上に蒔け” と 天の種子を分けた」と

たぶん本当なんだろうなってことも織り混ぜる。

ボティスは今、人間だけど

その程度のことは流せちまえるみてぇだ。


「べリアル、どうだろう?

いつか、君の力が必要となる。

皇帝も君を必要としている」


シェムハザがワインを注ぎながら聞くと

「聞くまでもないだろう?」と

べリアルは吐き捨てた。


「地上や地界までも 天の物になどさせるものか」


おっ、上手くいった! さすがだ。

朋樹やジェイドが 歯を浮かせた甲斐があったぜ。


「だが、“心当たり” というのは?」


べリアルが聞くと

シェムハザが、オレが立つ魔法円を消し

ハティが「泰河」と名を呼ぶ。


べリアルが振り向き、シェムハザがソファーを立った。オレの肩に手を乗せると

「“獣の血” だ、べリアル」と、ボティスが言う。

「皇帝の予言の。原初で終の獣だ」


「本当に? 実在するのか?」と

べリアルもソファーを立つ。


「泰河、印を」とか ハティに言われ

あっ、模様か... と、右腕に模様を浮き出させる。

たぶん、右眼にも浮き出たはずだ。


「俺は見た。白い焔のかたちをしていた。

俺等といる こいつに血が混ざっている。

皇帝も喜ばれていた。

他に存在を知るのは、リリトとマルコシアス。

そして お前だけだ。

だが サンダルフォンが嗅ぎ付け、こいつを狙っているという訳だ」


ボティスが言うと、べリアルは

「ボティス、契約を。働いてやる」と答えた。

べリアルの眼が オレに向いている間に

ボティスはニヤッとして「アコ」と呼ぶ。


「使役契約を取り交わす」


あとで聞いたところ、人間に完全に有利な契約だった。悪魔が人間に仕える。魂も必要ない。

人間側が契約破棄するまで 使役は続く。

ただこれは、ミカエルランクの天使の加護があって 為せる技らしい。


べリアルがサインした契約書に

ボティスもサインすると

「預かろう」と、ハティが契約書を

スーツの胸の内側に入れた。


「大変 有意義だった」と、べリアルは

ハティたちや、ジェイドと朋樹、ルカにも挨拶して、一人一人と握手する。


オレの前に来て、右眼や右腕の模様を観察し

「タイガ。身の危険を感じる時は喚べ」と

指で顎ヒゲに触れると

「ハーゲンティ。後に城でワインを」と

炎の馬車に乗って消えた。




















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