18


召喚部屋へ入ると、なんとボティスはスーツだった。シェムハザもだ。ハティは いつもだけどさ。


「えー、どうしたんだよ?」


「大物が来る」


ジェイドも 神父服スータン 着用らしい。


「皇帝の時は良かったのに?」


「あれは俺の堕天のために ゲートを開いただけだ。

今回は依頼人の契約後、俺等が話をする」


へえ。召喚が主じゃないっぽいな。


「お前等も着替えて来い。スーツは掛けてある」


オレらもか。もう着ないだろうと思ってたけど

また役立ったな。


荷物 置いてる部屋に入ると、スータン着て

ストラとロザリオを掛けたジェイドと

ネクタイ巻いてる朋樹がいた。


シュリの話しようかと思ったけど

途中で依頼人 来るかもしれんし、後にするか。


「大物って 誰だろな?」


「さぁな... ボティスがスーツ着てるし

相当なんだろうけど」


「アザゼルとか?」


「アザゼルはソロモンじゃないだろう。

グリゴリの指導者だ。シェムハザ側だな」


いろいろいるんだな。オレ、全然 疎いけどさ。


アザゼルってヤツは

皇帝と同一視されることもあって

キュべレのように、神の悪の部分を担うヤツでもあるらしい。


「人間の娘と婚姻して、巨人ネフィリムを産み出して

地上を穢したからね。

天の秘密を人間に教え、堕落に導いた。

それで、地上の悪の部分を担うことになった」


こいつも、元は天使だった ってことか。

キュべレみたいに神自身ではないんだな。

皇帝と同一視されるってことは、かなりの大物なんだろうけど。


「けどさぁ、そのくらいのヤツが来るってことだろ?」


「そうらしいんだ。依頼人も

“議員に当選したい” という依頼内容らしい」


こないだの財宝ハーレムとは違うんだな。趣旨が。


「依頼人が来るまで、まだ 一時間くらい

時間あるしな。先にボティスたちが 話し合う時間取ったみたいだぜ」


「えー、ワイン出して来いよー。

不機嫌になるぜー」


オレもルカも まだ着替えてるし

「そうだな」「行くか」と

ジェイドと朋樹が部屋を出る。

あいつらもワイン係が板についてきた。


「オレら、要らんくね?」

「依頼人のドリンクとかだろ」


「だよな」って、ネクタイ巻く。


「で、おまえさ

シュリちゃん、いいのかよ?」


いい って言われてもなぁ...

なんか、女視 出来ねぇんだよな。

リラのことを思い出したことは気になる。

それがあるから、また連絡はするけどさ。


返事せずに黙ってると

「ライブは?」と聞いてきた。

クレープ屋の前で『オレら仕事 入ったから』って

帰ろうとしたら、チケットくれたんだよな。

『ノルマ分だしぃ』ってさ。


「仕事じゃなきゃ、顔 出すかもな」


「まぁなぁ。被ったらムリだもんなー。

じゃ、コーヒー淹れに出るかぁ」


いつも通りのルカと、召喚用リビングに出て

魔法円の絨毯敷く。


ボティスとハティ、シェムハザは

「キュべレのことは まだ話さん。

皇帝の前に話すとなると、皇帝の耳に入りし時

大きくへそを曲げる」

「ならどう話す? 奴は正当性を重んじる。

偏ってはいるが... 」

「サンダルフォンやウリエルの地上掌握の気配だと話すしかないな、今のところ」とか

グラス片手に話している。


ルカが サイフォンを準備していると

ジェイドがソファーを立ってきた。


「誰が来るかわかった。べリアルだ」と 言うが

オレは、へえって感じだ。

名前は聞いたことがあるけど、ゲームかマンガだった気がする。


けど それって、有名だ ってことだよな?

ルシファーやミカエルだって、名前は聞いたことあったしさ。


「えっ、マジか。裁判 起こしたヤツじゃね?」


ルカは、悪魔とか天使とかの話は

オレよりはわかる。カトリックだしな、一応。


「裁判て?」と、カップ用意しながら聞くと

「ジェズを訴えた って話があるんだ」と

ジェイドが言った。なんだよそれは。


ジェズ... 聖子で救い主、イエス・キリストは

十字架に磔にされて、一度 処刑されるが

三日後に復活した。


「余談だけど、それまでは 現在いまみたいに

巨大な宗教ではなかったようなんだ。

ジェズが処されて、弟子たちも怖じけていたからね。だけど、彼は復活を果たした。

それから弟子たちも、まるで生き返ったように

勢いを増して 布教するんだ。

“間違っていなかった!”、“救い主だ!” ってね」


復活した、というのが肝要だったらしい。

実際に磔になったのは別のヤツだったんじゃないか、とか

復活して現れたのはイエスじゃない、とか

議論はあるようだが、その辺りは どうでもいい。


「その、イエスが復活するまでの 三日間の間にさぁ、死んだイエスが隠府ハデスに降りて

罪人の魂を解放して、全部 天に昇らせた って

なってるんだよ」


サイフォンの火を消し、コーヒーが下のガラスにたまるのを見ながら、ルカが言った。


「べリアルは、そのことをしゅに訴えたんだ。

悪魔の代表としてね。法律に詳しいから。

“地界の権利を不当に犯した” ってね」


この頃、隠府ハデスって場所にいる 罪人の魂 管理の管轄は 地界側にあったらしく

神は、べリアルの主張を受け入れ

裁判で裁くことにしたようだ。

裁判官に立てたのは、ソロモン王。

ソロモンは悪魔を使役してたし、悪魔たちからすると、天使たちとか立てられるよりは、まぁ いいだろう って感じだったみたいだ。


「ジェズは、弁護人にモーセを要求した。

モーセは 主から十戒を授かったけど

それだけでなく、旧約聖書の最初の五つの書を

記した人物とされているし

主の力によって、紅海を二つに割る というような奇跡を起こした人でもある」


もう、べリアル ダメじゃねぇか。

弁護人が強すぎる。半分 神だ。


ルカから コーヒーカップを受け取りながら

「それでべリアルは、裁判を有利にするために

踊ったりしたんだけど... 」とか、普通に言う。


「踊る?!」って、顔 見たけど

「そうなんだ」って具合だ。そうか...


ただ、踊っても

結果は思わしくなかった、と。だろうな。


「そこで、調停を申し入れて」と

ルカから コーヒー 受け取るオレに

まだ ジェイドが説明する。


「エジプト王の代理にヨセフ、ローマ皇帝オクタビアヌス、預言者のエレミヤや イザヤ、アリストテレスの五人が問題を討議した」


「で?」


「イエスは無罪になった」


うん、やっぱりか。


「だけど、べリアル側が手に入れた権利もある。

“最後の審判の時に落とされる罪人の魂は

すべて自分の物にして良い” ってね」


最後の審判、っていうのは

普段の死んだ人の罪に対する私審判じゃなく

世界の終末の公審判のことらしい。


新約聖書に分類されてる “ヨハネの黙示録” に

書かれてるやつで

平たく言えば、神の計画書なんだよな。

その時は、天使と悪魔による最終戦争も勃発して

人類のほとんどは災厄の中で息絶える、と。


それで、イエス・キリストが再降臨して

全ての死者も蘇って、イエスに審判される。

この審判で 人類は、永遠の命を得るものと

地界行きの魂に分けられる。


永遠の命を得ると、神の国を継ぐ。


これ、地上が楽園になる ってことなのか

それとも 新しい世界になるのかは わからんが

この永遠の命ってやつを得るために

御国を自分の中に ってことなんだろうか?

だって、死んでも 甦って裁かれるんだしな。

まぁいいか。実家に仏壇あるから

オレは、地界行きか 仏弟子になるかだしさ。


でも 地界行きの魂は、べリアルが全部

正当に手に入れることが出来る... って ことか。


「えっ、それって すげぇことじゃねぇの?」


「そう。終末が訪れればね」


朋樹が「コーヒーくれよ」と呼び

ジェイドが自分のカップと 一緒に持っていく。


「キュべレ起きたらさぁ、もう終末だよなー」


「確かにな」って答えたが

軽くすげぇこと言ったなって思う。


「えっ? じゃあさ、べリアルが付くのは

サンダルフォン側じゃねぇの?

終末 起こされた方がいいだろ。

大量の魂が手に入るんじゃねぇ?」


「あ、そっかぁ。それでハティたちが ムズカシイ顔して話してやがんだな。

手ぇ結ばれるとマズイもんなー。

地界も二つに分れるだろうしさぁ」


いや、最悪の場合

サンダルフォンとべリアルが手を組んで

皇帝まで引っ張り込んだら... ?


天のミカエルと地上のボティスで

サンダルフォンや皇帝に太刀打ち出来るんだろうか?


それを言ってみると、ルカは

「えー、皇帝がサンダルフォン側は

ないんじゃね?」と、軽く言う。


「あの人、あくまで

“父に どう認めさせるか” だろ?

天使とは手ぇ組まねーだろ。

だって それじゃあ、父に下ってるじゃん」と

コーヒーを飲み干した。


おっ、一理ある。やるな ルカ。


「余分に ぐちゃぐちゃにならねーように

べリアルに、こっちか皇帝に付くように

ちゃんと説得しときてぇんだろーな。

終末 起こされても困るしさぁ」


カップに お代わり注ぎながら言うけど

説得 出来るか それ?... と、ちょっと疑問だ。

まぁ、オレらが心配しても、どうにもならんけどさ。


「そろそろ依頼人が到着する」と

シェムハザが言うと

朋樹とジェイドが、ソファーを立って

一度グラスを片付ける。


オレらは、べリアルの印章探しだ。

べリアルの爵位は王だから、きん

序列 68番、軍は 80。

聖職や議員の地位をもたらし、友からも敵からも好かれるようにするし、望むなら 使い魔もくれる。


そのうち、インターフォンが鳴って

朋樹が出て、依頼人を連れて入って来た。


召喚屋ルールとして、依頼人は 一人で

ここに赴かなくてはならない。

余分なヤツと悪魔を会わせないためだ。


議員になりたいっていう おっさんは

50代くらいで、身なりは もちろん

髪や靴まで、かなりきっちりしていた。


テーブルの向こうには、ハティとボティスが座り

L字ソファーの短い辺に座っていたジェイドが

挨拶のために立つ。

シェムハザは、オレらがいるバーに来た。


朋樹とジェイドが おっさんと挨拶して

ソファーを勧め、おっさんは緊張気味に座った。

脚 組んだピアスだらけのボティスにも萎縮して見えるが、何よりハティだろう。

人に有り得ない色の赤い肌。静かなのに怖い。


飲み物はワインでいいらしく

赤とグラスを ルカが持っていく。


ボティスが、寿命の商談に入っている。


「べリアルの魂の期限は 10年だ。

この街には カジノがある。目零しすりゃ

魂の期限は、おまえの寿命分まで延びる... 」


「なんでだ?」と、シェムハザに聞くと

「何かと使える。俺のビジネスの商談にも」って

いう、大人の事情だ。


議員になりたい おっさんは、了承した。

印章を持たされて、召喚魔法円の中に入ると

シェムハザが青白い円を出して

「泰河、いいと言うまで出るな」と

オレを隠した。


「べリアル」と、ハティが呼ぶと

魔法円の三角形の方の上に、赤い何かがこごる。


それは、めらめら燃え出し

二頭の炎の馬が牽く、炎の馬車になった。






  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る