17


「あたし、その子 知ってる。リンだ」


リン。店でのリラの名だ。


シュリは、信じられんというような表情かおになったあと、愕然として 両手で口元を覆った。

指先が震えている。


「お店の、面接の時に会って

それが きっかけで、友達になったの。

お店がオープンする 一週間前だった」


いつ頃かを聞くと

九月に入って すぐだった という。

まだ最近だ。


「元々 友達だった訳じゃないんだよな?」


これに関しては、朋樹がルカを霊視した時に

“四年前に死んだ” と聞いているので

わかっていることだが、記憶が曲げられたりしてないか気になって聞いてみた。


「ううん、違う。面接が終わって お店 出たら

リンは まだ外に居て

“さっき、面接してもらってたよね?” って

話しかけてみて、一緒に ご飯食べたの。

それから仲良くなったから... 」


話しをする間に、シュリは涙をこぼして

指を下まぶたに当てた。

けど、話しをしながら

またリラのことを 思い出しているように見える。


リラは、海で服毒自殺をしたらしい と聞いた。

それをした四年前から、今年の九月までは

迷っていたのか? 海で... ?


なんで、預言者に選ばれたんだ?

自殺者で、“天に昇らせてやる” と使われるんだから、キリスト教の信徒なんだろうけど。


あの ショーパブのバイトで、店に置くのに

年齢的にも ちょうど良かったからか?

ボティス... “バラキエル” は、賭場にしか降りないが、カジノのウェイトレスだと

客はグラスを受け取るだけで、話はしない。


でも、オレらが ショーパブに入らずに

直接カジノだけに入ったんだったら?

考えられることだ。

なんでショーパブも行ったんだっけ?


あ、そうだ。“ヴィタリーニ家” だ。

ショーパブとカジノの出資者の 一人。

ルカとジェイドの大叔父だ。マフィアらしい。

ショーパブとカジノは、同じ経営者だから

シェムハザが “挨拶に” って ショーパブにも金を落としに行った。


それがなけりゃ、カジノだけで良かったんだ。

今は、カジノやショーパブに行ったことを通じて

シェムハザと、ヴィタリーニ家が繋がった。


「あの子ね、なんか 独りでいるみたく見えた。

誰か待ってるみたいに。

あたし、何も聞けなかったんだけど... 」


リラは、シュリが今まで話したことがないような

タイプの子だったらしい。


「この子、なんでショーパブでバイトするんだろうって思った。なんか困ってるのかな? って」


リュックをごそごそして、ティッシュ取り出して

涙と鼻を拭きながら シュリが言う。


「話してみたって、大人しいし。

なんか、違う感じして。

“お店で付ける下着を 一緒に選んでほしい” って

頼んできたりして」


それは、オレも感じた違和感だった。

リラは 沙耶ちゃんみたいな感じしたから。


「おまえは何で あの店?」と

ついでに聞いてみると

「あたし、音楽やってるから。お金かかるし」ってことだ。


楽器とか機材 高ぇもんな。

オレのツレもやってるヤツいるけど

売れないインディーズバンドだと、ツアー交通費も自腹。

その分 仕事も休むし、スタジオ代やら何やらと

ライブチケットも売るノルマがある。


「一度、ライブ呼んだけど、ライブハウスも初めてで、クラブとかも行ったことがない子だったし

それどころか、カラオケとかも そんなに行ったことない って言ってたから、余計 不思議だった」


すこし落ち着いてきたようで、ふう と息をついている。


「でも、聞けなかったんだよね。

なんでなのかは わかんないんだけど。

聞いちゃ悪い っていうより、聞こうと思ったのに

実際 その時になると、違う話してた」


「あたしと、リンが知ってることは違って」と

シュリが続ける。シュリは音楽のこと

服のこと、周辺の店のこと。

リラは、神とかスピリチュアルなこと

名作と呼ばれるような本のこと。


「だから、話してて楽しかった。

すごく新鮮だったし。本 読み出したくらい。

でも、恋愛とかになると共感し合ったりとかして。あの子ね、最初からルカくんを見てた」


「そうか」と、相槌うって普通に聞いていたが

シュリは ちょっと黙ってから、先を続けた。


「泰河くんたちが入って来た時は

すごい、目ぇ引いたんだよね。

普段、若い人たちだけで来たりしないし。

同じような仕事してる男の子達が、営業で来たりはするんだけど、なんか感じ違ったし」


まあ、だろうな。

金かかるしさ、誰かに連れて行かれなきゃ

普通に遊びに行こうとは思わない。

金あっても、たぶん通ったりとかはない。

酒 飲むんでも、クラブやショットでいいしさ。


「あたしが、一番 最初に見たのは

ジェイドくんだった。“外国の人だ” って。

髪の色もだけど、顔立ちも見るからに違うじゃない? キレイだしさぁ。目立つよね?」


これも、だろうなって思う。

オレがもし、他人として オレらを見ても

四人でいりゃ、最初に目を引くのはジェイドだ。


派手順でいけば、次に目がいくのは オレかもしれん。単に髪の色とヒゲで。

顔とか雰囲気なら朋樹かルカだ。

いや、うん、朋樹かな...

顔立ちがどうの じゃなくて、雰囲気で。

朋樹は、モデル並みってだけじゃなくて、どっか異質だ。

現実感が薄いっていうか、オレら以外の人と距離を置いてる感がある。

ルカは、明るい感じだ。もう見るからに。


「でもリンは、“あの人、すてき” って

すぐ、あたしに耳打ちしたの。

もう顔が、ぽーっと しちゃってて。

そういうこと言うのも不思議だったけど

壁側にいた あたし達から見ると

ルカくんは、泰河くんと 一緒に

ジェイドくんと朋樹くんの後ろにいたから

ああ、よっぽど好みなんだな って思った」


シュリは、リラがルカを好みだっていうことにも

ちょっと驚いたみたいだった。


「いや、ルカくんは かっこいいよ?

でも そこそこ遊んでる人に見えるし

正直、泰河くんたち四人の中で

リンが好みな人がいるっていうのが不思議だった。もっと爽やかな人が好みなんじゃないかって、勝手に思ってたから」


今さ、軽く失礼じゃなかったか?

オレは、オレにヒゲさえなきゃ爽やかだと思う。

あいつらは違うけどさ。

突っ込まなかったからか、シュリは自分の失言に

気付かずだ。もう客じゃねぇけどさ

接客業のくせに なってないよな。


多少、ムッとした時に

片手でスマホ触りながら、ルカが通り掛かる。

オレに電話しようとしてんのか? と思いながら

「おい、ルカ!」って声を掛けた。


「おう、今 電話しよーとしててさぁ」と

フラフラ歩いてきた。

紙袋を持ってるってことは、ライダース買ったらしい。


「オレ、また紺 買っちゃったんだけどー。

おもしろくなくね? 黒と茶と紺しかなくってさぁ。迷ったんだけど、紺もサイズ合うの

もうこれしかなかったから

結局 買っちまったんだよなぁ...

あっ、コーヒー買って来るけど、飲むー?」


喋るよな、相変わらずさ。

ルカは シュリにも「よう」って笑って

「おまえ、持っててー」と、オレに紙袋 渡して

クレープ屋に入って行った。


後ろ姿 見ながら、爽やかではないよな って

再確認する。


「元気だよね、ルカくんて」

「おまえ、あんまり変わらなくねぇ?」

「わかるー。泰河くんに言われたくないけどー」


なんだと? って見たら、あははーって笑う。

さっきまで泣いてたのによ。

落ち着いたみたいだな。


「ラテしか飲めないんだよな?」と

ルカが両手に、三つのカップ持って出てきた。

それは覚えてるんだな。

プラスチックカップの氷が揺れる。

明るいうちは まだアイスだ。


「っていうか、カフェとか入らなかったんだ。

オレもクレープ食おかな」


「甘いもん食いてぇ って言うからさ」


「うん、おいしかったー」


ルカは、コーヒー 半分くらい、ずーって飲んで

「あれっ? シュリちゃん泣いた?」と聞いた。

で、オレを “泣かしたんか?” って眼で見るが

オレは、おまえがリラを泣かしたようには

泣かしてないぜ って、見返して コーヒー飲む。


「えっ? あっ... 」


シュリは、右手に持ちっぱなしだったティッシュに気づいて、また「えっ?」とか言う。


「何、話してたんだっけ?」


「はあ?!」


何 言ってんだ?


隣では、クレープ買いに 椅子 立とうとしていた

ルカが「うわっ」と、オレの声に驚き

「なんだよ おまえ。でかい声 出してさぁ」と

眉をしかめた。


シュリを見るが、嘘とかではなさそうだ。

忘れてる。なんでだ? ルカが来たからなのか?


じゃあ 今、オレの前では思い出して

リラのこと話したのは、なんでなんだよ?

たった今だぜ?


これも、ザドキエルってヤツがやってんのか?


リラが ルカに惚れたことなんか、重々 承知だ。

だから 腹 立ってんだし。


「オレ、クレープ買ってくるし

大人しくしてろよなー」


テーブルにコーヒー置いて、またルカが店に入って行く。おまえに それ言われたくねぇけど

今どうでもいい。


「シュリ、話してたのは リンのことだ」と

言ってみたが、シュリは

「えっ? 誰だっけ... ?

確か、お店のこと話してたよね?

あたしがバイトしてるのは、音楽やってるからって... 」と いう具合だ。


今、話したことの中で

何か重要な話 あったか?


店のオープン前、九月に面接で会ったこと。

リラは、ああいう店でバイトしそうにないこと。

最初からルカを見ていたこと。


いや、ザドキエルってヤツがやってるとしたら

こうして “思い出させられる” ってことを言いたいのか?

それとも、“天から見てる” ってことか?


何も関係なく、シュリが自発的に

少しだけ思い出したのか?


片手に スマホ持って話しながら

もう片方の手に持ったクレープのイチゴを口に入れて、ルカが店から出て来た。

「うん、わかったー。後でなぁ」と

スマホをジーパンにしまっている。


「まだだけど、予約だってよ。召喚」と言って

スプーンで割ったクレープのアイスの半分くらいを口に入れた。



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