13


預言者だ...


「なめやがって」と、ボティスが舌打ちをする。


周りでも悲鳴が上がって、騒然としたのに

立ち止まってる人たちは もう

“何だっけ?” という顔になって

少しずつ散って行った。


ルカもジェイドも、いやに ぼんやりしている。


シェムハザが「行こう」と促す。

「店の前だ。邪魔になる。

ここに居ても 意味はない」


そうだよ。そうなんだけどさ。

無性に腹は立つ。


無言で バス入れた駐車場まで歩いて

「教会墓地でミカエルを召喚しよう。

円を敷いておく」って、シェムハザが消える。

黙ったまま、バスに乗り込んだ。




********




教会の駐車場にバスを停めて、そのまま墓地に入った。


シェムハザとハティが、墓地中央の開けた場所に立っている。二人の前には、白い天使召喚円。


オレらを見て、シェムハザが青白い防護円を敷き

ハティと中に入る。


「... Domine, obsero, ne nos

Praeditus sapientia et prudentia:

lta ut posset ducere populum

Sub nomine Domini Hic nunc usque get,

Michael」


ジェイドが左肩に手を置いて召喚すると

すぐに ミカエルが降りた。


『どうした? 不機嫌なツラぞろいだ』


「預言者が出た」


ボティスが言うと、ミカエルは くせっ毛のブロンドの下の、同じ色の眉をしかめている。


『またか... 何を言った?』


「ひとつ星」


『心当たりは?』


「知るか!」


ボティスが、相当 失礼な気がするけど

ミカエルは慣れてるっぽい。

『落ち着けよ』って言って 話し出した。


『預言者は、“天に上げてやる” と言われてるんだよな?

今、天を隈無く調べさせてるけど、まだ該当する者はいない。

尤も、レナとリラしか名前もわからないけど。

サンダルフォンに使われたレナの方は、マティに居るかもしれない』


マティ? 幽閉天じゃないのか?

天に上げるって、幽閉のおそれもあるのか?


「ちょっと待てよ。

“天に上げる” って、どういうことなんだ?

楽園ってとこじゃねぇの?」


つい口を挟んだけど、ミカエルは普通に

オレを見て答えた。


『“地上に迷わせない” と

隠府ハデス 行きじゃない” が、正しい』


陰府ハデスというのは、死者の魂が向かう場所のようだ。そこで “最後の審判” の日を待つ、という。


『生前、天や父のために何かを成した者は

天に “迎えられる” 場合もある。

地上でも名が知られている、エノクやエリヤが

その例だ。

でも、お前達の前に現れる預言者達は、自殺という大罪を犯している。

通常なら天に昇れない魂だ。

魂には情報が残る。その情報を削除するとしたら、“死んだ” という扱いにはならない。

削除は出来ても、書き換えは出来ないからな。

それなら、下級天使として転生していることになる。

または 情報が削除されず、罪人として幽閉されているかだ』


「罪人?」


『私審判の場に立つまで幽閉される。

“罪は犯したが、天のために善を成した者” ってね』


「ただ マティには、限られた者のみしか

立ち入れん」と ボティスが苛立たしげに言う。


『そう。“幽閉天” だからな。

誰でも立ち入らせる訳にはいかないだろ?

俺は どこでも入れるけど、俺でも牢まではムリなんだぜ?

でもサンダルフォンは、そのレナを審判の場に立たせても、絶対に悪くはしない。

誰もが認める形で、天に置くために審判を通すつもりだろう』


オレが疑う表情になると、ミカエルは

『キュべレのことがあるとしても』と 前置きして

『サンダルフォンは天使だ。人間を騙したりはしないよ』と 笑った。


「それなら、リラの方は?」


朋樹が聞くと

『預言者として仕立てた奴を探した方が

リラや、その前の男、今回の男についても

居場所の検討は つきやすくなる。

ただ、“ブロンドの男” で

“バラキエルとすれ違った奴” だけだと難しい』と

ブロンドの睫毛を 軽く臥せた。


『顔の特徴はないのかよ? せめて眼の色とか』


すぐに朋樹が沙耶ちゃんに電話して聞いているが

“顔は よく視えないの。ボティスさんの記憶と照らし合わせて比べると、違うって事は わかるんだけど... ” ということだ。


『よく視えない? はっきり視えないってことか?

彼女は バラキエルの記憶から、俺やアリエルは

視えるのか?』


朋樹が スピーカーにすると

『視えたわ。あなた、“ミカエル” ね。

“アリエル” は、人間になった時は

人間の姿しか視えなかったわ。本人に会ってもね。今は 天使の姿も視えるわ』と

沙耶ちゃんが答えた。


『なんで、違いがあるんだ?』


ミカエルが聞くと、沙耶ちゃんは

『あなたたちは、ボティスさんが意識して会っているからだと思うわ。

すれ違ったその人は 意識外ね。

たくさんの人がいる中で 見もせずに、すれ違っているの。

私が その人を見つけたのは、リラちゃんの事を

その人が知っていたからよ』と言うが

オレには、もうよくわからなくなってきた。

天の中を覗けるってだけじゃないのか?


どういうことだよ って眼を朋樹に向けると

「沙耶ちゃんは、榊の記憶や、オレが持ってるルカの記憶、おまえの記憶から、リラの情報を知っただろ?

ルカが記憶を失っても、リラの想いは ルカに残ってる。それを頼りに、ボティスが天で会った天使の中から、リラの情報を持つ天使を探したんだ」とか言う。それ、神とかの域じゃねぇの?


驚愕していると、ボティスは

「沙耶夏は、視れる上級天使並みの能力を持つ」と 言った。


「相手が隠したいものは視ないだけだ。

視ようと思えば視えるがな」


『その女、人間なのか?』と、ミカエルが聞く。

たぶん、感心してるんだろうけど

沙耶ちゃんは無言だ。

“失礼ね” って思ってるんだろうな...


『俺を視れば、そいつを俺が知ってるかどうか

わかる?』


『どうかしら...  やってみないことには...

それに、触れる必要があるわ。

あなたの記憶から リラちゃんの情報を持っている人を探すことになるから、ただ視るだけでは無理ね』


「ジェイドが入ったみたいに、沙耶さんが

召喚円に入るってこと?」と ルカが聞く。


そうだ。ジェイドは 肩のクロスに加護を受けるために、ミカエルの召喚円に入ってたよな。


『いや。神父じゃないと無理だ。

ゲートを開くか、お前達のどれかに憑依する』


“どれか”...


「どっちも無理だろ」と ボティスが

眉間にシワを寄せる。


「ゲートを開けば、天から目立ち過ぎる。

正当な理由じゃあないからな。使命もない。

泰河には何も憑依出来ん。朋樹は日本神の加護。

ジェイドには、お前自身が加護を掛けた。

ルカ、額を見せろ」


ルカが前髪を上げると、ミカエルは

ちらっとルカの額を見て

防護円の中にいるハティを軽く睨んだ。


『ハーゲンティ...

獣人だけじゃなく、こっちもか』


ハティが肩を竦めた。

ミカエルがガッカリしてるのを、楽しんでいるようにも見える。


「だいたい、お前が憑依などすれば

抜けた後どうなるか分からん。

こいつらを廃人には出来ん」


『でもアリエルは、どれかに憑依した って言ってたぜ? まだ最近だ。“守護のために” って』


「露だ」と、ジェイドが答える。


『つゆ?』


「猫だよ、ミカエル」


シェムハザが笑って言うと

ミカエルは『ネコ?!』と、片言で返した。




********




『その猫を見つけたら、また喚べよ』と

ミカエルが消え、オレらは いつも通り

ジェイドの家のリビングだ。

いつも通り、オレとルカが床。


シェムハザが取り寄せてくれたマルゲリータと

白身魚のフリット、バナナ入りのベニェ?... とにかく、ピザと揚げ物の皿を 膝に載せて摘まむ。


「フリットはイタリアの揚げ物なんだぜ。

衣にメレンゲを使うんだ。母さんも よく作る」


ルカがアンバーに説明しながら

白身のフリットを渡す。

アンバーは噛りながら、説明を聞いてるように見える。


「ベニェはフランスの方。やっぱり揚げ物。

揚げたお菓子のこと指すことが多いらしいぜ」


ふうん。じゃあ、シェムハザが

フリット って言って取り寄せるのは

イタリア料理の方なのか。


「城、南フランスだもんな。混ざってるんだろ」と めずらしく朋樹が床に来た。

ジェイドはワイン係で、ソファーに残っているが

ハティ、ボティス、シェムハザで

ソファー埋まってるもんな。


ハティたちは、預言者について話し合っている。


「サンダルフォンの方の “レナ” だが

前にシェムハザの城で、こいつらから視た時は

サンダルフォンが直接 仕立てた、という感触はなかった」


「サンダルフォン配下の天使だということだろう?」


「だが、天使には預言者が見えなくなる。

預言の言葉をことづけているのはサンダルフォンだろうが... 」


そうだよな。預言者を仕立てた天使にだけは

預言者が見える ってことだろうか?

そんなこと出来んのかな?


天にいる天使全体に隠しながら、預言者を オレらに近づけるのか?

預言の言葉を言うまで、見張る必要もあるはずなのに。


朋樹を見てみたけど、朋樹は アンバーを片手に乗せて「チーズ好きだな」と、ピザ 一切れを持って

食べさせてやっている。

アンバーには、ピザ 一切れでも

でかくて持ちづらい。


「なんかな、話に入る気にならねぇんだよ」と

アンバー見たまま言うから、もう 一度 朋樹を見直す。朋樹にしたら、だいぶ めずらしいことだ。


「おまえの代わりに 胸 痛い」と

ルカを見ずに言う。


朋樹は ルカを霊視して

同じように追体験している。痛みも そのまま。


「うん、ごめん。

けどオレさ、誰かを好きになった って

おぼろ気な記憶はあるんだよ。

たぶん、その子のこと

ちゃんと好きだったんだと思うぜ」


幸せそうに笑いやがって

言うんじゃねぇよ、そんなこと。


朋樹も黙っちまったし

「ピザおかわり!」って、立ち上がって

ジェイドの肘掛けに寄り掛かる。


オレ、結構 簡単に泣くんだよ。

鼻の奥ツンてしたし、ちょっと落ち着かねぇと。

意味なく話に入ってみる。


「あのさ、その預言者 仕立てたヤツだけどさ

そんなに何人も、そういうこと出来る天使ヤツっているんだな」


適当に言ったオレの言葉に

「いや、そう誰でも出来ることではない」と

ハティが答えた。


「じゃあさ、やっぱり 一人がやってるってことは

考えられねぇの?」と、出任せを続けてみると

「だから、預言者の使い方が違うだろ」と

ボティスが オレの方を見た。


そう。そうなんだよな。いや 出任せだし。

けど胸ん中が落ち着いてきたから、もう少し続ける。


「いや、もしオレが、その預言者 仕立ててるヤツだとしたらさ、サンダルフォンの命令で

レナを預言者にして動かすんだけど

サンダルフォンのしてることを知ってる訳だからさ、それを伝えようと 他の預言者を 別に仕立てて、サンダルフォンに知られないように

こっそり送って... 」


あれっ?!

これ いい線 いってるんじゃ... ?


「それじゃないのか?」と、シェムハザが オレを見て、ハティもボティスも 顔色が変えた。











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