14


「どうした、泰河?」

「えっ、なんか冴えてね?」

「本当に泰河か?」


こいつら...


うるせぇよ。そりゃ出任せだったけど。

テーブルの皿から ピザ取って噛る。

まだチーズ伸びるしさ。


「可能性はある」と ハティが空のグラスを

ジェイドに出して、ワインを注がせている。


「確かにな。リラが お前等の前に現れて

“バラキエル” と、俺の天使名を言った。

サンダルフォンの近くに居なければ、知り得ない情報だ。

俺が地上に堕天すると、“看破せよ” と残し

リラは役目を終えた。

“看破せよ” については、俺が天にいる間でも良かったはずだが、そうしなかったのは

俺が堕天することも目的の 一つだったか

そいつ自身が動けなかったかだ」


今まで見たことない、感心するような眼を

オレに向けて話したボティスに

「動けなかった って、なんで?」と 聞くと


「サンダルフォンに気取られると困るからだ。

“バラキエル”という名を知る 人間の魂が

下級天使として、俺が堕天する前に天に入れば

サンダルフォンは警戒する。天でも秘されていたからだ。

その下級天使が サンダルフォンに会えば

魂の情報から、秘した名を知っていることがわかる。

俺の堕天後なら、サンダルフォンは

堕天のために 俺が自分で人間おまえらにバラし、広めたと思うだろう」って ことだ。


その間に、リラとルカが恋してしまった って

ことか...


バラキエルを召喚するには、賭場である必要がある。

ヴィタリーニ家が出資したあの店は おあつらえ向きだったし、自然に近づけるのなら、店内で働けて、でもウェイトレスじゃなく 話が出来る子って... ことで、リラを預言者として選んだんだろうと思う。

まだ若い自殺者で、信徒だった女の子を。


「じゃあさぁ、サンダルフォンと おまえ以外で

“バラキエル” って名前を覚えてた天使を探せば

いーんじゃね?」


ルカが簡単に言ったが

「“秘されてた” って言っただろ?

誰が覚えていたのかも、それが何人いたかもわからん。誰も口に出さんからな。

だから困ってるんだ。探しようがないだろう」ってことらしい。


「それなら、サンダルフォンに使われてた

レナって子の魂みたいに、リラも他の預言者も

幽閉されてるおそれもある ってことなのか?」


「何とも言えん。レナの魂がマティにあるかどうかも はっきりしていない。

下級天使になっていなければ、隠されてはいるだろうがな」


けど、預言者を仕立てた天使が 一人だとしても、探す条件は そう変わってない気がする。

上級天使、ブロンドの男型。


「あとは、沙耶夏にミカエルを視せてから

そいつが 絞れるかどうかになるが

泰河、よく気づいたな。

この推測が正しければ、預言者を仕立てた天使は

サンダルフォンのことを深く知る者であり

向こう側の反乱分子ということになる」


おっ、ボティスに誉められると思わなかったぜ。

「おう」って、またピザ食う。


「そう。こうして的外れではない推測が立てられるようになるとは」


シェムハザ、笑ってるけど

誉めてるんだよな?


「出任せから良い案が出ることもあるようだ」


そうか。ハティにはバレてるよな、やっぱり。




********




「テーブルに乗っていただいて構わないわ」


沙耶ちゃんの店。

ミカエルが入った露が、カウンターの近くの

テーブルに飛び乗った。

いつもボティスや、読書でハティが座るとこだ。


昨日はダラダラ喋ってて、やっぱり帰るのがダルくなって、ジェイドの家で寝た。パターンだ。


客間の押入れに、オレらの着替えもあるけど

『そろそろ入れ替える』とかボティスが言ってて

『じゃあ 一回、うちに帰るか』って

ルカと外に出たけど、すぐに露 抱いて戻って来た。


露は、教会の石畳の上で腹 見せてコロコロしてたらしい。


『露、アンバーだよ』と、ジェイドが紹介してて

相性 良さそうだったけど

『ミカエル召喚するから、アンバーはハティに預かってもらえ』って、一時 地界に戻された。

天使が降りて、アンバーに何か影響したら困るもんな。


『ミカエルだけど、大丈夫か?』って

露に聞いたら『にゃー』って ごろごろ言う。

召喚円に露が入ると、ミカエル召喚して

露に降りた。露の新緑色の眼が 碧眼になる。


『本当に猫かよ?』


喋らないで欲しい って ちょっと思った。

顔付きも なんとなくミカエルがかる。


ミカエルは、割と美形だ。

ただ 絵画みたいに穏やかな感じじゃない。

やんちゃな顔付きをしてる。武の天使だ。

絵画の画家は、ミカエルに遠慮してるんじゃねぇか? と思う。

けど オレが見た絵画は、穏やかな顔でつるぎ持って

悪魔を踏みつけては いたんだよな。ふんわりさ。


露ミカエルは、二つ尾の先を振って

『こいつ、普通の猫じゃないな?

やたら小さいけど』と 伸びをした。

初めて猫に入った割に、ちゃんと猫だ。


『じゃあ行こうぜ』って、バスに乗り込んで

沙耶ちゃんの店に来た。


「こんにちは、有名な天使さんなのよね?」と

普通に沙耶ちゃんが言って、ゾイが すげぇ緊張してる。大物だもんな。初めて会ったらしい。


バラキエルの時と違うな」と、ボティスが言うと

「あなたには、最初に人間で会ったから」って

言い訳してたけど、いきなりバラキエルで会っても こんなに緊張しないだろう と オレらは思った。

ミカエルは別格だよな。今、露だけどさ。

地界でいえば、皇帝みたいなもんだろう。


『お前、何だ?』


露ミカエルが ゾイに聞くけど、ゾイは

「元は 天使です... 」って黙っちまって

「話してなかったな」と、ボティスが説明する。


『成り代わりか。じゃあ サリエルは

今こいつの中身の姿なんだな?』


「そうだ。多少 肌に模様が付いている恐れはある。ウリエルと同体に戻った恐れもある」


露ミカエルは、ゾイを呼んで しゃがませて

額に触った。ふに って。


『“ファシエル” か。これになったんだったら

サリエルはマシになったな』


正直 って、たまに失礼だよな。

悪意ないから余計にさ。

アリエルが、“ミカエルね... ” って

なんとなくミカエルが苦手そうに見えたのは

これが原因かもしれない。

ボティスとミカエルは 合う気がする。


「そろそろ視てみるわね」


ゾイは ぼーっとしているが

沙耶ちゃんが、さくさく話を進める。

早く いつもの露に戻って欲しいっぽい。


「珈琲」って ボティスに言われて

ようやくゾイがカウンターの中に戻った。


テーブルに露ミカエル

沙耶ちゃんの向かいに ルカが座り

沙耶ちゃんはルカの手に手を重ね

露ミカエルの前足を取った。


オレらは、カウンターに並んでコーヒーだ。

沙耶ちゃんの邪魔をしないように大人しくしとく。


しばらくして、沙耶ちゃんが

「あなた、同じ場所で その人に会っているわ」と

ミカエルに言う。


『同じ場所? だから天だろ?』


ミカエルが聞くと、沙耶ちゃんは

考えるように視線をテーブルの上に止めた。


「そうね。きっと... 」


歯切れが悪いけど、だって 知らない場所だしな。


「でも、ボティスさんがいたところとは違うわ」


ああ、マティとかアラボトとか

天の場所の違いかな?

ボティスと露ミカエルが眼を合わせている。


「何が見える?」と

ボティスが沙耶ちゃんに聞くと、沙耶ちゃんは

「幾つかに分かれた河が見えるわ。

果樹が たくさんあるけど、大樹が 二本」と答えた。


『ああ、楽園だ。マコノム』


露ミカエルが簡単に答えた。

『俺の管轄だ。侵入者があれば追い出す』


「あっ、楽園の支配者なんだよな?」と

ルカが言うと、露ミカエルは頷いた。


「侵入って? 他の天使?」って聞いてみる。

入っちゃダメなのか?


そうしたら

『いや、人間』って謎の答えだ。

天の楽園なんか、入れねぇだろ。


「エデンか」と、朋樹が言うのに

ジェイドやボティスも頷く。また わかんねぇ。


「“エデン” って、地上じゃねぇの?」


『そうだ。アダムとエバが 知恵の実 食っちまって、追放されただろ?』


神は人を土から造った。

造ったアダムを、エデンに置いた。


最初に リリト... キュべレの娘が与えられたが

うまくいかなかったので

アダムを深く眠らせて、肋骨を取り出して

エバを造った。


で、蛇にそそのかされたエバが知恵の実 食って

アダムも食って、楽園エデンを追放された。


「あれっ? 楽園て、地上... ?

じゃ、マコノムってとこにある楽園は?」


「地上にもあるが、天にもある。繋がるからな」

『そう。地上の楽園は、人間から失われた』


ボティスと露ミカエルが言うけど

さっぱりだぜ。


オレの顔を見てボティスが

「球体を 二つ 思い浮かべてみろ」って言う。

オレの頭の中には、ボールが 二つ浮かぶ。


「解りやすく説明する。

球体の 一つは地球だ。地上と思え。

もう 一つが、第四天マコノム」


うん。一個が地上 で、一個が天 だな。

... で? って話を促す。


「正面から地上の球体を見ると

楽園が 球体の天辺てっぺんにあるとする。

マコノムの楽園は、正面から見て底にある。

マコノムを地上の上に重ねろ」


天の楽園と地上の楽園がくっついた。

いや、重なった ってことか?


「それが元々の楽園だ。イメージしやすく球にしたが、場所同士が重なってもいい。

人間が禁を侵したから、楽園から追放された。

その時に、地上の楽園は 楽園ではなくなった」


頭の中で、下の球体の天辺の 楽園がなくなる。


「だが、聖子が原罪の赦しのために犠牲になった」


原罪っていうのは、アダムとエバの追放の罪だ。

元々 持ってる 人間の罪。

イエスが 十字架に磔にされたのは、これの赦しを得るためらしい。すべての人のために。


「すると稀に、失われた楽園に辿り着いてしまう者が出てきた。地上の方のな」


あっ。それで

マコノムの楽園に入っちまう ってことか...


「これは、身体を伴って ということではない。

精神が ということだな。

例であれば、沙耶夏のような形や

夢に見るという者、ビジョンが浮かぶという者もいるだろう」


「ふうん...

じゃあ別にさぁ、追い出さなくて良くね?」


オレがまだ、頭の中を整理してると

ルカが聞いた。


『いや。人間が楽園に立ち入る ということは

まだ父が禁じている』


またそれか。聖父は絶対なんだな。


「聖子の犠牲で 原罪は赦されても

お前等が 何かした訳じゃないからな」


言われてみれば そうだけどさ。


「だから、楽園に戻れるように 生き祈るんだ」


ジェイドが胸に手を置く。


「“御国が来ますように”。ここにね。

そう生きることは、楽園に戻ることと同義だ」


へえ...  ぼんやり何かは掴んだ気はするけど

やっぱり わかんねぇ。


そういう顔になってたらしく

ボティスも露ミカエルも、ジェイドも

“まぁ 一応 説明したし” って感じで

「それで、預言者を仕立てた奴は?」

『俺は楽園で そいつと会ってるんだろ?』

「顔は見えた?」って、話を戻す。


「なんか冷たくねぇか?」って言ったら


「地上と天の楽園について説明しただけだ。

お前は、洗礼どころか信徒でもない。

楽園は お前に無関係だろ。気にするな」と

ボティスに ぶっつり切られた。

まぁ、全然 慣れてるけどな。






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