12


顕れたのは、なんとラクダに乗った女だ。

三角形から 全然はみ出している。


ラクダも頭やら背を飾られているが

女も頭からベール、顔にも眼の下からフェイスベール、黒のベルベッドに金糸刺繍のドレス。

エジプトの王族か何かみたいだ。

何故か腰に、冠を提げていた。


天井 近ぇ...  ほぼギリギリだ。

ベールの上の 品ある眼も、何なの? って感じで

真上の天井を見ている。


前に向き直ると、召喚円の客を冷たく 一瞥して

円の外のボティスに眼を向けた。


「まつげ、ラクダと お揃いじゃん」って

ルカが言うし、つい笑いそうになっちまった。

うん、日本睫毛じゃない睫毛だ。


「ボティス。ハーゲンティから聞いてるわ。

マルコシアスは元気なのかしら?」


「ああ、俺等といる。元気だ」


カウンターの椅子に座って、ブランデーを飲む

シェムハザが、小声で説明するには

皇帝側について、天に反逆して堕ちた時

マルコは 黒い狼にグリフォンの翼、蛇の尾という元の姿で、背にグレモリーを乗せていたようだ。


天に戻りたいマルコを思って、グレモリーは

マルコから降りたらしい。

それで今は、派手に飾ったラクダなのか...


「リリトの妹 とか、皇帝の妻 って説もあるよな?」と、ルカが小声で聞くと

「それは近世の創作だ」ってことだ。

グリモワールや悪魔学にも、そういう記載はないらしいしな。


「それで、コレが契約主?」


グレモリーは、冷たい眼を

自分の印章を持った客に向けている。


「祓魔がいるっていうのは、どういうことなのかしら? 彼からは恐ろしい気配がするわ。

ミカエルの加護があるわね? 皇帝の匂いもする」


「そうだ、グレモリー。

そいつは俺を守護あいする神父様だ。

契約を潤滑に進めるためにいる。

マルファスやシャックスを喚ぶ時もあるからな」


今 出た名前の悪魔ヤツらは、術者に嘘を吐いたり騙したりすることがあるってヤツらだ。


「あなたが守護ですって?

天帰りで、アコが変わらず軍を率いてるのに

あなたに手を出すバカは いやしないじゃない。

睨まれないように必死よ」


ボティスは 地位が上がってやがるみたいだ。

オレら、そんなのといるんだな。

とても そうは思えんけど。

最初に会った悪魔がハティだから、感覚がおかしい気はする。


「だが俺が望むのは、お前等の “力添え” だ。

いざって時に、手を貸して欲しいと考えている」


「わかってるわ。

ハーゲンティにも了承して来たのよ。

あなたは、私を敵視してないわよね?」


「してりゃあ 喚ばないだろ」


ボティスが答えると、グレモリーの眼が少し笑った。

「グラスを」と シェムハザに言われて

ルカがグラスを 二つ運んで、ボティスとグレモリーに渡すと、シェムハザが ワインを注ぎに行く。


「シェムハザ!」と

グレモリーはラクダを座らせた。

低い位置になって、グラスにワインを受ける。

ボティスは “ケッ” て顔だ。

誰でも そうなるくらい、顔付きが違う。


シェムハザは今まで術で、グレモリーと客には

姿が見えないようにしていたらしい。

客がシェムハザ見ないのは、おかしいと思ってたんだよな。男でも 眼はいくしさ。

グレモリーは あからさまに嬉しそうだ。

だって シェムハザだもんな。


「久しぶりだ、グレモリー。

その祓魔、ジェイドは 俺の息子のようなものだ。

彼が契約主の願いの説明をする」


シェムハザが言うと、“じゃあ どうぞ” って感じで

ベールの上の眼をジェイドに向けた。


「契約主の願望は、財宝を手に入れ

女性をはべらせることだ」


聞き慣れた願望らしく、“やっぱりね” って顔だ。


グレモリーは、悪魔の時のボティスのように

三世を視ることが出来、隠された財宝の在処を知り、老若のあらゆる女性が惹かれるようにしてくれる。男にとってはスバラシイ悪魔だよな。


「財宝は この国で構わないわね?」と

開いた手のひらに 巻いた皮紙を出す。

オレとルカも気になって、近くに見に行ってみた。一度グレモリーからグラスを預かる。


皮紙を開いて グレモリーが呪文を唱えると

日本地図が浮き出した。

更に赤い点が、沖縄のだいぶ南側の島に浮かぶ。


「この国の海賊が隠したものよ。

ほとんど黄金だけど、三回ほどは悠々と人生を送れるわ。歴史的価値がある物だから」と

地図を見せる。 えー、羨ましいぜ...


「先に契約書にサインしてもらうわ。

期間は... 」と、グレモリーが契約書を出すと

「そのことだが、グレモリー」と

ボティスが口を挟んだ。


「魂の受け取りは、そいつの寿命後にするのはどうだ? 元々 この程度の魂だ。

だが経験を積ませれば まだマシになる。

たいした経験でもないが、女に愛された魂の方が

お前の呪力には いいだろう。

この条件を お前が飲めば、こいつは手に入れた

財宝の40パーセントを 俺に支払う。

俺は そこからお前に半分 支払うが、どうする?」


なんか、ひどい言われような気もするが

急にシェムハザが輝いて顕れたし

オレとルカも近くに寄ってきたせいか

客は緊張しているようで、よくわかっていない。


グレモリーは、ボティスに明るい笑顔になった。

財宝から20パーセントが気に入ったみたいだ。


「いいわ。10年後だろうと50年後だろうと

大差はないしね。

契約書に そのことも書き足すわね」


「良し。こいつが支払わなければ 10年で構わん」


「そうね、それも書くわ。回収には?」


「アコが行く」


グレモリーが さらさらと書き足した契約書を

朋樹が受け取って、ジェイドに渡す。


契約書は、ラテン語か何かで書いてあるようだ。

おまけに長文だし。

「これでは フェアじゃないな」と

シェムハザが指を鳴らすと、日本語訳の文字が

契約書に重なった。


客が契約書を読む間、飲んで待つようで

シェムハザやボティスと一緒に、グレモリーも

ラクダを置いたままテーブルに移動した。

シェムハザの分のグラスを持って行ったルカが

そのままワイン係になる。

フェイスベールを外したグレモリーは

意志の強そうな唇をした美女だ。


「コーヒー淹れといてくれ」って

朋樹に言われて、バーカウンターに戻る。

朋樹とジェイドは、客と 一緒に契約書を読んで

ひとつひとつ丁寧に説明している。


サイフォン 二つをセットしておく。

オレら四人と、客も飲むかもだし。

酒の方がいい って言ったら、酒 出すけどさ。

シェムハザに言われて、相当な種類の酒を用意したし。カウンターの棚に並んでる。


日本こっちでそうそう買えないヤツは、アコが持って来た。ビールとか、ラムとかワインとか。

飲んだことないやつもあるから、開くのが楽しみだ。『一度 開けたボトルは捨てろ』とか言うし。

いや飲むぜ オレ。もったいねぇしさ。


サイフォンのアルコールランプを消す頃に

契約書の説明が終わったようで

朋樹が、客の手に指を置いて呪を唱えている。


この召喚屋が決まってから覚えた 小さい呪だ。

指先に痛みのない傷を付ける。サインのために。

朋樹がいない時は、切るしかないけど。


客のサインが済むと、朋樹がテーブルのグレモリーに契約書を渡す。

グレモリーが 客の名前の下に自分もサインして

契約は締結された。


「それじゃあ、私は戻るわ。配下に見張らせて

彼が財宝を手にしたら、あなたに報せるわね。

アコによろしく」


グレモリーは、フェイスベールを付けると

客に微笑みかけ、ラクダに座ると

白い靄になって消えた。




********




「あー、なんか地味に緊張したよなぁ」


グレモリーが帰ってから、客に何か飲むか聞くと

普通に コーヒーを選んだ。

ダークラムにして欲しかったんだけどな。

客は コーヒー飲むと、ボティスとかシェムハザに

二つ折りかってくらい 頭 下げて帰って行った。


「知らん悪魔と会うしな」


「けど、オレら何もしなくていいしさぁ。

マジで おまけだよな」


せっかく部屋もあるし、寝室を倉庫に使う。

あんまり使わないけど嵩張る仕事道具とかは

ここにしまうし、シェムハザに預かってもらってたスーツもここに仕舞う。もう使わねぇけど。

憑依系で、ここまで来れる客なら

ここで祓うことにする。交通費は無し。


けど、結局たまるのは ジェイドの家なんだよな。

今は 飯 食いに外に出てるけど

“食ったらジェイドの家に戻るか” ってなってる。

慣れてるし、落ち着くしさ。


飯は、シェムハザのリクエストもあって

お造りとかも出る和食の店だ。

コーヒー飲んでる時に、朋樹が予約したから

個室。オレらは あんまり来ない感じのとこ。

簡単に言えば、お高い店だけど

「食いたいもん食え」っていうボティスの奢り。


相変わらず 仕事料に、オレらから物は取るけど

なんか、世話見てもらってる感じがする。

ジェイドや朋樹は『天から戻ってからだよな』って言ってて、その辺りから ちょっとボティスに認められたような気がする。

口にはしたくないけど、結構 嬉しいぜ。


けど シェムハザは、最初から親切だし

オレらに甘い。特に変わりなく見える。

ハティに至っては、すげぇ合わせてくれてて

オレらのプライドを傷付けないように助けてくれてるのがわかる。

例えば “人避け” にしたって、ハティは自分で出来るのに、榊がいれば わざわざ榊に頼むし

オレらを “使ってくれる” んだよな。まだまだだ。


「なんかさぁ、美味いけど 食った気にならんくね? 海のアジとかバーベキューの方が、食ったって感じしたよなぁ」


ルカは 奢りでも言いたい放題だ。

ただ確かに、肉焼くにも 小さい網の下にキャンドル置いて炙られたりして、オレらは食い慣れんし

「後でピザでも取る?」っていうルカに賛同する。


「お前等は... 」と ボティスが 酒 飲みながら

ため息をつき、シェムハザも笑って

「後で、城から何か取り寄せよう」って 言ってくれた。


じゃ、帰るかぁ ってなって

「アンバーにフリットを取り寄せてくれ」って

ジェイドが頼んでるの聞きながら、靴 履いて

ボティスからマネークリップを預かった朋樹が

会計に行く。


「ごちそーさーん」「サンキュー、ボティス」

「帰ったら珈琲」って、店 出たら

オレらの前に、おっさんが立った。


50代くらいの人で、くたびれてる感じだ。

モスグリーンのスーツ。冬っぽいやつに見える。

酔ってんのかな? まあ、終電近い時間だし。


「ひとつ星」


おっさんの首に 青黒い線が浮く。


これ...


おっさんは、身体の内側から光を発すると

灰になって崩れ落ちた。

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