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沙耶ちゃんの店で 細かいとこまで

召喚屋の話を詰め、夜食まで出してもらって

またジェイドの家だ。シェムハザが来ている。

代わりに琉地が フランスへ赴いた。


「横の連帯というのは 確かに重要となる。

貸しを作っておいた方がいい」


悪魔だもんな。

司令クラスでも、利もなく協力することは少ないようだ。

よっぽど自分が危なくなれば動くみたいだけど、

今回、万が一 キュべレが目覚めても

地界自体には何も起こらない。

起こるなら地上だ。


悪魔たちは、地上のことについては

高見の見物を決め込むだろう ってことだ。

自発的には何もしない。


ハティは地上で事が起きても、サンダルフォンのために 地界の司令達や その軍を動かす気はない。


そうなると サンダルフォンは、ハティを威しにかかる。ハティが、それも知らん顔してれば

結局 地界にも累が及んで、事が余計に大きくなる恐れがある。


『皇帝に相談したら?』って言ってみたけど

今 皇帝が知ったら

“今から天に行く”ってなるらしい。

良くないよな。今 大事おおごとになる。


オレらは、そこまでいきたくないから

食い止める作業をしたいと思っている。

地上に なんかあるのも困るし。


サリエルを殺る。出来ればウリエルも。

サンダルフォンと繋がっていて、キュべレ関連のことで動いているヤツを、ミカエルに裁いてもらう。

他に何か差し向けて来た時に、ミカエルだけでなく、悪魔にも協力を要請する。

全体や軍単位ではなく、個人単位で。

このために、司令クラスのヤツに貸しを作る。


「フランスやイタリア、他国から客を送る時は

俺も その場にいよう。

ジェイドは勿論、ルカもイタリア語はわかるが

フランス語は覚束おぼつかんだろう?

今、ディルが集客している」


更に、スペインやアメリカにも拡大する予定らしい。ジェイドは英語と、スペイン語、ロシア語もいける。

シェムハザやハティ同様、ボティスも大抵の言語は使えるが、なんせ あの口調だ。

交渉は得意であっても、接客向きじゃない。


「場所は すべて日本ここだ。

サンダルフォンの眼を掻い潜るために、天使避けの必要もある。手頃な部屋を 一つ購入するつもりだ。客には そこまで来てもらう」


いつものように、ボティスとシェムハザが

ワイン片手に話して

朋樹とジェイドがホームページ作る間

オレとルカは床だ。


ソファーの背凭せもたれに 凭れて

アンバーのジャンプ訓練をする。

オレの手からルカの手にジャンプするが

これは なかなか上手い。

シェムハザが振り向いて、背凭れ越しに手を出したので、アンバーを乗せる。


「インプには、赤い種もいるが

俺は黒種の方が好きだ。美しい眼をしている」


琥珀の眼。シェムハザの前の奥さんの眼も

琥珀色だったよな。


「ん?」と、ルカが

何か思い出すように、くうを見つめた。


「なんだろ 胸いたい」


そうだよ


こうやって座ってさ、忘れねぇ って言ったんだ。

ライラック って。


つい、こないだ。


「あれ?」と、ルカが涙を溢す。


オレは 何故か、カッとして

瞼が熱くなって ルカから眼を逸らした。




********




初の召喚の仕事は、シェムハザが

駅近くの中古マンションを買って すぐだった。


召喚に使うのは、玄関からすぐのドアを開けた

リビング部分だ。


革の四人掛けのL字ソファーと、三人用ソファー。間に大理石トップのテーブル。

壁際にパソコンデスク 二台。すべて白。


派手にリノべーションして

寝室 二部屋も、でかい 一部屋にしたが

リビングとダイニングの壁も取っ払い

ダイニング部分がバーカウンターになっている。

テーブルセットと このカウンターの間が

召喚スペースだ。


本当なら、その都度 召喚円を描くが

シェムハザが あらかじめ術を掛けた絨毯をくれた。

必要な時だけ召喚円が浮き出し、一回 一回 描いたていになる。


悪魔召喚円は幾つか種類がある。

オレらが シェムハザから習ったのは、確実に呼びたいヤツが呼べるけど、描くのが面倒ってやつだ。大きく分けて二つ、円形と三角形を描く。

ソロモン系の悪魔用。


円の中に 二重半 巻いた蛇、その中に文字。

その内側に菱ひとつ、六芒星四つ、外側に五芒星四つ。それぞれ色も決まっていて 文字も入れる。

こっちに術者... 今回の場合、依頼人が入る。


円の上に、文字で 三辺を囲んだ三角形。

三角形の中に円。ここに悪魔が顕れる。


室内では、ルカの精霊で描くことが出来ないけど

絨毯のおかげで、この円と三角形を描く作業を省略出来る。円描き班のオレとルカは、本気で感謝した。


なので 用意したのは、金や銀、すずや銅 他の

各悪魔の印章を描いた金属板だけだ。

これはハティが、最初から円形の物をくれたので、ルカが地の精に印章を刻ませるだけで済んだ。円の中の依頼人に持たせて悪魔召喚する。

ボティスが喚ぶから、他の召喚道具も要らない。


「この絨毯、天使のやつも作ってくれよ」と

言ってみたが

「ダメだ。ジェイドの神父の仕事と

お前達が祓いの仕事との兼ね合いがあるから

時間短縮のためにサービスしてやっただけだ。

ミカエルとアリエルの召喚円くらい、自分達で描け。何のために俺が学ばせたと思っている?」と

返って来た。


でもシェムハザは、一緒にいる時は いつも

天使召喚円も 粉 吹いて描いてくれるんだよな。


「シェムハザはさぁ、契約とかすんの?」


「今まではなかった。

魂は定期的に、皇帝から送られてきていた」


うわ すげぇ。貢がれてやがる。

シェミー、皇帝のお気に入りだもんな。

皇帝は自分の傷の補修に、シェムハザの魂を飲みたがる。その分も その都度、魂を渡されていた。


「今は、ダンタリオンの代わりに出向くことはある。奴が使っていたのは単純な術だ。

簡単に扱える。

相変わらず皇帝は 魂を送ってくるから

契約分は、他の悪魔との交渉などに利用している。魂でない場合は、ボティスと同じで資産だ。

俺は地上棲みだからな」


うまくやってるよな。

農場とか、ワインもチーズも会社やってるしさ。


「そうだ、ルカ。“氷咲” は売れ行きがいい。

品が良く繊細な味が受けている。

近くにまた、お前の父親の会社にディルを向かわせる。今の倍 取りたい」


ルカの父ちゃんの会社のワインだ。

シェムハザんとこと提携したらしいんだよな。


「それとだ、ヴィタリーニ家には

俺が挨拶に行く」


こっちは、ルカとジェイドの大叔父だ。

アメリカにいる。

こないだのショーパブやカジノの でかい遊び金がバレた。

心配されているから、シェムハザが直々に行って説明するらしい。ビジネスにも繋がるとか何とかで。大人の世界だよな。


「そろそろだろ。準備しとけ」と

ボティスがL字のソファーから言う。

そうだ。今、朋樹とジェイドが客を迎えに行ってるけど、そろそろ戻って来る。予約時間だし。


「召喚は “グレモリー”。序列 56。26の軍がいる。

印章を出しておけ。公爵だ」


「えー、コーシャクって

銅だっけ? 銀だっけ?」


おおやけの方の公爵だ! 銅!」


ボティスは、いつもの “使えねぇ” って眼だ。

けど、ソロモン系だけでも 72だぜ?

爵位まで覚えられねぇよな。


印章の写し描きを撮っておいたスマホの写真から

グレモリーのを探す。

オレら、悪魔印章は写し描きしてないんだよな。

召喚屋の話出てから、ジェイドがシェムハザの城で描いたやつを 撮ってみたら撮れた。

全部こうすりゃ良かったぜ。


「ねぇじゃん」


「ガモリで記載されてないか? “Gamori”」


「あっ、あったぜー」


読み違う とかも困るよな。

統一して欲しいとこだ。


ボティスに銅製の印章を渡すと、テーブルに置いて、もうあっち行っておけ みたいに

“シッシッ” って、手で払われた。

慣れてるから 嫌がらせにはならないぜ。


「お前達は、バーに 俺といろ。

ドリンクくらい出すものだ。

ついでに、爵位の 一覧のメモを取らせる」


うわ、またそういう...

ルカも面倒くさいって顔だ。


「泰河、お前が書け。印章を描いたのはルカだろう?」


ルカっていうか、精霊が描いたのにさ。

けど、皮紙とペンを渡されて

「まず、金。爵位は “王” だ。

序列1 バエル、序列9 バイモン... 」って

説明が始まって「ちょっと待って!」と 焦って

“金、1バエル... ” ってメモ書きする。

シェムハザって、二回は言わないんだよな。

割と詰めるヤツだ。


「次、公爵。銅。... おおやけの方だ。爵も漢字で書け」

とか 言われてる内に、朋樹とジェイドが戻って来た。


一緒に入って来た依頼人は、オレらより少し上に見えるくらいの 紺のスーツの男だ。

会社帰りって感じの、普通の人に見える。


「どうぞ」と、朋樹が 依頼人... 客を

ボティスの向かいのソファーに誘導して

朋樹がボティスの隣、ジェイドがL字の 一人掛け部分に座った。

ルカが、グラスのお茶 三つと、ボティスにはグラスワインを運ぶ。


朋樹が簡単に挨拶しているが、こうして見ると

後ろ姿の客以外は、胡散臭いヤツにしか見えない。客も “悪魔召喚とか出来るのかよ?” って

半信半疑だろうな。

人数多いし、ボティスが怖くて言えんだろうけど。


「グレモリーとの契約内容ですが

“財宝を手にして、ハーレムを作りたい” と... 」


バカなヤツっぽく聞こえちまう...

客の背中も恥ずかしそうだ。

でも 悪魔と契約すれば、これがマジで叶う。

客が頷くと、ボティスが切り出した。


「グレモリーが、お前の魂を取るまで

最短なら10年だ。長くても20年。

そこを俺は “寿命後” まで交渉が出来るが、どうする? 交渉する場合の報酬は、その財宝とやらの

40パーセントだ」


40って、結構でかいよな...

けどそれで 80歳とか、下手したら 90歳まで生きるってことか。

いや、寿命なら そうは限らんけど。

極端に言えば、明日 ってこともある。

考えると怖いよな...


「本当に、出来るんですか?」


そう思うだろうな。じゃらじゃらピアスつけた

ガラ悪そうな外国人にしか見えねぇしさ。


「出来るから どうするか聞いてるんだろ」


朋樹が、“ああ... ” って顔になる。

ボティスより先に『出来ます』って言うべきだったよな。次回は ルカを付けよう。


「じゃあ、寿命後に、お願いします... 」


「良し。言っておくが、財宝を手に入れた後

俺に 40パーセントの支払いが無ければ

お前の魂は、今日から 10年後に取られる」


もう払うしかないな...

20年だったかもしれんのに、減ってるしさ。

怖いぜ、こいつ。


グラスのワインを置いたボティスが立ち上がると

朋樹とジェイドも立って

「こちらへどうぞ」と、客を絨毯に立たせた。

絨毯に召喚円が浮かび出すと、客の顔から

胡散臭ぇって色が消える。


「この印章を持ってください。

あなたは 一切、グレモリーと話す必要はありません。質問などがある時も、相手に答える時も

こちらのヴィタリーニを間に挟むことになります。何かあれば、ヴィタリーニに お伝えください」


銅の円形印章を持った客が頷くと

ジェイドも召喚円に入って、客の隣に立つ。


「グレモリー、ボティスだ」と

ボティスが言うと、客の眼がボティスに向く。

ソロモン系を喚ぶなら、当然 “ボティス” の名前も知ってるし、そりゃ そうだろうな。


召喚円の三角形の上に、白い靄が凝り出した。

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