10


ボティスが 洗濯が終わってからシャワー浴びやがったので、二回 洗濯することになった。

一度、ニットを縮ませて 散々に怒られたオレは

洗濯物の分別に 細心の注意を払う。

ニットは もう、クリーニングだ。

しかしさ、あんな縮むと思わなかったぜ。

半分くらいの大きさになったから、榊くらいしか着れん。ルカが爆笑していた。


干す、という面倒くさい作業を 朋樹と終え

アンバーの食事も終えたので

揃ってバスで 沙耶ちゃんの店に行く。


だいたい朋樹とジェイドが前。

オレやルカは『運転してても うるさいから』と

あまりバスの運転はしない。


「アンバー、セロリ嫌いな」

「野菜全般ダメなんかな?」


アンバーは油っこいものが好きだ。

腹、ポコンって出てるしな。

今は オレとルカ、ボティスの 手から手へと渡って

飛行訓練中だ。


沙耶ちゃんの店に着いて、ぞろぞろ店に入る。

まだ夕方の占いの時間が終わったばかりで

ドアには準備中の札が掛かっていた。


「まあ! その子は?!」


沙耶ちゃんは 今日も可憐だ。

オレらがプレゼントしたオリーブのワンピースを着てくれていて、緩いウエーブの髪を肩の上で揺らし、ジェイドの胸にいるアンバーを見て

眼をキラキラと丸くしている。


「アンバーだよ。インプなんだ」


「何を召し上がるかしら?!」


「油っぽいものが好きだけど、もう... 」


沙耶ちゃんは「わかったわ!」と

さっさとキッチンに入ってしまった。

初見でアンバーを受け入れるのって、結構すごいよな。仔猫くらいの扱いだった。


「こんにちは」と、ゾイが

カウンターのオレらと、テーブルのボティスとルカにグラスの水を出す。

アンバーにも小さいグラスで。


ゾイも、リラのことは忘れていない。

リラの話をした時、ゾイは預言者の最期を知り

驚いてもいたが、天にいきどおっていた。

使命をただ遵守する という天使の頃なら

憤るというのは考えられないことだろう。


沙耶ちゃんは、リラに会ったことはないけど

オレらの話を聞いて

『儂は見た』と、沙耶ちゃんの眼を見て言った

榊から 視ている。


『このようなこと... 』と、口をつぐんだ榊と同じように、何も言わなかったけど

沙耶ちゃんの その時の眼は、オレは見たことがないものだった。怒りと 天に対するさげすみ。

冷たくも見えた程だ。


最近、オレらの食事が済むと いつも

テーブル席のボティスを『奥に詰めてちょうだい』と追いやり、ルカの向かいに座って

ルカに『手をテーブルに置いて』と 手を出させ

自分の手を上に重ねる。


『あなたもよ』と、ボティスにも手を出させ

同じように重ね、リラを預言者に仕立てた天使を探している。


沙耶ちゃんは、ボティスが天にいる時に

榊との繋がりから、ボティスを追うことが出来た。天の中を覗けたということだ。


視え方は、霊視の時と同じで

対象の隣に立つ というものだけど

最初に これを聞いた時、朋樹は驚愕した。

目の前にいる対象の記憶を視ている訳じゃない。

第三者の現在を視る。しかも別界だ。


ただこれは、相当の集中力と

対象と第三者との精神的な結び付きがなければ

無理なのだという。

視えるものも朧気らしいが、それでもすごい。

霊視の域を越えてる気がする。

何かが勝手に垣間かいま視える... 流れてきた情報を

受け取るのではなく

自分が視ようと限定したものが視えるからだ。


リラ自身のことは視えないのかと、聞いたことがある。本当に天に昇れたのか とか

変な言い方になるが、元気なのか とか

気になって。


『亡くなってしまった方は、もう視ることが出来ないの。この場に霊として居るのなら 別なんだけど』と、沙耶ちゃんは 申し訳なさそうに答えた。


じゃあ やっぱり、リラは もういない。

榊も月夜見に聞いているが、幽世かくりよにもいない。


ルカとボティスの手に、自分の華奢な手を重ねた沙耶ちゃんは、一度

『あなた、すれ違っているわ』と

ボティスに言った。話してはいないらしく

『おそらく男性』『ブロンド』


ボティスは、天で たくさんの天使と

仕事以外でも意欲的に会っている。

毎日すごい数で、すれ違っただけのヤツまで

全員は覚えていない。

テーマパークへ行って、そこにいたヤツを全員 覚えているか? と聞かれたら、無理だと思う。

それの でかい版だ。


ボティスは、思い出せるだけの天使を思い浮かべ

全部 沙耶ちゃんに視てもらったけど

どれも違う と言う。


ミカエルとアリエルを召喚して

『おそらく男型でブロンドだ』と伝えたけど

二人とも “うわっ... ” って表情になった。

ブロンドじゃない男を探す方が、ずっと楽らしい。天使の半数以上はブロンドみたいだ。


白いエプロン付けて、キッチンから出て来た沙耶ちゃんが「いかがかしら?」と

アンバーの前に、スティック型の天ぷらみたいなのが乗った皿を置く。

チーズと鶏ササミ、アスパラのフライらしい。


沙耶夏ボス、俺等は?」とボティスが聞くと

「今、お魚をホイルで包み焼きにしてるわ。

でも小さい子からよ」って答えた。


こうして見ると、沙耶ちゃんが 一番 強い気がするんだよな。さすがボスだ。

一度キレられてから、オレらも

親切の押し売りはいかん と礼儀も学んだ。

ボティスも 沙耶ちゃんには文句 言わねぇし。


絶対の禁句は『色気がない』だ。

沙耶ちゃんと並ぶと、あの榊の方が まだ色気はあるように見える程だが、これは触れては いけないところだ。


アンバーは、小さいのでカウンターの上に座り

まず匂いでチーズを選んだ。

一口 噛ると、琥珀のでかい眼を余計でかくして

急いで食べた。ササミも同様。

アスパラはどうかと思ったが、なんと かなり気に入ったらしい。

「アスパラだけラードで揚げたの」と

沙耶ちゃんはニコニコして、オレらの飯も出してくれた。


ゾイに「私たちも 今 済ませときましょう」って

めずらしく 一緒に飯を食う。

沙耶ちゃんは 普段、キッチンで食うのに。


「話があるみたいだから」と、先に言われる。

テーブルのルカの隣に座った沙耶ちゃんの食事量は、オレらの半分くらいだ。

「私たちは味見したりするから」って言葉に

ゾイが頷く。ゾイも少な目だ。


食いながら、朋樹が召喚屋の説明をする。

二人は悪魔召喚に引くと思いきや

「危なくないならね」と、簡単に受け入れた。


ゾイと知り合い、リラの件があって

天に懐疑的な沙耶ちゃんはともかく

元天使のゾイも

「地界の結束は固めておいた方がいいね」と

全然 普通だ。


食後の皿を引きながら

「今では、何故 何の疑いもなく、使命遵守が出来たのかわからない。そういうものだった、と しか。今は違う。生きてる ってわかる」と

ゾイは笑った。


沙耶ちゃんは もっとシンプルだ。

「あなたたちの身を護る要素を増やしてほしいの。サンダルフォンさんは好きになれないしね。

榊ちゃんを泣かしたから」ってことだ。


コーヒーと 一緒に出してくれた

デザートのクリームが乗ったカップケーキに

アンバーが はりきって顔を埋める。


見事にクリームまみれになった顔を

ゾイが ウェットティッシュで拭いている時に

「召喚屋の予約受付は、おまえに頼みたいんだ。

報酬は 受け取った手数料から 二割」と

朋樹が言うと、ゾイは顔を輝かせている。

「忙しくなるが、いいか?」と

ボティスも確認すると

ゾイは「うん、やる」と嬉しそうに答えた。


なんかさ、榊とかいる時に、もうちょっと仕事以外でも誘った方がいいかな って思った。

何か頼むと、嬉しそうなんだよな。


「お前は頼りになるからな。こいつらと違って。

ただ、召喚の時に お前がいると、悪魔が恐れて

召喚に応じん」


ボティス、一言 多いぜ。

ゾイは「うん」って頬を赤くする。

うーん...  女の子っぽいよな...


「僕が仕事の時は、こいつを頼むよ。

パーカーの帽子の中で寝ると思う」


「ええ、いいわ!」と、ゾイより先に

沙耶ちゃんが ジェイドに答えた。


「最近、露ちゃんも遊びに来るのよ。

時々 猫カフェになるの」と

言いながら、アンバーを抱き上げて

後ろを向かせたゾイのパーカーの帽子に入れてみている。ひらひらの耳の先が はみ出しているが

まぁ いいか。


「コヨーテもいるんだぜ」と

ルカが琉地を呼ぶと

沙耶ちゃんは、カウンターから出て来て

「すてき!」と、琉地の前に しゃがみ込んで

「どうして今まで会わせてくれなかったの?」と

ちょっと拗ねている。


いや オレらさ、沙耶ちゃんが

こんなに動物好きって知らなかったんだよな。

飲食店だし、って 遠慮もあったし。


「えっ、沙耶さん かわいくね?」


ルカが何も考えない発言をするが、全員 慣れているので「そうだな」ってオレが流す。

沙耶ちゃんも「あら、ありがとう」だ。


「こいつ、精霊なんだ。アリゾナの。

アンバー 紹介しようと思ってさぁ」


ジェイドが「アンバー」と呼ぶと

ゾイのパーカーから もぞもぞ出て来た。

よれよれと落ちるように飛んで

カウンターの上に出したジェイドの両手に収まる。眠そうだし、腹が重そうだ。


沙耶ちゃんは、ニコっと笑って

ジェイドからアンバーを抱き取って、琉地に

「よろしくね。私も」と 匂いを嗅がせている。


琉地は、ぺたんと床に伏せた。

沙耶ちゃんが、琉地の背中にアンバーを乗せると

琉地は ゆっくり身体を起こして座った。

ニカっと笑うように口を開ける。

「キッ!」と、アンバーが喜び

沙耶ちゃんも喜ぶ。和むぜ なんか。


「さて、話は決まったな」と

ボティスが何故か、副官のアコを呼ぶ。

最近こいつも、しょっちゅう見るよな。


黒髪ハーフアップでスーツベストのアコは

なんかギャルソンチックだ。


「どうだ?」と ボティスに聞かれ

「耳が人間みたいになった」と答えた。

アンバーの元飼い主だった、あの悪魔か...

ルカが天の筆で出した、額の印章に触れたもんな。


「それ以上は まだ変化はないぞ」


「引き続き観察。代理召喚の件だが... 」


「ハーゲンティに聞いた。

シェムハザが、フランスやイタリアから

こっちに客を回すと言ってた」


「そうか。下位の奴等をバラ蒔いて来い」


「俺に珈琲は?」


「バラ蒔いたら戻って来い」


「わかった」と、アコが消えると

ボティスが「沙耶夏、アコの珈琲を頼む」と

軽く ため息をつく。


「バラ蒔く って何だよ?」と、朋樹が聞くと

召喚屋の噂らしい。


「魔女や呪術師中心にな。

悪魔だからな。噂を立てるなど お手の物だ。

“上位悪魔を召喚してくれ” と、依頼があったら

こっちに回させるようにする。

魔女ヤツ等も 下位悪魔しか召喚出来んからな」


へぇ、なるほどなぁ。

これなら割りと 仕事も入りそうだよな。


「行って来たぞ」と、アコが戻って来て

ボティスの隣に座る。


珈琲を出す沙耶ちゃんに

「沙耶ちゃん、店 開けねぇの?」って聞いたら

沙耶ちゃんは ちらっと琉地とアンバーを見て

「今日は、召喚屋さんの方のことを

しっかり決めてしまった方がいいと思うの。

お店は お休みするわ」と

ドアに 閉店の札を掛けに行った。









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