砂糖水 榊 (ヨロズ相談所)

砂糖水 1


「負けてしもうた... 」

「うむ... 」


夏じゃ。


夜半まで降っておった雨も上がり

朝は快晴であった。


儂等... 桃太と浅黄の 三名は

市民体育館の青緑の屋根に、じりじりと 足裏や背を焼きながら集合し

儂と桃太は他者の姿に人化けし、体育館の中へ。

浅黄は窓の外から、また じりじり焼かれながら

風夏の試合を観戦した。


やはり、勝ち上がってきた者等は強敵にあり

拮抗した試合であったものの、敗を喫した。


儂等は胸を痛めたものだが

風夏自身は、何か清々すがすがしい顔であった故

健闘した故の表情であろう と 胸を押さえ納得し

伸びかけておった浅黄を伴い

日陰で自動販売機の飲料などを買って 喉を潤し

ぼんやりと歩いておる。


「だが、頑張ったではないか。

風夏は またシュートを決めた。格好良くある」


浅黄は もう明るい顔じゃ。


「ふむ... 」


「そうだ。我等が いつまでも落ち込んではいかん」と、桃太も顔を上げる。


「しかし、暑いのう。... ん? 何やら」


浅黄が ちぃと離れた通りに眼をやっておる。

儂も眼を向けると、屋台のようなものが

たくさん並んでおるように見えた。


「夏祭りだ」と、桃太が言う。

「夜は花火なども上がる」


ほう...


「おお、良いのう!

俺は人里の祭りなど、初めて見る」


浅黄が言うと、桃太が

「だが、暑くて敵わん。

夜まで 相談所で休憩して行かんか?

葉桜も 行きたい と申しておった」と誘う。


「うむ。伸びかけた故、休みたくある」


二人は もう、相談所の方へ足を向けておったが

儂は どうにも我慢がならず

「後で行く故。先に戻っておるが良い」と

屋台の方へ駆けた。



むう...


屋台は並んでおる。

イカやら何やらを焼く匂いも 鼻に届く。


だがこの、人等の多さよ。大変な活気じゃ。

間を縫ったとしても、店まで辿り着けたものか。


それから、ちぃと見ただけでも

買い方のわからぬものもある。


店の者に銭を渡し、箱から小さな紙の欠片を引いておる。それをまた店の者に渡すと

店に飾ってある物を渡される。

欲しい物を買える訳では無さそうじゃ。


むう...  儂には ちぃと、敷居が高くある。

浅黄が伸びかけねば、引っ張って参ったものの。


だが、まだ気になる。帰りとうはない。

だが...


儂は屋台近くを うろうろとし

結局は、屋台は見えるが 少し離れた

菫青川の河川敷に降りた。

暑い時間故、犬の散歩などはしておらぬ。


自動販売機には慣れておる故

また炭酸などの飲料を買う。

こう暑いと、幾らでも入るものであるのう。


河川敷に、ぽつりぽつりとある

幾らかの木の木陰に ぺたりと座り

履いておったサンダルなどを脱いだ。


人化けした足の指を動かす。

ふむ、解放感というものじゃ。

元の狐の時では わからぬものよ。


儂は今日、シャツとジインズなどであるが

祭りの屋台に向かう者は、浴衣姿が多くある。


甘い炭酸を飲み、がふっとゲップする。

浅黄が『赤子もミルクなど飲むと、ゲップが出ると聞く。空気を飲んでしまうものらしい』と言い

桃太が散々に笑うておった。腹立たしくあった。

出てしまうもの 仕方あるまい。


「むっ!」


河川敷の上の道路を走っておるバイクは

ルカではあるまいか?

昼も過ぎて、ようやく仕事に向こうておるものか。怠そうにあったが...


儂は、炭酸の缶とサンダルを持ち

そろりと木の裏側に移動する。


ルカは前を見ておった故、儂に気付いておらぬであったが、何か見つかるのは気まずくある。


いや、ルカに という訳ではないのだが。

ボティスが、ルカの家で暮らしておると聞いた故。 ふむ...


最近の、有事の際の事であるが

蟲使いなる魔人まびとなどが湧いた折り

儂は 身に、蟲などを入れられ

これを利用してはどうか、などと思い付き

相手方に潜入した。


その折り、儂は 一人ではなかった。

共におった胡蝶こちょうなる魔人などは気付かぬ程

微かにであるが、ボティスの気配がしておった。


これは、儂が女である故 信用出来ぬものか? と

考えもしたが...

実のところ、儂は何か... 心強くもあったのじゃ


だが。ボティスは、ツノと牙を失うこととなった。

儂を助ける折りに、胡蝶に呪力を吸われ

魔の者から 人となってしもうたのじゃ。


儂は、大変に責任を感じた。

もし儂が宝珠を失うたら、と 考えた。


それでも、儂であるには違いあるまい。

だが、それまであった 一部を失うのじゃ。


言葉などで謝っても、どうにもならぬ。

だが、せめて謝罪の意を伝えずにおれるものか。


それを皆『せ』と言う。

男である故、自尊心プライドなどがある と。


儂は 六山会議の後、泰河や朋樹と共に

ボティスがおるという教会に参った。


だが、教会の裏のジェイドの家には

ボティスとルカの姿がなく、魔人の尋問などを

しておるという。


ジェイドの家には、ジェイドと共に

シェムハザなるまばゆき者もおったが

儂が『ボティスに礼などを申す』と言うのを

また皆で止めた。


『オレが ボティスだったら、絶対 勘弁だ。

カッコ悪くて しょうがねぇ』と 泰河が言い


『そう。もし俺であれば

自分の失態について、妻に “私のせいで” などと

謝られなどしたら、恥と自己への憤りで憤死する』と、シェムハザが 眩き顔をかげらせる。


『ボティスの気持ちを思うなら、怒らせろ』と

まったくに解らぬことを、朋樹が言うた。


『オレなら、いっそ その方がマシだ。

あいつも多分 そういうヤツだぜ。

仕事にはプライド持ってるからな。

榊。お前絡みだったから、あいつは余計に

冷静じゃなかったんだよ』などと。


『ならば』と言うても


『だから、謝られたり、礼 言われたら

もう おまえに、顔が向けられんぜ』などと。


わからぬ。納得もいかぬ。


すると、黙っておったジェイドが

『女性には ちょっと解らないかもしれないね』と

儂を見て言うた。


ともかく、このように皆でおる場より

教会に行こうと朋樹が言う。

『オレが 何 言っても止めんなよ。

おまえも、怒らせれんのなら黙っとけな』と。


『なんとか、ボティスを教会に行かせる』と

シェムハザに言われ、儂は 朋樹と教会に向こうた。


教会の裏口から入り、磔の 十字架前に出ると

儂は長椅子に座った。


外で何か音がした。儂は人より耳が良い。

微かに ではあるが、聞こえてきたのは

人が人を殴打するような音であった。


正面の扉が開き、みるみると顔を腫らし出しておったのは、角も牙も失ったボティスであり

ルカは、儂の知らぬ表情をしておった。


それで 儂は、傷に塩を塗るような事を言うた。

ボティスに。


朋樹が ペラペラと、それこそ自尊心を挫くことを並べ、一度は ボティスが朋樹の首などを掴んだものだが、あっという間に笑い出した。


それからは、ボティスは

泰河等といる時の常態に戻り

普段の調子に戻ったものだが...


ふむ... やはり儂には よう解らぬであるが

このままが良いのであろう と、何気もない顔でおった。まだ有事の際でもあった故。


一の山の金羅こんら様や、猪の者等を失うたものの

蟲使い等の件は収まり

ボティスは 一度、里に参った。浅黄と飲みに。


玄翁の屋敷にも顔を出し、蓬や羊歯にも会うたが

ボティスの角や牙の話も

蓬と羊歯の宝珠の話なども せなんだ。


儂は、心苦しくなり

ボティスと浅黄が広場に参った際も

屋敷におった。


そのまま、ボティスは帰って行った。


浅黄も、儂に何も言わぬ。

だがもう 楠の広場で、ボティスの名も呼ばぬ。

急に顕れることが叶わぬようになった故。

儂の せいで。



背をつけておる木の向こう側

少し離れた 屋台などの方に、明るい雰囲気がある。


またいずれ、里に来ようか?

もう あのように、散歩などすることは

ないのであろうか?


もう、鴉天狗ではないが

散歩は歩くもの と


何やら、胸の奥がしくしくとする。

このように暑く晴れて、何もが眩しくあるのに。


「ボティス」と、浅黄のように呼んでみる。


「なんだ?」


耳を疑うた。


木の横に、ボティスがおる...


「にゃー」


ボティスの肩から、露さんが降り

儂の膝に乗る。


「何をしている?」と、儂の近くに胡座をかくが

何も言えぬ。


「暑いな」


じっと顔を見つめてしもうておったので

ハッとし、露さんに視線を映す。


「今、呼んだだろ?」


むっ...  何も言えぬ。

呟き声であったのに、聞こえておったようじゃ。


だが 呼んだ故、頷く。

こちらを見ておる気配がする。うぬ...


しばらく黙っておると

「俺は ルカと、そこのカフェで昼を食っていたが、奴は教会の掃除に呼び出された。

この暑いのに だ。俺は行かん と言うと

奴は、“じゃあ帰りは知らねーからな” と

俺を置いて行った。

そこの屋台を ふらふら見ていると、この猫が

俺の脛に前足を掛けて鳴いた。尾が 二本ある。

どうやら、抱け と言っている。

抱き上げると、今度は しきりに鳴く。

行く方向が違うと鳴くようだ。

鳴かん方へ歩くと、木の裏に お前が居て

俺の名を呼んだ訳だ」と、一気に申した。


「む...  ふむ」


「それで、何をしている?」


「うむ...  風夏の試合などがあり... 」


「今日だったか。だが俺は、今日だと知らなかった。どうだった?」


「負けたが、風夏は 清々しい顔をしており... 」


「そうか... それは残念だったが、本人が納得しているならいい。

スポーツというものは、どうやら勝ち負けだけじゃあないようだからな。

で、里に帰らんのか? 暑いだろう?」


「む...  祭りなどがある故

浅黄も、桃太の相談所に... 」


「ふん」


ボティスは鼻を鳴らし

儂の膝の露さんに、指を伸ばす。


露さんが指に誘われ、膝を降りると

ボティスは露さんを抱き上げ、肩に乗せた。


立ち上がり「花火は夜だろ?」と

儂に手を差し出した。

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