朝色 8


藤や白尾などの後

榊が『伴天連など!』と、怒り狂い

それでも泰河等が戻りし時まで、楠の広場周辺を うろうろとして待っておった後くらいであったろう。


『野の者等の魂が戻ったのじゃ!』と

榊は泣き、玄翁も『感無量であった』と

赤い顔をしておった。


うむ。どうやら良い伴天連のようじゃ。

泰河や朋樹と共に仕事をした という。


俺も良い気分となり、山道を自転車で走ろうかと

自転車を担いで、山頂から楠の広場へ出ると

「おい」などと

無遠慮に呼び止める声があった。


聞いたことのない声であり

声は上の方、樹上からしたようじゃ。

見上げると、夕に近くても陽が眩しくある。


「誰じゃ? 出て来るが良い」と

肩から自転車を降ろして言うと

ぞろりと巨大な黒蛇が降りて来た。


これは、榊が話しておった

異国の蛇神なる者 であろうか?


黒蛇は地に降りると、人の姿になった。

薄茶の短き髪、長い角と牙。赤き眼。

両耳にはピアスとやらを並べて付け

襟のシャツに黒きベスト、黒きボトムス。

背が俺より高くある。


「俺は ボティスだ。お前、浅黄だろ?」


「うむ... 」


里に用事であろうか?


「時間はあるか?」


「なくはないが... 」


ボティスは自転車に眼を止めた。


「それに乗ろうとしていたのか?」


「うむ、そうだが... 」


「ならいい。乗って来い」


そう言われても、何か行きにくくある。


「里に用事などがあろうか?」と 聞くと

「いや」と、答える。

ならば、何をしていようか? と、また聞くと

「お前を待っていた。二日だ」などと言うた。


「何? どういう事じゃ?

会うたこともなかろう?」


「だが見掛けた。泰河等と食事に行っただろ?

俺は奴等を見張っているからな。

うるさいクソガキと祓魔もだ」


ならば、ここで待たずに

泰河等を通して、俺を呼べば良いものを。


「して、何用じゃ?」


「お前と話がしたい」


暫し黙る。意味がわからぬ。


「何の話を?」


「いろいろだ。だが、お前は それに乗ると言う。

乗ってこい。日を改める。明日はどうだ?」


「もう良い。乗る気が削げた。話すが良い」


ボティスとやらは、片眉を上げた。


「ふん。では、その辺りに座れ」と

右手を上にして広げると、手に葡萄酒の瓶が乗った。木上に置いていたものと見える。


俺が自転車の前に胡座あぐらをかくと

ボティスも俺の向かいに胡座をかいた。

葡萄酒の栓を 指で弾いて抜き、俺に渡すと

また手を開き、別の葡萄酒を乗せる。


それも指で弾いて栓を抜くと

自分で 一口飲んだ。


「飲め。フランスだ」


一口 飲み「おっ」と 口に出る。

「旨い」と 言うと

ボティスは「そうか」と笑うた。


「それで、話とは何ぞ?」


俺が聞くと、ボティスは

軽く眉間にシワなどを寄せたが

「話という話ではないが」と

一気に話し始めた。


「まず言っておくが、俺は お前達の言う

“魔の者” だ。蛇の悪魔。

この国では何でも神だが、俺は悪魔だ。

元は天にあった。だが堕天した。

罪を犯したからな。

それで悪魔となり、普段は地界に棲んでいる。

軍を持つ者は、皆それぞれに自分の城を持つが

地界には俺の城もあり、俺は 60程の軍を持つ。

だが最近は、こうして地上にいることが多い。

ハーゲンティと人間の魂を契約した。

期限は50年後。つまり、アリエルの件だけでなく

50年程協力しろ ということだ。

ハーゲンティは、いつもこの誘い方だ。

普通に誘うと、俺がなかなか頷かんからな。

普通だと面白くないだろ? ここまではいいか?」


実のところ、半分程しか わからぬであったが

「うむ」と頷き、葡萄酒を飲んで誤魔化す。

長くなりそうな気がした故。


「悪魔は、いや天使であっても上級の者は

それぞれ個々の能力を持つ。

俺は、相手の思考を読むことが出来

過去、現在、未来の 三世を見通す。

だが、お前たちは読まん。

何故なら話がしたいからだ。

読んでは話が出来んだろう?

それでもだ、最初に そいつの本質は見える。

それで、お前と話がしたい と思った」


「うむ。して何を?」


ボティスは “お前と話を” と言うた時に、俺に差した人指し指を固定したまま、長い牙の口も止め

急に笑うた。


「わかりやすく言えば

俺は お前を、ナンパした訳だ」


ナンパというのは、好む者に声を掛け誘うものと

思うたが...


「俺は男色ではない故」


「俺もだ」


からかわれておろうか? と 考えたが

ボティスは真面目な顔をしておる。

そして、ため息などをついた。


「お前と友になりたい と思っている訳だ」


赤き眼を見返す。俺と?


「何故?」


「理由か... 言葉で表すのは難しい。

表すなら、お前の名だが。それは後で見せる。

それから俺は、どうやら榊に惚れている」


すでに見ておった赤き眼を、まだ見る。

何を? 言葉が返せぬ...


「だが、お前の女であるなら 手は出さん。

他からも護る」


「榊は 俺の女では... 」


「何? ... そうだな。言われてみれば

一緒にいるとこを見た訳ではない。

だが お前を見た時に、榊の男だろう と思った。

羨ましいが、それと 友になりたいのは

また別の話だ。

榊の男だろうが、そうでなかろうが

俺は お前と話して、友になりたいと思う。

どうだ?」


何を答えれば良いものか?

ボティスは葡萄酒も飲まず、俺の返事を待っておる。


「それは、会話などを重ねてからの話ではないのか?」と 答えると

「そうだ。だから最初から “話がしたい” と

何度も言っている。友になりたいからだ」と

ようやくわかったか、という顔で言うた。


「すまぬ。飲み込みが悪い故」


「謝るな。俺が 最初から “友になりたいから” と

説明すれば良かった。

お前の飲み込みが悪い訳じゃない。

俺が照れて言えんかったのだ。

こういうことをマトモに口に出して話したことがないからな。

だが、急に俺のような者が声を掛けたら

怪しむだろうと思った。異国の悪魔だ。

それで、俺の概要と目的を話した訳だ。

では、話からしたいと思うが、いいか?」


「うむ」


「次は、お前が話せ」


「何?」


「この山で生まれたのか?」


「いや、別の山だ」


「何故 ここに来た? 皆 自然と集まったのか?」


「里は、仲間を集めたのだ。俺は銀狐である故

元より 厄獣 魔縁と、疎まれておった故... 」


「魔縁? 黒毛ってだけだろ? 俺は どうなる?

アダムとエバを誘惑した蛇かと疑われたこともある。その時は まだ天使だったのにも関わらずだ」


ボティスは、話も上手いが 聞き上手でもあり

こういった調子で、葡萄酒を空ける頃には

辺りは すっかりと夜になり

俺は 初対面であるのに、菊の話などもしていた。


ボティスは黙って聞いていたが

「二度目は、何故 許した?」と聞いた。

「そんなクソ共、俺なら細切れにする」


「俺が裁いてはならぬ と思うた。神でない故。

もうその時は、菊を助けるためでもなく

相手は向かって来てもおらぬであった。

俺がしておったことは、復讐であったからのう。

耐えねば、連鎖する。必要なきこと。

だが 今であるから、言うは易しじゃ。

あれほど自制したことはない。

血という血が、皆 頭に昇った。

また同じようなことなどがあれば、次は自制 出来るか わからぬ。修行が成っておらぬ故」


「充分 成っているだろ」と、ボティスは

立ち上がり「それに乗る」と、自転車を指差す。

「お前と。空き瓶も捨てに行く」


自転車は「貸せ」と

道路まで ボティスが運んだ。


展望台の駐車場の瓶のゴミ入れの隣に

「入らん」と、葡萄酒の空き瓶を 二本置き

「乗れ」と 自分が前に乗る。

「珈琲を買いに行く。店で お前が買え」


つのなどがあろう」


人に見られようよ。


「俺は姿を見えなくして乗る。

透明人間と 二人乗りに見える」


ならぬであろう。しかし 面白い。

結局 俺が後ろに乗ると

ボティスは 本当に姿が見えぬようになった。


車などと擦れ違ってもお構い無しじゃ。

泰河あいつ等にバラすなよ。仕事だ。

透明人間を追わせてやる」

良いのであろうか? だが 笑うてしまう。

見えぬのだから追えぬであろう。


「浅黄」


「うむ」


見えぬ背中が物を言う。


「俺は 時々だけ、ひどく疲れる時がある。

俺が俺に合う役割を果たす時だ」


自分で自分を嫌う時であろうのう。

許されたくある。 もう、麓は近くある。


「うむ。俺もある」と 答えると

「そういった時は、俺に話せ。俺も そうする」と

見えぬ背中が言うた。


「俺は玄翁に、里に立ち入る許可を得に行くが

お前が俺を呼びたい時は、“ボティス” と言うだけだ。契約中や他の仕事中の時は遅れるが

必ず行く。約束する」


「うむ」


何か 嬉しくある。


「だが、そろそろ俺が漕ぐ故

後ろに乗ると良い。人里では目立ち過ぎる故」


「面白いだろ? 多分 写真を撮る奴もいるが

お前も写らん。自転車の写真となる」


「ならぬ。この自転車は泰河に貰った故

泰河にバレる」


ボティスは素直に自転車を降りた。

それはつまらぬ と思うたようだ。


珈琲の店の前にて「買って来い」と

人里の紙幣を渡された。

「正当な契約ろうどうで手に入れた金だ。

そいつの魂は飲みたくなかったからな」


珈琲を飲みながら、ふらふらと自転車を漕ぐ。

榊に出会うた頃の話などをしながら。


「オイラン? なんだそれは?」


また途中に寄った店で、フライドチキンなどを買い、河原の目立たぬ場所で、二人で食す。


スマホで花魁と検索し、画像などを見せた。


「これは憧れて仕方ないだろう。花の女だ。

成る程、番人の格好は これか」


「うむ、大変に美しくあった」


チキンに眉をしかめながら

「俺は “冷水ひやみず” とやらに興味があるが。

白玉というのが、何か この国らしい」と

割いた身を口に入れる。

もうながく共におる気がするのは、何故であろう?


「のう。ボティス」


「なんだ? チキンの胸は 何故こう食いにくい?

見ろ。指が油まみれだ。どこかで洗う」


「榊を 頼めぬであろうか?」


「何を? 花魁の着物か? 俺は着物に詳しくない」


また胸部分を指に摘まんで、眉をしかめておるが

俺が言うておる意味に気付いたらしく

「お前は何を言っている?」と

チキンの身を 雑に骨から剥がした。


「俺は 会ったばかりの者だ。しかも悪魔だ。

珈琲やチキンくらいで血迷うな。ならんぞ」


「惚れておる と言うたではないか。

俺は、兄のような気持ちであるのだ。

わがままではあるが、俺が認める者にしかならぬ。お前が良い」


「兄なら、知らぬ者に簡単に渡すな。

相手を信じるのは、お前達の良いところだ。

だが、信じるに足るものがなければいかん。

一度 話したくらいで見極めは出来ん。

だいたい、お前も惚れているだろ?

そういう顔で話している。

俺は、お前と友になるために 正直に言ったまでだ。どうこうなろうとしていない」


「俺は、幼少より知っておるのだ。

どうこうなどなり切れぬ。共におるだけで良い。

お前とまとまっても、俺もおる故」


「当たり前だろう。誰と まとまっても だ」


「何故どうこうなろうとせぬ?」


「ロクに話してもないだろ。

榊は俺を 何とも思っとらん。

俺が勝手に好ましく思っているだけだ。食え」


俺も胸を取るが、小骨が多くある。

うむ、指はすぐに油まみれじゃ。


「ならば、他の者に持っていかれて良い と言うか?」


「言わん。だが焦らん。だいたい何の話だ?

俺は幾千も生きているというのに」


「齢に逃げるか」


「うるせぇ。もう胸は買わん」


これは照れておるものか? 面白くある。


「俺も 何故、お前に まかせとうなったものか。

見るからにガサツであるのに」


「どう見ても繊細だろ?

チキンの油にイラつく程だ」


「お前と話しておると、楽しくある」


「そうだろ? これから ずっとこれだ」


「それは敵わぬ。騒がしくある」


「諦めろ。俺は友になるからな」



「玄翁に 里に立ち入る許可を得に行く」と

言うので、また自転車に乗る。登り坂は俺じゃ。


「透明さが目立つからな。

お前の脚力も鍛えられる」


下りの時の方が車は多かったではないか。


「やはり榊はやらぬ」


「そうか。なら口説くとするか」


「本当か?!」


「そのうち」


なんであろうか? このやる気のなさは。

好ましく想う心を 楽しんでいようか?

久しく恋などしたものであれば

わからぬでもないが。



里の屋敷で玄翁に許可を取ると

「共に飲まぬか?」と、誘われておるが

「後で来る。飯を済ませておいてくれ。

俺と浅黄は食った」と 言うて

俺を手招きして、また楠の広場へ連れて行く。


里は夕であったが、人里は明るくなってきた。

あっという間じゃ。


「お前は、あのような者だ」と 空を指差す。

「俺がみた お前の本質だ。朝黄色」


それは、空が白み 青を増す前の

水に黄の溶ける 朝焼けの色であり

大変に清きものであった。

月や星すら、眩しく思うていたものを。

俺が このような


何も答えられぬだったが

胸が熱く、嬉しくあった。

生きるものだ と、泣ける程。



「浅黄、ボティスとやら」と

楠の向こうから、榊が顔を出す。


「玄翁が呼んで来いと言う故。酒宴じゃ」


それだけ言うと、ふい と 歩いて行く。


山頂にて「何じゃ 榊。機嫌 悪いのう」と聞くと

「儂を省いて、人里で遊んでおったものか」と

振り向かずに言う。


「あの調子であるからのう。大変とは思うが」


「後で お前が自転車に乗せてやれ。

それで相子あいこだ。機嫌も直る」


里の入り口に入ると、また夜じゃ。

しかしまた 朝も来る。


「お前が 透明で行けば良かろう」


「そのうち」


これじゃ。まあ良い。


「俺は近く フランスに行く。土産は何にする?」


「葡萄酒が良い。お前と飲む故」


ボティスは、ふんと鼻を鳴らす。

嬉しそうにあり、俺も何か嬉しくある。



里の広場に胡座をかく。狐火の下で桜酒じゃ。

ボティスの隣に座すと

俺の隣に、まだツンとしたままの榊が座った。


人里は 夜も煌々と明るく

あれ程に刺激があり、楽しくあるが

真昼の日中ひなか、白い日差しの下にも 時折

独りと 感じる者もあろう。


だが、なかなか独りになどなれぬ。

厄獣であった俺ですらなのだから。

うむ。信じて良い。


これで俺の話はしまいじゃ。


仲間が出来、兄になり、友が出来た。

そういった取り留めのない話であった故

退屈させたかもしれぬのう。


すまぬ。だが俺は楽しくあった。礼を申す。

では。






********       「朝色」 了

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