砂糖水 2


何故、手を握ったものか...


だが儂は裸足であり

「履かんのか?」などと聞かれ

サンダルを履くために、手を離す。


ほっとしたような、残念であるような心地であったが、サンダルを履くと

また手を伸ばした故、手を握る。


すぐにハッとする。

条件反射とは、こういったものであろうか?


「こいつの名前は何だ?」と 聞く。


「露さんじゃ」と、答えると

「露」と、露さんを呼んでおり

露さんは、ボティスの鼻に鼻を付け

ざり と鼻の頭を舐めた。


「猫の舌は痛い」と

ボティスは片手で 露さんを撫でるが

小さき露さんは、撫でられる手に

半分ほど隠れてしまうようじゃ。


河川敷の緩やかな坂を上がり、道路に出たが

屋台の方には行かなんだ。


儂が屋台を振り向くと「後で」などと言う。


「夜の方が暑くないだろ?」と

露さんを抱いたまま、コンビニなどに入ろうとした。


「ならぬ。露さんは入れぬのだ。

儂も元の姿では入れぬ」


「そうか。じゃあ、二人で待ってろ」と

露さんを儂に抱かせようとするが

露さんは、するりと降りて

コンビニの裏に走り、裏の家の塀を越えてしもうた。


「猫のくせに、気を使う奴だ」と

ボティスは儂を伴い、コンビニへ入る。


店内は、ひいやりとしており

今まで暑かったものかと、涼しき場所に入ってから思い出した。


祭りであるからか、店内も人が多い。

ボティスは、大変に背丈があるので

ちらちらと見られておるが、スタスタと店内の奥へ行く。儂も追う。


こうして、人前に堂々と歩くのも

角と牙がない故のこと。


「選べ」と、指を差すのは

何やら、余計に ひいやりとする

大きな四角い箇所である。


「ふむ... 何であろう?」


「アイスだ」


むっ、聞いたことはある。

大変に冷たく甘きものである、と。


だが、たくさんの種類があり

何を選べば良いか、よう分からぬ。


「初めて食うのか?」と、儂に聞く。

「ふむ」と 頷くと、ソフトクリームなどと書いてある物を 儂に選び

もう 一つは、四角く平たい形のビニールに入ったものにしておった。


ジインズの衣嚢ポッケから、きんの平たいクリップで挟んだ札を出し、一枚を店員に渡す。

戻ってきた釣り銭などは、札も小銭も 一緒くたに

右の衣嚢に仕舞い、クリップの方は左に仕舞う。


アイスのビニールを受け取ると、コンビニを出て

「すぐ溶けるからな」と

ソフトクリームのカバーを外して、儂に渡した。


「むっ... 」


「食え」と、自分の平たい四角のビニールを剥き

棒のついた水色の物を出して噛る。


どう食せば良いものか...


迷うておると「噛れ」などと言う。

意を決し、上から噛ると

これは大変に甘くあり、冷たくあり

口の中で、周囲から溶け出した。


むう、このような...


「溶けるぞ」と言われ、横などからも噛る。

途中 鼻に付き、ケラケラと笑われた。


下のカバーなども取り、すっかり食すと

ちり入れにゴミを棄て

「散歩」と、また手を差し出した。


何故、胸の中がキュッとしようか?

宝珠ではないような気がする。


陽炎かげろうなどが揺らめく道を歩く。

人里は、里より ずっと暑くある。


特に何も話さずに歩いておったが

唐突に「気にしているのか?」などと聞いた。


見上げると、黒くなった眼で 儂を見下ろす。


「そんな顔をするな」と 笑うが

儂は何も言えなんだ。


「だがそうだ。何も言うなよ」などと言うから

余計に。


「こう暑いと、散歩も敵わん」


ならば、散歩は終わりであろうか?


耳輪の並ぶ耳を見上げると、ふと 立ち止まり

「そろそろ、多少の意識はしてもらうか」と

手を離し、突然に 赤子のように抱き上げた。


「何を... 」


慌てておると、ニヤっと笑い

儂は、急速に景色が変わったことに気づき

信じれぬ と、回りを見回す。


「残った」


背には、黒き翼がある。 鴉天狗じゃ


泰河あいつ等には言うなよ」


胸に何かが溢れ、顔を両手で覆う。

なんと...  なんという...


「泣くな」


そうは申すが、どうにもならぬ。

すまぬ と言いそうになるのを堪える。


儂を抱える腕などに、きゅ と力が込められる。

何故そのようなことなどしたものか。

益々に、顔から手が離せぬ。


暫し、風に羽ばたく音と

鼓動の音などを聞く。


「見ろ。あれは何だ?」


む? と、手を放し

ボティスの視線の方向を見ると

「嘘だ。何も無い」などと言うて

ケラケラと笑うた。


むう...  だが、儂も顔が笑うてしまう。


「機嫌は 直ったか?」と、近くに見下ろす。


む... そう... 近くあるのじゃ。先程よりも。

これはどうしたものか?


「掴まれ」


どうやら、抱き方を変えようとしたものであり

儂を縦にしようとしておる。

狐の時の抱き方ではないか と、思うたが

ちぃと違い、左腕の上腕に儂を座らせた。

儂は横向きではあるが、前も見れる。ふむ。

だが「首に片腕を回せ」などと言うのじゃ。


「むっ... 」

「回すと 俺が喜ぶ。片腕も空く」


どうしたことか...


「お前には、情というものがないのか?

俺も嘘でもいい。まあ、狐に戻っても構わん」


これは もしや

先の清姫のことを言うておろうか? 笑えぬ。


不謹慎のような気もしたものだが

遠くを見ておる横顔などを見ると、何か 何も言えなんだ。


そ... と、腕を回す。


「良し」


もう顔は見れぬであったが

ふ と、笑うような気配がした。


「お前は、なかなか巻き付かんからな」


やはり、清姫のようである。まったくのう...

何故 儂が蛇になろうものか?

狐であると言うておるのに。

「むう」と、里の山の向こうの景色を見る。


「だが俺は、情について学んでいる。

それは ただ甘くすることでも

考えずに流されるということでも ないようだ」


ふむ。難しくあるのう。

その時その時に依っても、立場に因っても

変わってくる故。

正しいや間違えておるでもない時もあろう。


「ふむ」とだけ答えると

「さて、風がある分 下よりマシだが空も暑い。

どこへ行く?」と聞く。


何処へ、と 問われても

祭りの屋台なども遠くあり

儂は人里は、よう分からぬ。


そのように答えると「祭りか」と ちぃと考え

「仕度だ」と、高き建物の多き方へ羽ばたき出した。


建物の屋上などに降り、儂を降ろす。

ここには、人はおらぬ。

何処であろうかと、ちらとボティスを見上げると

「管理が甘いマンション」などと言う。


隅にある四角い小屋のような建物のドアを開け

一階分の階段を降りると、エレベーターに乗り

一階まで降りて外へ出た。


「昼間は さすがに、そのまま道路に降りる訳には

いかんからな」と言う。


「儂の神隠しなどがあるが」と言うてみると

「お前が、俺といる時に使うのは

人化けと狐火だけだ」と 答えた。


術であるからで あろうか? と

また気に掛かる。

ボティスは自らの姿を消せぬようになった故。


「また何か気にしたな?

多少の不便さを楽しめ ということだ。

人化けせんと店に入れん。里では別にいい。

狐火は、俺が気に入っている。返事」


「ふむ」


「良し」


ボティスの歩く方へ付いて行くが

儂は人里でも、このような中心街に参ったことは無く、様々な店や高き建物などを

キョロキョロを見回した。


「むっ!」


あれは、狐の人形ではないか?


通り過ぎる時に、ちらりと眼に入った物を見に

店にフラフラと入る。


小さき物であった故、手に取ってみるが

ふわふわとしたそれは、狐か犬かの判別が出来ぬ。色は白くある。白狐であろうか?


「榊」


後ろから声を掛けられ、振り向くと

ムッとした顔のボティスが儂を見下ろしておった。


「勝手に はぐれてはならん」


「むっ、すまなんだ」


「これは迷子という状態だ」と言い

儂の手を見て

「その狼が欲しいのか?」などと聞く。


「狼じゃと?!」


「狐なら、茶か黄色だ。前足の先が黒く

尾ももっと特徴的に作る。それは 白い狼だ」


「要らぬ」と 答えると

儂の手を取って店を出た。


「見たい物があったら言え。

さっきは、気づいたら もういなかった」


「ふむ。このような場所は初めて参った故

そわそわしてのう」


「祭りは?」


「初めて行く」


何じゃ? 思いやられる という顔じゃ。


「俺も この通りには、まだ何度かしか来ていない。この国の祭りも初めてだ。

俺は お前達のようには、鼻が効かん。

お前は背丈が そうない。

人に埋もれると探すのが困難だ。はぐれるな」


「む... ふむ」


わらしのように言い含められておる気がせぬでもないが、先程は儂が悪くあったので、素直に頷く。


「ひなたと変わらん」


「何?!」


「ひなたは200歳だろ? お前は300」


そうであるが、何かが違う。


「童のように見ておると言うか?」

「今のところ、多少」


ぬう。聞き捨てならぬ。


「儂は 妖艶などと言われしこともある!」

「ふん、そうか」


ぬうう... 何やら悔しくある。

だが怒る前に、大層 大きな建物に

儂の手を引いて入って行く。

建物の中は、沢山の店が入っておるようじゃ。


「何か見たいか?」と聞くが

身が縮み、首を横に振る。


「ボティス?」


声に顔を上げると、朋樹がおった。

むっ...  何か気まずくある...


「よう」


朋樹は、買い物などは終えたようで

紙袋を提げておる。


「よう、榊」


儂は、手など繋いだままであり

「ふむ」としか言えぬ。


朋樹は「ルカは?」と、普通に聞く。

ボティスが「教会」と 言うと

「おまえ、今日 仕事入ったら休み?」と聞き

「祭り」と答えた。


「ああ。三階だ。じゃあな、榊」と

儂の頭を ぺし と軽くはたき、店を出て行った。


ふむ... 何も言わぬであった。

これは、浅黄や泰河などと共におることと

変わらなんだろうか?

儂が何か、一人そわそわとしておるようじゃ。


考えておるうちに「エスカレーター」と言われ

前を向くと、動く階段などがあったが

これは特に問題もなく乗れた。


もう 一度上がると「あれだ」と

またボティスに手を引かれて行く。

浴衣が並んでおる。


「選べ」などと言う。


「何故? 儂は、浴衣は沢山持っておる」


ぬっ...  

ついに無視じゃ! 答えずに浴衣を見ておる!


「じゃあ、これ」と

白と水色の大きな横縞の地に、椿が幾らか散っておる、ハイカラな浴衣を渡された。


「帯」と、赤を渡され

「小物は分からん。選べ」と言う。


儂が紐や下駄を選んでおると

どこぞからか、椿の髪留めなどを持って来た。


纏めて支払いをすると、紙袋を受け取り

「飯」と、また儂を引っ張って行く。


エスカレーターなどに乗り

下りであるのに、前におっても

まだ儂より高くにある頭に

「儂は あのように、ハイカラな物は持たぬ...

礼を言う」と、もそもそと言うと

横顔を見せ「ふん」と、鼻を鳴らして笑うた。











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