ジェイドん家のリビングには

ジェイドと榊、シェムハザ。


「榊!」


名前 呼んだら、榊が ぼんやりとオレを見る。


「“必ず帰る。約束する。”って... 」


榊の切れ長の眼が、みるみると潤み出す。


「どういうことだ?」と

ジェイドとシェムハザが、緊張気味に聞く。


「あいつ、教会に出て来やがったんだよ。

オレの精霊の煙で! 榊、狐!」


榊 指差して言ったら、顔を覆ってた榊は

泣きながら人化けを解いた。

狐姿の榊をソファーから抱き上げる。


「やっぱり、あいつだったんだよ!

“感覚だけ借りる” ってさぁ! 今はオレ!

なぁ、わかるよな? オレも わかるぜ!」


榊は震えて泣きながら「ふむ」って小さく言う。


「今 一度... 」って言うから

「“必ず帰る。約束する。” だってよー!」って

また言ったら、ますます泣いた。


「ルカ、ちゃんと話せ」

「天にいるのか? 他に何を言ってた?」


「もう! 今ちょっと うるせー!」


ジェイドも立ち上がるし

シェムハザも 手に持ってたワイン

テーブルに置いたけど、オレ、もうダメ。

盛り上がっちまって しょーがねぇの!


ボティスが... と、榊が声を詰まらせる。


「“約束する。” と 申したならば

それは絶対であるのじゃ」


「だろ? そうだよな!

あいつ 絶対 帰って来やがるぜ!」


榊を天井 付くくらい、高く抱き上げると

「むっ、やめよ!」って、三つになった尾で

オレの顔はしはしはたきやがるし!


「やめねー!」って、今度は床に付くくらい

ぐん って低くしよーとしたら

シェムハザに「無視するな」って首に腕巻かれて

隣からジェイドに、榊 取られた。ちきしょー。




********




「“まだすることがある” と、言ったんだな?」


「そ。“働け。俺の服買っとけ” って」


「“帰る時は開く” と?」


「そ。教会に帰るって。

その時は、なんか手伝え って言ってたぜ」


シェムハザがハティ呼んで、軽く尋問 受けてる。


「名前や能力は言えん、と?」


「そ。らしい天使を探せ っつってたけど

いねーよなぁ。あんな天使さぁ」


やべー、笑っちまう。


ジェイドも食い入るように聞いてるし

ちゃんと話さねーと って思うんだけど

高揚アガリっぱなしだぜ。


榊は、すっかり何か取り戻して

シェムハザが取り寄せしたサーモンだとか

フリットを、これでもか ってくらい食うし

オレもバケットサンド 3つ目。


ジェイドが 朋樹に電話したら

「すぐ戻る!」って 通話 切ってた。


ボティスが天使だった頃の記憶は

全部から消えてた。記録もだ。


どんな天使だったかも、名前も印章も

秘されたってことらしい。


これは、サンダルフォンが

天だけでなく、地上にも地界にも秘密裏に

ボティスに何かさせているってことだ。


さっきボティスは、オレに思念だけを送ってきた。それで、精霊がかたちを取った。

オレも、あいつのこと考えてたから。


でも それだと、こっちからは

伝えたいこととかも 伝えられねーし

オレとタイミングが合わねーと

あいつもオレの精霊を使えねーし。


名前と印章が判れば、召喚が出来るから

こっちからも話せる。

召喚に応じることは、天からも咎めれないし

地上に降りたと見做されないらしい。


サンダルフォンも、召喚まで見張り切れない。

それで、召喚 出来ないように

ボティスの天使の記憶や記録を消してるみたいだ。


ボティスが、天使として天にいるのはわかった。

今度は召喚のために、天使としての名前探しだ。

ハティとシェムハザに思い出してもらう。


「ヒントは

“羽振り良く遊べ。危機に陥れ” だってよー」


シェムハザとハティが眼を合わせる。

“いたか? そんなヤツ” って感じだ。

そ。オレも思う。訳わかんねーよなぁ。


バタンガタン 音 鳴って

泰河と朋樹が入って来た。えっ、早くね?

山 一個 越えるんだぜ?


「おい、精霊で出た って?」

「マジでボティスだった?」


「おう! “必ず帰る。約束する。” って

榊に言っとけ って言ってさぁ」


オレが また話すと、朋樹は だんだん笑いやがって

泰河の眼には涙がにじむ。


「あいつが天使って何だよ!」

「笑かすよな、マジでさ」


いや泰河、泣いてるけどさぁ。


「榊、よかったな!」

「おまえのために出て来たんだぜ!」


榊は「ふむ!」って

まだサーモン食ってやがる。


「飲まないか?」とか ジェイドも言って

「ディル、シャンパーニュ」って

シェムハザは シャンパン7本取り寄せて

次々 開けた。


「気が早い」って言いながらも

ハティが ボトルを 一本取る。

すげぇ笑顔だし、みんな ボトル 一本ずつ取るし。


けど、まだ帰って来ては ねーしさぁ

ここまでくると なんか妙じゃね? て思ったら

テーブルに置いてあった、ジェイドのロザリオが弾け飛んだ。

十字架がハティのボトルの口に刺さる。


「あいつ... 」


また見てやがったんだ!

もう、すげぇ笑う。


「“早く喚べ” ということらしい」って

ハティが口元で笑って、ジェイドに

ボトルの口の十字架を抜かせる。


「またか。新調したばかりだったのに」と

ジェイドは笑って、十字架をオレに投げた。

うん。もらっとくかな。


あれ?

ジェイドが 十字架 投げる って、なんか変だ。

そんな雑な扱いしねーし。まだ見てんのか?


朋樹に「ハティ、大丈夫なのか?」って聞かれながら、十字架で軽く清められたシャンパンを

ハティが飲む。

やっぱ、ちょっと影響あったみたいで

胸を手で押さえてるし。なんだよ それ。


「“なかなかだ”」

  

「ええっ?!」

「どうした ハティ?!」


ボティスが よく言ってた気がする。

榊も「むっ?」って 反応してるし。


「... 我に そう言わせたかったらしい」


シェムハザが 爆笑しながら

「天にいたまま、これだけの事をするには

かなりの術を行使する」とか言うから

オレらも すげぇ笑う。

“なかなかだ” のために頑張りやがってさぁ。


「早く喚ばねば身が持たん」とか

ハティも言うし。


「さて。今のところはまだ

皇帝の気を逸らして来よう。これは土産だ」と

シャンパン持ったまま ハティが消えた。

あれ飲ませるのか...


「“羽振り良く” か... 」と、シャンパン飲みながら

シェムハザが考える。


「羽振り良く遊びゃあさ、そりゃ危機に陥るよな」って、泰河が言うと

シェムハザは「何故だ?」とか聞く。


くそう。地上にいるくせ わかんないんだぜ。

財力と輝きの為せるわざかよ。


「金なくなるから」って

もう、すげぇヤサぐれた顔で泰河が答えてるし。


「ん?」と、シェムハザが

口に運ぼうとしたボトルを止めた。


「今、何か... 」とか 思い出しかけてたけど

まだ出ては来ないらしい。


「まあ とりあえずは、遊ぶために仕事だよな。

服も買っとかねぇと うるせぇだろ」


「えっ、マジかよ 朋樹ぃ」


オレ、遊ぶだけにしてぇのにー。

沙耶さんに電話してるしさぁ。

泰河も ええー... って顔だ。


ジェイドは 榊 見ながら、何か考えてやがる。

こいつもシェムハザみてーに、何か思い出しかけたみたいだ。


けど、沙耶さんとの電話に 榊が代わって

「明日は昼に店に参る。

“約束する。” と申した故。魚が良い」とか

明るい声で 飯 予約してるし

まあ、どう羽振り良く遊べばいいか わかるまで

働いとくかな。榊にも何か買ってやりてーし。


「ディル」


シェムハザが、もうディル本人を呼ぶ。


ディルは、高い鼻に太い眉

ワックスでセットした髪に モミアゲが目立つ

オシャレな鷹っぽい悪魔だ。

シェムハザの城の 一切を取り仕切る。


「羽振り良く遊ぶには、それなりに

仕立ての良いものを身に付ける必要がある」って

ディルに、オレらのサイズを計らせる。


「遊ぶ費用は、お前たちが働いても足りん。

ボティスが言う “羽振り良く” だからな。

その時は、ハティがきんを出すはずだ」


「えっ、でも “働け” って... 」


オレらが、えー... って なりながら聞くと

「働いた金で服を買っておけ、ということだろう。お前達の労働報酬で、自分の服を買わせたいんだ」って笑う。 あいつさぁ...


「そういう奴だ。天使の間に、お前達に祝福でも与える気だろう。その報酬だな」


うん、まぁ 今までも

仕事料は物だったもんな...


「では、衣類が仕立て上がったら また来るが

何かあったら呼べ」と

シェムハザとディルが消える。


榊が大人しい と思ったら、狐でソファーで丸まって、すやすや寝てやがる。

やっとリラックスして寝てるみたいだ。


「けどさぁ、良かったよな」って

泰河がシャンパン飲む。


「朋樹は、獣降ろしは やめるのか?」って

ジェイドが聞くと、朋樹は あっさり

「おう。先にボティスと、影修行の続き」とか

憑きもん落ちたよーに笑ってやがる。


オレもシャンパン飲んでて

泰河がフザケて、さっき弾けたロザリオの珠

「うらぁ!」とか 投げ出すから

「なんだよ」って、風で飛ばして応戦してたら

朋樹のスマホが鳴った。


沙耶さんからみたいだ。

うわ、今から仕事らしいぜ...


この後、オレらは 一週間くらい

細かい仕事で忙殺されることになった。










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