鴉天狗 2


むう...  なんと...

山より高いではないか...


羽ばたく鴉色の翼の向こうは 空であり

青緑の蒲鉾屋根は、遥か下に 小さくある。


「怖くないか?」


「ふむ、楽しくある」


儂が答えると、ボティスは「そうか」と

機嫌の良い声で答えた。


どのような顔をしておるものか と思うたが

見えるのは、輪が並んだ耳じゃ。

儂が あまり顔を動かせば、儂の長き鼻が当たるであろう。何せ、儂も自分の鼻先が見える程じゃ。


「よく このように飛んでおるのか?」


「いや、普段は飛ばん。必要もないからな」


「ならば、何故 翼があろうか?」


「天の者だった頃の名残だ。

一度失ったが、また生えた。何故かは知らん」


蜥蜴とかげの尾のようであるのう...


「だが、これからは役に立つ」


「何故?」


「お前が楽しいと言うからだ」


む...  それは、また

このように飛べるということであろうか?


「ふむ」と、答えると

並んだ耳輪の向こうで、微笑む気配があった。


「着くぞ」


「何?!」


「飛んだからな」


むう...  あっという間じゃ。

ちぃと残念に思いながら、楠の広場に降り立つ。


ボティスは翼を畳んで消し

「このまま行くのか?」と 儂に聞く。

儂は抱かれたままであり、はっとして

「歩く!」と 腕を降り、人化けした。


山頂に向かう ボティスの後を歩く。

このように背後から見ると

前から見るより 大きく見えるのう。


山頂に着くと、里の結界を開き

「また飛べようか?」と 聞いてみる。


「浅黄と飲んだ後に 飛べる」と言うので

ふむ、と 頷いた。


山頂を越えると、里は とっぷりと深夜であり

儂は、狐火を浮かした。


人里と里は、昼夜 逆転しており

里の今は、人里の半日 昨日となる。

ボティスは これに、すんなりと馴染んでおったが

異国に友の城があり、同じ時差であるからだと

言うておった。


「きれいだな」


里に入ると、いつも言う。

その度に儂は頷く。


里には、様々な花や果樹が実り

水田もあれば、稲穂も揺れておる。

夜間などは 狐火も揺れ、そろそろ蛍の時期でもある。


里の奥の 玄翁の屋敷前まで行くと

「玄翁は、起きているのか?」と聞く。

我等 狐は、元々は夜行性ではあるが

今は ちぐはぐに寝起きしておる。


先に屋敷に上がると、玄翁は起きており

蓬や羊歯と、双六すごろくのようなボオドゲエムに興じておった。


先のクリスマスに、泰河やルカと買ってきた物であるが、なかなかに楽しく

オセロなども里で人気がある。


「おお、蛇神ボティス殿!」


「起きてたか。土産だ」


「むっ、これはまた異国産であるな?」


玄翁は、受け取った葡萄酒の貼り紙を

ほう と、感心するように見ておる。


「こないだはフランスだったが

今回は スペインだ。この国には入っていない」


ほくほくとする玄翁に「赤からにするか?」と

聞き、指で弾いてコルク栓を抜いた。


かたじけない」

「これは良い香りだ」

「では... 」など、口々に言うて

屋敷の世話狐のかしら、夕顔が運んで来たグラスに注ぎ、皆で飲む。


「むう、また違うのう」

「大変に旨い」

「遥か異国の酒が飲めようとは... 」


ふむ。最近 皆、ちぃと 文明狐に憧れており

ぐろーばる などという言葉も出ておったからのう。スマホンで、異国の風景などの写真も見ておるのじゃ。


「どうじゃ、ボティス殿。共に興じぬか?」


羊歯が笑顔で、ボオドゲエムに誘うておる。

蓬も少し ワクワクとしておるようじゃ。


「ボティスでいい。前も言ったろ?

むず痒くなる。

是非 参加したいが、今日は 浅黄と約束がある」


ボティスが答えると、二人は しゅんとし

玄翁までが「浅黄ばかりであるのう」と

ため息をつく。

このように見えて、ボティスは 里で

なかなかに人気がある故。


異国や別界などの話が面白い というせいもあるが

若う見えても、齡は 何千などであるらしく

皆 慕っておるようじゃ。

また面倒見も良く、我等を気に掛けておる。


「次は ここに来る。約束だ。

それまで特訓しておいてくれ。

俺は ゲームが強いからな」


惜しまれながら、浅黄と待ち合わせておるという

里の広場へ向かう。


儂も行こうとしたが

「後で迎えに来る」と、置いて行かれた。


ぬう...  何やら納得が いかぬ。


しばらくは、玄翁等とゲエムに興じておったが

玄翁等は 白の葡萄酒も開け、ゲエムも そこそこに

化け術などの話になってきた故

儂は 一人、散歩に出た。


露さんは 今頃、人里で何をしておろうか?

露さんが里に参られるのは、里では昼のことであり、若狐に 招きや踊りを教えるためじゃ。


何となしに 広場へ近付いてみると

浅黄とボティスが 胡座あぐらをかいており

二人とも、里の桜酒を片手に笑うて話をしておる。


むう。飛ぶのは まだ先とみえる。

しかし何故、儂が外されようか?


里での花見の際は、泰河等も

何やら『男同士の話だ』などと言い

儂を省いておったのじゃ。


何じゃ。男じゃ女じゃと。つまらぬ。

まったくに ナンセンスなことよ。


はて、だが あの二人、何を話しておることか?

もうちぃと、広場に近付いてみるかの。

ボティスが屋敷を出て、かなり時間も経った。

逆に迎えに行くか。


頭の中で そのように考えたが

なかなか足は進まぬ。


だが、夜は静かであり

途切れ途切れに話は聞こえてきた。


「... ってろ。今度持ってくる」


「本当か?」


「約束だ」


ふむ。何やら約束しておる。


「しかしだ。さっきも言ったが

飛ぶため とはいえ... 」


「ボティス。だから 何故 気にする?

何度も話したではないか。まったく。

だが、翼は 俺も見たい」


むっ。浅黄にも話しておる。

... いや、そうじゃ

“泰河等には言うな” と 言うておった。

浅黄は口が固い故、心配 要らぬか。


ボティスが背に翼を拡げると

「おお!」と、浅黄は喜んで立ち上がり

背の方から翼を見ておる。


「これは、すごいのう... 」


「他にも翼がある者はいる。

珍しいことじゃない」


「いや、俺の友には お前だけだ」


浅黄が翼に ちょいと触れると

ボティスは バサッと翼を動かしてみせた。


「良いのう... 」


「翼など無くとも、お前は お前らしさが良い。

狐に戻ってみろ」


「何故だ?」


「飛びたくはないか?

このまま抱き上げると、画的に妙だ」


「うむ、何か良うない」と

浅黄は直ぐ様、元の銀狐の姿になった。


「よし、狐だ」と、ボティスは

立ち上がって抱き上げたが

浅黄は「俺は やはり、幾らか妙だ」と言うので


ボティスは「そうか」と、浅黄を背に回し

翼と翼の間に浅黄の身体を乗せ

「角に掴まれ」と、浅黄の前足の位置を指示した。 むっ、あれもまた楽しそうじゃのう...


儂は、はっと気づき

自らに神隠しをかける。


「上の結界は どこまでだ?」と

ボティスは ふわりと浮くが

「空には結界はない」と、浅黄が答えた。


「何? それは いかんぞ。

こうして飛べる者は、里に入れる」


「うむ... 猛禽の類などしか

気にしたことがなかったのだ」


そのようなことを話しながら

二人は 里から飛び去る。


むう。儂も約束しておるのに。

そして懇意とは知っておったが

あのようにまで仲良くなっていようとは...

浅黄は、泰河や朋樹と会うた時より

イキイキとして見えるしのう。はて?


... そうじゃ。遠慮などをしておらぬのだ。

泰河等ともスマホンなどで話してはおるが

浅黄は まだ、二人には遠慮があるように見える。

二人が里に来れば喜ぶが

自分から『里に来い』とは誘えぬ。


しかし、ボティスのことは

楠の広場で 名を呼ぶこともある。

すると本当に『なんだ?』と

ボティスは笑うて顕れるのじゃ。


ボティスも ボティスで、このように

それとは別に、浅黄に会いに里に来る。

浅黄に初めて出来た、友らしき友であろう。

... ふむ。良い。儂まで何か 良い気分じゃ。


良い気分のままに、歩き慣れた里の散歩をする。


屋敷の裏の川などに行こうかのう。

もう、蛍が飛んでおるやもしれぬ。


川に着くと、幾らか蛍が ふわふわと

明かりをともしては消えを繰り返す。

ふむ。やはり もうおったか。

その緩やかなさまよ。


夜というものは、眼に肌に 心地好ここちよくある。


さわさわと鳴る川面にも、蛍等の明かりが映り

まだ冷たき水に 足を浸ける。

冷たいが、やはり心地好い。神隠しを解く。


ここで、泰河や朋樹と 花火などをしたのう。

線香花火というものの、小さき火花よ。

ぐっと堪え、ぱちりぱちりと弾ける様。


儂には、よう わからぬが

もしやすると、恋などとは あのようなものでは

あるまいか。


だが きっと、このように

頭で考える事ではないのであろう。ふむ...


さて。儂は、海などに行けるものであろうか?

泰河や朋樹は 忘れておらぬかのう?


「榊!」


振り返ると、まだ狐姿の浅黄と

背に翼のあるままの ボティスがおった。


「俺は、ボティスの背に乗り

空を飛んで参ったのだ。大変に楽しかった」


むう。珍しく興奮しておる。


「今は 良い頃合いの時間だ。お前も行って参れ」


「ふむ!」


儂は、川より足を上げると 狐の姿に戻り

しゃがんだボティスの肩に前足を乗せた。


「またな」と、ボティスが浅黄に言うと

「うむ。またすぐ呼ぶ」と浅黄が答え

ボティスが笑う気配がする。


夜に溶け込むような、鴉色の翼を拡げると

ふわりと浮き、儂の背にも手が添えられた。



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