鴉天狗 榊 (ヨロズ相談所)

鴉天狗 1


「見たか、榊... 」


「ふむ ふむっ... !」


狸姿の桃太は、蒲鉾かまぼこの如く湾曲しておる

青緑の屋根の上で、丸き顔の丸きまなこ

うると涙をにじませる。


だが、狐姿の儂も 今

桃太に似た眼になっておることであろう。

燦々さんさんと降る日差しが、このように滲む故。


「逆転 したのだ...  風夏が... !」


「おおぉぉ...  来週は... 決勝に... 」


感極まった儂等は、しばしの間

露さん等猫のように、前足で涙をぬぐう。


儂と桃太は、先週より

幽世かくりよにおる柚葉の妹、風夏の

バスケの試合などを観戦しておった。


桃太から “風夏、春の大戦の兆し” と

木の葉の書が届いた折りには、儂は 一人

風夏の通う学校の屋根に登っておったのだが

『榊! 場所が違うのだ!』と

桃太が ふぐりを拡げ、報せに参った。


『何じゃと?!』


大いに焦り、それはもう矢の如くに駆け

真の会場へ向かうたものだが

場所は、学校などではなく市民体育館という

一般の者等も利用する場所であり

風夏の試合までは、一時いっとき... 二時間程の

余裕があった。


先週 風夏の学校は、難なく勝利し

儂等は、六山の麓にある中古の 一軒家

桃太のヨロズ相談所にて、祝杯を上げたものであった。


此度の試合は、攻防激しい接戦であり

一度など風夏は、敵方の者に故意に押され

儂等ははらわたの煮え繰り返る想いに堪えた。

明らかに悪意のある違反行為であったというのに

笛も鳴らなんだ!


『ぬうう... 』と、思わず唸りを上げ

鼻先の長きヒゲを震わす儂に

『堪えよ、榊。風夏は果敢にも立ち上がっておる』と、桃太も丸き顔のヒゲを震わせておった。


同点のままに試合が終わろうかという時

風夏の味方の者のあざむき... ふぇいんとが効き

翻弄された敵方を 一人二人と抜き去り

その者が投げたボールは、風夏へと渡った。


風夏は振り向くと、欺きのため 一拍の間を置き

敵方の揺らぐ間に、パッと両手を伸ばし

球をゴールへ投げた。


手を離れた球は、くうに美しき流線を描くと

スポリと篭へ...


なんと...  なんと胸のすく 素晴らしき

美技プレイであろうか...


試合の終了を告げた 甲高き笛の音を

この霞すら眩しき春の青空を

儂は この先 幾年も、決して忘れぬことであろう。


風夏は 歓声の中、共に戦うた味方の軍と

高く上げた手を合わせ、抱き合い

手拭タオルで 美しき涙と汗を拭いておる。


ようやった...  まっこと よう...



「何をしている?」


「むっ?」

「何じゃ?」


感動に打ち震える儂等の前に立ったのは

異国の蛇神、ボティスという者でおり

黒き大蛇の魔の者であるが

今は、長きつのと牙を生やした人の姿じゃ。


耳には ジャラジャラと輪を付け

白き七分袖のワイシャツには黒いボタンが並び

黒のボトムスという、洒落た格好をしており

手には、赤白 二本の葡萄酒を持っておる。


こ奴は、いつも フラフラしておるのう。

儂も よう見掛けるが

あちらこちらに出没しておるようじゃ。


「これはっ! 異国の魔の者ではないか!」


小さき前足で ボティスを指す 桃太の前に

ボティスは しゃがみ込み

「狸というものか... 」と、興味深い といった眼で

桃太を見る。


「初めて見た」


つり上がった眉の下の、同じにつった赤き眼で

じっと見られた桃太は「ぬ? むっ?」と

焦りを見せたが

「丸いな」と言われ、カッカとし出す。


桃太は、くるりと人化けすると

銀縁眼鏡に地味な背広という サラリイマン姿で

「丸いとは何だ!」と、腰に両手を当てて

虚勢を張り、立ち上がった ボティスを見上げた。


人の姿のボティスは、里の慶空よりは低かろうが

泰河などより身の丈があり

人化けしても 五尺六寸... 170センチ程の桃太は

まるで、父親に楯突く子の様に見える。


儂などは、四尺一寸五分程であるので

どれに会っても見上げることになるのだが

初めて人化けした頃に於いては

そこそこの長身であったのにのう... まぁ 良い。


「サラリーマン というやつか?」


桃太の怒りなど どこ吹く風といった様子で

ボティスが言う。


「むっ?...  そうだ! 何か文句など... 」


「全体に 統一感がある。なかなかだ」


なんと背広姿を褒められ

桃太は、おっ という顔をする。


「... お前は、洒落ておる」


桃太が言い返すと

「俺は スーツから変えたばかりで、まだ模索中だ」と、つり上がった眉を緩め

軽い ため息などをつく。


そのようには見えぬがのう...

桃太の手前であろうか?


「アコ」と、誰かを呼ぶと

ボティスの隣に、黒く長き髪を 上半分 括った

なかなかに美男の男が立つ。

ボティスと同じ 魔の者であるようだが

これは、桃太とは違う 黒き背広を着ておった。


「なんだ?」


アコと呼ばれた者が、ボティスに問うと

「城から ネクタイを」と ボティスが命じ

アコは、ちらと桃太を見て 消えた。


「城?」


「地界のな」


こう見えて、ボティスは

なんと 60もの軍を従えておる という。

見掛けなどでは分からぬものよのう。


アコという者が、手に紙袋を提げて戻った。

紙袋は、現世うつしよの物であり

その辺りを問うと、角のあるボティスの代わりに

アコが買い物などをするようじゃ。


紙袋の中には、何十本というネクタイが

綺麗に丸めて収められておった。


「スーツやシャツは、サイズが合わんからな」と

紙袋を桃太に渡す。


「何っ?! こんなにも... 」


「まだまだある。お前に似合いそうな物を

アコが見繕って持って来た。使え」


アコは、ボティスに

じゃ と言うようなそぶりで

片手を上げて消えた。


「何故だ?!」


「お前と友となった印だ。

この地の霊獣や妖しとやらには 威はないが

俺のような地界の者に会ったら、そのネクタイを見せろ」


ほう...  地界の者であれば、威が利くようじゃ。


「むっ? そのような者、俺は怖くは... 」


「そう。だが、ここには 祓魔師が来ただろう?

何故だ? お前達の言う 俺等魔の者が増えたからだ。こうして ここに俺がいるように。

俺は、お前達にとって脅威ではない。仲間だ。

今は人型だが、正体は蛇の悪魔だからな。

だが悪魔の中には、お前達のような獣の肉を好む者もいる。生きたまま喰うのが たまらん、と。

お前達は、そういう奴に狙われたら どうする?

教会の扉を叩き、祓魔師を頼るのか?

そんなこと出来るものか。そうだろ?

祓魔師の言う悪魔には、お前達 霊獣とやらも含まれるからな。俺は心配性なんだ。

俺の心の不安を解消する意味で、全部 受け取れ」


ぽん、と ボティスが 桃太の肩を叩くと

「... それは、かたじけない」と

銀縁眼鏡の奥の細い眼を ぱちぱちさせて

桃太は ネクタイが詰まった紙袋を受け取った。


口先により、桃太がけむに巻かれた感はあるが

悪いことではあるまい。

ボティスは 桃太が気に入ったようじゃ。


「それで、何をしていた?」


そうじゃ。最初に そう申しておったのう。


「うむ。風夏という者がおり... 」


桃太が風夏の説明をすると

「月詠の界にいる、あの娘の妹か」と

ボティスは、なるほど という顔になり

「勝って良かったな」などと言う。


「聞かずとも分かろうよ」


儂は、説明を求めたボティスを不思議に思うた。

ボティスはサトリのように、人の思考などを読み

過去、現在、未来の 三世を見通す者である。


「俺は、なるべく お前達は読まんのだ。

会話を重ねようと思っている」


「泰河等は?」と聞くと

「奴らは読む」と即答した。

「喋ると うるさいからな」

ふむ、一理ある。


「来週は、俺も観戦する」


「うむ、開式は9時だ。遅れぬように」


「それでは来週!」と

桃太は狸に戻ると、紙袋を持ち

「これにて御免!」と ふぐりを拡げ

蒲鉾型の屋根より飛び去る。


ボティスは、挨拶に片手を上げたが

無言で 桃太を凝視しておった。

ふむ。狸などが初見であったのであれば

ふぐりについても 初見であったのであろう。

無理もない。


まだ桃太の去った六山を見つめる ボティスに

「して、何をしておったのじゃ?」と聞くと

珍しく はっ としたように、儂に向き

「... この国の者はあなどれん」と 呟いた後

「お前の里に向かうところだった。

浅黄と約束がある」と言うた。


ふむ。ボティスは、浅黄と なかなか懇意である。

馬が合うのか、時折 酒など飲んでおる。


「お前も里に戻るのか?」と、儂に聞くので

頷くと「歩いてか?」と、また聞く。


「ふむ」と、また頷くと

ボティスは「ふん... 」と、何かを少し考え

なんと背に、カラスのような翼などを拡げた。


「むっ?!」


「泰河等には言うなよ。

俺は 翼など似合わんからな。見せたことはない」


なんと...

ふぐりでは飛ばぬでも、翼などがあったとは...


片手に 二本の葡萄酒などを持ったまま

狐姿の儂の前に しゃがみ

空いた片手を拡げ「掴まれ」などと言う。


「何?!」


「俺は 外を歩けん。つのがあるからな。

だが姿を消して歩けば、お前が独り言を言いながら 歩いているように見えるだろう」


それは、里まで共に行く ということであろうか?

まぁ見知った者であり、向かうのは同じ場所ではあるが。


だが、儂が まだ迷うておると

「飛んだことは あるか?」と 聞く。

首を横に振ると「怖いか?」などと また聞く。


「何を?! 怖いことなど... 」


ボティスは 葡萄酒を 一度 置くと

儂を露さんのように抱き上げ

「落とさんが 掴まれ」と、丸めた 二つ尾の下を

片手で支え、葡萄酒を拾う。


「むっ... 」


ボティスの肩に 前足で掴まると

「鳥のようにも飛べるが、慣れるまでは

のんびりと行く」と、ふわりと屋根から浮いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る