21


『よかった...  あなたたちが、みんな無事で』


スクリーンの向こうのアリエルは

『私には、無事を祈ることしか出来ないから』と

瑞々しい花のように笑った。かわいいぜ...

もれなく全員が、笑顔にやられる。


『ボティス』と、アリエルは

何故か名指しで ボティスを呼び

シェムハザが、ボティスにスクリーンを渡した。


「アリエル。久しぶりだ」


『ボティス、あなたの顔が見たかったの』


「なんでだよ、アリエル!」

「慌てるなよ、ルカ。

角と牙がなくなったからだろ?」

「確かに印象は変わったからな」


ボティスの後ろでオレらが騒ぐが

アリエルは『あら、違うわ』と、拗ねた顔だ。

ちょっと怒った。

やばい。マジでかわいいぜ...


『あれから、ちっとも お城に来てくれなかったわ。子供たちと あなたを待っていたのに。

あなたとシェムハザの話を聞くのが好きなの。

また 三人で お話したいわ。

あなたは、いつも優しいから... 』


な んだと... ?

ショックで言葉が出ねぇ...


「止せ、アリエル。俺が お前に惚れたらどうする? シェムハザに刺されちまう」


ボティイス...  オレが刺すぜ、今...

隣でルカも 軽く殺気立つ。


だが、ボティスは

オレらには向けない表情かおだ。


スクリーンの向こうで、葵や菜々が

『おにいちゃん!』と顔を出すと

ボティスの顔は、ますます...  これは...


柔らかくなった? お...  マジ か?


『マドレーヌ たべた?』


「食った。チョコが 三色もあったな。

今まで食った何より美味い。

まだ取ってあるから、後で また食う」


笑顔だぜ、おい...


スクリーンには、葉月も映った。

中学生くらいの魔人の女の子だ。


待てよ と、オレは ちょっと緊張した。

ボティスは、この子の目の前で

魔人の喉を突いた。


「葉月」


ボティスの方から声を掛けると

葉月は、眼をあげて

『助けてくれて、ありがとう』と 言った。

『お礼が言えなかったから、手紙を書いたの』


「ディル」と、シェムハザが呼ぶと

シェムハザの手に、封筒が届いた。

おい...  薄いピンクの封筒だ...


ボティスが「後で読む」と 受け取ると

オレの胸は ざわつき出した。


「ダメだ 葉月ぃっ!!」


けど 言ったのはルカだ。

妹系の子が血迷うのは 許せんらしい。


「葉月、とんでもねーし!!

こいつは ボティスなんだぜ?!

なんでピンクの手紙なんだよ?!」


「そう、そこだ! ピンクはいかん!

白なら ここまではショックじゃなかった!」


「落ち着け... 」と

オレらは、シェムハザに肩を抱かれ

スクリーンから離される。


「葉月は まだわかってないんだ!

コドモだから!

ちょっと悪そうなのに惹かれちまうんだ!」


「今 修正しなくて どうするんだよ?!

ラブレターとかみてぇじゃねぇか!

ちゃんと見とけよ、シェムハザ!!」


オレらが わあわあ言ってるうちに

朋樹が「よう、はじめまして」と

葉月たちに挨拶して

ジェイドも顔を出すと「いい神父さん」と

かなり喜ばれている。


ボティスが 手に持ったスクリーンを

オレらの方に向けた。映っているのは葉月だ。


『お兄さんたちにも、手紙 書くね』


「えっ?! ピンク?!」

「マジで?!」


葵と菜々は『クッキーをやくよ』と言った。


「チョコもな! 三色で!」

「ボティスより いっぱい食うぜ!」


シェムハザが「夜までに帰る」と

スクリーンに言うと

葵と菜々が きゃあきゃあ喜び

葉月も明るい笑顔になった。


『待ってるわ、あなた』


おっ...  “あなた” って...


勝手に やられたルカが

隣で 自分の胸に手を置き、瞼を閉じた。




********




「オレも城に帰りたいぜ... 」


部屋に戻っても、オレらは まだ

アリエルに やられていた。


風呂 上がったし、いい気分でビール飲む。


ボティスは、マドレーヌ食いながら

ピンクの手紙を読んでいる。


「何が書いてあるんだよ?」


「俺に惚れたと」


許さん。オレとルカが ソファーを立つと

「冗談だ。いちいち反応するな」と

面倒くさそうに言って、眼は文字を追う。


「... 城での暮らしだ。

葉月は、学校に通っていなかったから

今、文字の勉強をしている」


えっ...

いきなり胸に、なんか突き刺された感じだ。


黙ってソファーに座る。


「フランス語と日本語をマスターしつつあるが

漢字はまだ勉強中だ。次は英語」


いや、すげぇ。胸の痛みは治まってきた。


「葵も、簡単な漢字までかけるようになり

掛け算を覚えた。ディルが教えている。

菜々は 絵がうまくなった」


シェムハザが言うが、教えられたからって

普通、そんな短期間で出来ねぇよ。


「城のクッキーやマドレーヌは、アリエルと

葉月たちの仕事だ。

アリエルが姉になってくれたことの喜びは

一枚半に渡って綴られている。

最近は マダムと、テラスで花も育てている。

何の花が好きか聞いているが、まいったな... 」


ボティスは、花には詳しくないようだ。

こいつが詳しかったらイヤだよな。


「学校に行くのは 楽しみだが不安もある、と。

友達が出来るか、授業についていけるか... 」


なんかさ、普通のかわいい内容だよな。

なんでボティスに書いたか という 疑問は残るが

楽しく過ごしてそうで、安心した。


「葵さ」と、ルカが シェムハザを向く。

「大丈夫なのか?」


ルカが聞いているのは

葵が蔵石... 黒蟲の手の骨を、手も触れずに

砕いたことだと思う。


「ああ、大丈夫だ。

カッとしてやってしまった訳じゃない。

お前を助けたかったようだ。

今は俺が訓練している」


城に来る子供とケンカになっても

一切、その能力は使わないらしい。

危険だってことを、わかってるんだな。

たぶん、生まれた時からの能力なんだろう。


「オレさ、ちょくちょく

イタリアには行くんだよな」


朋樹が言う。


「何? あの時だけじゃなかったのか?」


シェムハザとアリエルの結婚式のために

オレらは、城に滞在したが

朋樹はイタリアで暮らしているジェイドの妹

ヒスイに会いに行っていて、城には遅れて登場した。

今は 月一 で、一週間くらい会いに通っている。


「何故、少し足を伸ばして城まで来ないんだ?」


「行こうかと思ったけど、連絡 出来ねぇし」


「“シェムハザ” と呼ぶだけだろう。

恋人はジェイドの妹だったな? 連れて来い」


いいよな...  オレらも そのうち行くぜ。


「イタリアで暮らすヒスイと

どう出会ったんだ?」と、シェムハザが聞くと

「ルカの家に、ヒスイが来たんだ」とか

朋樹は、なんか照れやがりながら説明して

「朋樹は モタモタしてやがった」と

ボティスが からかっている。

あの時は まだ、ボティスは 思考 読めたもんな。


「シェムハザは、出会ってすぐ

アリエル連れて行ったけど、どうだったんだよ?」と、ルカが聞く。


オレも それはちょっと気になってた。

最初は同情とか だったのかもな、ってさ。


「最初に教会の前で、藍の眼を見た時は

“アリエルじゃないか” と思った。

何故 堕天など、と。

天使のアリエルは、白金の髪に藍の眼だ。

鼻も高く、しっかりとした美しい顔立ちをしている。天使のアリエルとは、風貌が少し違ったが

眼を見てわかった」


「ワインを」と言うので、続きが気になるオレらは、さっさと動いて、シェムハザの手にグラスを持たせ、ワインを注ぐ。

ボティスは まだマドレーヌだ。


「俺は、迷っていた。例え愛しても

またいつか必ず失うからだ。

だが、ボティスが舌を出すのを見て

俺が了承しなければ

アリエルは、このケダモノに何をされているか

... と、毎晩 気に病むことが目に見えた」


「うるせぇ」と、ボティスが笑い

「珈琲」と、ルカを指差す。


「黒い眼のアリエルを見た時は

心細さと混乱を映した眼に、胸が痛んだ。

何も知らんのだ。

だが、自分が “罪を犯した” と言う。

それは、天使のアリエルの想いだが

彼女も共に負っていた」


罪、と ジェイドの くちびるが動く。

ああ、ジェイドと朋樹は知らねぇんだよな。

教会の中にいたから。

シェムハザは、アリエルの罪を自分に移し

左半身を天の炎で焼かれた。


「妻にする、とは言ったが

俺で良いものか とも考えた。

アリエルは、恐ろしく清かった。

霊性を分けた時、初めて見た者が 俺だった。

それで、恋をした気分になっているのではないか、と... 」


「いや違うだろう」

「何 言ってるんだ? おまえはシェムハザだろ?」

「百番目にシェムハザ見たって恋するよな」

「むしろシェムハザじゃないと納得 出来んぜ」


「ならば良いが... 」と、シェムハザは

グラスに口をつける。なんか悩ましいぜ。


「帰城まで 世界を巡っている時、気がつくと、

俺は、様々なものを眼に映すアリエルばかりを

見ていた。

腕に抱いて移動する間や、眠る顔を見て

たまらぬ気持ちになったものだ。

彼女は俺が護るべき者であり、他の者など誰も

この黒く美しい眼に映させるものか、と。

城に着くと、改めてプロポーズした。

正式に膝を付き、俺の妻になってくれ、と。

アリエルは自分も膝を付き、俺の手を取った」


おお... と、声が漏れるが

聞いてるオレらが照れるやら何やらで

なんかもう、誰も何も言えん...

ちゃんと本気だ。すげぇ安心したぜ。

しあわせなのって、いいよな。ちきしょう。


「俺は、読める悪魔だった。

城へ呼ばれ、式の招待状を受け取った時は

二人の幸福感に気を失いかけた」


シェムハザは、ボティスを軽く小突き

「では、俺は城へ戻る。

次はクッキーを持ってくるが、何かあれば

すぐに呼べ」と

しあわせそうな顔で、ソファーから消えた。



ボティスは、水着や服を買った時に 一緒に買った、革のショルダーに、葉月のピンクの手紙をしまい「明日は本屋へ行く」と言う。

花の図鑑を買うらしい。


ベッドに座り、脚を組んだジェイドが

つまらなそうな顔をしたので

どうしたのかと聞くと

「今日も 聖書の時間がなかったからね」と

軽く肩を竦めた。

榊、まだ帰って来ねぇんだよな...


ボティスは「まだ昨日の夜だ」と

大して気にしていない。


「明日さぁ、女子会の子たちに

連絡してみよっかなー」


ルカが あくび混じりに言う。

そう。まだアバンチュールは諦められんよな...


「あっ」

「おっ?」


幽世の扉だ。内側から開くと

界の番人の格好した榊が出て来て

やたら色気ある、あの月詠が立っている。


「ではな。まぁ 楽しめた。

榊。俺が呼んだら、また すぐに応じろ」


なんだよ そのオレの女 みてぇな言い方...

応じろ?

まさかまた 何かいたした訳じゃねぇよな... ?


口の端をピク と、小さく動かして

朋樹が頭を下げる。


「御意」と、榊も頭を下げると

扉が閉まって消えた。



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