20


弾は ゾイの額を撃ち

ゾイは、その場に倒れた。


死んだのか... ?


死神が来たことは

この場にいる全員がわかっている。


「... 何しに、出てきやがった?」


ボティスがオレに聞く。

死神の声は、聞こえてなかったのか?


「 “ふたりだ、ひとり獲る”、って... 」


ボティスは「円を出るな!」と

ハティとシェムハザに言い

鎖も蔓も解かれて倒れているゾイに

馬乗りになった。


「ルカ! 拘束しろ!」


ルカが、訳もわからず 地の精霊を呼び

遺体に見えるゾイを拘束する。

ジェイドが近くに しゃがみ、ゾイに触れて

驚いたような顔をする。


朋樹も、ルカもオレも

ボティスたちの方へ近寄る。


ボティスは、ゾイから降りると

「起きろクソガキ!」と、ゾイの腹を蹴った。


ジェイドに「いるんだろ?」と聞き

ジェイドが頷くと、またゾイの腹を蹴る。


「何なんだよ、ボティス」


ルカが聞くと、ボティスは

「天使が憑依してやがる」と言う。


「こいつに?! けど、今 死んだだろ?」


「死んだのはゾイだ。天使は、まだいる」


ゾイにめいを出していた下級天使か?

サリエルの部下の...


「悪魔に、天使が憑依 出来るのか?」


「天使に相手を滅する意志がなく、禁咒を施せば

一時的には可能だ。

以前、シェムハザの城で

人間のジェイドに憑依した天使と同じ手だ」


“ふたりいる、ひとり獲る” は

そういうことか...

死神は、本体ゾイの方の魂を獲った。


「でも、こいつを起こしたら

憑依を解いて、天に帰るんじゃないのか?」


そうなると、ゾイの遺体が残るだけだ。


「いや。ゾイが死んで

天使とゾイの身体が結ばれた。

こいつはもう、身体から出られん」


マジか...


ゾイの中にいる天使は、撃たれた... というか

血肉のある身体と結び付いたショックで

気を失っているようだ。


「起きろと言ってるだろ!」

ボティスがまた蹴るのを

「いや、もう止めろって」と、オレが止めた。

オレも似たようなことはするけど

なんか見てられん。


「そうだ。ボティス、ちょっと退け」


朋樹が和紙を手に

ゾイ... 天使の隣に 片膝を付く。


「ジェイド、ナイフ貸してくれ」と

借りたナイフで、自分の腕の内側を傷つけ

「ルカ、筆」と、天の筆を自分の血に浸した。


「うわっ、おい 朋樹ぃ... 」


やめてくれよ って風のルカに

「後で禊ぐ」と簡単に答え

和紙に筆で、模様の用な文字を書いていく。

これ...  式鬼契約だ。


ゾイの額から垂れている、銃創の血を指に付け

和紙の文字の上に、五つの点を付けると

ゾイの銃創の上に和紙を乗せ

「汝 天の御使みつかいは、雨宮 朋樹の使役式鬼となる

契約を、ここに締結する」と、宣言した。


式鬼契約の和紙は、額の銃創に

吸い込まれるように入って消える。


「よし! やったぜ!」


式鬼にしやがった...


「やるな、お前」


ボティスは楽しそうだ。


「言っておくが、お前には遊ばせんぜ。

オレの式鬼だからな。

ハーゲンティ、シェムハザ、出て来いよ。

オレが命じる対象にしか、こいつは攻撃しない」


朋樹が、立てた人差し指と中指を

天使の銃創に当てると、天使は眼を開けた。

グレーの眼だ。


「中から見てたんだろ?

こいつに遊ばせたくない。めいだ。名を教えろ」


朋樹がボティスを 親指で示しながら聞くと

「ファシエル」と、そいつが答えた。


「自分の状況はわかるか?」


「お前が、私を支配している」


ルカが地の拘束を解くと、ファシエルは

半身を起こした。


「忠誠を誓う」


えっ、いきなり?


ハティが、ファシエルの額に

人差し指をつける。


「使命を遵守する者だったようだな。

それ以外の生き方を知らん」


「でも」と、ファシエルは

「サリエルの使命を果たせなかった。

見つかり次第に処刑される」と

天気の話でもするように言った。


天使が 天使を処刑か...

まぁ、サリエルだから可能なんだろうけど。

サリエルは 他の天使を堕天させる権限を持つ。

普通は、牢に繋ぐ とかなんだろうな。


「なら、ゾイに成り代われよ。

おまえの名は、もうファシエルじゃない。

ゾイだ。キュベレの血縁、地上に棲む悪魔」


朋樹が言うと「魂の匂いは誤魔化せない」と

ファシエルは答えた。


「いいや。人間のオレの血が混ざった。

ゾイの血肉とも結び付いたんだ。

今はもう、魂の匂いも変わったはずだ」


... て、ことはだ。

こいつは、人と悪魔の血が混ざった天使だ。

これも “混血” ってことになるのか?


「試してみたら いいんじゃないか?

君の知り合いの天使を召喚して」


結構なこと言ったジェイドに

「それ、サリエルかよ?」と聞くと

「サリエルは召喚に応じない。

とっくに試したよ。

ボティスは 勝手に助力を使ってるだけだ」と

呆れてオレを見る。


そうだよな。サリエルが幽世から逃げてからは

サリエル捜し してるんだしな。


「誰か、知り合いの天使は?」と 朋樹が聞くと

「サリエルの配下で、お前が嫌いな奴にしろよ。

いい機会だ」と、ボティスが余計なことを付け足した。


「... リグエル」


ファシエル... ゾイが言うと

シェムハザが「簡易召喚円でいいか」と

敷いていた白い魔法円に息を吹いて、二重円の間の文字を変え、ハティと 二人で青い防護円に入ると、ジェイドが召喚を始める。


「Domine, obsero, ne nos

Praeditus sapientia et prudentia:

lta ut posset ducere populum

Sub nomine Domini Hic nunc usque get, ligel」


白い召喚円に、光を凝縮したような

白い球が浮いた。眩しさに眼を細める。

身体を圧力が圧し始めるが

朋樹が地に手を付け、圧の縛を解除する。


「リグエル、こいつは誰だ?」


ボティスが白い光に聞く。


ゾイを悪魔と認識した リグエルという天使は

眼を開けていられない程、強い光を発した。

ゾイが、ファシエルだ ということに

気づいていない。


ジェイドが天の精霊を呼び

ハティとシェムハザの前に配置する。


リグエルは、ゾイを滅する気だ。


「ゾイ。おまえの好きにしていいぜ」


朋樹が言うと、ゾイは召喚円に足を踏み入れ

白い光に触れた。

光は途端に激しく明滅し始める。


「さよなら。リグエル」


パン と、何かが弾ける。

強い光は白い柱になって まっすぐ天地に伸び、

そのまま消えると、しばらく眼に残像を残した。




********




遠くで、夏祭りの花火の音がする。


「とんでもないぜ、あいつ」


朋樹は興奮気味だ。

ゾイは、一瞬で下級天使を滅した。


「だが、下級天使なら ということだ。

上級の奴には、ああはいかん。

逆に滅される恐れもある」


ボティスは言うが、それでも天への対抗手段が

増えた ということだ。

サリエルやウリエルが送ってくる下級天使を

相手にするには、充分だろう。


『オレが呼ぶまで、好きにしていろ』と

朋樹は言ったが

ゾイは、その場から動かなかった。

好きにする というのが、何なのか

どうすればいいのか わからないようだ。


見かねたハティが『預かる』と連れて消えた。

ルカの家の書斎で、本を読ませるらしい。

『俺が楽しみを教えるよりマシだろう』という

ボティスの言葉に、皆 素直に同意し

ゾイの教育は、ハティに任せることにした。


矢上 多江子の遺体は、シェムハザが

『タエコ。生前の罪滅ぼしに、ほどこしを』と

猟犬に食べさせた。

確かに施しになるし、幽世にいる矢上多江子の罪も軽減されるだろうとも思うけど

待たせた猟犬の腹を満たさせるのが、一番の目的なんだろうな... と、オレは思った。


残った部分は、シェムハザが青い炎で焼き

遺骨は、五山の洞窟教会の近くに埋めてきたようだ。


五つの顔が浮いていた浮き輪は

バーベキューコンロの近くから消えていた。

死神がゾイを獲った時に、ゾイの呪詛も解除されたからだ。


今は、シェムハザの青い天空の霊が

砂浜を浄化するのを見ながら

バスの近くで、ワインを飲んでいる。


ボティスとルカは まだ肉を食っているが

さっき遺体見たりして、よく食えるよな... と

ちらっと見ると

「シェムハザ、レバーはあるか?」と

ボティスがオレに笑い

オレは ボティスの肩を また固めてやった。


まあ、とにかく

二重呪詛は解除して、サリエルの配下も ひとり

朋樹が手に入れた。

解決したし、明日からバカンス再開だ。



「泰河、死神は 突然 来たのか?」


ジェイドも肉つまみながら言う。

朋樹も食ってやがるし。

いや、オレも割りと平気な方なんだけどさ...


そうか。こいつらは間近で人形ひとがたの肝臓 見てないもんな。

人間でも、たまにいる人喰い犯って

内蔵だったら 肝臓 食うヤツ多いっぽいけど

それがさっき、何故なのか わかった。

食えそうな見た目なんだよ。だから食えねぇ。


「おう、急に来たぜ」と、ジェイドに答え

けど腹 減ったよな... と思ってると

シェムハザが、海老や貝を取り寄せてくれた。

「貝はワイン蒸しにしよう」と

鍋に入った貝に白ワイン入れて、砂浜で 青い炎の上に置く。気が利くぜ シェムハザ。


「前は、僕が天使を憑依させた時だった。

天使が憑依するということに、関係あるんだろうか?」


またシェムハザが取り寄せてくれた

バケットサンド食いながら

「けど 今回 撃ったのは、憑依した天使じゃなくて

本体のゾイの方だぜ」と答えると


「本来なら、死神は人間の魂を刈る。

天が命じた、消滅させるべき魂を。

それが彼等の仕事だからな」


シェムハザが網の上の海老を

ひっくり返して言う。


「その刈り道具のピストルを

彼等は “護身用に” と、俺に渡したんだ。

俺は、人間から身を護る必要はない。

不思議に思って、国旗を付けた」


死神のピストルは、普段 オレが 引き金を引くと

フランス国旗が ピっと飛び出す。

オレは それが気に入っていて、一人でも たまに

国旗を出してみている。


「どうやら、天使や悪魔からの護身だったようだ。俺は地上で暮らしているからな。

天使の憑依が、死神が来るきっかけではないだろう。“脅威” がきっかけだ。

天使を見て、泰河が脅威を感じるからだ」


なるほど...

確かにオレは、悪魔には 多少 免疫がある。

周りに こいつらがいるからってのが大きいが。

天使にはない。周りにいねぇし

“敵わない” ってわかっているからだ。


「ピストルを俺に渡した死神は

天使や悪魔専門の殺し屋だったようだな」


「そんなの、やっぱりオレが受け取っていいのかよ? 死神は、シェムハザに渡したんだろ?」


また焦って言うと

シェムハザは、焼けた海老を皿に配り

「ディル、ライム」と、取り寄せた

櫛形に切ったライムも皿に添え

「俺は、城から出なくなる時期がある」と

自分の海老を剥く。


「こないだは 三百年だったな」


ボティスが何でもないことのように言うが

シェムハザは、奥さんが亡くなると

一定期間、城から出なくなるらしい。


そういう時は、もう皆 そっとしておくらしいが

ちょっとナイーブ過ぎないか?... とも 思う。


「“いつか会える” ということがないからな」


そうか! 死なないから、もう会えないんだ!


「死神が、俺にピストルを渡したのは

そういった時だった。

そして、“早く妻を取れ” と。

彼等と俺は 付き合いが長い。

俺は いつも、人と近くにあるからな。

時に俺が、魂を削ることも知っている。

つまらぬ悪魔が、城の保管庫を狙い

城を攻めに来ることもある。

気分が落ち込み、城に籠っている時は

呪力も低下するのだ。

だから、心配したのだろう。

だが 三百年の間は、ただ平和だったんだ」


恋に生きる、じゃなくて

恋で生きる男だよな、シェムハザって。


「妻を取ったから、もう死神は心配していない。

お前が持っているのが、ピストルを 一番 有効に使えるだろう。狙われている身だからな。

死神も、お前を気に入っているから降りるんだ」


ライム搾った海老食って

ジーパンからピストルを出してみると

シェムハザが手に取って、引き金を引き

旗を出して笑う。


「前にも言っただろう? 大切にしろ」と

ピストルをオレに返し

「アリエルと話すか?」と

バスに スクリーンを取りに行った。

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