18


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結局、明け方まで飲んで

ルカが カード散らばしたままのベッドで寝て

起きたら昼過ぎだ。


一度 城に戻って来た シェムハザの差し入れで

「昨日、アリエルがマドレーヌを焼いていた」と

貝殻型のマドレーヌが 少しテーブルにあって

コーヒーと 一緒に食った。うまい。

アリエルは腕を上げている。


なんか懐かしい味だ。城の広間で食った味。

オレは、“お茶の時間” が好きだった。

ほっとするんだよな。


「ボティス、お前には これだ」


シェムハザはボティスに

チョコがかかったマドレーヌを渡す。

箱いっぱいだ。何日か分だな。

食う手伝いしてやろう。


「アリエルと葵たちが、お前に作った。

会いたがっている。他の子供たちも。

今は眠っているが、夜にでもスクリーンで話せ」


そうか。フランスは 今 深夜だもんな。


榊はまだ戻って来ないが、ボティスは普通だ。

むしろ、まだゾイの件が解決していないので

榊が安全な場所にいる方が 安心するようだ。


確かに そうだよな。月詠は神力も上がった。

昨日は、朋樹すら焦った呪詛を

あれだけ簡単に解除したんだし

神 ってヤツらは、多少なんか出来るオレらとは

やっぱり違うんだ と思った。根本的に。

榊は今、完全に安心だ。


「またすぐ夕方になるよなー... 」


ルカとジェイドは

バスのガソリン 入れに行ってて

ベッドに寝そべって、肩肘ついたままの

朋樹が言う。


こいつがダラダラしてんのって

なんかめずらしい。


あっ、そうだ と

オレは、朋樹のベッドに近寄り

昨日の話をしてみた。

「おまえ なんで、キミサマもいたした こと

シェムハザに言ったんだよ」と。


「ああ。バスでさ、スクリーンで月詠命と話した後に、なんかイラッとしたんだよな。

いや普通に話してたけど

あの人、榊にキスしたのか... って。

オレらが知らねぇ間に」


朋樹が? と、ちょっと驚く。

それで、シェムハザに話してみたらしい。


「何か わからんが、腹立ったんだよ。

榊だぜ? 神だからって簡単に触るなよ とか

思ってな。

けど、ヒスイとは全然違う感じだ。

シェムハザは、オレが榊のことを

“妹のように思っているのだろう。

また男として、月詠を認めていないんだ” と

言っていた」


「へぇ... 」と オレが言うと

「そうなんだ」と、朋樹が言う。


「そう言われてみるとな

月詠命は、オレの上 って意識はあるんだ。

親父とか兄貴とかとは、また違ってよ。

オレん家 神社だし、もう根付いたもんだよな。

でも、妹... いや、いねぇからわかんねぇけど

妹の男としてはイヤみたいなんだ。

月詠命が どんな人か、よく知らねぇから」


ああ、オレ なんかすごいわかるぜ。

「それわかる」って言ったら

「だろ? ジェイドもなんだ」と言う。

なんなんだ、オレら。


「ルカなんか、カーリん時

耐えられんかったもんな。呪われたけど。

ボティスさ、ジェイドと榊が

一緒にシャワーしても、何も言わねぇだろ?

まあ、榊は狐姿だからだけど」


「おう、なんでだ?

オレ、それも ちょっと不思議だったんだ」


「シャワー中とか、上がった後に

ジェイドに聖書の話をさせてるらしいぜ。

榊に 耐性つけさせるみてぇだな。

榊が大人しくしてねぇし、誰も 防護円 敷けない時とかは困るから」


えっ、考えてるよなぁ...


確かに、榊は自分で防護円 敷けねぇし

誰も護れない時はキツイよな。

悪魔相手の時は多いし、正直、榊 護るために

一人動けなくなっても困る。


榊、悪魔相手の時だけでも

大人しくしてりゃあいいんだけどな...

オレらは今まで、榊を頼ってるとこあった。

いや実際 榊も、術は頼れるんだけどさ。

けど、もう心配の方が でかい。


「そこ。何を小声で話している?」


ボティスだ。ソファーに ふんぞり反って

まだマドレーヌ食ってやがる。

「珈琲が足らん」と、シェムハザに

ポットで出してもらって。


「なんでもねぇよ」と、マドレーヌつまみに

朋樹と テーブルんとこに行くと

「俺のは やらん」とか ボティスが言う。

もう、テーブルのマドレーヌはない。

起きた時点で 最初から残り少なかったが

オレがさっき、食い尽くしたからだ。


「おまえ、一人で食い切れねぇだろ?」


「食い切る」


ヤロウ。ひとり特製マドレーヌ食いやがって...

こいつ、子供にもモテるんだよな。

ガラ悪ぃのに。子供の危ない好奇心か?


「ゾイの浮き輪の情報だが、削除するか?

ハティは “構わん” と言っていたが。

今はまだ、浮き輪から

シアンにゾイを探させている」


ああ、まだ こっちがあったな。蠱物。


もう、術師とは繋ぎが切れてるから

ゾイが 呪箱 解放しても、呪殺呪詛は心配はない。

ただ、昨日までの髪みたいに

術師の身体の何か... また髪とか、腕とかが

浮き輪を頼りに、呪箱の中身のパーツを探しにくる。恐らく内臓だ。


ゾイが、また何か違う呪詛を使ってきたとしても、人を殺せるような呪詛を知らないんじゃないか... と、オレらは考えている。

知っているなら、最初から術師を使わず

自分で呪殺 掛けてくるだろうしさ。


そして、悪魔が使う術というのは

個々で偏りがあるらしい。

それぞれ得意分野がある ってことだ。


ハティなら練金が主だし

シェムハザなら使役と魂系。霊性や魂の分割とか。

ボティスは意外とオールマイティだが

どれかが特別に秀でている って訳じゃないらしい。


「呪殺の分野なら、魔女の方が詳しいくらいだ」


魔女は 元々は人だ。男の場合でも “魔女”。

そもそも、悪魔は人間と魂の契約をしたいので

呪殺は考えない。

取り憑いて死なせてしまうことはあるようだが。


「あとは誘惑だな。利になるなら という場合もあるが、暇潰しに破滅させる奴もいる」


... と、元堕天使系悪魔と 現役の堕天使が説明する。オレら祓い屋なのに。なんか、おもしれぇ。


「じゃあ、カーリは

めずらしいタイプだったのか?」


「呪殺に詳しい奴も いないこともないが

カーリは、変態のクソ女だからだ。

あいつは人間の嬰児を食うのが好きだった。

下から直接 手ぇ突っ込んで取り出す。

もちろん、母親も死ぬ。

俺は、あいつと同じ方法で殺ってやった訳だ。

単純に殺しも好むから、呪殺にも詳しい」


うお...  えげつねぇ悪魔おんなだったんだな...

リリトの親類、ってことは

キュべレの血縁ってことだもんな。

根っから悪魔だ。


「誰かと何か揉めると、すぐにリリトや皇帝に

虚偽の申告をする。

自分を刺して行きやがるからな。

“あたしはリリトの親類なのに!” が 口癖だ。

それで何人も公開処刑された。見せしめに。

やらなきゃリリトの方がナメられる。

マルコの配下も、過去に 二人やられている。

汚ぇのは、そうして配下を処刑させるところだ。

自分の配下を処刑でやられりゃ、腹が煮える。

だが リリトも、カーリの嘘に気づき始め

カーリは誰の目にも余っていたが

なるべく関わらないに限る。

しかしだ。今回 カーリは “獣の血” に近づいた。

お前だ、泰河。

カーリは何も気づいちゃいなかったがな。

ハティが リリトと話して

カーリの処刑許可が出た ってことだ」


地界、怖ぇ...  全然おもしろくねぇ...


「ゾイの蠱物だけどな

浮き輪のオレらの情報は 泰河が触りゃいいから

すぐ消せるが

そうすると、ゾイが 呪箱 解放した時に

蠱物が動かねぇから、違う手 打ってきやがるんじゃないか?」


ポットからコーヒー注ぎながら朋樹が言う。


シェムハザは「ディル、フリット。水もだ」と

瓶入りの水、ポテトと焼いた平たいソーセージを取り寄せて、切り分けながら

「そうだ。だが、蠱物と同時に

他の手を打ってくるということも考えられる。

ゾイを仕留めるのが 一番だが、ハティやシアンが捜せない ということは、術で身を隠しているということだ」と 言って、一切れを口に入れた。


「ゾイが呪箱を解した時、俺等の方へ

そのマジモノってヤツが動きゃあ、ゾイは見に来る。昨日、俺等を呪殺出来なかったからな。

術師の魂も失って、思い通りにいかず 焦っているだろう。 今、榊はいない。わかるな?」


ボティスは まだ、ピンクのチョコがかかった

マドレーヌを箱から取って食いながら

「ルカとジェイドに、砂浜にバス回させとけ」と

朋樹の方を見て、空のカップを指差した。




********




「... うん、ごめんな。

せっかく誘ってくれたのにさぁ」


ルカはバスの中で、白い顔をして

電話で断りを入れているが

オレも今、同じ顔色をしていることだろう。


『女子会で来てる子たちにさぁ

夜、夏祭りに誘われたぜー!

この近くで あるんだってよー!』


間違いなく この夏 一番の笑顔で

バスの前に パラソル刺してたルカは

『断れ』という ボティスの 一言に

『なんでだよ?! 浴衣着る って言ってたんだぜ!?』と、散々 抗議していたが

『榊が戻る前に ゾイの始末』と言われ

泣く泣くスマホを取り出した。

心なしか、ジェイドの顔も雲って見える。


電話を済ませ、スマホをバスの座席に投げると

「で? どうすんだよ?」と、不機嫌なツラで

ボティスとシェムハザに聞く。


「バーベキューでもしながら、ゾイを待つ。

ステーキを焼いてやろう」


ゾイを待つ っていうか、蠱物を待つんだよな。

オレとシェムハザ以外がオトリだ。


シェムハザは、トランクから浮き輪を出し

バーベキューコンロの近くに置いた。

浮き輪の顔は相変わらず、口をパクパクさせたり

瞬きしたりしている。


「俺は もっと男前だ」と、ボティスは浮き輪の前にしゃがみ、自分の顔にビールをかけた。


「反応しやがらねぇ。そこまで精巧じゃない」


そこまで精巧だったらイヤだろ...

もし喋ったりしてたら、もう計画とか無視して

浄化してるぜ オレ。


「蠱物が来た時点で、ハティとシアンを呼ぶ。

ゾイは捕らえて、下級天使の名を吐かせたら

始末だ」


「蠱物 始末したら、ゾイは また隠れるんじゃないか? 次の手を打つまで」と ジェイドが聞くと


「そう、それは考えられることだ。

ゾイを見つけて捕らえるまで、蠱物は始末するな」と、難しいことを言う。


蠱物は、オレとシェムハザ以外を狙う。

ルカが 拘束 出来るかもしれんけど

蠱物の動きが止まれば、ゾイは逃げるかもしれんしな...


「海にいる他の人たちは どうするんだ?」


「お前が守護精霊を喚べ」


ルカが、ジェイドのスマホ見ながら

地の精霊に召喚円を描かせる。楽になったぜ。


夕焼けとかの時間になっても、一向に何事もなく

シェムハザが焼いたステーキ食って


「沙耶ちゃん、まだ怒ってんのかな?」

「榊も戻って来ねぇなー」とか 話しながら

ビール開けて、また ぼちぼち肉つまむ。


それが来たのは、暗くなり出した時だ。


海の家も閉まり、もう人もまばらになって

夏祭りがなきゃ、花火する人とか来るかもな っていうような時間。


海から何か上がって来た。


... 人か? 暗くて良く見えねぇし

朋樹が人形ひとがたに 気を移すと

自分のコピー造って、そいつに近寄らせる。


朋樹の人形が、波打ち際近くまで行くと

そいつが人形の両足を掴んだ。


オレとシェムハザが近づいて見に行き

ジェイドが守護精霊を召喚し、近くには人を寄らせないようにする。


そいつには、両眼のないくらい穴が 二つ。

あの、矢上 多江子っていう術師の身体だ。


半身海の中で寝そべったまま、人形の朋樹の

足首を引っ張って倒すと、ずりずりと足元から

人形の身体に乗り、腹に噛みついた。


バスの近くから、まだ人形が形代に戻らないよう

朋樹が呪を唱えている。


矢上多江子の形の蠱物は、両手も使って

人形の腹を破り、なかから長いものを引き出した後に、表面が やたら赤く てろりとした

内蔵を取り出した。



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