17


「それぞれ、自分の呪詛の人形ひとかたを持って

横並びに並べ。一気に祓う」と

月詠は、少し低くなった声で言う。


朋樹たちが、トランクから出した

自分の名前が貼られた藁人形を持ち

横並びに並ぶ。


藁人形には、赤い紙に名前が書いた物が貼られ

無数の虫ピンが刺さっていた。


「余分な者は 端に寄れ」


ハティ、シェムハザと 一緒に

テーブルの方に避けると

月詠の右手には、矢が五本 握られる。


「動くな」と、でかい弓で

五本の矢を 一気に射ると

矢は、藁人形に突き刺さって止まり

朋樹たちの手から、藁人形と 一緒に消失した。


えっ、終わり... ?


「人形の呪詛は解消した。

あとは、術師の魂の解放だな。

何か術師の 一部はあるか?」


シェムハザが「見事だ」と

防呪トランクの方へ連れて行き

「眼と舌と血液だ」と 見せると

「ヤガミ タエコ か」と、教えてもいない

術師の名を言う。


「縛を離れ、の間に 月へ昇れ」


「見事だ」


終わりかよ?! 冗談だろ?!


オレは、どうしても気になって

二人の後ろからトランクを覗いてみた。


眼も舌も血液もない。

はっ と思い付いて、扉を振り返ると

ウェーブのブラウンの髪の女が、扉の向こうから

月詠に頭を下げている。


嘘だろ...

悪魔から易々と 魂 解放したぜ...


あまりにビビる顔をしたオレに、月詠は

ことばには それだけのものがあるのだ。

呪いを吐くなよ。お前に返る」と

色っぽい顔で笑う。


朋樹たちが、口々に ど丁寧な礼を言おうと

深く頭を下げ出すと

「良い。榊、根国を開け。今すぐだ」と

月詠は、早口でめいを出した。


根の国... 須佐之男が治める

海の底にあるってとこだ。


榊が また扉を開くと

「スサ!」と、月詠が弟神を呼ぶ。


扉から顔を出した須佐之男は「おっ!」と

鋭い眼を見開き、幾重かになっている

細い翡翠の数珠を投げた。

須佐之男が首に掛けているのと、同じ物だ。


月詠がそれを首に掛けると

「戻ったな」と、須佐之男が ニヤッとし

「後程、月へ行く」と 扉を閉めた。


「良い」


大人びた月詠は、なんか満足げだ。


また礼を言おうとする朋樹たちを遮り

「良いと言うたであろう!」と

面倒だ というような 呆れた眼を向け

「こちらから礼がしたい程だ」と

またあの顔で笑った。


「アマテラス! 手違いが起きた。

神力は預けれぬ。

大人しくしておる故、安心するが良い!」


これは...

察するにだ、月詠の神力の 一部は

天照さんが預かっていた ってことだろう。

たぶん、須佐之男みたいに

実は この人も困った人なんじゃないか と思う。

今の、翡翠の細い数珠で

神力が取り出せないように固定したんだ。


月詠の記述は少ないが、日本書記では

食の神、保食神うけもちのかみを斬り殺している。

これが古事記だと、須佐之男が

食の神の大気都比売神おおけつひめのかみを、やっぱり斬り殺している...


理由はどちらも、もてなしを受け食事を出されたが、その食事は 口やケツから出された物だったからだ という。

オレは、二人が その神を斬ったのが わからんでもない。そりゃ斬るよな。



「これは、俺には わからんぞ。

この国の術ではない」


トランクの浮き輪を見て、月詠が言うと

ハティが「それは こちらで何とかする。

月詠命、礼を言う」と、軽く瞼を臥せた。


「俺の配下のことでもある。構わん。

ただ、報せぬ事は 今後 許さん。

榊、朋樹、肝に命じよ」


もう朋樹も配下なんだよな、いつの間にか。


月詠は、シェムハザに

「お前も いい加減、人の配下を惑わすな」と言い

胸に手を当てた。

シェムハザが驚いた顔を 月詠に向けている。

何だ... ?


「お前が削ってきた魂を修復した」


「何を... 俺は永久など望まんのだ! 戻せ!」


シェムハザが すごい眼をするが

「ならばまた魂を削り、分け与えれば良かろう。

これで お前に借りはない」と、扉へ向かう。


「待て」


うお ボティスだ。

やばいぞ、これ...  オレでも わかる。


もう無視して 幽世に帰ってくれ と

たぶん、この場の全員が思ったが

月詠は ボティスを振り返った。


「何だ?」と、神御衣かんみその袖の中で

腕を組んで聞き

「そうだ。礼を言い忘れておったな。

お前は、異国の蛇神であった者だろう?」とか言う。

榊の事で、人間になったってことを言うつもりだ。余計ヤバい...

榊も “あっ” って形の口になる。


「畏れながら、月詠命!

先の榊の事で御座いましたら、すでに私共が

丁重に御礼を申し上げております!

この異国神も、月詠命の御感謝の御心は

充分に存じております故... 」


やたら 声 張った朋樹が 口を挟む。


まぁ実際は、二人とも ボティスに

『弱いぜ おまえ』って言ったらしいが


「... そうか。まあ良い」と

月詠が引いたので、全然いいとする。


「ならば、何だ?」


「なんでもないっす!」


ルカが答える。

「こいつ 酔ってるだけです!

今日はマジで、ありがとうございました!」


ボティスは イラつき出しているが

オレらは月詠が帰れば それでいい。

ハティもシェムハザも、なんで何も言わないんだよ...


オレが 二人を振り向くと、シェムハザと眼が合った。シェムハザが微かに頷く。


「榊に、くちづけたと聞いた。

からかっているのか?」


おいぃ...  誰に聞いた シェムハザァ...


隣で 朋樹が眼を閉じた。何故 話した朋樹...


「美しいからだ。それが何だ?」


袖の中で腕を組んだまま

月詠は『で?』って感じで、ボティスを見つめ

「... ほう」と言って、口元だけで笑う。

たぶん この人、霊視みたいなこと出来るんだよな。


「榊、高天原へ使いに上がれ。姉神に文を書く。

大変に俺に怒っておることだろう。

また岩戸に閉じ籠っては困るからな」


「いや、榊は今... 」


ジェイドまで口を挟むが

「お前達とおって、榊を呪わせたな?」と

黙らせられた。


「行くぞ」と、月詠が

榊の金の帯の腰に 手を回す。


「ではな、ボティス」

振り向き様に月詠が言って、扉が閉じた。




********




荒れるぜ、これは...  と、オレらは思っていた。


「月詠は、適当に遊んでる訳ではない」


「そうだな」


「では、ゾイを探しに戻る。何かあったら呼べ」


ハティが消えて、オレらは立ち尽くしている。


あれ... ?


「ワイン」と、ボティスとシェムハザが

ソファーに座り

朋樹が内線で、ホテルにワインを頼む。


「... オレさぁ、ボティスが月詠に

何 言うかと思ったぜー」


とりあえず ルカが言って、オレも頷く。


「お前等が 横から口を挟んだだろ」


「だって、助けてもらったのに

榊のことでキレるだろ?」


ボティスは、オレらを見渡した。


「オレは、月詠クソガキに “待て” としか言っていない」


「なら、何 言おうとしたんだよ?」


オレも聞くと、ボティスは

「シェムハザが聞いちまっただろ?」と答えた。


「榊は あんなだぞ。今日の月詠を見ただろ?

適当に からかってんじゃねぇか と思ったんだよ。

だが、違った」


ボティスは、月詠に会った時

今日の あの姿が見えていたらしい。

本質ってヤツだ。


「けど、おまえ妬いてたじゃん!

榊が “キミサマもいたした” って言った時!」


ワインが届いたので、朋樹が受け取って

ボティスとシェムハザに注ぐ。


「そりゃあ、聞けば 面白くはない。

俺はマゾヒストじゃあないし、榊にイカれてるからな。だからといって... 」


ボティスは「幾つだ、お前等は... 」と

ため息をついた。なんか呆れている。


なんだよ... その イキナリのガキ扱いはよ...


「泰河、お前が 恋する者がいるとする」


シェムハザが、仕方ないという風に

例え話を始めた。


「その彼女に、キスをしたとしよう。

彼女に、“君を女性として見ている。好ましい”

という気持ちだ。そうしたら、彼女は

“以前、ジェイドも私にキスした” と言うんだ」


あっ


「そして

“キスのことなど 何も気にしてない” と。

お前は何ともないか?」


つらいな。落ち込むぜ、オレ...


「だいたい あれは、お前に宛てたものでもある」と、ボティスはグラスの手でオレを指差した。


「はぁっ?! なんで?!」


「お前、何か意識してただろ?

自分で ちゃんとわかったのか? 仕事に影響する」


「なんだよ、それ!」と、腹を立てたのは

またルカだ。

「お前、すげぇ余裕ぶってねぇ?」


「余裕はないが、焦ってもない」と

ボティスは普通だ。


「カーリにも言っただろ?

口説いているが、まだ俺に落ちていない と。

他の奴が 榊を “いい女だ” と思うのは

仕方ないだろ? いい女だから」


いや、そうだけど...


「お前にも言った。“遠慮する気はない” とな。

そして俺は 鯵を釣り、茶色のかき氷も食べた。

榊のペースに合わせた努力をしている。

あいつは、俺に合わせられんだろ。

聖人のように自制もしている」


頑張ってるだろ? って 顔だ。


「月詠命が、榊を連れて行ってしまったことは

いいのか? 僕は嫌だ」


ジェイドが聞く。


「お前等が うるせぇから、俺はクソガキに読ませたんだ。“俺は そいつにイカれている” ってな。

“そいつで遊ぶな” ともだ。

奴は、精度は低いが霊視が出来る。

そして悪魔だった時の俺にも、読ませたことはない。朋樹程度の能力だ。

あれは榊じゃなく、俺をからかったんだ。

俺の名を呼んだだろ?

俺に “どうだ?” って言いたかったんだよ。

“こうするなってことか?” ってな。

面白がってやがんだ」


まったくクソガキが、というが

「榊は 一日二日で戻ってくる」と

ワインを飲む。


「榊を “呪わせた” と言ったのは

俺に “肝に命じろ” ってことだ。

お前に言ったが、お前等に向けた訳じゃない。

この程度じゃ、俺には榊は任さん と言っている。

それは事実だから、仕方ないな。

榊のボスは 月詠だ」


「達観しているが、それは恋なのか?」と

朋樹が聞くと

「選ぶのは榊だろ? 選ばれる努力はしている。

選ばれた後なら、また変わってくる」と言い


「お前等、面倒臭いな。モテんぞ。

シェムハザを見習え」と

もう どうすることも出来ないようなことを言って

空けたグラスを見せ、朋樹にワインを注がせた。




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