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「開けたって、ゾイが? なんでだ?」


「呪箱は 一つじゃなかった ということだ。

ゾイが持ってやがるな。

ここの箱だけ溶かして、術師の髪に

術師の眼と舌の位置を教えた。

髪は 海からここまで、眼と舌を取りに来たんだろう。自分のだけじゃなく、俺等のもな。

髪を燃やしたことで、もう

俺等の眼と舌も狙われることはないが

次は他のパーツが狙われる。

術師が取られたパーツがな」


他のパーツ って 何だよ... ?

ルカが 術師を呼んだ時は、見た目には

耳とか指とか揃ってた。内蔵か?


「守護 敷いたんじゃなかったのかよ?」


「悪魔に対しての守護だ。

ゾイは、こちらが招かねば

部屋とバスには入れんが、術師の髪は別だ」


またそういう話か...

シェムハザの城でもだったけどさ

これは何に効くけど、これには効かん とか

とにかく術は面倒くさい。


「だが、呪箱が解けようが

眼と舌は、防呪トランクへ入れていた。

簡単に髪が嗅ぎ付けるのは おかしい」


シェムハザが言うと、朋樹が疲れた顔で

「神力のせいだ」と答えた。


「術師は、一の山で厭魅をやった と言っていた。

蟲の件で あの場に残っていた

月詠命と須佐之男命の神力を込めている。

何かを探すなら、探す精度が高まるし

呪殺能力も上がる。

さっき、ボティスが言ったように

自分のモノだけじゃなく

オレらのモノも狙ってくるしな」


そして「呪いは発動された」と言う。


「髪を焼いたからな。術師の呪いが動く。

悪魔の方は、こっち側が何の対策をしようと

蠱物を好きな時に発動する。

今みたいに、他の呪箱を解放すればいい。

幾つ作っているのかも、わからんしな」


「その場合、どうするんだ?」


「一度は、今 オレの人形ひとがたが身代りになったように

呪いの効力はまぬがれる。

だが、他のパーツの呪箱については

身代りの人形は作れんな。呪箱が ここにないからだ。神力入りだと、呪詛から身を護るのは

護符なんかじゃムリだしな」


呪いが発動すると

この場合の術師の厭魅... 呪詛は、人形と針。

藁人形に針を刺している ってことだ。

いつ心臓発作とかを起こしても不思議はない。


「呪詛は もう発動しているんだ。

とりあえず今の術師の分のみは、返さずに

今 解除すればいいだろう」


シェムハザが言い

「呪物を取ってくる。あの山だな?」と消えた。


「解除しても、悪魔と術師との繋ぎを

外さねぇと。繋がれている限り

オレには、完璧な解除は出来んぜ」


おい...  朋樹に出来なきゃ 誰にも出来ねぇぜ...


あっ、いや

オレ出来るじゃねぇか!


「オレが、右手で解除しても?」と

ちょっと得意気に言ってみると

「だから、それでも他の呪箱が残るだろ。

また発動されたら、同じように呪いにかかる。

解除し切れないんだよ」と

朋樹は、イラつきながら答えた。


イラつかれてもわかんねぇ。

ルカと眼を合わせると、朋樹は ため息をつき


「いいか? まず、術師の呪詛は

人形厭魅、呪殺だ」と説明を始める。


「今、発動したのはこれだ。

シェムハザは、これを解除しようと言っている」


うん。心臓発作とかのヤツだな。


「ゾイの呪詛は、蠱物まじものだ。

材料は術師、狙う対象はオレらのパーツ」


探す対象... 朋樹らの情報を移した浮き輪と

さっきの場合なら髪だな。

髪は、呪箱に詰められていたモノを探していた。

術師本人の眼や舌と

狙う情報... 浮き輪に顔がある 朋樹らの眼や舌。


「髪を燃やしたから、術師の呪詛が発動した。

オレの人形は、オレの代わりに呪いを受けた」


さっき、煤けて落ちたヤツだ。


「髪が海から動いたのは、ゾイが呪箱を解したからだ。

防呪が施してある物に入れても、探せる精度を持っている。

これは、術師が 一の山で、神力に触れたからだ」


ここまでは聞いた気がする。

何が問題なんだ? と、眉をしかめると


「ゾイが作った呪箱は、たぶん他にもある。

それをまた解放すれば

さっきの髪のように、術師の 一部が

呪箱の中身... 内蔵とか何かはわからんが

箱に入っていたものを探しに来る。

それを対処すれば

蠱物となった術師の呪詛も、また立ち上がる」


「はぁ?!」


「じゃあ、術師の人形厭魅 解除しても

意味ねぇじゃん!」


オレとルカに、また朋樹はイライラして言う。


「だから、今の!

今 発動したのも、すぐ解除しねぇと

一回 人形落ちたら、次は死ぬだろ!

呪詛は、オレらが死ぬまで有効なんだよ!

今の分は、もう呪箱がないから

オレの身代り人形は作れねぇし

他の呪箱については、誰の分も作れねぇんだよ!」


「じゃあ、おまえ

なんで髪 燃やしたんだよ?!」


「蠱物の髪が来やがったんだから、燃やさねぇと

誰かが 眼と舌 取られるからだろ!

誰かが、もしくは泰河以外 全員だ!

神力得た っつっただろ!

蠱物は、自分のモノだけじゃなくて

もうオレらのも手に入れようとすんだよ!

浮き輪の情報も、自分自身だと思ってやがるんだ!」


つまり、発動させるしかなかった。

ゾイに してやられた ってことか... ?

呪箱は 一つだと思い込んでいた。

一つだけオレらに見つけさせて、油断させたってことだ。


そして、今発動している術師の呪詛を解除しても

ゾイが他の呪箱を解すれば

ゾイの方の蠱物がパーツも取りに来るし

それに対処すりゃ、呪殺が発動する。


ゾイに呪詛返しするか、ゾイを殺るしかない。


「ゾイと術師の繋がりが絶たれた場合なら

術師の呪詛はどうなる?」


黙って話を聞いていたハティが 朋樹に聞く。


「術師の呪詛の方は、解除すれば終わる。

ゾイが呪箱を解しても、呪殺が立ち上がることはない」


「どのようにすれば、絶ちきれる?

ゾイに呪詛を返す、ゾイが死ぬ 以外でだ」


「術師の魂をゾイから解放する。

ただ禁咒を使っても、人には出来ない。

悪魔に捕まってる魂だからだ」


じゃあ、誰なら出来るんだ?

天使とか だろうか?


シェムハザが、小さいトランクを持って戻って来た。術師の藁人形が入っているようだ。


「“オレには” 完璧に解除出来ん と言ったな?」


ボティスも朋樹に聞く。


「誰なら出来る?」


朋樹は、一度 口をつぐんだが

「月詠命だ」と答えた。


幽世かくりよで魂を管理する。すぐに闇堕ちしない魂なら、魂の次の行き先が決まるまでな。

月詠命なら、ゾイから魂の解放も出来るし

今 オレらに掛かった呪詛も 完璧に浄化出来る」


それは... と、思ったけど

ボティスはすぐに、榊に「扉を開け」と言った。

そうか。榊も呪詛の対象だ。


「開いた後は、俺が話す」と シェムハザが言う。


ジェイドが、ジーパンのポケットから

煤けた人形を出した。


呪殺が進行している。

朋樹とジェイドには、もう次はない。


榊は人化けすると、界の番人の格好で扉を開いた。

襟足が深く開いた緋地の花模様の着物に

金の帯を前で結び、結い上げた髪に六本の簪を挿している。


正式な理由で扉を開く時の正装らしく

榊を見た月詠は、すぐに「申せ」と言った。


「異国の神、サリエルにより

この者共と私めが、呪詛をこうむりました」


月詠は、怒りの表情になり

「事が起こりし時は、すぐに報せよと

言うたであろう!」と、榊を叱りつける。

そのまま、眼を朋樹にも向けた。


「俺が 二人に、黙っておけ と止めた」


シェムハザが言うと、月詠は ますます怒りが増し

「何のつもりだ?」と

ガキみたいな顔で、シェムハザを睨む。


「気を使ったんだ。まだ傷が良くなってないかと思ってな。心配した」


なんで逆撫でするんだよ、シェムハザ...

ボティスが黙ってるのは助かるが

ハティも黙ってるし...


ルカが、煤けた人形を出す。... 早まってないか?

オレの喉が鳴る。

呪詛が掛かった五人を 一周して、死ぬまで

また呪詛が発動するのか

ランダムに発動しているのか が わからない。


「そのような気を回すなと言っただろう?」


月詠はキレかけだ。どうすんだよ? と

思っていると、シェムハザは単刀直入に

月詠に頼んだ。


「俺が間違っていた。呪詛を被ったが

俺等には、お手上げだ。

サリエルに使われた下級天使が、悪魔を使い

悪魔は、魔人の術師を使った。

術師の人形厭魅と、悪魔の蠱物の二重呪詛だ。

蠱物は術師。呪詛が掛かっているのは

泰河以外の五人。

悪魔から術師の魂を解放し、人形厭魅を解いてくれ。呪物は ここにある。時間がない。頼む」


月詠は、シェムハザを見つめながら

話を聞いていたが、息を吐くと 扉から出て来て

呪詛が掛かった朋樹たち 一人一人の胸に

手を当てて回る。


「厄介だな。俺とスサの神力がある。

このままでは無理だ」


無理、と 聞いて オレらは血の気が引いたが

月詠は「アマテラス」と、姉神の名を呼んだ。


「俺を戻せ。一時的にで構わん。

聞かぬのならば、そちらへ上がる」


その脅しが効くのは、須佐之男だけじゃないのか...

弟神 二人とも アレって

天照さん、かわいそうだな...


だが天照さんからは、何の返答もない。


「... これには正当な理由がある!

人が呪詛を被った! 露の友等だ!

榊も含まれる!

この者等が死んだら、俺は露に この事を話す。

いいんだな? 嫌われるぞ!」


すぐに月詠の上に、青白い光が降りて来た。

露...  何者なんだよ...


月詠は、眼を閉じて光を受けている。


「ちょっと... 」


口が開くのは、ルカだけじゃない。

オレも、朋樹や榊ですらもだ。


オレらより10センチくらい低い月詠の背が

ぐ ぐ... と 伸びて、同じくらいになり

指でつまめそうだった頬は シャープになる。

丸みを帯びていた奥二重の眼も 丸みが削げ

元々 締まっていた くちびるも、より凛々しく引き締まった。


急に、10歳くらい大人びただけでなく

ビリビリと神力が圧してくる。


長くて濃い、黒い睫毛の瞼を開き

キリッとした黒い眼をオレらに向けると

“なんだ?” と、言いたげな眼をして

「髪も伸びるのが面倒だ」と

後ろで 一つに髪を纏めた紐を解き

高い位置に結び直した。


やばいぞ、この人。いきなり色気 出やがった...

シェムハザは明るく眩しい、太陽的だが

月詠は夜神 って感じだ。涼やかな輝きがある。


月詠が、左手を横に まっすぐに伸ばすと

でかい弓が握られた。










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