10


「探したわ、ボティス...

人間になったなんて、本当だったのね」


「離れろ カーリ」


オレらは、“うっわー... ” って感じだが

ボティスは “うっとうしい女だ” って顔だ。


「カーリ。久しぶりだな」


カーリは、ボティスの向かいにいるシェムハザに

「久しぶりね」と、ぽったりとした艶やかな

くちびるで言い、ボティスの首にキスした。

ぐいぐい身体中を押し付けている。


「会いたかったわ。最近 地界にいなかったから ずっと探してたのよ」


「俺は、離れろと言っている」


カーリは「冷たいとこが好きよ」と

後ろから、焼けた肉食うボティスのくちびるを

指でなぞる。

押し付けてんのは乳だけじゃなく

ボティスの片脚を、自分の脚に挟む。

もう、すっげぇな なんか...


腰の動きは見ない方がいい... と

必死に網の上の肉に意識を集中させることにする。早く焼けろよコラ...


「... 彼女は、リリトの親族だ」と

シェムハザが小声で、誰にともなく呟く。

ああ、強く出れねぇのか...


「シェムハザ、今なら あんたの気持ちがわかるわ。人間でも構わない。

ねぇ ボティス、こっち見てよ」


またつい見ちまった... 熱っぽい眼だ。

やられたくてしょうがねぇ って感じの。

何故か オレが生唾飲むが

この女、マジでボティスに夢中っぽい。


ふと、隣の榊が眼に入った。


「あんたにイカれてる女が どれだけいたって

あたしが 一番、あんたを愛してるわ。

ねぇ、知ってるわよね?」


ボティスは無視して、自分のくちびるから

カーリの指を離させると、ビールを飲んだ。


榊は黙々と アジを食っている。

あれ...  なんだ? 胸がきしむ


「あたしも地上で暮らすわ。あんたがいるから」


「カーリ... 」

「おい! さっきからさぁ、なんだよ あんた。

べったり巻き付いてないで、離れろよ!」


シェムハザが口を開いた時、ルカが言った。


「どう見ても、ボティスは迷惑がってんじゃねぇか。楽しくバーベキューしてんのに

いきなり湧いて入って来んじゃねーよ!」


フォークでカーリを指している。


「なんなの、このガキ」


カーリは、ボティスの首筋から眼を上げて

ルカを見た。


「ツレに決まってんだろ。見てわかんねぇのかよ? 海 来て 飯 食ってんだよ。ジャマすんなよ」


悪魔とはいえ、相手は 一応 女だぜ?

すげぇな ルカ...


「あんた、その額... 」


ルカの額の ハティの印を見た カーリは

小バカにしていた表情を引き締めた。


「ああ? 印か? そんなこと今 関係ねーだろ?

ボティスから離れろ っつってんだよ、聞いてんのかよ?」


「ルカー... 」


止める気のない言い方で

シェムハザが、一応 ルカを呼ぶ。


「なんだよ、シェムハザ!

おまえも言ってやれよ、ボティスとツレだろ?

今 ボティス、クソ踏んじまった みてぇなツラしてんじゃねーか。帰れ とっとと」


「やめろよルカ。一応 女性だ。

どうしてもって言うなら、僕が祓うから」


ジェイドが焼けた肉を 榊の皿に置きながら言うと

「祓魔師ね」と、カーリは冷たい眼を

ジェイドに向けた。


「そうだ。奴は、俺を守護あいする神父サマだ。

いい加減 俺に付きまとうな。離れろカーリ」


ボティスが、まだ入ったビールの缶を

隣にいる榊に「飲め」と渡すと

カーリは、ボティスに巻き付いたまま

榊に眼を向けた。


「なに? 狐じゃない」


カーリは、榊を見て鼻で笑う。


「まさかよね? ボティス。

悪魔にも人間にも飽きて、獣で遊んでる訳?

毛皮でも獲る気?」


カッとした時に、ルカがキレた。


「離れろっつってんだろ、クソ女ぁっ!!」


ジェイドとシェムハザの肩を掴み

腕と足に力を入れると、バーベキューコンロを飛び越えて、ボティスを蹴り、女も地面に倒した。


やっとカーリの腕が外れたボティスは

「痛ぇな」と、起き上がって、榊の前に立ち

「気にすんなよ。本当にクソ女だからな」と

飄々と言うが

榊は やっぱり俯いて、黙々と食べている。


「祓え ジェイド!

てめぇ、地界から 二度と出てくんな!」


「おい、ルカ... 」と、オレが止めると

「離せよ泰河! おまえ何とも思わねぇのかよ?」と、一度 榊の方に眼を向けた。


起き上がろうとしたカーリに

朋樹の呪の蔓が巻く。


「さっきのは聞き捨てならんよな。

ジェイドが祓う前に、おまえから しっかり言えよ

ボティス。 おまえ、もう人間なんだぜ。

気ぃ使う必要ねぇだろ」


めんどくせぇな、って顔して

ボティスは カーリを見て

「この狐は俺の女だ。だが 正確には

まだ俺に落ちていない。口説いてるとこだ」と

言うと、カーリは

「狐なんかのために、あたしに恥かかすのね」と

ルカや朋樹を睨んだ。


「呪ってやるわ」


「おう、やってみろ! 名乗っといてやるよ、

氷咲 琉加だ。忘れんなよ!」


ジェイドがバーベキューコンロを回って来ると

カーリは、榊に眼をやって消えた。




********




カーリが消えると、ルカは いきなり

オレを蹴り跳ばした。


「おまえ、ボーッとしてんじゃねーよ!」


「あ?」と、立ち上がったが

オレはルカに、やり返す気にはならなかった。


ボティスの副官のアコってヤツが

『カーリを追う』と、消え

シェムハザは、ハティを呼んで

呪詛のことと、今のカーリのことを話していて

朋樹とジェイドが「コーヒー買いに行こうぜ」と

榊を誘って、近くのコンビニまで行っている。


ルカは まだイライラしていたが

オレが「悪い」と、ぼそっと言うと

「榊の気持ちが流れてきたんだよ」と

オレとは違う方見て、ムッとしたまま言う。


「“む... ” ってさ。

で、胸、ちくちく しやがんの」


それで、ルカは どうしようもない気分になり

ひたすらカーリに怒りが湧いたらしい。


「榊な、あいつさぁ

なんで胸が痛くなったのか、自分でわかってねぇんだよ。オレ、榊が かわいくてさぁ」


「ルカ」と、ハティが呼ぶ。

暑い夏の夜のビーチでも、黒いスーツ姿だ。


「よくやった。われがリリトに話しておこう。

良い切っ掛けだ」


でも、シェムハザも アコってヤツも

ボティスでさえ、遠慮しないといけなかった女だ。


「オレ、クソみたいに言ったぜ。いいのかよ?」


落ち着いて来たルカが聞くと「構わん」と

ハティは、めずらしくビールを飲んだ。


「本当に邪魔な時は滅する。心配するな」とかも

言ってたが、ハティは楽しそうで

「ルカは、最初から こういう者だった。

我にも “消えろ” と言ったのだ」と

何か、ルカが誇らしいみたいだった。


あー、オレ 何もしてねぇ。

マジでボーッとし過ぎだ。


榊のこと、大切なのによ。

姉みたいな、妹みたいな、なんか特別なさ。



朋樹たちと、榊が 一緒に戻ってくると

榊はルカにコーヒーを渡し

「儂は、里しか知らぬ山狐故、先程は驚いてしもうたが...  ひどい物言いをした お前に

何故か胸がぬくうなった」と言い

「ふむ... 」と、首を傾げた。


「榊、ちょっと狐になれよ!」と

ルカは 榊の人化けを解かして

「抱っこさせろ!」と

狐の榊を 猫のように抱き上げた。

後ろからボティスが

「離せ」と笑って、軽くルカを蹴っている。


「榊、オレが護ってやるし!

兄ちゃんと思えよ!」と、まだルカがギュッとすると、ボティスが「わかったわかった」と

強引にルカの腕から 榊を奪い

「散歩だ」と、砂浜を歩いて行く。


「さて、泰河、ルカ。

残念だが、呪詛の対策を練るとしよう」


ハティに言われ

バーベキューコンロの近くに置いてある

浮き輪のトランクのとこへ行く。


「術師は、人と悪魔の二重と聞いたが」と

ハティがトランクを開けた。


白い浮き輪に並んだ、ひとつひとつの顔に

指を当て

「朋樹の見立てに間違いはないだろう。

死した人間に、呪詛を返せぬとすれば

これを作った悪魔に呪詛を送ることになるが」と

黒い呪箱を、トランクから取り出した。


よく見ると、箱は ただの真四角で

蓋に該当する部分や、継ぎ目の線とかもない。

手のひらに乗るサイズで、木でもプラスチックでもなく見える。


ハティは左手に乗せた箱に、右の人差し指を当て

呪文を唱え出した。


手の上で、箱が震えると

箱を見つめていたシェムハザが

「眼と舌か」と、イヤなことを言った。


「また箱は、術師の人間の血液で満たされている」


最悪だな...


朋樹が「じゃあ、あの術師... 海中の髪は

オレらの眼と舌を狙ってんだ。

自分の眼と舌を失ったからな」と

ため息をつく。


「だが何故、あの場所に箱が沈められていたのだろう? だいぶ沖だった」


ジェイドが言うと、ハティが

「他の砂浜でも、浮き輪を見たと言っていたな」と、確認する。


オレらが頷くと

「箱は、お前達が海へ行くために動き出してから

術師が殺され、作られた物だろう。

途中で 水着などを買ったとあれば

海に向かうものと考える。

この辺りで 人が遊ぶ浜は、ここと

先にお前達が寄った浜だけだ。

箱があった沖の場所に沈めれば、ここだけでなく

向こうの浜にも 浮き輪と髪は進める。

箱が沈んでいた場所からは、向こうの浜も見えるはずだ。

ボティスは、向こうの浜も見える場所で

海底を探し、この箱を見つけたのだろう」


後で ボティスに確認すると、ハティが言った通りで、ボティスは 釣り場所探しがてらに

最初に寄った松の木の砂浜も見える場所を

探したそうだ。


「この呪詛の件が解決するまで

海には入らぬことだ」


「えっ?!」


何しに来たんだよ... と、思うが

「髪は、箱と共にあって

浮き輪の進む方へ付いて来ている。

浮き輪には、泰河以外の者の顔がある。

つまり、お前たちを探す装置が浮き輪だ。

術師の髪は 今、眼と舌 欲しさに

箱とお前達を探し、海を さ迷っているだろう。

また、泰河は眼と舌ではなく

直接 拐われる恐れがある。それが目的だからだ」


そうか、オレを取るのが目的だから

一緒にいる五人を殺ろうとしてるんだもんな。

海、入れなくていいか...


「術師が死したことで、術師に呪詛返しは

不可能となったが

逆に 突発的に海へ向かったことで

呪詛は、しっかり完成しなかった。

完成していれば、こうして呪詛に気づく前に

呪詛が作動し、死んでいたかもしれん。

術師を使った悪魔、また下級天使も探さねばならんが、呪詛については 朋樹とシェムハザに調べてもらうこととする」


二人とも術に詳しいもんな...

朋樹は人間の方、シェムハザは悪魔の方か。


「ジェイド、お前も手伝え」と

シェムハザに言われ、ジェイドが頷いている。


「こうして呪詛を調べる時以外は

必ず防呪トランクに入れることだ。

シェムハザ、バスとホテルの部屋に守護を敷く。

お前達は食事の続きを」と言って

一時、ハティとシェムハザが消えた。


呪詛が何か判明するまで、明日から

またオレとルカは暇かもな... と、考えながら

ふと、砂浜に眼をやると

榊とボティスが戻って来るところだった。

手を繋いで。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る