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「儂は、赤紫か茶にせよ と言うた!」


だが、ボティスのかき氷は白だ。

みぞれにミルク。


「それは次にする。食ってみろ」


「むう! これは甘いのう!」


榊は、切れ長の眼を 一度閉じて開くと

丸くした。甘さに驚いたようだ。


一度 フランスへ帰り、戻ってきたシェムハザが「グレープだ」と言うと、榊は

「赤紫か」スプーンを持ったまま食べに行く。


そして、朋樹に

「やはり 味は違うように思える」と

報告をしている。


「ああ そりゃ、ミルクは違う。

練乳っていうんだ。何にでもミルクはかけれるが、柑橘系統の匂いには あんまり合わんぜ」


榊は、オレらを 一周して

「ふむ」と 少しずつ かき氷を食べたが

鼻を摘まんで食べても、やっぱり違う と譲らない。鼻が良いせいだろう。


海に入ることは出来ないので

昼間は、砂浜に乗り入れたバスとパラソルの下にいる。


かき氷休憩が済むと

シェムハザと朋樹、ジェイドは

また呪詛解明に取り掛かる。


ハティは 一度 地界へ戻り

リリト... 大母神、キュベレの娘であり

皇帝のお目付け役 と

昨日のカーリという女の話をしてきたようだ。


ついでに、他の諸々の女についても。

ボティスは天使だった頃から、マジでモテるらしいが、今はそれを 特に疑問にも思わない。


今後 ボティスに 一切付きまとわせないことや

オレらにも手を出させないこと。

リリトは簡単に了承し

“カーリが何かしたら 殺して構わないわ” と答え

承諾書にサインし、印まで捺したらしい。


朋樹たちは呪詛を調べているが

ハティは、まず

オレらを観察し、人間の術師を使って殺した

悪魔を探している。


悪魔に呪詛を送る前に、そいつの上の

下級天使の名を聞かなくてはならない。


「しかしさぁ、ダンタリオンの時も思ったけど

天使のくせに 悪魔 使う って何だよ。

自分は汚さず、汚ねぇよなー」


暇なオレらは、砂で城の製作をしている。

城、といっても、日本の城が良い と言って

榊が聞かない。


「ダンタリオンを使ったアズリエルは

ダンタリオンを自分の意志で使ったが

下級天使は、サリエルやウリエルから

“悪魔を使え” と、命を出される場合もある。

すると、疑問を持つことも許されず

与えられた使命を遵守する」


ボティスは、掘った穴から湿った砂を取り出し

城の土台を作っている。

ルカは隣に「離れ」と、すでに小さい家を作っていた。棒アイスの棒で、屋根の瓦を ちまちま形作る。器用だ。


「その下級天使もキツいよなぁ。

中間管理職みてぇじゃね?

なったことないから、わかんねぇけどー」


「けどさ、サンダルフォンも天にいるのに

ウリエルとかサリエルの動きが わからんものなんかな?」


周りに堀を作れ、と命じられたオレが

土台や離れの周りを囲むように堀を堀りながら

言ってみると

「天は広い。幾層かに分かれている」と

土台を長方形に整えながら、ボティスが言う。


「天使階級とは また別の、持ち場の話だ。

サンダルフォンの管轄は、第五天の幽閉天マティだが、ここには 俺は入ったことはない。

シェムハザたちの 一部が幽閉されている。

シャマイム、ラキア、シャハキム、マコノム、

マティ、ゼブル、アラボト。楽園も含まれる。

アラボトの父の御元など そう見ることも叶わん。

だがサンダルフォンは、父の近くに昇り

音を奏でることも出来る天使だ。

地上ここで、三大天使や四大天使に数えられるウリエルも、もっと下の界層が持ち場だ。

更に、その界層も細分化されている。

サンダルフォンは、不穏な動きに気づいてはいても、それをしているのがウリエルということには気づいてないんだろ。目が届かんからな。

下級天使においては もっとだ。

例えば、蟻という存在を知っていようと

地球上の蟻の 一匹一匹までは管理出来ん。

それと同じだ」


天は、地球よりずっと広いらしい。


「ついでに皇帝ルシファーは、父の御元にいた天使だ」


それは 本で読んだ気がする。

確か、全体の天使長だったんだよな。


「おまえは、どの辺りにいたんだよ?」


ルカが聞くと「多少 上」と答え

シェムハザ、マルコシアスも この辺。

ハティは「御元ではないが、かなり上」ってことだ。


「皇帝と どうしたら知り合うんだ?」というのを

聞くと

「皇帝は “見回り” と、フラフラ界を巡り

気に入った者は自分の居城に呼ぶ」らしい。


ボティスは L字の土台を丁寧に仕上げ、台形の屋根に着手し出し、ルカは 土台に縁側を作った。

オレは、中庭に取り組む。池が欲しい。


榊は、城の背後に山を作ると

砂に別の穴を掘り、膝から下を入れて

ひんやりとした感触を楽しんでいた。

また見つけた小さい貝殻の選別をしている。


一階の台形の屋根が出来ると

「休憩」と、バスの方へビールを飲みに行く。


パラソルの下では、朋樹達が

トランクの中の浮き輪を見つめ


「どうやって、オレらの情報を浮き輪に移したかだが、陰陽にしろ密教にしろ、人の情報を移すのは、人の形のものと名前を用いるんだ。

人形ひとがたとか、藁人形とかな。

だから浮き輪に情報と呪詛を移したのも、悪魔だと思うぜ」


「その場合、どんな呪詛を使ったか

どうやって調べるんだ?」


「幾つかには絞れている。

死系の呪詛は、そんなに数がないからな。

ただ、特殊な方法を用いていないかが

判断しにくい。

呪詛が発動していないから余計にな。

やったヤツに聞くのが 一番早いけど、死んじまってるしな。反魂香とかで呼ぶにも、悪魔と契約してるなら、呼べるかどうかもわからんからな」


... と、ボティスや榊は まだしも

オレとルカには わからんであろう話を、難しい顔でしていた。


「反魂香というのは?」


オレらが ビールを飲んでいると

「こっちにも」とシェムハザに言われ

三人にビールを渡す。


「霊を呼び出す時に使う香だよ。

まあ、降霊の 一種だな。

他の降霊と違って、目的以外の霊が寄ってくることがない。狙った霊を呼べる。

でも、悪魔の契約がネックだ。

術師が悪魔に魂を取られているなら、呼び出しは出来ないと思う」


反魂香。香の煙の中に、霊が立つ。

もし呼び出し出来たとしても、香 持ってきてねぇじゃねぇか、と言ってみると

「作りゃあいい」と、朋樹は返す。


朋樹ってさ、道具は すげぇ適当なんだよな。

霊符も、和紙がなけりゃ

コンビニで買った半紙を適当に切って

墨も摺らずに、筆ペンで書く。

一度は『朱墨がない』って、トマトジュースで書いてたし。なんで効くのか不思議だぜ。


「いや、魂の契約を結んでいるとしても

この悪魔はまだ、術師の魂を飲んでいないぞ。

呪詛に利用しているじゃないか」


シェムハザが言うと、朋樹が

「そうか!... いやでも、呪詛に使われてるってことは、呪詛に繋がれてるってことなんだよ」と

一度 色めき立って、すぐに落ち着いて

ビールを飲む。


「降霊方法が違えば どうなんだ?」と

ジェイドが、もうビールの缶を空けて言う。


「ルカ。おまえ、黒蟲の時に

葵や菜々の両親の霊を降ろしただろう?

白い煙でかたち造られていたが、あれは精霊なのか?」


そうだ。オレも見た。

葵と菜々... シェムハザが連れて帰った

まだ幼い魔人の子だ。


二人の両親は、利用されて紅蟲の呪いで殺された上に、葵は嘘を吹き込まれ、操られていた。

操る方法も ひどいもので、両親の姿になり

葵の頭の中で虐待するというものだ。


オレらは、ひどい気分になり

これ以上にない程 憤り、言葉も吐けなかった。


血が昇っていくのがわかったが、自分では

どうすることも出来ない。

目の前が真っ白になりそうな、あの感覚だ。


ルカは、必死に 二人に

“それは違う!” と、言い続けた。

初めて見た真摯な眼で。

“頼む、信じてくれ! オレが言ってることが

本当だ!”... と、眼が言ってた。

あの場にいたオレも、ジェイドもボティスも

ルカの言葉が届いてくれと祈った。


すると、ルカの背後に

白い煙が立ち上がり出し、葵と菜々の父親になった。隣にも、恐らくは母親の煙。


葵と菜々に語りかけ、煙は消えた。


あれは何だったのか、よくわからない。

葵と菜々の両親なのは確かだが

問題は、白い煙だったことだ。


反魂香なら、煙の中に霊が立つ。

煙で造られる訳じゃない。


葵と菜々の両親は、白い煙で象が造られた。


ルカの使う精霊は、コヨーテの琉地るち

風、地 だが、姿を顕す時は

皆、白い煙に見える。

琉地が出現する時も、白い煙が凝っていき

それがコヨーテの琉地になる。


なら 葵と菜々の両親も、ルカの意思に呼ばれた

何かの精霊だったのか? と思うが

それなら何故、ルカが見たことがない葵と菜々の両親の象を造ることが出来、聞いたことのない声までが再現 出来たのか... という、疑問が出る。


葵は煙の男を見て、すぐに『パパ』と言った。

あれは、二人の両親だったのは間違いないが

それが霊なのか、精霊なのかが わからない。


「ああ、あれなー。

わかんねぇんだよ、オレにもさぁ。

左の指、痛くなったから

精霊かな って思うんだけど、そんなら何の精霊だよ? ってカンジじゃね?」


ルカ本人も わかんねぇんだしな...


「なんだよ、その話は」と、朋樹が聞き

ジェイドが、朋樹とシェムハザに説明している。


「ビール、すぐ汗になるよなー」と言うと

ルカが「やっぱコーヒー飲みたくね?」とか

何か違う回答を出してくる。汗っつっただろ。

イオン飲料とかじゃねぇのかよ。

「オレ、コーヒー買ってくるわ」


「茶色い かき氷」と、ボティスが言うが

「そんな持てねーし。おまえも来いよ」と

二人で海の家に向かった。


「“精霊” ってさ、何なんだろうな」


朋樹が めずらしく疑問形だ。


「いや、付喪みてぇなもんだっていうのは

わかるんだよ。“精” だってな。

付喪なら、物から発生する。

ルカが使う精霊なら、自然のヤツらだ... 」と

朋樹は 一度、言葉を止めた。


「ならば、すべてから発生した白き焔の神獣は

精であろうかのう?

だが神獣は、その他の精ですら含むであろう。

自然発生したが、神であるのじゃ。

ルカの精とは、ちぃと違うであろうの」


榊が、ビール片手に朋樹に言う。

また獣の話が出たが、オレはそれより腹減ってきて シェムハザに言うと、バケットサンドを取り寄せてくれた。


「おまえも食えば?」と、朋樹が 榊に勧めると

「ふむ。ひとついただくかの」と、手に取るが

榊は、昨日からあんまり食べてない気がする。

いや、食べちゃいるんだけど

こいつ普段は、ルカ並みに食うのにさ。

変だよな...


「おお! 歯応えのあるパンであるが

噛むほどに味わいがある!これは旨いのう!

また、この紅き魚は何であろう?!」


いや、そうでもないか...

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