「では、それはそれで 考えるとするか」


呪詛を掛けた術者が死んでいる... ってことは

呪詛は返せない ってことか?


シェムハザは

「ディル、呪詛だ。最大サイズのトランク」を

でかいトランクを取り寄せ

バカッと開いて、浮き輪を入れた。


「防呪が施してある。中身に触れなければ

大丈夫だ」と、トランクを閉じると

「術者だ」と 海面を指差す。


浮き輪があった場所に、ブラウンの髪が

海草のように浮き上がって来た。

あれ、術者だったのか...


「呪箱を出すぞ」と

海面に手を浸け、呪文を詠唱すると

黒い箱が浮き上がり、シェムハザの手に収まる。


「さて掃除だ。働け、お前等」


ボートに座ったまま ボティスが海面を見渡し

オレらも見渡すと、ボートの周囲に無数の頭が出て来た。嘘だろ...


「これ全部かよ?!」

「どういうことだ? なんだよ、この数... 」


「呪箱に引き寄せられたゴーストだな」と

シェムハザが、爽やかに

手のひらに乗せた黒い箱を示し

「掃除が終わったら、浄化はしよう」と

青く光る天空の霊を海上に配置する。


「防護」と、ボティスが

自分とルカのボートの底に防護円を敷く。

あれを敷くと、霊や下級悪魔、天使も

そうそう手は出せない。


榊が立ち上がり、幽世の扉を開けるために

右手を上げようとすると

「やめろ」と ボティスが言い

「月詠は まだ休ませておけ」と、シェムハザが

榊の手を掴む。


「ちょっと! 海で拘束なんか出来ねぇし!」


ルカは地の精霊で、霊を拘束出来るが

霊は海中に浮いている状態だ。


朋樹が大祓を始め、ジェイドも聖水を振って

詩編の詠唱を始める。

オレもとりあえず、手当たり次第に

近くに浮いた霊の頭に右手を置きまくって

浄化していく。


「説得 聞くかなぁ」とか、ルカはボートの近くに

顔を出した霊を見つめているが

「お前は少し待っとけ」と ボティスに言われ

「じゃあ 見学しよ」と、のんきにオレらを

見学し出した。


くそ、祓っても祓っても

どんどん湧いて来やがる...


シェムハザは「先に砂浜にいる」と

トランクに黒い呪箱も入れると

アジのクーラーボックスを肩に掛け

「榊はどうする?」と、ボティスに聞く。


「何? 儂は... 」


「連れて戻ってくれ。いる意味はない」


ボティスの返事を聞いて、榊はカッとした顔になったが

「水中では 狐火は効かんだろう。先に戻って魚を焼こう」と、シェムハザの片肩に担がれた。


「天人! 離さぬか!」

「暴れるな。いささか オテンバが過ぎるようだ」


子供をあやすように言って、黒い翼を拡げると

シェムハザは怒りまくる榊に

ハハハ とか笑って、ボートを飛び立った。


「大変だよなー」


ルカが またのん気な声を出すが

今は、答える気力はない。

霊たちは、ザバザバ暗い海面から頭出して

ボートに手をかけてくる。


「祓えねぇヤツもいるぜ」


朋樹が 一度 大祓を終えて言う。


「念が強い。一体一体 祓っていくか

泰河が触るかだ」


「いや」と、ボティスが答える。


「雑魚掃除が済んだら ボートに掴まれ。

朋樹の呪で、転覆の防止をしろ」


朋樹が言われた通りに、海面に手を付け

呪を唱え、海草をボートに伸ばして

固定し始める。


海草は、ボートを底から持ち上げ

周囲を囲むようにも伸びてきた。


「なかなか やるな」と ボティスが感心する。


「おう まあな。だが長くは持たねぇぜ。

なんかするなら、早くしてくれ」


「ルカ、ボートの中央に 渦を起こせ」


当たり前のようにボティスが言うが

ルカも当たり前のように

「そんなこと出来ねーし」と 答えている。


ボティスは ため息をつき

「地の精に軸の命を出せ。それを起点に

風の精に巻かせろ。正確にイメージしろよ」と

指示した。


「おい、そろそろ持たんぜ」


朋樹が苛ついて言うと、ルカが不信気に

「地、ボート中央に起点。起点から風は巻け」と

精霊に命じると

海面が揺れ、本当に渦が巻き出した。


「霊を集めて、起点の地に拘束させろ」と

またボティスが指示する。


「じゃあ、集束ー!」と ルカが言うと

霊が渦に引き寄せられ出した。


「えっ、マジかよー?」


やった本人のルカが驚いている間に

ボティスは ボートの底に手を置き

「助力」と、天使の力を借りる

助力召喚円を出している。


「朋樹、このボートだけ呪を解け」


「難しいこと言いやがって... 」と、朋樹は

ちょっと楽しそうに口元を緩ませ

ボティスとルカのボートから、海草を退かせた。


ボートも渦に巻かれて行くと

「精霊に 渦と拘束を解放させろ」と

ボティスがルカに言う。


ボートは、渦の中心で傾く。

集束させられた霊たちの真上だ。


ルカが「地、風、退け」と言うと

渦がほどけ出した。


「サリエル、魂の管理」


「おい!」

「サリエルだと?」


思わずジェイドと眼を合わせる。

助力って、サリエルのかよ...


ボティスたちのボートの下、海中に

カッと 稲妻が落ちたように見えた。


「... 霊が消えた」


朋樹が海草の呪を解き

海中に手を浸け、霊視して言う。


まだグラグラ揺れるボートの上で

「妄念深い奴等を サリエルにくれてやったぜ」

ケラケラとボティスが笑っている。


「おまえ、すげぇことするよな... 」


ルカも呆れていたが

「サリエルは今、魂の処理に追われてるだろう。

海底にいた闇深い魂だ。キュベレにも使えん」と

ボティスが言うと

「あたふたして やがんのかな?」と

一緒になって笑い出した。


オレも すげぇ笑ってたら、目の前でジェイドが

「でもまだ、終わってないみたいだ」と

三つのボートの中心を指差す。


そこにはまだ、ブラウンの髪が漂っていた。


「霊の気配は なかったんだぜ」と

朋樹が眉をしかめるが

ボティスは「呪詛の術師の魂だ」と

軽く返している。


「悪魔と契約しやがったんだろ。

そいつの魂は、契約主の悪魔の物だ。

サリエルも取り零しやがった。

呪詛を解くまで、そいつは どうにもならん。

付いて来るかもしれんが、触らず放っておけ」と

割りと物騒な説明をした。


「大方、呪詛の仕掛けの時に殺されて

呪詛の 一部になっちまったんだろ。

シェムハザが持って行った、黒い呪箱を

開けりゃあ わかる。

そいつの何やかんやが入ってるはずだ」


蠱物まじものか... 」と

朋樹がゲンナリした顔をした。


「なら、術師の呪詛と

悪魔の呪詛が掛けられてるってことだよな?」


朋樹の問いに「そうなるな」と軽く答え

「とりあえず戻るぞ。シェムハザ、済んだぜ」と

ボティスが言うと

海上に待機していた、青く光る天空の霊が

海中に潜っていき

ブラウンの髪も、揺らめきながら沈んでいった。




********




「ボートの貸出しってさ、結構 遅くまでやってるんだな」


砂浜に戻り、ボート引き摺りながら言うと

「いや、榊の幻惑だ」と、朋樹が答える。


「オレらが借りたボートとか バーベキューコンロは、店からしたら “貸してない” 扱いなんだよ。

金は払ってるけどな」


へぇ。幻惑って、いろいろ便利だな。


砂浜には、花火してるヤツらとか

飲んでるヤツら、まだ泳いでるヤツらもいる。


榊、まだ怒ってそうだな とか考えながら

狐火が浮かぶバスの方へ向かったが

榊は、割と機嫌が良かった。

耳にもルビー 付いてるしな。


どうやら、シェムハザから

フランスの城に連れて帰った 魔人の子たちの話を聞いていたらしい。


「菜々はまだ 一日 城だが

葉月と葵は 編入試験を受け、秋から学校へ通う。

最近は毎日、他の子供たちと

城のプールで遊んでいる。榊もいつか来い。

妻に紹介しよう... 」


シェムハザは、オレらに気づくと

「無事に戻ったな。肉や野菜も取り寄せておいた。食べながら呪詛を見よう」と

網に肉を並べ出す。

そんな話しせずに食いたいよな。


「食ったか?」と、ボティスが

アジのクーラーボックスを示して言うと

「ふむ、美味であった。だがまだ入る」と

答えている。

なんか、あんまり気ぃ使う必要もねぇのかなって思う。すぐ普通に戻るしさ。


「どうだ、全部祓ったのか?

ルカ、皿を。ジェイド、ビールを配れ」


シェムハザが肉焼きながら聞く。

手慣れてるな。城でもよくやるようだ。


「泰河」と、榊がオレを呼ぶ。

「あ?」と 近くに行くと

「ここにおるが良い。お前が 一番 落ち着く故」

だとよ。いいけどさ。

オレの逆隣には 朋樹が来て、シェムハザに

さっきの祓いの報告してるけど

榊の向こう側には、ボティスなんだよな。


けど、なんだろう。別にイライラとかはしない。

慣れてきたんだろうか?

榊とボティスが近くにいる ってことに。

そう思うと、浅黄の柔い笑顔が浮かんでくる。

何なんだオレは...


ボティスは ルカからビールを受け取りながら

「えげつない奴等は全部、サリエルに送りつけてやった」と、シェムハザと爆笑している。


「またそんなことしたのか?

こいつは、裏をかくことについては天才的だからな。最高だろう?

ラギュエルという奴の軍が、皇帝に怒り散らして

地界に来た時も... 」


シェムハザは、天の軍との戦闘中に

ボティスと子供のように自軍にイタズラして回り

ハティに叱られた思い出話をして

「ハティ、珍しく怒鳴りやがったな」と

ボティスが言うと、また笑う。


「ボティス!」


いきなり、長い黒髪をハーフアップにした

スーツの男が出現した。


こいつ、見たことあるな... と思ってると

「ボティスんとこの副官だろ?」と

隣で朋樹が言った。

そうだ、ジェイドん家で 一回 見たな。


「アコ。どうした? サリエルの情報か?

奴なら、俺等に ちょっかいを出してきているが」


「いや、天に潜った奴等は

まだ戻っていないけど... 」と、周りを警戒し

ボティスの下に、サファイアの粉の魔法円を敷き出した。ボティスを隠そうとしているみたいだ。


「なんだ?」と、ボティスが聞くと

アコって悪魔は シェムハザに眼を止め

「シェムハザ! ボティスを完璧に隠してくれ。

カーリに、ボティスが人間になったことが漏れた。あの女、しつこく追って... 」と

説明している。


「見つけたわ」と、低く艶のある女の声がした。


アコってヤツは、“あー... ” という表情で眼を閉じ

シェムハザからも笑顔が消える。


一言で言えば、色気の固まりみたいな女だ。


赤毛の長い髪、10等身くらいの身体。

上がミゾオチくらいまで空いたタイトな黒のワンピースに、黒のヒールブーツ。腰の位置、高ぇ...


のぞいてる谷間は もちろんだが

締まった長い脚、ぐっと上がったケツといい

どこもかしこも完璧な曲線だ。


いや、すげぇ美人 とかじゃねぇんだよ。

でも すげぇいい女だ。


カーリ、という その女は

ボティスの背中から腕を回して抱きついた。












  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る