「はっ? なんだよそれ! 気持ち悪ぃなぁ!」


ギョッとしたようにルカが言う。


「なめやがって。呪い返してやるぜ」


朋樹が、浮き輪を睨みながら言うが

オレが右手で呪い解除すりゃいいじゃねぇか と

思い、それを言ってみた。


「いや。これをやったヤツは

オレらが祓い屋だって知ってやがんだ。

対処すると、呪いを解放して

そのまま被ることになる」


「わかんねーよ、朋樹!」と

オレが言う前に ルカが言った。


「オレらは、まだ呪いにかかっては ねぇんだよ。

これに触るか、これの対処... 呪い解除したら

かかっちまうんだ。

呪いにかからずに対処するには、相手に返すことだ。ついでに、これをやったヤツは

オレらを殺ろうとしてやがる」


「おまえ、祓詞と大祓やったじゃねぇか」


「祓詞や大祓では、すでにかかった呪いなら薄めれらるが、呪詛解除は出来ねぇんだよ。

紅蟲の矢上ん時も、血ぃ使って解除しただろ?」


祓いとは違うってことか...

まあ、違ったから呪われずに助かったんだな。


「泰河、すぐ浮き輪に触って

呪い解除しようと考えてただろう?」と

ジェイドがオレに聞く。頷くと


「相手の狙いが、そこだったなら

泰河のことを狙ってるだけでなく

右手で呪いを解除出来ることも知ってるんだ。

泰河の顔がないなら、泰河狙いか」と 少し考え

「でも、それじゃあ簡単過ぎる気がする。

現に すぐ、朋樹が気づいたんだし」と言う。


「じゃあ、他にも策があるんだろー。

または、返せねぇ呪いだとかさぁ」 


聞くだけでゲンナリするようなことを

ルカが軽く言い

「で、とりあえず どうするんだよ?

呪い返し?」と、朋樹を見るが

呪い返しをするにも、呪いの方法や相手の情報が必要になるらしい。


「だが、最初に浮き輪が現れたのは

儂等が海に着いた初日の、違う浜であった。

儂等を尾けておる ということであろうか?」


榊が言うが、そうだよな。

海に行くって 突発的に決めたんだ。

最近、オレらは ずっと沙耶ちゃんの店に溜まっていた。

沙耶ちゃんの店から尾けて来たのか

三の山の展望台の駐車場で、榊を拾ってから

尾けて来たのか...


いや、途中からってことも考えられる。

あの古い海水浴場までの間にも

服や水着買いに店に寄ったし、コンビニにも寄った。


そう考えたが、ボティスは

「こいつは 多少 時間を掛けて、俺等を観察してやがったんだろ」と言い

朋樹も「そうだな」と同意した。


「呪詛掛けは時間が掛かるんだ。

今日 尾け出して、今日仕掛ける って訳にいかねぇんだよ。

相手を死に至らすようなものは、大抵は百日だが

見たとこ雑だ。

時間が足りなかったのか、簡略化してやがる。

だから こっちから、触るか解除するか

何か働きかけないと発動しない」


「じゃあ、僕らが海に来たから仕掛けたのか?

呪詛を完成させずに、焦って仕掛けたという風に取れるが」


ジェイドが聞くと

「恐らくな」と、ボティスが答えた。


「なんで おまえも呪詛とかに詳しいんだよ?」と聞くルカに

ボティスは「俺は、最近まで悪魔だった」と

呆れながら答えている。

あっ そうか... と、オレも思う。

術使いでもあるし、呪いにも詳しいよな。


「その場で掛ける呪詛もあるが、どのみち

その場合でも、呪詛が発現するまでに

じわじわと時間が掛かる。

俺が今、お前を呪うとするだろう?」


ボティスが顎で目の前のルカを示すと

ルカは「おう」と、ちょっとイヤそうに

片眉を上げた。


「だからといって、今すぐには死なん。

掛けた呪詛が お前に回り切るまでは

多少の時間が掛かる。

このやり方は、複数に掛ける場合には適さん。

一人一人 個別に呪うことになる。

複数 一度になら、先に相手の情報を集め

呪詛が作用するよう、術を実践しながら

こういった仕掛けを施すことだ。

よって、朋樹が言っているように

相手は 突発的に呪った訳じゃあなく

前々から俺等に呪詛掛けしていたことになる」


前々から って...

知らん間に呪われてたことを思うと

なんか、薄ら寒くなるぜ。


「昨日も俺等を尾けていることは確かだろうが

それ以前に、観察している間も

そのことが俺等にバレていない。

なら、観察者は誰だ?」


バレてねぇのに わかんねぇだろ と

突っ込んでやろうとすると

目の前でジェイドが

「天使か悪魔の疑いが高い」と答えた。


そうか...

サンダルフォンや、その配下に見張られても

オレらは気づいてなかった。


「えー、悪魔なら

おまえがわかるんじゃねぇのー?」


ルカが またボティスに言うが

「今は人間だ。今 俺が見てわかるのは

魔人まびとなんだよ」と

もう お前ちょっと黙っとけ って眼を

ルカに向けた。


「悪魔だとしたら、ハティやマルコは

そいつに気づかなかったのか?」


オレが聞くと

ボティスはオレにも ため息をつく。


「ハティとマルコは今、サリエル捜索のため

地界と地上を行き来している。

地上に現れる時は、夜、ルカかジェイドの家だ。

シェムハザもな。

俺等は最近、昼間は纏まって

どこに溜まってた?」


「沙耶ちゃんの店」


「何故 最近、ハティやマルコは

沙耶夏の店に来なかった?」


あっ!


「沙耶ちゃんは、オレらが護る って

言ったから... 」


「そうだ。相手が悪魔だとしたら

ハティやマルコがいない沙耶夏の店で

悠々と俺等の観察が出来る ってことだ。

更に、人間に憑依して奥に潜んじまえば

感があるヤツにも、自分の存在を隠すことが出来る。沙耶夏の店の客に憑依して、間近に観察することも出来ただろう」


なるほどな... 天使なら、オレらは気づかないし

悪魔でも、最近のオレらなら見張れたんだ。


「けど、悪魔なら まだ納得出来るけどさ

天使が呪詛 って何だよ?」


オレが言うと、ボティスは

「お前は、サリエルのやり方を忘れたのか?」と

もう お前も黙っとけ って眼を オレに向けた。


「獣の頭蓋を下級天使に送り込ませただろ?

あいつ自身が呪詛掛けしなくても、呪詛が扱える奴を使えばいいんだよ」


「じゃあ、これがサリエルだとしたら

泰河の血のことを、サリエルが知ったってことか?」


ジェイドが聞くと、ボティスは普通の眼を向けて頷き

月詠クソガキと須佐之男が降りた時

黒蟲戦を覗いてやがったんだろ。

紅蟲になって死に、幽世かくりよとやらで

目覚めた魔人からも、泰河の血のことは聞ける」と、浮き輪を睨んで舌打ちする。


「朋樹。呪詛を施した術師に関してはどうだ?」


お? 朋樹には名指しで聞きやがった。

オレやルカとは 扱い違うぜ。


「半端に呪禁を噛ったヤツだな。

呪詛を簡略化したのは、オレらが沙耶ちゃんの店から動いて、焦らされたからだろう。

途中で榊まで増えた。

ハーゲンティやマルコが出て来る前に

今、仕掛けを敷かなければいけなくなった。

観察者が天使か悪魔であっても、この術師は

観察者に使われている人間だ。

軽い霊視で すぐ、どういった呪詛かが

オレに解ったからな。陰陽か密教系だ」


おお、すげぇ...  ボティスの顔も満足気だ。


「サリエルは、天に戻っていようと地上にいようと、派手には動けん。

サンダルフォンの眼があるからだ。

サリエルは、自身かウリエルの下級天使を使うが

この呪詛を掛けた術師に、下級天使はどう近づいた?」


天使は、人の眼には見えない。

使命があれば人の姿を取ることもあるようだが

こんなことは、到底 使命とは見なされないよな...


「悪魔を使う。ダンタリオンを使ったように」


ジェイドが答えると

ボティスは「そうだ」と 口元で笑った。


「ほう... 」と、今まで黙っていた榊が関心し

「ならば、きみに報告を... 」と

触れんなよ ってとこに ベタ触れする。


ボティスは、それはもう冷たい眼を向け

「黙れ」と言い「シェムハザ」と呼んだ。


榊はムッとしているが、朋樹が

「榊、月詠命への報告は後でいい。

今はまだ呪詛だけで、サリエルや悪魔が出て来てないだろ? 月詠命を煩わせるなよ。

報告が遅れたことは、オレが責任 取るから」と

なんとか宥めている。


ボティスのボートの、ルカとボティスの間に

オーロラのような何かが揺らめくと

辺りに甘い匂いを漂わせながら

「出掛ける時は、俺に言ってから行け」と

不機嫌なシェムハザが出現した。

夜でも眩しいぜ。


「昨夜は、ジェイドの家もルカの家も無人だった。マルコに聞くと

“出掛けさせたが、どこに行ったかは知らん” と

答えたんだぞ。今が どういう時と思っている?

こうして呼ばれねば、俺からは

お前達の居場所は わからんのだからな!」


「悪い、シェムハザ。昨夜 呼ぶべきだったが

そこの跳ねっ返りが、俺をムカつかせやがったんだ」


そう言うボティスの後頭部を睨みながら

「むうう... 」と、榊が唸ると

シェムハザは 榊に眼を向け、指を鳴らした。


「むっ!」


榊の首には、細いゴールドのチェーンに

ルビーのペンダントヘッドがついたネックレスが飾られている。

「くちびるの色に合わせた。後で耳も飾ろう」と

シェムハザは榊に、眩しい笑顔だ。


「ふむ... 」


落ち着きやがった...


これ、例えオレが 同じことが出来たとしても

榊がキレてる時なら、ネックレス引きちぎるかもしれんな... と、掠る。

シェムハザの輝き込みで効いてんだろうな。


「ルカ、詰めろ」と、ルカはボートの へさきに追いやられ、ボティスの前に シェムハザが座った。


へさきの方に傾いたボートから

シェムハザは 水面の浮き輪に眼を向け

「呪詛か」と、ボティスに向き直り

無言で説明を求めている。


「泰河狙いだ。恐らく サリエル」


「また下級の者を使ってきたか。

この国の呪詛だな。術者との間に悪魔か」


説明 終わったぜ...


「朋樹」と、シェムハザが朋樹に向き

「呪詛の正体が詳しく判明すれば

相手に返せるんだな?」と、確認する。


朋樹が頷くと

今度は「下か?」と、ボティスに聞く。


「箱が沈めてあった。俺の印をつけてある」


海底に何かあるのか...


シェムハザは、背中に黒い翼を拡げると

朋樹のボートに移り、浮き輪を見て

「今 瞬きしたぞ。なかなかセンスは良い」と

笑い、腕を伸ばして指を付けた。


「おい... 」と、朋樹が心配しているが

「俺に向けられた呪詛ではない。

尤も、この程度の呪詛などに 俺は掛からんが。

浮き輪に顔のない俺ならば 呪詛も作動しない」と

朋樹が 自分に近寄ろうとするのを、手で制し

何か呪文を呟くと、浮き輪の顔が

パクパクと口を動かし出す。


「... 術者は死んでいるな」と

シェムハザは、浮き輪から指を離し

「それでも返せるか?」と、朋樹を見ると

朋樹は 片手で頭を抱えた。

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