「見よ!」


パラソルの下、シートに貝殻を並べる榊は

ゴキゲンだ。


「な、いっぱい拾ったな」


朋樹と 二人、貝殻拾いをし

かき氷も食べたらしく

「儂が食したのは、苺味であったが

苺の味は せなんだ。大変に甘く冷たいのじゃ」と

楽しそうに報告する。


「青いものは、朋樹が食した。

泰河は緑、ルカはだいだい、ジェイドは黄色にするが良い」


全種類 食ってみる気か...


「色素と香料が違うだけなんだぜ って

説明したけど、聞かねぇんだ」


朋樹が言うと「嘘! マジでっ?!」と

ルカも驚いている。

「信じらんねぇし! オレも 全種 食うぜ!」


味 違う気するもんな。


「俺は何だ?」


何もなかったかのように、ボティスが聞く。


「赤紫や茶もあった。どちらかにするが良い。

言うておくが、ボティス。

儂に くちづけたのは、お前だけではない」


おお?! どうした榊?!


「そりゃあ、僕らだって経験あるくらいだ。

“齢三百” なら、別にキスくらい

何も めずらしくはないけどね」


海の家で『アイスコーヒー 六杯。

でも、おかわりするから 十二かな』と言って

もうポットに入れてもらってきた

ジェイドが、プラスチックカップに

アイスコーヒーを注いで回りながら言う。


「そ。別に宣言することじゃないじゃん。

しかも榊、モテるだろ? 人化けしても美人だし

狐でも美狐だもんな。

でも それさぁ、宝珠関係の時の?

そういうのはカウントしないんだぜ」


ルカも言うが

「いや。まだ昨年のことよ」と、榊は答えた。


「えー、誰だれ? 浅黄ぃ?」


またルカが聞くと

「何故 浅黄が出て来ようか... 」と

榊は呆れた顔をする。

浅黄、まったく意識されてねぇな...


「貝殻拾いながら聞いたらさ

きみ様もいたした” って言うんだよ」


朋樹がコーヒー飲んで

「あっ、コーヒー 久々に飲んだ気するぜ。

まだ 一日しか開けてないのに」とか

どうでもいいことに気づいている。


キミ様?


「えっ、月詠命が?」

「なんで? どういうこと?」


何ぃ... ?


「わからぬ。儂が現世うつしよに戻る時であった」


「いつ?」


つい聞いちまった。


「死した後」


マジかよ...


「クソガキか」


ボティスが吐き捨てるのを聞いて、朋樹が

「いや、界の番人として降ろす時に

守護を掛けたんじゃないか?」と

尤もらしいことを言うが、ボティスは答えない。


「ふうん。おもしろくなってきたよなぁ」


ルカ...  状況 見て言えよ...


「月詠命は、須佐之男の兄神と聞くけど

僕らより若く見えるね」


そっと話を逸らすつもりなのか

自分のカップに 二杯目のコーヒーを注ぎながら

ジェイドが言う。


でも、そうなんだよな。

27歳のオレらから見ても

17歳とか18歳くらいにしか見えない。

須佐之男は、オレらくらいか

ちょっと上に見えるのにさ。


「あれは、仮の姿だ」


苦々しい顔してボティスが言う。


「実際の姿は、須佐之男と見た目は変わらん」


「えー? なんで仮の姿とかになってんだよ?」


「知るか」


ボティスは、またイライラして言い捨てたけど

たぶん 何か知ってるんだろうな。

まだ悪魔の時に、何度か会ってるし。


しかし、仮なのか...


話を逸らすはずが、逸らせなかったジェイドは

「釣具 買いに行くか?」と

もう、話を打ち切りに入ったが

ボティスは「だから何だ?」と 榊を睨む。


「むっ...

儂は何も気にしておらぬ ということじゃ!」


おい、これ

めちゃくちゃ気にしてんじゃねぇのか?

気にしてなきゃ言わねぇだろ。


「なら、クソガキにも同じように言っておけ」


ボティスは、プラスチックのカップを

隣にいた朋樹に渡すと

バスに乗せていたシャツを着て

「釣具」と ジェイドに言う。


「バスで行くか?」と

ジェイドがパーカー羽織りながら聞くと

「歩き。すぐ近くに店があっただろ」と

ビーチサンダル引っ掛けて、スタスタ歩いて行った。


「榊おまえ、なんで あんなこと

ボティスに言ったりすんだよ」


オレが聞くと、榊は

「わからぬ! 言うておかねばならぬものかと

思うた故!」と、ぷんぷん怒り

「儂は、普通に海を楽しみたくある。

せっかく参ったというのに」と

貝殻の ひとつを手のひらに乗せた。


「あー、榊なりに オレらにも気ぃ使ったのかぁ。

でも、ボティスも悪気は何もないんだぜ。

普通にしてりゃ、普通になるからさぁ。

もう、月詠さんの話はしないこと!」


「むう」と言う榊に

「あいつ、榊にアジ釣ってやる って。楽しみだよなぁ。バーベキューコンロ借りに行こうぜ」と

ルカが手を繋いで、海の家に連れて行く。


ルカ、手とか繋いでも

なんか全然 何の違和感もないよな。自然だ。


あ、そうだ...


ボートでボティスが “掃除” って言ってたのを

思い出して、朋樹に話すと

「それ、浮き輪のヤツじゃねぇだろうな?」と

警戒気味に返してきた。


「あれな、昨日の大祓で祓えてなかったら

たぶん大掛かりになるぜ。

また何度も出たら、あの浮き輪と髪が本体じゃない。あれを使ってる何かがいる ってことだ」


「マジか... けど別に、誰にも何も

依頼されてねぇしな。

沙耶ちゃん怒ってるから、休み中だし」


「いや。ボティスは あれ見ても何も言わなかったけど、顔付きは、ダンタリオンとか、黒蟲の話をした時と 一緒だった。

厄介なヤツとは思ったんだろうし、掃除する必要はある ってことだろ」


てことは、でかいタダ働きか...


「でも退屈は退屈だし、いいよな」と

朋樹は、何故か楽しそうになった。


「おまえ狙い関連とか、サリエル関連てことも

あり得るしな。仕事しねぇと、腕 鈍るぜ」


オレ、素直に休みと思ってたぜ。

こいつ、仕事 好きだよな...


けど もし、オレの模様 っていうか

獣狙いだと、巻き込んだ気もして 悪い気にもなる。

ガキの時に、オレが食わなきゃよかったんだし。


朋樹が 二杯目のコーヒーを、自分とオレに注いで

「おまえ 何か気にしてんだろ?

ルカに聞いたぜ」と 何気なく言う。


あぁ、四の山の駐車場で話したもんな。

チョコ食いながら。


「オレは おまえに感謝してるぜ。

おまえといると退屈しねぇし。ガキの頃からな」


朋樹は コーヒー飲みながら

「式鬼札、パーカーに入ってたよな?」と

また楽しそうな顔して

バスに確認しに入って行った。




********




「ボートから降りるなよ」


ボートに立って

釣糸 垂らしながら ボティスが言う。


オレらは、三台のボートを借りて

また沖に出た。

ボティスが海底に印をつけた場所だ。


「まず釣れ」


そうなのかよ...


新たに魚用クーラーボックスも買ったが

最初にボティスが釣ったアジは『食え』と

ボティスが 榊と朋樹のボートに投げ

榊は『ふむ』と 狐になって食った。普通だ。


オレは ジェイドとボートに乗り

ルカとボティスが 同じボートに乗っている。

もう夕焼けの時間で

空どころが、海すらオレンジ色だ。


「なんと美しいことよ」と、人化けし

朋樹のパーカー着た榊は、まとめ髪の白い顔に

その色を映している。


こいつの、こういう時に やられて

オレ、なんか勘違いしてんのかもな。

時々 見惚れちまうんだよな。


「おっ、キレイだな 榊。夕焼けが映えるぜ」


朋樹は、なんでもないことみたいに言って

「おまえも釣る?」と、竿を榊に渡している。


前を向くと、ジェイドがオレを見ていた。

なんだよ と 眉をしかめると

「なかなか切ない顔するじゃないか」と

茶化しやがった。


「おまえは、僕やボティスのことは

男として見てるんだ」


何 言ってんだ、こいつ。

ジェイドは、引きがきたのでリールを巻き

アジは 仕掛けに 二尾 付いていた。

釣り針から外し、オレとの間にある

クーラーに入れる。


「浅黄のことは どうだ?

黒蟲の時に 少し見たが、浅黄は強いな。

だが、同じ男として見てるのか?」


あ そういう意味か...


「何故 彼の恋を擁護しようとするんだ?

僕みたいに、純粋に応援したくなったのとは

違うんじゃないか?

“ボティスに いかれるくらいなら浅黄” か?」


「違う! そういう風には... 」


「榊が、浅黄を 男として見てないからか?」


うるせぇな。違う っつってんだろ。

そう思うのに、なぜか そう言えん。


「冗談だよ、泰河。試しただけだ」


ジェイドは、花火の時に榊の肩を抱いて

ボティスに向けた時の顔で笑った。


悪ぃツラしやがって。何が神父だよ こいつ。

だんだん本性 出てきたな。


ムッとして、自分の釣糸 見てると

「今のでイラついたのなら、今夜はボートで

大人しくしてる方がいい」と

いつもの調子に戻ったジェイドが言う。

今からの、掃除しごとのことか?


「ずっと そわそわしてるじゃないか。

朋樹が祓っても出て来るようなものが相手なら

今のままじゃ危険だ」


「いや大丈夫だ。たぶん霊系だろ?

オレ 憑かれねぇし、右手もあるんだしさ」


「目の前に、榊とボティスがいなきゃね」


また黙らすのかよ。


「とは言え、僕もゴーストは得意じゃない。

海底に円を敷くのも、ルカの地の精 頼りになる。

だから、不用意には動かないつもりだ。

六部の時に 学習したしね」


オレも わきまえろ ってことか。


「暗くなってきたな」


ジェイドが言った時に、ボティスが榊に

人避ひとよけしろ」と言った。

随分 沖にいるから、そう心配はないが

この辺りに人を寄せ付けないための術だ。


三つ浮かんだ オレらのボートの少し先に

白い浮き輪がプカプカと浮かぶ。

少しずつ波に押され、近づいてくる。


ボティスが海底に印をつけた ここから

いつも流されて来てるのか?


でも 一日目は、違うビーチでも出たんだ。

単純に感があるヤツに近づいてきているのか

オレら狙い ってことか?


朋樹が呪を唱えると、海底から海草が伸びて

浮き輪に巻き付き、朋樹のボートの方へ

浮き輪が引き寄せられていく。


榊が狐火を幾つか出し

ボート周辺の海面を照らすよう配置する。


ボティスが「どうだ?」と、朋樹に聞く。

浮き輪を観察していた朋樹は

「多分、呪禁じゅごんだ。顔は五つある」と

苛立った顔になった。


呪禁... 呪いだ。


「泰河狙いだな。

浮き輪の顔は、泰河以外のオレらの顔だ」

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