ひなた 4


狸山、六山の麓。

人里の外れにある中古住宅が

桃太が所長を務める “ヨロズ 相談所” であり

人里の妖しの類を対象とした相談所である。

しかし、とんと依頼はない。


狸の桃太は、齢は 儂と同じ三百頃。


ここ三十年程は 人化けし、人の社会に紛れ込み

サラリイマンとして勤めておったという。


元より、背広を着て会社に向かうサラリイマンに憧れを抱いておったようだが

自らが経験してからというもの

桃太は、人のサラリイマンを大変に尊敬しており

“サラリイマンというのは、目立たぬで良い。

まさに会社の歯車のひとつであるのだ。

だが、歯車は ひとつ欠けてもいかん。

より良い歯車となるべくには、まず 一番に

自己の働きにより信用を得ること... ” などと

長々とした心得などを語る程。


相談所の所員は、六山のおさ

真白爺の末孫、葉桜はざくら

人里での修行のためにおり

儂と浅黄、露さんから成っておる。



「うむ...  家出中の座敷童とはのう... 」


桃太は、灰黒の背広に青いネクタイ

銀縁眼鏡 といった出で立ちで

飯台テーブルの向こうから、ワラシを見ておる。


「どうぞ」と、葉桜が

コップに注いだ林檎ジュースなどを出す。


儂等の前には、茶を置き

「ソメさんという方は、どのような方ですか?」と、ワラシに聞く。


「爺になったけど、友達だった」と

ワラシは しょんぼりとして

林檎ジュースを 一口飲んだ。


「ソメとやらの名字は?」


桃太が聞くと、ワラシは

「みやた」と 答えた。


桃太は、座敷の物入れの襖を開け

中に積まれた新聞を幾らか取り出した。


「ミヤタ ミヤタ... 」と、開いては置き

また別の新聞を見ておる。


「むっ、“宮田 染二郎、享年96歳”。

お悔やみ欄に載っておる。

株式会社 宮田陶器、名誉会長...

三週間程前だ。正月明けて早々のことだったようだが、人の九十六といえば 大往生であるだろう」


「染二郎さんと、お友だちだったのですか?」


葉桜が狸然とした くるりとした眼をワラシに向けると、ワラシは丸い頬を余計に丸くし

「ん... 」と、眼を ごしごしと擦った。


葉桜は台所に立つと、皿に開けた ぷりんとやらに

切ったバナナなどを添えた物を持って来た。


「儂にも ひとつ」と言うと

「もちろん ありますよ」と

儂と浅黄の前にも、同じ物を置く。


「むう。甘いのう!」


「美味いが、珈琲が欲しゅうなる。

いや、葉桜殿は ワラシを頼む。

俺が淹れて来よう」と、浅黄が席を立った。


「うむ。こういった時に 話を聞くのであれば

オナゴの方が良かろうのう」


むっ?


ふと、声の方を向くと

急須から冷めた茶を注ぐ ぬらりがおった。


「また来たか... 」


ぬらりは 二日に 一度程は、相談所に

茶を飲みに上がっておるらしく

儂や浅黄よりも通うておる。

今や相談所監督になりつつあるという。


「ぬらり爺」


なんと?


ワラシが嬉しそうに言うた。


「ん。これは、染二郎宅のワラシじゃ」


すぐに気づかなんだか...


聞けば、ぬらりは

あちらこちらの家に出没しておるので

ワラシを見掛ける機会も多い。


ここにおるワラシを見ても、すぐには

どこのワラシとは 分からぬであったようじゃ。


「ワシも、染二郎の葬儀には参列したが

ワラシは おらなかったのう」


「ソメの部屋におった」


ふむ。これは、ぬらりに話を聞いた方が

早そうじゃ。

ぬらりは、儂等が聞かずとも

大まかな内容を語り出し

珈琲を淹れた浅黄と入れ違いに

新しい茶を淹れるため、やはり葉桜が台所に立つ。


「ワラシは、宮田が

手で土こねをし、窯で器を焼いておる時分から

宮田家のワラシであった」


宮田という家は、二百年程に渡り

代々 陶芸で生計を立ててきたようであるが

凡そ百年程は、細々とやっておったという。


その宮田家に顕れたワラシは、ぬらりが言うに

「おそらく、神饌しんせんとなった子であろう」との

ことであり、神への供え

... つまり、悼たましくあるが

口減らしに遭った子であろうということじゃ。


だが、屋敷神となったワラシが顕れてからというもの、宮田の造る陶器は売れ行きを増し

それなりに大きな会社となった現在いま

次々と大量に器を焼くこととなり

窯も、電気制御の窯になったという。


「ソメは、少し前まで

まだ自分で焼いておった」


ぷう っと、丸い頬で ワラシが言う。


「宮田の家ではもう、染二郎以外には

ワラシが見える者が おらなかった」


宮田家で ぬらりが見えたのも

染二郎だけであったようじゃ。


ワラシと染二郎は、染二郎が生まれた時からの

友であり、染二郎が亡くなる時まで

その関係が変わることはなかった。


「ソメは爺になると、“先に逝く” って言ってたし

それが、どんなことかは知ってた」


ふむ。齢二百ともなれば、分かっておろうのう。


元々 “屋敷神様” と、大切に扱われてきたワラシであったが、染二郎は ワラシを兄として

共に過ごしておったこともあり

ワラシにとっては、初めて 守護対象ではなく

兄弟であり友が出来た。


大人となっても 染二郎は

家人の誰の眼にワラシが映らぬとも

毎日 三度、ワラシの分の食事の仕度もさせ

自室に運ばせておったようじゃ。


家人は、染二郎のすることに文句は言わず

“信心深いから” と 好きにさせておいたようだが


染二郎が亡くなると、誰の眼にも映らぬワラシには、食事もなく

ちょいと物を動かすだけでも、気味悪がられ

四十九日の法要の後は、染二郎の部屋も

改装される手筈となっておるという。


「ならば、短期などではなく

しっかりと家出したということであろうか?」


「今までは どのように過ごしておったのじゃ?」


ワラシは、自分を見える子等と遊んでいたらしく

食事なども、子から分けてもらえる時に

取っていたようじゃ。


しかし、子が ひとり話しておれば

親は心配するものであり、病ではないかと

病院などに連れて行かれる子もおり

また物などが動き、見えぬ者の足音などがすると、気味悪く思われ、塩を撒かれるなどもしたようじゃ。


「それは、つらい想いをしましたね」


「ここで暮らせば良い」


ふむ。解決したのう。


儂も、里に連れ帰ろうと思うておったが

公園にも近く、ぬらりなどにも会える方が良かろう。儂や浅黄も こうして会えるしのう。


ワラシは顔を輝かせ、ひとりひとりの首根っこに

ひし と、抱きついて回る。

むう... なんと 可愛いものよのう。

これからは賑やかになりそうじゃ。

儂も ぬらりのように通うかの。ふふ。


「ワラシ、背に乗ってみよ」


桃太が 四つん這いになり、ワラシがよじ登ると

桃太は驢馬ロバなどに化けた。


「掴まるが良い」と、両の前足を上げ 嘶くと

狭い座敷の飯台を跳び越え、廊下に出て

「こっちが寝室だ。隣の部屋は葉桜の部屋。

ぬいぐるみなどがある」と、家案内をしておる。


わざわざ驢馬にならぬでも とも思うたが

ワラシは 大変に楽しそうに笑うておる。

ここは儂もひとつ、何か化けを披露するか と

考えた時、突然に あの気配がした。


「榊」


「いや、結界は張ってある」


あのような鬼を見たばかりじゃ。

相談所に入る時、一応 邪避けの結界は張った。


「なんじゃ、これは?!」


ワラシを抱き抱えた桃太が 座敷に戻る。


「赤き鬼よ。先程、行き会うた」


「何?! 早う言わぬか!」


「行き会うただけと思うておったのじゃ... 」


たまたま、子の匂いを嗅ぎ付けた鬼が現れたと

思うておった。追って来るとは思わなんだ。


だが、桃太の言うように

すぐに話しておくべきであった。


「神隠しを... 」


『頼もう... 』と、外から声がした。

ガチャガチャと戸を開けようとする音がする。

邪避けが効いておらぬ...


浅黄が玄関に走った時、戸が外され

先の圧する気配が、肌にビリビリと感じられた。



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