ひなた 3


子は、長椅子から降ろした足を ぷらぷらと揺らし

小さき両手で、包み紙を半分剥いたハンバーガーを、はむはむと食べる。


急いで食べて 噎せておる。

儂が背中を擦り、浅黄が公園の入り口にある

自動販売機に駆けて行き、ぬくい茶を買うてきた。


「急がずに食すが良い」


「ポテトなどもある」


だが、子は バーガーひとつで

腹 一杯に なったようじゃ。


「匂いでなく、こうして実物を食すのであれば

霊などではないのう」


「名は何と言う?」


子は、茶の缶に ふうふうと息を吹き

飲む前に「ない」と、答えた。


「名がない と?」


「うん。ない」


困ったのう...


「昼間 遊んでおった子等には、なんと呼ばれておったのじゃ? 話しもしておったじゃろう?」


「“なあ” とか、“ねえ” って」


ふむ...


「誰かに、呼ばれたことはないのか?」


浅黄がポテトを摘まみながら言うと、子は

「ワラシ」と 答えた。


「それは、子供 という意味であろう?」


二つ目のハンバーガーを食しながら聞く。

この海老とやらのバーガーは、なかなかに

儂の好みの味じゃ。やはり ちぃと濃いが。


「家では、そう呼ばれる。“ワラシさま”」


「座敷わらしなのか?」と、浅黄が聞くと

子は「うん!」と 茶を ぐいぐい飲んだ。


はて。座敷童とやらは

家に憑くものではあるまいか?


口減らしなどの犠牲になった赤子 とも聞くが

多くは、その家を栄えさせる者と聞く。

座敷童が出ていくと、その家は衰退するようじゃ。


「何故 帰らぬ?」


儂もポテトを摘まむ。

ふむ、塩気が強いが まずまず良い。


「ソメが死んだから」


「ソメ?」


浅黄が聞くと、ワラシは 長椅子を降り

また滑り台へ走って行った。


「家人が亡くなったようだな」


「家出ワラシかのう?」


「どうする?」


「待て」


ワラシが滑り台を ひらすらに滑るのを見ながら

儂は、一度に 三本程のポテトを口に詰め

珈琲で飲み下す。合わぬ。


浅黄は先に塵を捨てに行き、滑り台へ向こうた。

待てと言うたのに。


滑り台の階段の上の手摺に手を掛け

ひょいとジャンプして乗ると、ワラシが眼を丸くする。


「俺は 狐なのだ」


浅黄が人化けを解くと、ワラシはまた眼を丸くした。


「狐を知らぬのか?」


「鶏を獲る。ソメが言ってた」


むう。人家の鶏を

我等が盗ることを言うておるようじゃ...

しかし、今時の柵は頑丈で なかなか盗れぬ。

柵の下も固めてある故。


「うむ。昔 俺も、盗ったことがある」と

浅黄は滑り台にコロリと背をつけて滑った。


「成る程、なかなか楽しくある」


むっ。急がねば。


ワラシは「うん」と 笑い、滑り台の階段を駆け上がる。後に狐姿の浅黄も続く。


儂はポテトも平らげ、ワラシの残した茶も飲み干すと、塵を捨て、狐に戻って滑り台へ駆けた。


二人が滑った後に、ひょいと滑り台に跳び乗ると

ワラシは儂にも 眼を丸くした。ふふ。


コロリと転び、四肢を上げ、背で滑ってみる。

着地では 尻と二つ尾を打ったが、これはなかなか。


暫しの間、順に滑り

儂はブランコを試してみることにした。


狐姿で横向きに乗ってみたが、特に感想はない。

人化けして座る。

昼間、子等がしていたように

鎖を持って後ろに下がり、足を浮かせると

ぐうんと前に揺られ、また後ろに揺られる。


ふむ。木の蔓にぶら下がることと、多少似ておる。これも なかなかに良い。


浅黄も人化けして、隣のブランコに座るが

ワラシは来ぬ。


「如何した? 儂が替わる故、座るが良い」


「うーん」


もじもじしておるのう...


「膝に座るか?」


浅黄が聞くと「うん!」と駆けて来た。

もしやすると、ワラシはブランコを試したことが

なかったのやもしれぬ。


浅黄が膝にワラシを乗せ、ブランコを漕ぎ出すと

ワラシは丸い頬に 冷たい夜風を受け

きゃあ と 眼を閉じて笑う。


儂も負けじと、立ってブランコを漕ぐ。


「むっ!」


すぐに揺れは大きくなり、一回転するかと思う程になったが、なんとか尾は出さずに済んだ。


一頻ひとしきり試して満足すると

冷たさを増した夜風が、鼻の先や指先を冷やすのに気づいた。


「そろそろ帰らぬか?」


儂が言うと、途端にワラシは顔を曇らせる。


むう...  帰りたくないか...


「家人は、ワラシがおらぬと

心配するのではないのか?」


浅黄が言うと、ワラシは

「ソメが死んだから」と、また繰り返す。


ふむ... ならば 里に連れて帰るか と

ブランコから立ち上がると

ただならぬ気配が、空気を圧し始めた。


「何じゃ?!」


「解らぬが、離れよう」


恐ろしい気配が近づいてくる。


ワラシを抱いた浅黄と公園を駆け出し

少し離れて、神隠しをかけた。

これで何者からも、儂等の気配は断たれたはずじゃ。


足裏に地の響きを感じ、背の毛が総毛立つが

儂は 狐に戻ると、こそりと公園に近づき

首を伸ばして中を覗いてみた。


... 鬼じゃ。


こちらからは背が見える。

身の丈は、七尺はあろう。

肩幅などは 人化けした儂の倍はある。


うねる長き髪は赤髪。

頭には、異国の蛇神のごとき 二本の角があり

緋と白の市松模様地に、金の毘沙門亀甲と獅子巴紋様が入った、華美な能装束のような狩衣を召しておる。


腰に携えた陶器の白瓢箪を手に取り

蓋を開け、中身を飲んだ。

甘き酒の芳香が 鼻に届いた。


「... あの稚児の匂いがしたが」


ぬう...  ワラシを狙うたものか...


やはり夜など、子は外に出てはならぬ。

あのような恐ろしき者が湧き出でる故...


一言 物申すと、足を踏み出そうとしたが

なんと、震えて それも叶わず

赤き鬼が行き過ぎるまで、動くことも出来なんだ。




********




再び、鬼の気配がせぬうちに

神隠しを掛けたまま移動を始める。


あれは ただの鬼ではない。

まるで 地に降りた邪神の如き者よ...


「泰河や朋樹は、あのような者の気配に

気付かぬものだろうか?

祓いの依頼として入っておらぬのかも知れぬが。

ジェイドなどは、伴天連であろう?」


ふん!


「泰河等は、異国に行っておるのじゃ。

知り合いの婚姻の儀があるというてのっ!」


儂は、ちぃと前まで知らなんだ。

異国の蛇神、ボティスとやらが来て

月詠尊と話す故、界を開け と言うてきた。

その折りに聞いたのであり、泰河等から直接に

“行って参る” とは聞いておらなんだ。


界の扉で、話を耳に挟んだ柚葉が

“マルセイユ石鹸、使ってみたいなぁ... ” などと

言うており

泰河から スマホンに連絡があった折り

“土産は石鹸が良い” と言うと

何やら大変に驚いておったが、果たして買うてくるものか...


「そうか... ならば、仕方あるまいのう...

耳に話が届いても、あのような者

朋樹や 伴天連であっても、手を焼くであろう」


ふむ。出来れば もう二度と会いとうないものよ...

しかし、ワラシに目を着けておると見える。

ワラシでなくとも、あのような鬼が彷徨いてあるとすれば、人の子の身も心配にある。


ワラシは、恐ろしさからか 寒さからか

浅黄に抱かれ、ふるふると身を震わせておる。


「里まで行くか?」


「しかし、ワラシの家から

あまりに離れるというのも どうであろう?」


ふむ...


儂等は、桃太の萬相談所に足を向けた。




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