ひなた 2


露さんは、公園を出ると

向かいの家と家との隙間に入って行く。


「むっ。猫道じゃな」


猫には猫の道がある。

我等狐が、人には解らぬ森の狐道を歩くように

人里の猫等には、猫道があるのじゃ。


狐に戻れば、あの隙間には入れぬことはない。

そう考えておると、浅黄がスマホンを取り出し

「この家の向こうの道に出よう」と

すぐ隣の角へ、早足で向かう。

どうやらスマホンで、周辺地図を見ておるようじゃ。


角から向こう側を覗くと、露さんは

また向かいに道路を渡り

近くの家の門の中へ入って行った。


「どうする?」


「近づいてみよう」


儂と浅黄は、やはり狐に戻ると

その家の裏に回り

そっと 生垣の間から、庭を覗く。

庭には犬小屋があったが、犬の気配はない。


露さんは、庭から家の方を向いて

「にゃー」と 一声 鳴いた。


すると 大きな窓が開き

「あら、ミイちゃん。ちょっと待ってね」と

御婦人が笑顔で、一度奥に引っ込む。


御婦人が、次に顔を見せた折りには

猫の顔型の盆に、水と

一般に カリカリと呼ばれる乾き食の上に

猫専用缶の魚を乗せたものを持っており

「新しい缶詰を見かけたのよ。どうかしら?」と

露さんの前に置く。


露さんは 御婦人を見上げ

「にゃー」と礼を言って、盆の食事を取り

御婦人は、露さんの食事の様子を

なんとも幸せそうに見つめておった。


食事か終わると、露さんは水にも少し口をつけ

前足を使って 口の周りの毛繕いを始めた。

すっかり髭も整えると、腹の辺りの毛もほぐし

ぐーっと伸びをする。


「おいしかった?」と聞く御婦人に

「にゃー」と答え

手を伸ばす御婦人に、狭き額を差し出して

撫でさせる。


「あなたが来てくれるから、寂しくないわ」


御婦人が言うと、露さんは喉を鳴らし

しばらくすると、すい と離れ

“また来る” と言うように振り返る。


「待ってるわね、車に気をつけるのよ」と言う

御婦人に、露さんは また返事をして

しゃなりしゃなりと庭を横切り

隣の家との間から 猫道に出た。


「むっ、道のどちらに出るかのう?」


「だが、下手をすると見つかるのう」


儂等は、グッと脚に力を込めて跳び

今 覗いた家の屋根に飛び乗った。


そっと 隣の家との間を覗くが、露さんはいない。


「見失うたか?」


「いや、あの家の塀の上だ」


露さんは、ひとつ向こう隣の家の塀を

しゃなりしゃなりと歩いて行く。


儂と浅黄は、家 一戸分の距離を保ち

屋根から屋根へと渡って、露さんを追う。


「ふむ。上からの方が追いやすいのう」


「人里での尾行の際は、これが良いな。

萬相談所に そういった相談が入ったら

この手で追おう」



次に露さんが向こうたのは

人里の中心に位置する 小さな神社であった。


柚葉や風夏の折りに、儂も大変に世話になった

社であり

儂が界の番人として仕える 月詠尊ツクヨミノミコトの父神様の

伊弉諾尊イザナギノミコトと、倉稲魂命ウカノミタマノミコト

二柱の人神様が祭られておる。


儂等は 再び、神社の生垣から中を覗く。


『おお、露よ』


現れたのは、倉稲魂命の神使しんしの白狐であり

元は、我等の里の者。

歳の頃は、玄翁と そう変わらぬ。


芙蓉ふようという名であったが、天狐となり

神使となる折りに

新しく “ゆう” という名を賜った。

これは、漢字のオオザト偏のことであり

人の居住地などを表す 都 や 部 などの

右側の偏であるという。

神と人を繋ぐ、人里に近しき者ということであろう。


だが、儂は なかなか “邑” と呼ぶに慣れず

芙蓉芙蓉と呼ぶので、その度にムッとする。

そのうちに名を呼ばずに 話すようになった。


芙蓉であった邑... もう 白狐で良いの。

名はあれど、脇役故。

白狐と露さんは

何やら神世の話をしておるようで

フギャンギャブラ... ではない雰囲気で

互いの眼を じっと見つめ合う。


『... うむ。一度、竜宮へ向かうかのう』


何の話じゃ...


『おお、そうじゃ。

天照様が、“最近 露が呼ばぬ。父神ばかりじゃ” と

ちぃとふさがれておられたようじゃ。

岩戸に籠られることはあるまいが

一度 近くの天照様の宮に、顔を見せに参った方が良かろう』


「にゃー」


ふむ...  儂は まだまだであるの...


しばらく白狐と、この社に参拝に来る人等や

最近見かける異国の神などの世間話などをすると

露さんは神社を後にし

また 二つ尾を上げて歩き出す。


次なる行く先は、先程とは別の公園であり

池と広場を、遊歩道が巻いておる場所であった。


遊歩道は、左右に木々が植えられ

木々の下には、そこそこに茂みのある箇所もある。


「先の公園より、人は少ないのう」


「遊具がないからであろう。散歩向きだ」


むう。犬の散歩も ちらほら見かける。

少々 気をつけねばなるまい。


露さんが向こうたのは、公園の広場の片隅であり

長椅子などもなく、少し陰になった

より人気のない場所じゃ。


ちょこんと座り、あくびをしておる。


「茂みに 白猫がおる」


「木の上にもサビがおるのう」


とことこと、二匹の子を連れた茶虎が

露さんから少し離れて座る。


チリリと首の鈴を鳴らす、毛足の長い猫や

脚の短い丸い猫なども どこからか出てきて

それぞれに 微妙な距離を取り

座ったり寝そべったりしておる。


ふむ...


誰も何もせず、露さんすら にゃーとも言わず

ぱらぱらと解散していく。


半分程の猫が立ち去ると

露さんも伸びと あくびをし、移動を始めた。



「暗うなってきたな」


「むっ? 浅黄、露さんは どこじゃ?」


住宅街へ入った故、また屋根に登ったが

ひとつ向こうの家の庭を歩いておった露さんが

見当たらぬ。


「向こう側へ歩いて行っておったが... 」


おらぬ。


儂等は屋根を降り、露さんが消えた周辺を探したが、露さんは見つからなんだ。


「仕方あるまいのう... 」


「天照様のお宮かも知れぬが、他の猫集会の場所かも知れん」


「また食事ということも 考えられるのう」


辺りは あっという間に、すっかりと暗くなり

ヒュウと冷たい風も吹く。


「腹が減った」


「ふむ。食事を取るとするか。

菫青川近くのカフェは どうであろう?」


儂が人化けすると、浅黄も人化けした。


「それも良いが、俺はハンバーガーなどに

興味がある」


むっ、何じゃそれは...


「こういったものだ」と、浅黄がスマホンで

ハンバーガーの画像を見せる。


「ほう、サンドイッチのようなものか」


儂等は、スマホンで調べた 近くのハンバーガー店に向こうたが、店は大変に混んでおる。


「寒いが、公園などで食すか」


「ふむ、それも良い」


注文の仕方が よう解らぬので、浅黄に任せ

店を出ると 温い珈琲のカップを袋から出して持ち

ふう と 蒸気を上げながら

昼間行った、遊具のある公園まで歩く。


「もう 人はおるまいのう」


「子はおるまい。暗くなった故」


ハンバーガーを食した後は、遊具を試して

里に帰るか などと話し

公園に着くと、長椅子に座る。


公園は、街中と同じに

等間隔に外灯が点り、狐火がなくとも

十分に明るかった。


「まだ冷えきっておらぬ。ポテトは 一つずつだが、バーガーは 二つずつ買うた」


浅黄から ハンバーガーを受け取り

包み紙を剥いておると、目の端が何かを捉える。


浅黄も同じように気づき、儂等は何かが動いた場所 ... 滑り台付近を注視した。


ぼやけて見えたそれは、次第に象を結ぶ。


「子じゃ」


「昼間の和装の子ではないか。

人ではなかったか... 」


絣の甚平に袖無し半纏。裸足に靴の その子は

儂等を見、ふいと滑り台を登り出した。


「見ておらぬ というフリかのう?」


「姿を顕して か?」


ハンバーガーは、赤いソースが多く

包み紙は半分巻いたまま食すのが良いようじゃ。

旨いが、味は濃いのう。


子は、滑り台を滑り

ちら と こちらを見て、また滑り台に登る。


ふむ。待っておるのう。


わらし、何をしておる? もう このように暗い。

子は帰らねば。あやかしであろうとのう」


儂が言うと、子は ふいと横を向き

丸い頬を見せ、滑り台を滑る。


「腹は減っておらぬか?」


浅黄が言うと、ぱっと こちらに顔を向けた。


「ハンバーガーだ。まだある。食うか?」


「食う!」


丸い頬の坊っちゃん刈りが走って来て

儂と浅黄の間に座った。


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