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「たまらんぜ ジェイド... 」


教会に戻ると、地下ではまだ

ジェイドとボティスの魔人尋問が続いていた。


ジェイドが魔人の前に立ち

ボティスは、どこから持ってきたのか

パイプ椅子を逆向きにして、ガバッと脚を開いて座り、両肘を背もたれに乗せている。


「興奮するぜ、お前の その責苛せめさいなむ顔。

頼む、もっとやってくれ」


ボティスは ニヤニヤしながら、聖水の小瓶片手に

ジェイドの顔を見上げて覗き込んだりしてる。

うわぁ ジャマしてやがんなー...


「ルカ、ジェイドと代わってやれ」


まったく って顔した シェムハザが

「休憩を取れ。珈琲でも飲もう」と

ジェイドを連れて行く。


オレ、ここにいたって

本当に見張りしか出来ねーしさぁ。

オレもコーヒー休憩したいのによー。


泰河と朋樹、榊とハティも

ジェイドの家の方に回った。


榊が 幽世かくりよに羽虫送って

結局 そのまま解散して帰っちまったんだよな。

まだ月詠からも、何も言ってきてない。


なんかさぁ、なかなか黒蟲の顔は見えねぇし

けど、やられることは

操り蟲とか、能力取られたりとか

対処方がない吸血羽虫とか

地味に嫌なことばっかりしてきやがってさぁ。


沙耶さんのことも、蓬や羊歯の宝珠、

一の山の結界も そのまんまだし

スッキリしねーよなぁ...


「お前か ルカ。

俺は ジェイドの冷たいツラを楽しんでいたのに」


地面から伸びる黒い鎖に巻かれて 座る男は

額に汗を滲ませて 小刻みに震えてたけど

眼には まだ力がある。

悪魔祓いの儀式らしい儀式は やられてないみたいだ。


「で、名前くらい聞いたのかよ?」


ボティスに聞くと「まだだ」って言う。

「なかなか しぶといぜ。俺の楽しみを長引かせてくれている。こう見えて いい奴だ」


「だが、まぁ」と、ボティスが続ける。


「こいつは、俺が見たところでは

大した能力もない雑魚だ。

黒蟲も、こいつが消えても気づきゃしねぇ。

その程度の奴だ。そうだろ?」


男は ボティスを睨んだ。


「けど、この兄ちゃん

おまえのコイン持ってたじゃん」


「そうだ。こいつは混血のくせに

狐や狸に平気で騙されるから持っていた。

騙されなければ要らんからな。

しかも、こいつは仲間から

コインを掠め取って持ってたんだよ。

騙されても構わんような雑魚にも

コインは必要ないからな」


ボティスが ニヤニヤしたまま

「なぁ そうだろ?」って 聞くと

男は睨む眼に力を入れる。

眼で呪おうとしてるみたいに。


「そんな熱い眼で見るな。お前にイカれそうだ」と、ボティスは 男に聖水を振った。

男は、声を出さずに耐えている。


「ちょっとさぁ、やめろよ ボティス。

普通に聞きゃあいいだろ?」


まぁ、普通に聞いたって 話さねーんだろうけど...


「お兄さん、名前は?」


やっぱり、黙って睨んでるし。


あれ?...  ちょっとした違和感に気づいた。

地面を見ると、男の眼鏡が落ちてる。


「眼鏡、落ちてんじゃん」


拾おうとすると、男が立ち上がろうとし

鎖に捕まって 座り直す。


「さっきジェイドが、そいつの額に手を置いた時に、暴れて落としやがったんだ。

神父サマに 頭 掴まれりゃ キツイよな。

失禁ものだぜ。父の光が身体を貫く。

だが こいつには、祓う価値もない。

こんな小悪魔ちゃんじゃ、あいつもモノ足りねぇんだろ。弱い者虐めになっちまうからな」


「だから、おまえさぁ そういうのやめろって。

もう、話さなきゃ話さないでいいじゃん。

朋樹も霊視するだろうし、オレも読むし」


しゃがんで眼を合わせると、男はオレから眼を背ける。うーん、言わなきゃ良かったかな?


「読む? つまらんことを言うな。

自分の口で言わせろよ。敗けを認めさせろ」


なんのためだよ...


「徹底的にる気を削いでやるんだよ。

こいつは、胡蝶の復讐のために

単独で動いている。

胡蝶から、こいつの顔が読めたからな。

胡蝶と連絡がつかなくなって、不安になりやがったんだ。だが、黒蟲たちは探そうともしない。

あいつらは 使い捨てにしやがるんだ。

蟲だけじゃなく、仲間もな。

“もう、蓬と羊歯の宝珠も取れた。一山の結界さえ開けりゃ、榊と相討ちでもすりゃ楽だ”

そう思ってやがったんだ。

胡蝶も、あいつらのために仕事してたんじゃない。やらざるを得なかったんだろ。

言うこと聞かなきゃ、自分か そいつが殺られるからな」


男は またボティスを睨む。

額に血管を浮かせて、息が荒くなってきている。


胡蝶。

オレは この男に、殺されてもおかしくない。


「そんな顔すんなよ、ルカ。... そうだ

俺もジェイドも、胡蝶が どうなったか

こいつに話してないんだ。

男が泣き喚くとこなんか、見たかねぇからな。

お前から言ってやってくれよ」


男が、顔色を変えて オレを見る。

“違うよな?” って 懇願にも似た眼で。


自分の喉が鳴る音を聞く。

血流まで聞こえそうだ。


いや 言わないと


「殺した」


男から、何もかもが消えたように見えた。

すべての音も消える。


こいつとオレは、今たぶん 同じ場所にいる。


「剥き出しになった心臓に

十字架を押し付けて、死ぬときの顔を見た」


オレが 独白のように言う間

男は まるで、神を見るような眼でオレを見ていて


音が戻ると みるみる顔を歪ませた。


嘘じゃないと知っている

見開いたままの眼から、涙が ただこぼれている。


「終わりだ」


ボティスが、聖水の瓶を地面に捨て

パイプ椅子を立って、何か呪文を唱えている。


背後の階段を誰かが降りてくる。


ジェイドとハティだ。


「ボティス、ルカ。上がれ」


ハティは、手に瓶を持っていた。


地面を踏む感覚をなくしたまま、階段を昇る。


夜空の下に出ると、男の慟哭が聞こえてきた。




********




「教会に寄る」と、ボティスが言う。


ボティスは、教会の裏口から入らずに

表側に回る。


教会には灯りが点いていて

ステンドグラスが、夢の中で見るように見えた。


ふわふわしたまま ついて行くと

教会の扉に続く石畳の上で、ボティスが立ち止まる。


「男の声を戻したのは、さっきだ」


何 言ってるんだ?

言葉が通り過ぎて行く。理解が追いつかない。


「あの男の声は、カフェで俺等が捕まえた時から

今まで、術で奪っていた」


声を?


そうだ 確か

カフェで “一時的に声を奪う” って...


気がつくと、オレはボティスの上に乗って

何度も殴ってた。 何度も。


喉には でかい石が詰まってるみたいだ。

身体も 耳までクソ熱い。


鼻や口からの血で汚れたボティスの上に

ぽたぽたと 涙が落ちる。


ちきしょう ちきしょう...


ボティスは オレを見上げている。

涙を受けながら。


「悪かった」


一度、自分の口の中の血を飲んで

「痛いな」と 言った。

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