27


教会には、朋樹と榊がいた。


「おお、ひどいつらよのう... 」


前の方の長椅子に座って、榊が言う。


「ボティスよ、世話になった。

しかし、お前が あんなにも弱いとは。

角も牙も失い、大変に惨めである。

とても 憐憫の情を隠せぬ程じゃ」


ボティスは、腫れ出した瞼や口を薄く開いて

少しの間 立ち尽くす。


すぐ近くに立っていた朋樹が

「ダセェぜ、おまえ」と言うと

カッとした顔になった。


「初めから思ってたけど、たぶん術は おまえより

オレの方が上だ。思考も読まれんしな。

残念だが 知力も、おまけに腕力もだ。

オレは ガキの頃から、兄貴や泰河 相手にしてるからな。おまえ今も、ルカに殴り倒されて

ヘロヘロじゃねぇか。最近 負けっぱなしだな。

それじゃあ 榊にも、相手にされる訳が... 」


そこまで言った時に

ボティスが「黙れ」と、朋樹の首を掴んだ。けど

朋樹は簡単に、ボティスの手首を捻って外す。


「いい顔すんじゃねぇか。ボティス、おまえ

足手まといになんなよ」


朋樹が ボティスの額を、指で弾く。


「かわいいヤツだ、おまえは」


なんか、すげぇ おかしくなってきて

ちょっと吹き出したら、朋樹も すげぇ笑う。


「ボティスのマネしやがって。

笑いすぎたぜ、腹 痛ぇ...

昼から何も食ってねぇし。」


「シェムハザに何か出してもらおうぜ。

行くぞ、ボティス」


「ボティスは まだ泣きたいのではないかのう?

泣き言を聞いてやらぬでもないが」


「泣いてねぇ。肩貸せ、榊」


しょうがねぇな... と、オレが 肩 抱いてやると

ボティスは「クソ」って、笑った。




********




「こいつは、俺を しこたま殴りやがった。

見ろ、クールな美形が台無しだ」


5分で元に戻りやがった。


「おまえ それ、三日は腫れ引かねぇと思うぜ。

折れなくて良かったな」


「魔人は 多少 頑丈に出来ている。

ディル、腫れの軟膏を」


ボティスは、シェムハザが差し出した

かわいらしいピンク色の軟膏 塗ってやがる。

おもしれー。


「むっ... 」


シェムハザに 城から取り寄せてもらった 鶏のグリルの大皿を 自分の前に置いて、ナイフとフォークを奮っていた榊が、何かに反応した。


きみに 呼ばれておる」


キミって、月詠か...


「さっきの紅蟲だよな?」

「やばいかもな... 」


泰河と朋樹が言うけど、シェムハザが

「ここに扉を開け」って言う。


榊が「ふむ... 」と、迷いながら扉を開くと

扉の前には、神御衣かんみその袖の中に

腕を組んだ 月詠が立っている。


「榊、あれは何だ?」


月詠が背後を指差すと、そこには

首のない女の胴体が転がっていた。


なんで? あの女、蟲から戻ったのか... ?


「内蔵や骨から造られ、最後に皮が張られた。

何を送った?」


「蟲に操られておりましたので

よう覚えておりませぬ」


おっ、榊 とぼけやがったぜ!


月詠は 榊を見つめ

「... 確かに、蟲は入っていたようだが」と

まだガキみてーな顔を ちょっとしかめた。


「榊、下手な嘘は止せ。

俺が “送りつけてやれ” と言ったのだ。

何もせぬ お前に。

自国で事が起こっていることを知っておるのに

山神等の守護さえせぬ。一人、失われたぞ」


「異国の神、お前の出る幕ではない。

お前達は 勝手に関与しておるだけだろう?

この国には、この国の法というものがあるのだ」


「シェムハザだ。名も覚えられんのか?

異国異国というが、異教だということであれば

お前も邪神だ。父は お前も認めていない。

こちら側について 役に立て。

このまま地上を、人間ではない何者かに掌握されてみろ。父は 地上を一掃する。

となれば、お前も滅される」


月詠は 軽いため息をつき

「力を持つ他神であろうと、別界に手は出せぬ。

現世うつしよまでだ。

俺が現世に下れば、お前達の父に滅されるだろうが、現世ではなく界も違えば別だ」と

“知らんのか?” みたいな感じで返した。


他の神界には、他神は関与出来ないみたいだ。


「神であればな。だが、御使みつかいならば入れる。

現にサリエルは、お前の領地を犯した」


「だが俺の月の界では、その御使いとやらも無力だ。こそこそと盗みを働く程度が関の山」


眉間にシワを寄せた泰河が

「自分が安全だから 地上は放っておく って

言ってんのか?」と聞く。


「タイガ、口を挟むな。

私事で現世に手を出すことは、禁じられておる。

その異教の神とやらも 出て来ぬだろう?

俺も、白尾や榊は下ろしておる」


そっか...  そう言われたら そうだよな...


「お前は、創造主ではない。

ならば、多少の手は下せるはずだ」


シェムハザが言うと、月詠は

「先にも言ったが、何も起こっておらぬ」とか

言う。亥神は どうなんだよ?


「御使いとやらが 一人二人 滅されたところで

神も 同じ御使いも出て来ぬであろう。

そういったものなのだ」


話は終わりか... みたいに、月詠が

ちょっと横向くと

「お前の界に、手が出せる者がいれば どうだ?」と、シェムハザが言う。


「まだ言っておるのか?」って

鼻で笑う月詠の前に、シェムハザは本を出した。

日本書記... 古事記のような、日本神の本だ。

朋樹が ジェイドに貸した本らしい。


「俺等の皇帝を知っているか?」


月詠は眉をしかめ

「何を言っている? 明けの明星とやらか?

それが何だ?」と 言うけど

微かに不安が見える。


「これにも載っている。天津甕星あまつみかぼしとして。

地上平定には、手を焼いたようじゃないか。

“最後まで抵抗した、他の天津神”。

争いを知り、おもしろがって単身で参戦したんだろう。高笑いする様子が目に浮かぶ」


「何... 」


おっ、焦ってる!


「だから何だと言うのだ? 国譲りは成った。

建葉槌たけはづちが... 」


「いや、途中で飽きて 皇帝 自ら引いたんだろう。

よくあることだ。

わかるか? 皇帝には、界など関係ない。

“俺が入れん? ならば他の神になればいい” という

困った人だ。

皇帝に威があるのは、父のみだ。

皇帝はまだ この一件も、泰河やキュべレのことも知らん。だが、何か感づいてはいる。

最近も 地上の俺の城へ来たからな。

知れば かき混ぜるぞ。

真似してやれ、ボティス」


「“地上はつまらん。全員 俺に夢中だから。

『堕天使 悪魔』と言えば『ルシファー』だ。

そうだろ?

他神界にしよう。全員 俺にくだらせる。

そして 天に反逆に向かう。働け下僕共おまえたち... ”」


ボティスの真顔に眼をやった月詠は

御神衣から右手を出して、自分の顎に触れた。


「... 何をしろと?」


うわ 折れたぜ?! 皇帝すげー!

朋樹と榊も、思わず眼を合わせてる。


「今回は、山神の守護と面倒なモノの処理だ。

さっき送ったようなモノのだ」


「“今回は”?」


「そうだ。お前は御使いに作用出来るな?

こちらに付け。

地上に、二心を持つ天使が現れた際に

対処してもらう。サリエルのような者だ」


すげぇ、天使に作用出来るのか...

月詠が頷けば、天使の対抗手段だ。


月詠は「その程度であれば いいだろう」と

また御神衣の中で腕を組む。

“その程度” なのかよ...


「天使には術だけの奴ばかりでなく

腕っぷしの強い奴もいるが... 」


「スサがおる。では、何かあったら呼べ。

くれぐれも甕星には話が回らぬように頼む」


そんな イヤなのか...


月詠は 首に掛けた紐を外して、朋樹に投げた。

白くて小さい勾玉が付いてるヤツ。

泰河と朋樹が “うおお... ” って顔してやがる。


「榊。あまり馴れ合うな」とか言って

月詠が扉を閉じると

「くれぐれも か...

皇帝が 勝手に出て来ねば の話だな... 」と

消えていく扉を見ながら

シェムハザが ため息をついた。

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