25


教会に戻ると、もう六山会議の時間で

朋樹が 沙耶さんの病院から戻って来てた。


「おっ、魔人か?」


ジェイドに付き添われながら歩く男を見て

朋樹が言う。


「そうだ。地下へ連れて行く」


教会の裏へ回ると、地下教会へ降りる蓋を外して

男を連れたジェイドと降りる。


後に付いてきたシェムハザが 指を鳴らすと

壁の窪みの蝋燭に火が点く。

次に、小瓶に息を吹き掛けて天井に魔法円を描いた。


「座る場が必要だな」


シェムハザが呪文を唱えると

土の床の中央が盛り上がって、背凭れのない椅子になる。


男をそこに座らせ、ボティスが男の視力を戻した。


「後は拘束か」と、シェムハザが

男の足下あしもとから、地界の黒い鎖を出すと

男に巻き付いていく。


「さて。六山会議の時間だが、ジェイドは残れ。

そいつは ここからは逃れられんが、見張りは必要だからな」


シェムハザが言うと、ボティスも残るって言う。

榊に会わねー 気かよ。


ちらっと見ると

「榊とは、そのうち個別に会う」って言って

「会議に出て来い」と、手でオレを追い払いやがるし。


「俺も会議に出て来よう。

彼に、名前くらい聞いておいてくれ」


地下の階段を上がるシェムハザに

オレも付いて行く。


教会の前にいた朋樹に

「沙耶さんは?」って聞くと

「まだ変わりはない」ってことで

朋樹は、沙耶さんに結び付いた蟲だけを 穢れとして祓おうと、ずっと祓詞をやってるらしい。


「悪魔の蟲だ。祓魔だと強すぎる。

沙耶ちゃんに影響したら困るからな。

結び付いた蟲だけを取り除きたい」


うん それが出来ればいいよなぁ... って

考えながら、ヘルメット被ってたら

隣でシェムハザも被り出した。

いつもみたいに、オーロラ出現は しないらしい。


「では、白尾の山で」って、泰河と朋樹に言って

「ルカ」と、バイクを指差す。


後ろにシェムハザが跨がると、バイク出して

教会の前から続く山道を登り出した。




********




「馬とは また違う。なかなか良い」


キャンプ場の駐車場にバイクを停めて

シェムハザからヘルメット受け取って バイクに掛けてると、泰河と朋樹が車を降りた。


広場には狐火が上がっていて、たくさんの人影が見える。もう山神たちが集まっているみたいだ。


近くまで行くと、五人の山神と

山神に付いて来たヤツらは、輪になっていた。


真ん中には、ショートへアの女が倒れてる。

気絶してるみたいだ。


「異国の神と人等よ、伴天連は どうした?」と

着物姿の蛇神が言う。


「教会だ。魔人を捕らえた。こいつもか?」


シェムハザが聞くと、蛇神が頷く。


「この山に入っておった。

白尾を狙ったものであろうが、神鳴りにて射った。死してはおらぬ」


蛇神は雷を呼べるらしい。

気絶した女は、ボティスのコインは持ってない。


柘榴ザクロ様。皆様も あまり山を離れては

山の者が不安になりましょう。

会議を始めます。

魔人は とりあえずの間、半樹なかぎにいたします」


ザクロって、蛇神のことみたいだ。

白尾が言うと、倒れた女の周りから

何本かの木の芽が伸びて、女を飲み込みながら

成長し、一本の樹になった。


幽世で樹に磔になっているサリエルみたいに

気絶したまま立ち上がらせられた女は

両腕と下半身が、樹に埋もれている。


「これは... 」


朋樹が、今の白尾の術に反応すると

白尾は 朋樹に「あなたの術の応用です。

私は あなたに祀られ、山神になりましたから」と

笑顔を見せた。


「おお、朋樹。

以前、儂を木の芽に取り込もうとしたのう」


榊が言うけど、そんなことがあったのかよ...


「オレは、半樹には出来んぜ。樹檻きおりまでだ」


おっ、朋樹は ちょっとくやしそーだ。


「まずは榊様。

相手側の ご報告を、お願い致します」


白尾に促されて「ふむ」と 榊が話し出す。


榊が話したのは、オレらがボティスから

昨日 聞いた話だった。


胡蝶が死んでも、魔人を統括しているヤツは

あと 二人いること。

“黒蟲” って オレらが呼んでる蟲使いと

別に もう 一人。


一の山は、獣が降りた山だから狙われたこと。

山神達を配下に置くために狙ってること。


「胡蝶は、呪力を奪う化生けしょうの者であったが

異国の蛇神と伴天連、ルカが祓うた。

そこの天人のような者も 一役買っておる。

礼を言う」


祓うた か。マイルドな表現だよな。


「一の山の結界は、大変に強固な物であり

未だに手の施しようもなく

長を失うた猪共も、不安であろうこととは思われるが... 」


「人神様であれば、破れるのでは?」


「だが、相手方は 胡蝶 一匹 消えただけであり

奪われし狐の宝珠も戻っておらぬ。

何も解決しておらぬ内に、結界を開いて良いものか... 」


「それこそ 一山は、相手方の手に落ちよう」


「あの半樹の女に、何か聞けないのか?... 」


これから 樹に埋もれた女を起こすらしい。


山神たちが話し合う間に、報告を終えた榊が

オレの近くに来た。


「ルカよ。世話になったのう」


緋色の着物の腕を組んで、オレを見上げて言う。


「いや、全然いいんだけどさぁ

もう、一人で潜入とかはしないで欲しいんだけど。やっぱ心配するし」


「ふむ。蟲に入られた故、良い機会じゃと思うてのう...  オーレでも どうであろう?」


「カフェオレ?」


「ふむ」


駐車場の自販に行こうとしたら

シェムハザが気づいて 付いてきた。


「むう、まばゆい者よのう... 」と眼を細めて

「天人。お前にも礼を申す」と榊が言うと

「シェムハザだ。無事で何より。失礼」って

榊の帯に 自然に触れるし。


「帰還祝いだ」


帯留めの紐に、でかいルビーが付いた。


「なんと... 」


切れ長の眼が輝く。榊までが 一気にゴキゲンだし

なんで初見で 喜ぶ贈り物がわかるんだよ

もう、すげぇぜ シェムハザ。


「これ、錬金?」って聞いたら

「取り寄せだ。形の加工をしているが

ハーゲンティの練金とは違う」らしい。


自販に着くと、小銭入れて

二人に先に選ばせた後、オレもコーヒーを買う。


「今日は、ジェイドとボティスは 如何しておる?

礼を言わねば と思うておったのだが」


カフェオレって言ってたのに、炭酸 飲んで

盛大にゲップ出して 榊が言う。


「ふむ。失礼した」


シェムハザが笑いながら

「魔人を捕まえた。教会で見張りだ」と 答えて

「ボティスに会っても、礼だけにしとくがいい。

呪力のことを気にされたくないようだった」って

とりあえず全部言った。


「だが... 」と、榊が言いかけると

「男にはプライドというものがあるのだ。

ボティスに感謝するなら、触れぬことだ」と

榊を黙らせる。榊は オレを見るけど

オレも「そ」って、頷いといた。


「オーレにするかの」って

ちょっとムクれて言うから、また小銭入れる。


「跳ねっ返りと聞いていたが、かわいいものだ」


「むっ?」


おっ、出るか? 齢三百って...


「... ふん」


うわ 出ねぇ!


「何じゃ ルカ。そのように眼を剥いて」


ぷんぷんして、カフェオレ 一気飲みしてるし。


「いや別にぃ... 」


まぁ、シェムハザは 小童コワッパじゃねーもんなぁ。


「儂も教会へ行く。礼を言わねば気が済まぬ」


「あ、うん。けど 帰りは送るからさぁ... 」


「ぬうぅ... もう良い! 広場に戻る!」


榊は、空き缶ゴミ箱に突っ込んで

鼻息荒く広場に向かうし

シェムハザは笑ってるし、なんだよ もう。


「なるほど跳ねっ返りだ。

女扱いされるのが我慢ならんようだ」


ルビーは喜んでたじゃねーかよー。

ハティに『ご婦人』って言われても

平気だったしさぁ。


「まだ、俺や お前を認めておらんのだ。

術に優れているのだろう?

なのに、女だから と心配ばかりされるのが

気に入らんのだ。おもしろい」


広場に戻っても「よう、榊」って言う泰河に

「何じゃ!」って噛み付いてるし。

まったくよー。


「何 怒ってんだよ、おまえ... 鼻 拡がってるぜ。

あの女、起きたけど喋らねーし」


須佐之男命すさのおのみことは、刀でサリエルの樹を斬って

樹に話をさせてたけど

オレらに それが出来るかだよな」


うん、刀とかねーし。


「月詠を来させれば良いだろう」


シェムハザが簡単に言うと

「何を... このようなことで人神様を呼ぶなど... 」

「我等と人神様では尊格が違う」

「異国の神であるから 分からぬのだ」とか

どんよりし始める。


「何を言っている?

お前たちの神は、この程度の手も貸さんのか?

地上が かかっている。

被害は最小限でとどめるのが良い」


イライラしてきてんな、シェムハザ。

結構せっかちなんだよなー。

アリエルの幻影ん時も、すぐ 猟犬 呼んだし。

でもまぁ、こうやって樹を囲んでてもな...


樹に取り込まれた魔人の女は、俯いたまま黙って

咀嚼するように口を動かしている。

なーんか、気持ち悪。


「榊、月詠命を呼んでくれ」


朋樹が言った時に

女がいきなり、カッと口を開けた。


ザザーッと羽音を立てて

無数の羽虫が 女の口から放射されると

羽虫は 一塊ひとかたまりになる。


「こいつが黒蟲なのか?」


「いや、蟲が紅い。うまくかたちも成してない」


紅い羽虫の塊は、羽音の唸りを上げながら

近くにいた史月を取り巻いた。


「お?」


「史月!」


朋樹の式鬼札の炎の鳥が 羽虫に向かうが

羽虫はバラけて、空中で また纏まる。


「こいつら 吸血するぞ」


マジかよ...

これだけの虫に吸血されたら 失血死するぜ...


オレが風の精を呼んでも

竜巻のような風からも 逃れてバラけた。


シェムハザが防護の魔法円を出して

山神たちを入れる。


「いいだろ もう。どうせ喋らねーよ」


史月は狼になると、樹上の女の頭を噛んで

引き千切って落とした。


玄翁が、手に印を組んで その首を燃やすと

樹に埋もれていた身体の残りが 一気にバラけて

全部が紅い羽虫となる。

樹には、腕と脚の形に穴が空いた。


「嘘だろ?!」

「こっちが本体じゃねぇの?」


泰河が、シェムハザの防護円から出て

羽虫の塊に手を伸ばす。

羽虫は、泰河には取り巻こうとしなかったけど

泰河は触れることも出来なかった。


「どうすんだよ?」

「何かに閉じ込めるか?」


柘榴ザクロが塊に雷を落としても、何も影響はなく

バラけては また塊になる。


シェムハザが新しい魔法円を描くと

青く光る人型が降りた。天空の精霊だ。


「浄化を頼む」


青い光の人型は、羽虫の紅い塊まで浮き

塊を包み込んだ。


「... 通用しないか。良い、帰れ。

何か法則が違う。ハーゲンティ」


シェムハザが呼ぶと、手に瓶詰めの脳を持った

ハティが立つ。


「何も通用しない。砂にしてくれ」


ハティが魔神の姿に変異して 息を吹くけど

羽虫は、それからすらも逃れた。


ダメだ。何も通用しねぇ。

このままだと、泰河以外は円も出れねーし...


「面倒なもののようだが、そもそも

魔人であれば祓魔だ。ジェイドは どうした?」


「教会で 別の魔人を見張っている」


ハティは瓶の蓋を開けて、脳に指を触れた。

何してんだよ...


「... 自らの死を賭した呪いのようだ。

解決法はない。吸血で増殖する」


「はあ?!」

「ちょっと... 」


羽音を唸らせる紅い塊が、広場から

駐車場の方へ移動して行く。


「人が来たんじゃないのか... ?」

「車が通りかかったとか?」


そうだったとしても、為す術がない。


「榊、界を」と、シェムハザが言う。

「被害が拡大する前に蟲を送れ。俺が話す」


一瞬 迷った榊が、右手を肩の位置に上げると

羽虫の進行方向に扉が開く。


すべての羽虫が扉の向こうに入ると

シェムハザが扉に着く前に、榊が扉を閉じた。


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