19


「蟲か?」


泰河がカウンターに入って

沙耶さんを運び出した。

右手を 沙耶さんの額に当てるけど、蟲は出ない。


「いないなら、目を覚まさせないと... 」


琉地を呼ぼうとしたら

ハティが「待て」と、沙耶さんを見る。


「蟲が出た後だ。何か取られている」


「何か って... 」


「霊視とやらが出来るようだが、それだろう」


「蓬や羊歯が、宝珠を取られたみたいに ってことかよ?」


とにかく、沙耶さんを起こそうと

琉地を呼ぶと、またハティが止める。


「何だよ、ハティ!」


「まだ 蟲がいる」


もう 一匹... ?


「触っても 出なかったぜ」


泰河が、左腕に沙耶さんを支えたまま

模様が浮いた右手を出す。


ハティは、口の中で呪文を唱えながら

沙耶さんの下腹に指で触れた。


「結び付いている」


「... まさか」


言うな

とっさに そう言いたくなった


「子宮だ。対処するまで起こすな」





********




朋樹と ジェイドを呼び

朋樹に、沙耶さんの霊視をさせた。


「... ジェイドと会ってるな。

カウンターに座って、コーヒー 飲んでる」


「それは、僕じゃない」


「わかってるよ。史月の息子とか浅黄みたいに

蟲で造りやがったんだろ」


「... ジェイドが帰って行くとこを

カウンターのなかから見送ってる。

沙耶ちゃんに触れたのは、コーヒーを受け取る時と、コーヒー代を払う時だけだ」


「でも、榊に蟲を入れた時も

ニセ浅黄は 肩に触れただけだった」


「それで、どうするんだ?

どうやって蟲を出す?」


「出ねぇんだよ。結びついてる、って... 」


「病院とやらへ運べ」と、ハティが言う。

「自然に目覚めることはない。

だが、その間に対処方を探す」


朋樹が、救急に「急に倒れた」と連絡し

占いの予約客がドアの前に立ったので

オレが断りに行って、帰ってもらった。


電話を済ませた 朋樹が

「混血を増やそうとしているのか?」と

冷静に言うのを聞いて、カッとする。


「理由なんかどうでもいいだろ!

おまえ、これが ヒスイでも

同じこと言えんのかよ? 考えて物言え!」


沙耶さんの前で言うな

ふざけんなよ、くそっ!


ハティが姿を消すと

店の前に救急車が停まった。


ストレッチャーに乗せられた 沙耶さんが

車内へ運び込まれる時に

前に、同じように運ばれた 妹のリンと重なる。


「付き添ってくるわ」と、オレに自分の車の鍵を渡した泰河が 救急車に同乗し

朋樹も自分の車で、病院へ向かうことになった。


「教会で待て」と

姿を現した ハティも消える。


沙耶さんのスマホが鳴った。

つい出てみると、占いの予約を取りたい っていう

連絡で「如月が体調不良で... 」と 断って

勝手に出たことに、自分でゲンナリした。


カウンターで洗い物をしながら

「ルカ、とりあえず片付けをして

教会へ戻ろう」と、ジェイドが言う。


落ち着かないまま、洗ってある皿を片付けたり、キッチンをチェックして

鍋の中身などの傷みそうなものを

タッパーに移し換えて、冷凍庫に入れる。


「店の鍵は?」


そうか、戸締まりを... と、鍵を探して

カウンターの下の棚にあった

沙耶さんのバッグから鍵を探してる時に

すげぇイヤになった。

ごめん、沙耶さん。バッグの中も見たりして。


鍵を見つけると

バッグはカウンターの下に戻す。


「スマホは、預かった方がいい。

沙耶夏さんの仕事の連絡が入ったら

ちゃんと断らないと。これからの信用に響く」


店のドアに、しばらく休業すると貼り紙をして

泰河の車を 店の駐車場から出した。




********




一度、フランスの城へ戻っていた シェムハザと

山を見回っていたマルコシアスを

教会の裏のジェイドの家に呼んで

ジェイドが、沙耶さんのことを話している。


「結び付いた だと? 無理に結び付けたのだ。

沙耶夏とやらの合意の上ではないだろう?」


「まったく、なんてことを...

決して 許されることではない」


二人が 怒りをあらわにするのを見て

少しだけ 慰められたような気分になった。


「どうすればいいと思う?」


「例え 結び付こうと、生まれぬ可能性の方が高い。自然に失われることの方が多いが... 」


「だが過去には、胎内から母親を食した例もある。悠長に様子を見てはいられん」


ちょっと...  やめてくれよ...


「悪魔祓いは?」と、ジェイドが聞くが

「身籠った者も悪魔と見なされる場合がある」という。


「ディル、珈琲を。4つだ」


シェムハザが言うと、テーブルにコーヒーと

シンプルな型抜きクッキーの皿が乗った。

たぶん、アリエルの手作りだ。


「しかし、沙耶夏さんまで... 」


「長く お前を観察していたようだな。

こちらも、気をつけてはいたんだが」


マルコシアスが ため息をつく。


「黒蟲の蟲には、生物的な気配がない。

また 蟲は使い捨てにしている。

一度使った蟲を、再び使うことがない。

蟲から黒蟲を追うことは不可能だ」


シェムハザが

「周囲の女性には洗礼させることだ。

父の加護がある者には、黒蟲は近寄れん」と

クッキーを指に摘まんで口に運ぶ。


周囲のって、泰河の周囲じゃないのか?

なら、リンも?


「オレ、妹がいるんだけど... 」


「お前の妹は心配いらん。洗礼を受けているだろう? ロザリオの加護もある」


リンは、ジェイドに ロザリオを貰っている。

マルコシアスとハティは、リンも見に行っていたらしかった。


「元々、祓魔師のジェイドの胸にあったロザリオだ。儀式でも何度も使っていた物だな?

皇帝でも手を出せまい」


ほっとしたけど、ジェイドが

「榊さんは どうなんだ?」って聞く。


榊は雌狐だ。こういう危険があるなら

もう潜入なんか止めさせるべきだと思う。


「潜入している狐なら、月詠の加護はあるが...

この国の神は、サリエルを捕らえ

樹に埋め込むくらいだが

のんびりしているからな。なんとも言えん」


シェムハザが答えて、眉間にシワを寄せると

「食べろ」と クッキーを指差す。


「お前たちに ふるまうために、アリエルが焼いた」って言うし、オレもジェイドも

すぐに皿からクッキーを取った。


「妻は お前たちを、自分の家族のように愛し

毎日 お前たちのために、城の教会エグリースで祈っている」


なんか、急にそんなこと言うなよな。

ちょっと粉っぽくて 素朴な味に、胸が熱くなる。


「アリエルに渡してくれ。式でも掛けていた。

シェムハザに ロザリオの影響はないだろう」


ジェイドが首にかけたロザリオを渡した。


「お前は どうする?」


「また新調するけど、それまでは

前神父の物を借りておくよ」


シェムハザがロザリオを受け取り

「ディル、アリエルに」と 言うと

ロザリオは消えた。


「沙耶夏には、泰河らと

ハーゲンティが付いているのだな?」


マルコシアスが確認して立ち上がり

「山神らに注意を促してこよう。

何かあれば呼べ」と

コーヒーを飲み干して消える。


「熱っ!」


急に、足の付け根近くに熱を感じた。

ソファーを立ち上がって、ジーパンから

コインを取り出す。狐のコインだ。


「ボティスか?」


コインを握るけど、声は聞こえない。


「猫だ」と、シェムハザが 窓を指差した。


「露子!」


窓の桟に乗った露子が、器用に窓を開ける。

桟から抱き上げると、榊の顔が見えた。


「榊だ」


何かあったのか?

つい、倒れた沙耶さんを思い浮かべてしまう。


「聖水を取りに行く。バイクを回しといてくれ」と、ジェイドが教会へ向かう。


「猫が導く場に着いたら呼べ」と言う

シェムハザに頷き、露子を抱いて外に出た。




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