18


バンガローで仮眠して、山を降りて 二日。


榊は戻って来てないし

あれだけ入ってた仕事も、今はまったく。


天気の良い午後。オレと泰河は、琉地と

姿を消したハティと、病院に行ったところ。


この場合の “姿を消す” は、いなくなったんじゃなくて、この場には居る ってこと。

霊体のみになる とか何とか

ハティは、よくわからんこと言ってたけど

かなり感のある人にしか見えなくなる。


今日、午前中は

ジェイドに『教会の掃除を手伝え』って言われて

何故か、シェムハザに監督されながら

四人でやって、ジェイドん家で 飯食ってて。


そしたら、キャンプ場の おっさんから

『あの日 宿泊した団体客の内の、二人が目を覚まさない』って、朋樹に連絡があって

やっぱり、宿泊施設の屋上から跳んだ人と

倒れた人だった。


『同じ時に利用された方が、本当に

黒い牛人間を見たようで... 』とも言ってたらしく

うん、それ ハティなんだけども。


『悪魔です。何か障りがあったのかもしれません』って、真面目な声で答えた朋樹が

ジェイドと、また 何故かシェムハザも 一緒に

キャンプ場の施設を 祓い清めに行ってて

オレらは、目覚めない人の病室へ行って

起こして来たところ。


ハティが病室の人払いして、オレらが忍び込むと

琉地が 寝てる人に、煙になって入って

天の筆と、泰河の模様の手で起こす。

なんか こそこそした仕事だ。


これで、目が覚めたんだけど

“この人たちが目覚めたのは、朋樹とジェイドが

キャンプ場を祓い清めたおかげ” ... って

なるんだよなー。まあ いいんだけどー。


目覚めた人は、二日前の夜に

自分が跳んだことはわかってなかったし

屋上で倒れた人にも、その時の記憶はなかった。


病院を出て、駐車場まで歩く。

今日は バイクを教会に置いて、泰河の車で来た。


「蟲、いなかったな。

なんで起きなかったんだろ?」


「狐の幻惑に合ってるからな。

榊が、頭ん中の深いとこに 幻惑かけたんだろ。

浅いとこなら すぐ解けるし、後になっても

そのことを覚えてたりするんだよ。

深いとこだと、なかなか解けなかったり

目覚めなかったりする。

解けても、思い出せないことが多いし

解けずに狂い死ぬこともあるしな」


なら、榊は

結構ヤバイことしたんじゃねーの?


「まぁさ、オレらが対処するだろう って思って

やったとは思うんだけど... 」


車の鍵を開けながら、泰河が

榊をかばうように言葉を添える。


「そりゃ、絶対そーだと思うぜ」


オレも後押しすると、ハティが

「疑う必要はない」って

めずらしく消えずに、後部座席に乗り込んだ。


「珈琲でも」とか言うし

沙耶さんの店に行くことにしたけど

もしかして これって、オレらの守護だろうか?

... とか、助手席で考える。


泰河が狙われてるし、当然なのかもだけど

今までこうして ハティがつくことは なかったよな。


車内ミラーでハティを見ると

ダンタリオンの本読んでるし、聞くのはやめとこうかと思ったら、泰河が運転しながら

「なんか、気ぃ使ってんじゃねぇの?」って

ハティに聞く。


「シェムハザも、ジェイドと朋樹についていったし、マルコシアスは、六山 回って

様子見たりしてるしさ」


ハティは、本から眼を上げずに

「ボティスの代わりだ」と答えた。


そうか。ボティスは 泰河に

“お前の お目付け役” って言ってたよな。

あいつからも連絡ないけど、大丈夫なのかな?


「また、未知なる相手というのは

大変に興味深い」


ハティの話によると、魔人は どこにでもいるけど

その数は多くはないらしい。


これまでは表立って、派手に

地上を掌握しようと動いたことはないっていう。

天使にやられると困るだろうし。


自分達が利になるように、多少 経済を調整して

人の魂を手に入れるために、人同士で争うようにそそのかす。そういうことを、裏から手を回して

やってたみたいだ。


「ところが、地上を狙うものが現れ

また、天使に対抗出来得る手段を見つけた」


泰河の獣の血だ。


大母神 キュべレを起こそうとしている

サリエルやウリエルと

それを対処しようとするサンダルフォン。


あと、泰河を “見に来た” って言ってた...


「そうだ! ハティ、ダイナは何なんだよ?

また違う勢力とかじゃねーだろーな?」


つい、でかい声出すと

「うるせーな、ルカ! 事故ったらどうすんだよ」と、泰河が顔をしかめたけど

「ダイナって、こないだジェイドが祓ったヤツか。キュべレの血縁だよな?」と

ミラーでハティを見てる。


「ダイナは、気にする必要はない」


おっ? 軽く ため息ついたぜ。


「なんでだよ? あいつ、人に憑いて

“泰河を見に来た” って言ってたんだぜ」


「ダイナを寄越したのは、リリトだ」


リリト? ... って


「それ、キュべレの娘じゃねーの?」


「だが、リリトは母など知らん。

ダイナに泰河を見に来させたのは、皇帝のためだ」


地界の皇帝、堕天使ルシファーは

オレらが ハティやボティスから話を零れ聞いた感じだと、まぁ ちょっと アレな感じがする。


リリトは、その皇帝の城にいて

皇帝の お目付け役らしい。


「リリトは勘が良い。キュべレの件に感づき

自ら占い、獣の血を嗅ぎ当てた。

キュべレが目覚めるようなことがあれば

皇帝も それは喜んで、混乱に乗じるだろう。

そのための仕度を始めている といったところ」


ええー...


「だがまだ、皇帝の方は

しっかりとは気づいていない。

リリトもその辺りは心得て、今のところは黙している。それが救いだ」


ハティは ついにダンタリオンの本を閉じた。

読む気も失せちまったよーだ。


「そのリリトが、キュべレ側に転ぶってことはないのか?」


泰河が聞くと

「リリトは あくまで “皇帝側” だ。

皇帝は、父以外に自分の上など認めん。

キュべレにつく ということはない」と

二度目の ため息をつく。


「じゃあ、おまえさぁ

サンダルフォンなんかに使われたりしたら

大変なんじゃねーの?

皇帝とサンダルフォンの板挟み みたくなるんじゃね?」


ちょっと心配になって聞いてみると

「サンダルフォンも、皇帝のことは よく知っている。刺激はしまい。

我を “うまく” 使う気だろう。

こちらとしても、皇帝の誤解は受けぬよう

配慮もするが... 」って、眼をかげらせた。


うん。つまり

不安は残るけどね ってことか。


「... ま、とりあえず

沙耶ちゃんのコーヒー飲もうぜ」って

泰河が 沙耶さんの店の駐車場に車を停めて

オレらは 車を降りた。




********




「あら、泰河くん、ルカくん。

ハーゲンティさんも」


ハーゲンティさん。呼び名 長げー。


「ハティでいいと思うぜ」


カウンターの席に座りながら言うと

「じゃあオレもー」って、泰河が言う。


昼過ぎて 夕方前の微妙な時間だし

今 店には、お客さんはいない。


「珈琲を」って言って

オレらが座るカウンターの 後ろのテーブルに

ついて、ダンタリオンの本を読み出したハティは

赤い肌、漆黒の髪。タイトな黒いスーツ。

肌さえ赤くなきゃ、普通に 地上に紛れ込めそうなんだけどなぁ。


オレらもコーヒーを頼むと、沙耶さんは

手際よくサイフォンを 三つ用意する。


「まとめて淹れていいのに」


泰河が言うけど「おかわりするでしょ?」って

沙耶さんが笑う。


これ本当は、個人の好みに合わせて

それぞれに淹れてくれてんだよな。

外では なかなか、好みの濃さのコーヒーを

探せなかったオレも

沙耶さんのコーヒーは うまいと思う。


沙耶さんは「ちょっと待ってね」と

ドアに準備中の札を掛けた。

夜の仕込みと、占いのお客さんの時間みたいだ。


そのままキッチンへ入って行って

サービスのデザートを持って来てくれた。


「おっ、プリン!」

「うまそう! 沙耶ちゃん、ありがとうな」


でもプリンは 三つあって、沙耶さんは ひとつを

テーブルに運ぶし、泰河と眼を合わす。


「どうぞ」


お...  ハティが プリン... ?


ハティは、ちょっとプリンを見つめたけど

黒い睫毛を臥せて 軽く礼をした。


小っさいスプーンを赤い手に取って

カスタードプリンを掬う。


あっ


「... 食ったぜ」

「スーツなのに」


「もう。ふたりとも 止めなさいよ」


アルコールランプの火を消して

カップに コーヒーを注ぐと

まずハティに出して、オレらの分も注いでくれた。


プリンを食ってみると、くどくなくて美味い。

もう 一回、テーブルを振り向いてみると

やっぱり品良く食ってやがる。


「ルカくん、お行儀が悪いわ」


「あっ、ごめん」


だってさぁ...


「... 彼、割と 甘いもの好きよ」と

小声で沙耶さんが言う。


「えっ?」

「沙耶さん、なんで そんなこと知ってんの?」


ハティが、甘いもの?

オレらも小声になるし。


「このくらいの時間に

時々、コーヒーを飲みにいらっしゃるの」って

沙耶さんは、自分の背後の棚を指差した。

棚の下の方の段に、小さい蓋付きの瓶があって

金貨が何枚か入ってる。


「マジで? オレ知らなかったぜ」

「オレも」


「どうもね、泰河くんたちが忙しくて

ここに来れない日に、彼が いらっしゃるから

私の様子を見に来てくれてるみたいだわ。

本人は、読書に適した店 って言うんだけど... 」


なんだよ その紳士的な優しさは...


「私も、泰河くんたちの近くにいるから

何かに巻き込まれないように、警戒してるんじゃないかしら?

お店からの帰りは、私が部屋に入るまで

誰か違う人が 付いて来てるわ。

姿は見えないんだけど、見守ってくれてる感じがするの」


「違う人?」

「ハティの下っぱのヤツかな?」


「... マルコシアスだ」


めちゃめちゃ聞こえてんじゃん...


オレも泰河も振り向くと

もうプリンは食い終わっちまってて

コーヒーのカップを片手に持ってる。


「お前達が 気が利かんからな」


うっ そうだよな...

本当なら、オレらが やるべきことだ。


「ごめんな、沙耶ちゃん」

「考えてみたら、獣のことがなくても

帰りとか危ねーよな。女の子だし」


「いやだわ。女の子って歳じゃないし

泰河くんたちは 仕事があるじゃない。

私が皆に、仕事を回してるのよ。

... 彼、照れ隠しなんじゃないかしら?」


ハティは 読書を再開し出した。


「... くっ。かわいくね?」

「やめろよ、ルカ」


オレも泰河も、カウンターに向き直って

なんとか笑うのを堪え

沙耶さんも口元を緩ませる。


「ふふ。でもね、泰河くんたちが

こうやって、コーヒーや ご飯に来てくれると

やっぱり 何か安心するわ。

午前中も、めずらしくジェイドくんが

一人で来てくれて... 」


コーヒーカップから眼を上げた。


「待って、沙耶ちゃん。

ジェイドはオレらと 一緒にいたぜ」


沙耶さんは

「そんな、あれは ジェイドくんだったわ」と

笑って言う。


「教会の掃除してた。霊視で 視てみて」


オレに眼を向けた沙耶さんは

表情を強張らせる。


「視えないわ」


「みえない?」


霊視が出来ないってこと?


「沙耶ちゃん!」


カウンターの中で、沙耶さんが倒れた。

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