五山、史月の山に着いて

旧道の塞がれたトンネルの前で、琉地るちを呼ぶと

白い煙がコヨーテの琉地になった。


「おまえ、最近 ここばっかだな」


琉地は太いシッポを振る。楽しそうだ。


史月を呼ぶように頼む前に、頭を撫でると

森の光景が見えた。


これ、琉地の思念?


琉地は、オレを じっと見上げている。


見えたのは、昼間の森だ。

狼の姿の史月が、子供の狼と狩りをしてる。

史月が教えてるみたいだ。


「どうした?」


泰河に聞かれたけど

「いや... 」って、答えて

琉地に、史月を呼ぶように頼むと

琉地は遠吠えを上げた。


トンネルを塞ぐ石が消えると

シングルのライダースに 皮パン、ショートブーツの史月が歩いてくる。


ウエーブの長い黒髪を後ろで 一つに束ねてて

尖った耳、意志の強そうな太い上がり眉。

鮮やかな碧い眼。

今日は、香水つけてなくて助かったぜ。


「よう。今日は揃ってんな」


今日は って、昨日も 最初は揃ってたし。


「ん? オマエ、誰?」


史月は、ジェイドを指差した。


「何を言ってるんだ。飲み過ぎて忘れたのか?」


ジェイドが 呆れて言うと

史月が怪訝な顔をした。


「おっ、噂の伴天連て オマエか?」


なんか、おかしい...


朋樹が「昨日、一緒に飲んだだろ」と

真面目な顔で確認する。


「昨日? 何 言ってんだよ、朋樹。

オマエ、異国に 女いるみてーじゃねぇか」


「そうだ」と 史月が、朋樹から

泰河とオレに顔を向けた。


「あいつ、どうなった?

俺が、脚 引き千切っちまったヤツ。

気になってたんだ。生きてんのか?」


「ああ、生きてるよ。史月、おまえ 大丈夫か?

マジで昨日のこと忘れちまったのか?

いや、昨日っていうか、この朝のことだぜ」


泰河が言うと、史月は

「さっきから何言ってんだ?」と

眉間にシワを寄せる。


「俺は、オマエらが

いよいよゲーム持ってきた って思って

出て来たんだぜ。

玄翁が人化けして、山に電気の工事させたから... 」


史月は、嘘はいてない。

記憶操作されたのか?


「史月、昨日の夜から朝まで

どこで何してた?」


朋樹が聞くと

ここに居たに決まってんだろ。

あ、息子と狩りして、ボール遊びした後

キャンプ場の山には、コーヒー 盗みに行って

白尾ハクビに会ったぜ。

オマエらも たまには行けよ」とか言う。


「“アンチキリスト” のことは?」


オレが聞くと

「アンチ? 何だ、それ」って言うし。


「仲間が悪魔に憑かれたんだろ?

伴天連 呼ばなきゃ、今夜も来る っていうから

ジェイドと来たんだけど」


史月は、ポカンとして

「オマエら、何かに化かされたんじゃねぇのか? 狐とか狸に。祓い屋なのによぅ」って

でかい声で笑う。

オレらが? いや、おかしい...

あれは、史月だった。


でも 史月なら、仲間が憑かれたりしたのに

朝まで 山を空ける かな... ?

子供や朱緒を山に残して、居酒屋とかバーで 遊んで... ?


「キャンプ場に行って来る」と、朋樹が言うと

泰河も「オレも」つって、二人は車で出た。

白尾ってヤツに、昨日の夜、史月と会ったかどうかを確認しに行くみたいだ。


「なんだ? あいつら。

で、伴天連は、ジェイドっていうのか?

他の山神らも あやかし共も、オマエのことは気にしてるぜ。

俺は、“伴天連は ルカの親戚だ” って、琉地から聞いてたけどよ」


「... そう、ルカの従兄弟だ」


戸惑いながら、ジェイドが答える。

オレは、ボティスを呼んでみた。

目の前に渦が巻くと、巨大な黒い蛇が姿を顕す。


「おっ? 二山の蛇じゃないな?」


「うん、異国の蛇神だよ」


ボティスは、長い 二本の角と牙を持つ人の姿になって、オレの頭をじっと見て 思考を読むと

史月に向き直った。


「... ボティスだ。狼神か」


ボティスが言うと、史月も名乗って

握手する。


ボティスは、オレと ジェイドに向き直ると

「これは、史月本人だ。間違いない。

昨日は 子供と遊び、夜は 他の山で

スティック珈琲を箱で盗んでいる」って言う。


「じゃあ、仲間が悪魔に憑かれた っていうのは?」


「それもない。

昨日の昼間は、子供に狩りを教えている。

お前の精霊も 一緒だった」


さっきの 琉地の思念だ。


「それなら、僕らが... ?」


ジェイドが聞くと、ボティスが頷く。


「正体は見えん。だが、昨日の その男は

ここにいる史月じゃない」




********




「白尾に確認した。史月に会ってる」


朋樹と泰河が戻って来て

オレらは、旧道のトンネルを通って

史月たちのテリトリーに入った。


トンネルを抜けると、旧道から逸れ

森の中を進み、崖の下に出る。


この山は、舗装された道以外

崖と岩が多くて、ゴツゴツした印象。


史月たちが暮らしているのは、崖下の多少拓けた森で、崖に空いた幾つかの穴や 大木の根の下が

巣になっているようだ。


他の野犬たちが挨拶に来たり、巣からも 子犬や母犬が覗いている。朱緒は昼寝中らしい。


「雨の日以外なら

俺らは、その辺りで寝るんだけどよ」


巣穴は、子育てのためと

雨の時に 休む場所みたいだ。


「でも まあ、もう少し先まで行く」


史月が指し示す方向には、木々の間にバンガローみたいな建物があった。

巣穴があった崖とは違う崖に、半分 埋まっているように見える。


建物に近づき、史月がドアを開けた。


「上がれよ」


中は、山の中を彷彿とする造りだった。

左奥の壁側に、手作りらしい テーブルや長椅子。

中央に でかいラグ。でかい犬のぬいぐるみ。

右側には、植物の蔓で作ったハンモックが

天井から幾つか ぶら下がってて

仔犬が じゃれるための蔓も何本か下がっている。

どこで手に入れたのか、テレビと でかい冷蔵庫も置いてあったけど。


部屋の奥には、門のように 両脇に

外から侵食した木が生え

木の門の中は、自然の洞窟になっている。


「ここは、洞窟と木を活かして造った。

ゲームのためにな。

嵐の時は、みんなここに避難するけどよ」


部屋部分に電気が通っているようで

皆でテレビを観てみたりもするらしい。


「へえ... すげえな」


泰河が感心して、オレも

「ここって、史月 一人で造ったの?」と

木の門の奥の洞窟へ 向かおうとすると

朋樹が「いい小屋だが、今は 昨日の話をする」と

尤もなことを言って、オレらを椅子に座らせた。


昨夜の話... 史月の偽者が現れた話をすると

史月は「だから、オマエらが化かされたんだろ?」と 軽く返した。


化かされた、って... まあ、そうなんだけど

問題は、オレや泰河、初対面のジェイドは ともかく、朋樹までが ってこと。


朋樹は、そうそう幻惑に落ちたりしない。

偽者とかなら、何か違和感に気づくはず。

朋樹を長い時間 騙せるなら、相当のヤツってことだ。


「でも、おまえそのもの だったぜ... 」


泰河の言葉に オレも頷く。あれは、史月だった。

顔も話し方も、動作や雰囲気まで。

ただ、そう言いきれる程

オレらは、史月と付き合いが長いとか

深いっていう訳じゃないけど...


「お前等、俺が渡したコインはどうした?」


ボティスが言う。


オレらは、シェムハザの城で

ダンタリオン という悪魔の相手をした時に

ボティスから、コインを受け取っていた。


ダンタリオンってヤツは、好きな姿になれるし

人間の幻影を出せる。

それに騙されないようにするために、ボティスが作った護符のコインだ。


「オレのは、狐のコインと代えたままじゃん」


オレが財布から “封” と赤文字で書かれたコインを出すと、ボティスは

「ふん、そうだったな」って 鼻を鳴らして

新しいコインをオレに渡した。


泰河も「持ってるぜ」って 財布 出すし

朋樹もジェイドも同じように 財布を出したけど

「... ない」「あれ?」

「落としたりは... 」と、3人とも コインを無くしてた。

いつ無くしたのかも、全くわからないらしい。


「いや、昨日の夕方までは あったんだ。

自販でコーヒー買う時に、小銭が このコインと

107円しかなかったから

仕方なく コンビニまで行ったからな」


泰河が言う。

ジェイドは、昨日は確認してなかったけど

朋樹も 昨日は確かにあった って言う。


「飲みに行った時はー?」と 聞いてみると

3人共 覚えてないみたいで、それまでに無くしたようだ。

なら、史月の偽者に取られた っていう疑いが

濃厚になるんだけどー...


にせ史月の狙いは、ボティスのコインか?」


「なんでだろう... ? そいつからすれば

僕らは、こんなに簡単に騙せるのに」


「偽史月に会う前に、取られてた とか?」


3人 バラバラに無くした、ってことも

考えられるか...


「史月、昨日は何か

変わったことはなかったか?」


朋樹の質問に、史月は首を傾げて考えるけど

「別になぁ... 」と

特に思い当たらないようだった。


「偽史月は、“伴天連を連れて来いと言われた” って、言ってたよな?」と、朋樹が確認して

ジェイドが頷く。


黙っていたボティスが

「“バテレン” というのは、この国での

神父や祓魔師の呼び名か?」と、口を挟んだ。


オレらは、それぞれに眼を見交わした。


... そうだ。


本当に悪魔なら、神父やエクソシスト、信徒を

“伴天連” と呼ばない。


日本人が使うとしても、かなり古い呼び方だ。

実際 オレは、榊たち狐や、史月からしか

伴天連 って言葉を聞いたことがない。


榊たち狐は、祓魔師... エクソシストのことを

“伴天連” って言って、怖れてた。

人と違って 自然に側する者たちは

“エクソシストに祓われると 魂ごと全部なくなってしまう” と、考えられてきたからだった。


「じゃあ、この国の何か ってことだろうか?」

ジェイドが言うと

「いや、史月の口調を真似た恐れもあるが... 」

朋樹が答え、考え込む。


「... 昨日の夜もだけどさ、ジェイドを教会から

離そうとしてねぇか?

今日の夜も、五山ここに 伴天連を呼べ って言ったんだよな?」


泰河が言うけど、ジェイドは 今まで

史月と会ったことがない。

だから、急に史月が 教会に現れても

結局は オレらに、話は伝わるんじゃないか と

思う。


それを言ってみると、泰河も また考え込んだ。


「昨夜は、三人が 偽者に連れて行かれ

ルカだけが、榊といたんだな?」


ボティスが言うのに、オレが頷くと


「そして、ルカが蜘蛛に襲われた。

お前等を、一人ずつに分けて襲うつもりだったか

または... 」


榊が、狙いか?


榊は、犬が苦手だから

史月たちの五山には来ない。


じゃあ、今は...


泰河と朋樹が、長椅子から立ち上がったが

「確認してきてやる」と、ボティスが消えた。

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