午前中、遅い時間にビュッフェに行って

「今日は里におる」って言う榊を

展望台の駐車場まで送ると

そのまま、ジェイドの家に行ってみた。


「ああ、ルカ。おはよう... 」


リビングのソファーでは

ジェイドが、コーヒー片手に疲れてて

「泰河と朋樹は?」って聞くと

客間で まだ寝てるらしい。


「史月は 困った狼だね」


明るくなっても、ここでワイン飲んで

なかなか帰ろうとしなかったけど

史月の息子が迎えに来て、渋々 帰って行ったようだ。


「居酒屋の後に、あの地下のバーで飲んだんだけど、尾が出ていた。

それで、ここに連れて来たんだけど。

僕は、あの穴を塞ごうかと本気で考えた」


うーん、確かに その方がいいかもなぁ。


「でも、そうすると

あの洞窟教会には、もう行けなくなるしね」


ジェイドは、だるそうに立ち上がって

シャワー浴びに行った。


自分のコーヒー淹れよかな って

キッチンへ向かうと、朋樹が起きてきた。


「あー、久々に あんな飲んだぜ。

オレにも コーヒーくれ」


ソファーにドサッと座るし。

そのうち泰河も起きてくるだろうし

何回もコーヒー淹れるの めんどくさいから

サイフォンで4杯分 淹れることにする。


アルコールランプに 火ぃ点けて

リビングのソファーに座ると

「榊は?」って聞くから

展望台の駐車場に送ったことを話した。


あっ、そうだ!


「昨日さぁ、蜘蛛女とかが 家に出てさぁ!

喰われかけたりしたし!」


「蜘蛛女?」


「そ。女郎蜘蛛だってよー」


蜘蛛女の話をしてる間に コーヒーの匂いがしてきたから、キッチンに戻って アルコールランプの火を消した。

上のガラスの中で コーヒーの粉と混ざった熱湯が

丸濾紙を通って、下のガラスに溜まる。

うん。キレイな色だ。


カップに注いで 朋樹に出すと

ジェイドが シャワーから戻って来た。


「ルカ、炭酸水も」


ここでもかよー。


氷入れたグラスに 炭酸水 注いでると

「ライムもね」とか言うし。まったくよー。


やっと、自分のカップ持って

リビングのソファーに座る。


「しかし、女郎蜘蛛か... オレは見たことねぇぜ」


「見てもイイコトねーしぃ。

頭は ハティが持って行ったけどー」


炭酸水をグラス半分くらい飲んで

「何の話?」って、ジェイドが聞く。


「ルカん家にさ、女郎蜘蛛が出たらしいぜ」


朋樹が言うと「待て、大辞典を持ってくる」って

シャツ着て、教会の本棚にある 妖怪大辞典を取りに行った。


「今の内に、泰河 起こして来てくれよ。

ジェイドに話す時に、泰河にも話した方がいいだろ?」って、朋樹が あくびする。


仕方なく客間に向かうと

泰河は 大の字になって、口 開けて寝てた。


「おい、泰河ぁ、そろそろ起... 」


いきなり、ガバッと起き上がって

「小籠包だ!」って言うし。

なんの夢だよ、もう。


「あ、ルカ」


だいぶ飲んだ って聞いたけど、泰河は元気だ。

こいつ、酒 強そうだもんなー。


「おはよ。布団 畳んで リビング行くぜー。

蜘蛛女 出たんだよ、昨日」


「蜘蛛女?」


「女郎蜘蛛」って言い直したら

「えっ?! マジで?!」って、パッと立ち上がって

さっさと布団 畳んでやがる。


「さっ、行こうぜ。早く聞かせろ」


好きだよなぁ...



リビングに戻ると、ジェイドが妖怪大辞典の

女郎蜘蛛ページを開いてた。

描かれてる絵は、首から下が 直接 蜘蛛の身体。


「上半身は人だったぜ。最初は人の形で出たし。

後は、朋樹に話した通り」


泰河が キッチンからコーヒー持って出て来ると

オレの代わりに、朋樹が 蜘蛛女の話をしてくれる。


「... スクブスみたいだ」


ジェイドが言った “スクブス” っていうのは

夢魔 って言われてる悪魔。

サキュバスともいわれる、女型のヤツ。


人間の夢に出てきて 性行するんだけど

取り憑かれて 相手をする人間は

だんだん正気を失って、死ぬ場合もあるらしい。


男型は、“インクブス”。

インキュバス ともいわれるんだけど

実際に、人間の女を妊娠させることもある っていわれる。


天使と人間の子は、ネフィリムに生まれたけど

この場合は、悪魔の子として生まれる。


夢なのに妊娠? ってなるけど

寝たまま、実際にも やっちまってるだとか。


“悪魔と人間で受精するのか?” みたいなことも

真面目に考えられたことがあって、

一人の悪魔が、まずスクブスになって

人間の男から精を採る。

次に、その悪魔が インクブスになって

人間の女に精を入れる... って 考えられたらしい。


じゃあ、人間じゃん。って思うけど

精が悪魔を通ると、悪魔の情報が残るみたいだ。


「ああ、似てはいるよな。

もし、昨日ルカが やられちまってたら

ルカ顔の蜘蛛が わらわら生まれてたかもしれんよな」


やめろよ、泰河。


「なんで、ルカんとこに出たんだろうな?」


朋樹が言うけど、たまたまなんじゃないか って思う。


「女郎蜘蛛って、日本のヤツだし

サリエルとかダイナとかは、関係ねーんじゃねーの?」


「なら いいけどな。

昨日、人形からも ムカデ出ただろ?」


「ん?」


ビスクドールか...  うん。出たな、眼から。


「虫か? 昨日、榊と行った仕事の時も

動く絵ってヤツから、大量にゲジゲジが出たぜ」


うわ...  ゲジか...

脚、うじゃうじゃ あって長げぇんだよな。


「最悪だった。妖虫だから、全部 潰さねぇとだし

榊が燃やしてなきゃ、倒れてたぜ オレ。

依頼人も、“もうそれも見たくない” って言ったから

絵も燃やして帰って来た」


オレなら泣いてるし、絶対。


「確かに 虫が多いね。季節柄かな?」


「妖虫とか霊虫とかに、季節 関係ねーだろ... 」


「関係あるかもしれないじゃないか。

わざわざ虫の形をしてるんだから」


ジェイドは、のんびりして言うけど

昨日 こいつは教会の仕事してて、虫 見てねーもんなー。ヤツら、普通の虫じゃねーし。

真冬でも出るぜ、絶対。


「じゃあ、アバドンだ っていうのか?」


ジェイドが言うと、朋樹が

「アバドンならイナゴだろ?」って言う。


アバドン。黙示録に出てくる天使だ。


でかい星が堕ちてきて、地面に深い穴が空いて

そっからイナゴの大群が押し寄せる だとか。

そのイナゴたちの王が アバドン。


「終末かよ。なら、ハティは書斎で

のんびり 本 読んだりとかしてねーと思うぜ」


オレが言うと、ジェイドと泰河は納得したけど

朋樹が「おまえ、ハーゲンティに ダイナのこと聞いたのか?」って 眉をしかめた。


「あっ、聞いてねーわ... 」


忘れてた。

昨日は主に、榊と ハティが話してたし。


「何も言わなかったんなら

まだ、わかったことがないんじゃないか?」


「ああ、かもな。背後に誰がいるか なんか聞いても、なかなか口 割らねぇだろうし。

まだ監禁中なんだろ?

ジェイドに質問させた方が、早く話しそうだよな」


泰河が言うけど、ジェイドにか...

そりゃ喋るかもだけど、悪魔の拷問より 拷問だよな。悪魔からしたらさぁ。


「そうだな。次に悪魔を捕らえたら

僕が聞いてみるかな」


爽やかな感じで言ってるけど

たぶんオレ、その時は

悪魔に ちょっと同情しちまう って思う。


「そろそろ、史月んとこ行くか?」


泰河が言うと、朋樹がジェイドに

「おう。けど、シャワー貸してくれ」って

ソファーを立つ。


朋樹の後に、泰河も浴びることになったから

その後で 史月の山に行くことになったけど

「ルカ、パンを買いに行こう」とか

ジェイドが言うし。

仕方なく、バイクを出すことにした。


ヘルメット渡して、後ろに ジェイドが跨がると

エンジンを掛ける。


「どこで買う?」


「近くのパン屋でいい」


パン屋で、幾つか選んで買って

ジェイドが またヘルメット被りながら、オレに

「おまえ、もう大丈夫なのか?」って 聞いた。


「何が?」


パンの袋 渡して、オレもヘルメット被る。


「女郎蜘蛛を、風で捻切ねじきったって言ったから。

気に病んでるかと思って」


「ああ、うん... 」


頭以外は蜘蛛になったし、頭も動いたから

まだなんか、自分を誤魔化せたとこ あるけど

オレがやったことは、殺すようなことだ。


「でも僕は、おまえが生きてる方がいい」


おう。 微笑ってやがるしよ。


それ以外、何も言えねぇし

背中 向けて、バイクに乗ると

「何か迷ったら、僕に話せよ」って

ジェイドもバイクに乗ったから

頷いて、またエンジンを掛けた。






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