7
「榊は無事だ。里にいる」
ボティスは すぐに戻って来た。
よかった...
泰河や朋樹、ジェイドも、同じように 強張っていた顔を弛める。
「だが、油断は出来ん。俺は里を見張る。
ここには、マルコシアスを呼ぶが
お前等は どうする?」
「オレは里に行く」と、泰河が言い
「伴天連をご指名だし、僕は残る」と
ジェイドが言った。
「里には、玄翁がいるからな。
術は そう必要ない。オレも残るぜ」って
朋樹が言うし、オレは泰河と里へ行くことにした。
ボティスが オレに
「さっきのコインを、手の甲に乗せろ」と
言いながら、新しいコインを 三枚出した。
泰河たちに配ってる。
さっき受け取ったコインを 左の手の甲に乗せると
ボティスが、その上に人差し指を置く。
「
熱かったのか冷たかったのか わからないけど
かなりの痛みがあって、コインが消えた。
「また 無くすと困るからな」
手の甲から、うっすらと煙が上がる。
「コインを入れたのか?」
オレの手の甲を見ながら言う ジェイドに
「そうだ。お前等も甲に乗せろ」と
ボティスが答え、またコインに人差し指を置く。
「すっげぇ 痛ぇんだけど... 」
泰河が 煙が上がる手を振り、朋樹やジェイドも
小さく呻いて 顔をしかめた。
痛てぇよなぁ... 涙目になったし オレ。
「なんか オオゲサだよなぁ、オマエら。
ただ 化かされただけなのによぅ」
他人事の史月にも
ボティスはコインを差し出す。
「んぁ? 俺も?」
「大神って奴だろ? 相当の神気がある。
惑わされて、暴れられると困る」
「俺が、化かされるって? そんな訳... 」
けど ボティスは、テーブルの上の史月の手に
構わずコインを押し付けた。
「お? チクッとしたな」
そんなもんなのかよ...
朱緒も手掴みで 焼き立ての魚 持ってたけど
だいぶ痛みに鈍いんだな...
「お前等の近くに、無くしたコインが近付けば
手の甲のコインが反応する」
ボティスは「マルコシアス」と呼んで消えた。
「おう?」
青い霧が凝って、顎ヒゲ騎士のマルコシアスが
姿を現すと、史月が のんびりした声を上げた。
「なんだ? ボティスは?」
辺りを見回す マルコシアスに、ジェイドと朋樹が
昨日から さっきまでの説明をする。
「相手は、姿を変える者か。加勢しよう」
マルコシアスは、元の姿
... 蛇の尾と、黒い翼を持つ 黒い狼に変異した。
「狼神や魔犬の山だろう? これで紛れ込める」
ええー... 紛れない って思うぜ。
喋る度に、口から めらめら炎上がってるしさぁ。
「マルコ... 」
ジェイドが、たぶん人型に戻るように言い掛けたけど、史月が
「おっ、いいじゃねぇか」とか言うし
このままでいるらしい。
「山のヤツらに紹介するぜ」
史月が、やっと長椅子から立ち上がったから
泰河が 車の鍵を朋樹に渡して
オレと泰河は、オレのバイクで里に向かうことにした。
洞窟繋がりのバンガローから出て、巣穴の崖がある場所に出ると、朱緒が 子供といた。
「史月、止まれ」
朋樹が言う。... 二人は偽者だ。
マルコシアスが近くまで行く。
「悪魔じゃない」
ならやっぱり、狐や狸ってこと... ?
オレらも近づくけど、史月が
「おおっ、こりゃすげぇな!」って言うくらい
偽朱緒は 本人みたいに見える。
史月が長い遠吠えを上げると、崖の上や森の中
巣穴からも大勢の野犬が、ぞろぞろと集まり出した。
さらに「朱緒!」と、呼ぶと
崖の巣穴の 一つから、まず 琉地が出て来て
狼姿の朱緒が姿を見せた。
人の姿になった朱緒は、長いウェーブの髪の下で
腕を組み、あくび混じりに
「なんなの?」と、自分に変異している偽者を見る。
「狸だな」
あっさりと史月が言い
「一人はね」と、朱緒が鼻を ひくつかせた。
「えっ? 見てわかんの?」
オレが聞くと、史月は「匂いだ」と 答えたけど
本当かよ?
「伴天連を呼んだそうだか、何の用だ?」
ジェイドが、偽者の二人に歩み寄ると
マルコシアスが、ジェイドを庇うように
前に立つ。
「... あたし達に付いてもらうわ」
そいつは、朱緒の顔と声で言うけど
ボティスのコインのおかげで
朱緒じゃない ってことは、わかる。
でも、それ以上の反応はない。
泰河たちが無くしたコインは、近くにはない ってことだ。
「狸にか? とりあえず、化け解けよ。
何のつもりだ?」
泰河も近付いて行き、右手を出した。
手の甲に、白い焔の模様が浮き出していく。
「狸じゃないわ。昨日、名乗ったじゃない」
昨日って、偽史月が言ってた
反キリスト... ?
「何言ってんだ? 狸じゃねぇか。
俺らの鼻を騙せると思ってんのか?」
史月が向かおうとするのを、朋樹が止めた。
「待てよ 史月。あいつ、何かおかしいぜ。
これだけ周りを囲まれて 焦ってねぇし」
そうだ。しかも、足も拘束してる。
本当に狸なら、伴天連のジェイドを怖れる気がする。
「伴天連が 反キリストに着くと思う?
もっとさぁ、わかりやすく話してもらえねー?」
オレが言うと、偽朱緒は ちょっと笑い
「じゃあ、天使や悪魔の好きにさせておく訳?」とか言う。
天使や悪魔?
こいつ、キュベレのこと知ってんのか... ?
「伴天連だって、ニンゲンでしょ?
地上を掌中に収めるのは、あたし達よ」
反キリストって、人間 だよな?
こいつは、自分のことを そう言ってるけど
なんか、違和感がある。史月は 狸って言うし...
「天に
マルコシアスが言うと、偽朱緒は また笑った。
「天使や悪魔ならね。
あたしは、あんたとは違う。
自由意志が許されてるのよ」
「許されていようが、聖霊が そうはさせないだろうけどね。僕もこれまでは、自分が 自由意志で選択していると思っていたけど、違ったようだ。
僕自身には、地上掌握などに興味はない」
偽朱緒が、表情を無くしてジェイドを見つめる。
「交渉、決裂ってことかしら?」
「だったら、どうする?」
朋樹が聞くと、偽朱緒は
「これだけは貰うけど、あんた達は潰すわ」と
泰河を指差す。
何者かは わからないけど、こいつ
泰河の血のこと、知ってやがんだ...
「やってみろよ」
泰河が白い模様の手で、偽朱緒の額を掴むと
偽朱緒の黒いウエーブを掛けた耳に
黒い 何かが蠢く。
... トンボだ。
耳の穴から でかい二つの複眼を出して
四枚の羽を拡げると、そのまま長い身体を出して
森に飛び立つ。
朋樹が式鬼札を飛ばすと、それが炎の蝶になり
黒いトンボを焼いた。
偽朱緒だったヤツは
みるみると体高を縮めていく。
「... みすみす、ぼくがここに来ると思う?」
地に沈んだ偽朱緒の隣で、今まで黙っていた
息子が口を開いた。
「昨夜の蜘蛛は、挨拶みたいなものさ。
よく喰われなかったね。見直したよ」
そいつは オレを見てた。
女郎蜘蛛も、こいつが仕組んだ ってことかよ?
「もう、観察は済んでる。
これからは、どこに居ても油断しない方がいい」
泰河が右手を そいつに伸ばすと
触れる前に、そいつの頭が黒くバラけた。
虫だ。
大量の黒い羽虫になって
肩や胸も、ざわざわと
「ルカ」
朋樹が式鬼札を飛ばし、オレが風で炎を巻いて
焼き尽くす。
後には、横たわる狸が 一匹 残った。
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