蛇婿様 2


「お... 」


なんと...  子を孕むとは...


「おお! それは大変に目出度めでたくある!

柘榴様ザクロさまは、知っておいでか?」


またも、明るい声で浅黄が言い

「済まぬ、氷などはあろうか?」と

葉桜に 自分のグラスを出す。


「いえ、まだ報告しては おりません」


浅黄が言うた、柘榴様というのは

二山は 蛇山の山神であり

我等の山を含む、六山の長でもある。


柘榴様は、柘榴石ガーネットのような

緋色に輝く鱗の身の 美しき蛇神様じゃ。


普段は人の姿をとられ、和装を好まれており

時折、御目に掛かる時は

それは見事な着物を 御召しになっておられる。

儂が、界の番人の際に巻く金の帯も

柘榴様から 狐山に贈られた物であった。



... しかし、子は

うまく産まれるものであろうか?


蒼玉のような 霊獣や 妖し、また神などが

人と結ばれる 異類婚礼というのは

昔から、我が国だけでなく 世界中にあるが

子が無事に生まれるかどうかというのは

また別の話となる。


近きところでは、四の山の獣人 白尾ハクビ

転生し前は、白蘭という狐であったが

父親が人であった。

白蘭の母親が、人化けして嫁いだものであろうと

考えられる。


白蘭は 無事に生まれ落ちたが

これは、大変に稀なことじゃ。


まず、精を受けようと

精を授けようと、なかなか孕みはせぬ。


孕むことがあっても、うまく育たず

産まぬまま消えてしまうことも しばしば。


だが、無事に育ち、生まれ落ちれば

混血として生まれた者は、優れて強い。


白蘭の宝珠は、死した後も 失われなんだ。

宝珠とは、我等 狐の術力の源となるもの。

白蘭の宝珠は、今は 白尾の胸にある。


かの高名な陰陽師、安倍晴明殿も

母は、我等狐の種であったと聞くが...


「まず、柘榴様に 報告されるのが

良いのではなかろうか?」


桃太が言うと、蒼玉は

「そうですよね... 」と、ため息をついた。


「柘榴様は、この事を報告すれば

大変に喜んでくださると思います。

ですが もし、子が無事に生まれなければ

悲しみも ひとしお。

そして、柘榴様が 嘆かれると... 」


ふむ...  荒天となるのう...


「あの、蒼玉様

お相手の方は、蒼玉様のことは

ご存知なので ありましょうか?」


葉桜が 遠慮がちに聞く。


「言葉では、申しました。

“実は 蛇なんだ” と」


軽いのう。


「娘は、“そうなの” と、笑うておりました。

元の姿を見せようにも

娘がショックを受け、腹の子に何かあったら と

不安でして... 」


むう... 難しき問題ではある。


「して、孕み子のことで

病院などには 通うておるのであろうか?」


おお、桃太

人里の社会におっただけはある質問よ。


人は、棲み家での出産は少なく

産院などで出産するようであるからのう。


「通うており、子は人の形をしております」


ほう。何の不都合もなく思える。


「ですが 昔、私のように

人に婿入りした者が おりましたが... 」


その者の子は、生まれ落ちると

蛇の形に変異したという。


「その頃は まだ、人も自宅にて

出産しておったのですが

子も 婿入りした者も、斬り落とされ

子の母も気に病み、後を追うように亡くなったのです」 


蛇の婿入り、というものは

儂も聞いたことがある。


我等 狐や蛇などは、下手をすると

人と近しくある犬や猫より

人と恋仲になることが多くある。


我等 狐であれば、雌狐が嫁入りすることが多いが

蛇の場合であれば、婿入りの方が多い。


昔であれば、夜這いに通うが

娘の親などが、男を怪しく思い

男の着物の袖などに、針に通した糸を付け

男が朝 家を出ると、糸を手繰って後を追う。


山の中や池の淵など、棲み家で正体を掴まれ

人に成敗されることもあり

蛇が、娘を拐うこともあり。


また、孕み子は

相手の男が蛇だと判れば、菖蒲しょうぶの湯にて

堕ろさせられることになる。


菖蒲、または金気かなけの物が

蛇は苦手である故。


たらいに湯と菖蒲を入れ、娘を浸からせると

腹の子が堕ちる。


菖蒲湯の入った たらいを跨いだだけで

7匹の蛇が たらいに堕ちた などの話を

聞いたこともある。


なんと、哀しいことよのう...


蛇婿殿に、心惹かれた娘も

このように 周囲から引き裂かれては

如何なものであろうか、とは思うが

大抵は、心も幻惑されておった... となる。


最初ハナから、蛇として姿を現しておらぬから

そう言われても 仕方なく

また、蛇と判れば

実際に心が離れることもあったではあろうが

蛇でも良い、好いておる ... とあらば

これは どうであろうか?


ふむ...


「しかし」


グラスの氷をカラリと鳴らして

浅黄が言う。


「俺らが何か、手伝えることがあろうか... ?」


おお、そうじゃ。

肝心の依頼内容を聞いておらぬ。


「それなのですが、もし 生まれた後

子の姿が、人から蛇に変わっても

騒ぎになったり、死産などにされぬよう

安全な出産場所が 欲しいのです」


ふむ。人の産院で、子が変異することがあれば

大変な騒ぎになろうからのう。


「子が 安全に生まれし後は

私が引き取って育てたいと思うております」


蒼玉は言うが、これには

「待つがよい」と、儂が異を唱えた。


「子が、変異せぬ場合であれば

どうするのじゃ?

河のほとりや、二山では育てられまい。

また、母親から子を離すと申すか?」


蒼玉は、黙り 俯く。


「子を無事に産みし後に、もう 一度

話してみては 如何であろう?

人でなくとも、構わぬかもしれぬ」


桃太が言うが


「ですが、産後すぐに

お子が 姿を変異されたら

奥方様は、ショックを受けられるのではないでしょうか?

やはり 出産される前に、しっかりと

蒼玉様が蛇である と 知っていただき

その上で、お子のお話をされる方が良いと思います」と、葉桜が言うた。


儂も、葉桜の意見に賛成する。


「目の前で、蒼玉殿が正体を明かされて

奥方がショックを受けられても

奥方も子も安全であるように、場を整えるのが

良いであろうのう。

ショックで産気付くこともあろうしのう」


浅黄も 儂に頷き


「して、産み月は?」と、蒼玉聞く。


「医者の見立てでは、今月であろうと... 」


「むっ」

「何?! 何故、もっと早うに... 」


桃太が 立ち上がり、銀縁眼鏡を指で上げ

座敷を、そわそわと 彷徨き出す。


「こちらが開業されたのが、最近でしたので... 」


むう... 尤もではあるが。

何やら、ふわふわしておるのう。


「ならば、開業しておらなんだら

どうしようと思うておられたのじゃ?」


「子が生まれし時に、その場から

すぐ拐おうと... 」


まあ... と 葉桜が

ショックを受けた声を出す。


「... ですが、奥方様を

愛しておられるのでしょう?」


「はい。とても」


まあ と、葉桜が 自分の頬に手をやり

「皆さん、急ぎましょう。

まずは出産場所と、助産師さんの確保です」と

目を輝かせた。




















  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る